高嶋氏は境町長選について「現職の無投票当選を阻止したい。私が当選したら橋本氏を副町長に登用して意見を聞き、最終決定を私が下す」と語っていた。 高嶋氏は境町長選について「現職の無投票当選を阻止したい。私が当選したら橋本氏を副町長に登用して意見を聞き、最終決定を私が下す」と語っていた。

2月4日に行なわれた茨城県境町長選挙で話題を集めたのは、ある候補の名前だった。その名も「てつわんあとむ」! なんだそれ!?

しかし、直撃取材を試みたところ意外な話が。それは、当選14回、無所属でも6選無敗という日本一選挙に強い政治家・「中村喜四郎」(茨城7区)との約30年にわたる因縁の物語だった…のか?

■改名のきっかけは同姓同名の隣人

2月4日に投開票が行なわれた茨城県境町長選は、この町にとって12年ぶりの選挙戦だった。

というのも、同町長の任期は4年だが、2010年、14年の町長選は立候補者が一人しかいなかったため、両選挙とも無投票当選だったのだ。そんな無風地帯で2期目を目指す42歳の現職・橋本正裕氏に、町外から突然、挑戦者が現れた。それが54歳の新人・高嶋勇喜氏である。

名前の読み方は「ゆうき」…ではない。なんと「てつわんあとむ」と読むらしい!

境町選挙管理委員会に聞くと、職員が明るい声で答えた。

「『勇喜』と書いて『てつわんあとむ』。ご本名です」

何者だ!? さっそく高嶋氏に電話をかけてみたが、なかなか繋(つな)がらない。ようやく連絡が取れた夜10時半の電話で高嶋氏はこう言い放った。

「話が聞きたい? あなたは今、東京? 私は深夜2時から朝7時まで茨城県内の運送会社で配車管理のバイトがあるから、その後に会いましょう。朝7時に会社の近くまで来てください」

車なら高速道路を使って1時間半で到着する距離だ。しかし、その日の関東地方は雪のため到着時間が読めない。そう伝えると、彼は言った。

「じゃあ、早めに出たほうがいい。もう、今から出て。ちゃんと来るか不安だから、1時、3時、5時にどこにいるか定時連絡してね。安全運転で。でも、急いで(笑)」 選挙を取材する者にとって、候補者の予定は絶対なので従うことにした。少し寝て深夜3時に車を発進し、休憩を挟みながら現地に到着したのは朝6時。その間、定時直前には、高嶋氏から着信があり(7回も!)、こちらから連絡することは一度もなかった。

改名した理由とは?

 境町役場のポスター掲示板の前に立ち、自身の枠「1番」を指さす高嶋氏。ポスターは作らず、選挙運動もしなかった。 境町役場のポスター掲示板の前に立ち、自身の枠「1番」を指さす高嶋氏。ポスターは作らず、選挙運動もしなかった。

で、朝7時。仕事を終えた高嶋氏は、赤、オレンジ、白のジャンパーを重ね着した重装備で筆者の前に現れた。

実は筆者は14年に彼と電話で話したことがある。福島県知事選の事前説明会に高嶋氏が出席したと聞き、出馬意思の有無を確認したのだ(結局、出馬せず)。その当時、彼の名前は「努つとむ」だった。

「これまで茨城県内の選挙に3回出馬しましたが、全部落選です。09年の境町議選、11年の八千代町議選。15年の結城市議選。どれも30票にも届かなかったけど、へこたれず4度目の挑戦です」

なぜ改名したのですか?

「近所に同姓同名の人が住んでいて、郵便物や宅配便の誤配送が年に5回ぐらいあったの。それが本当にイヤで、改名しようと思った。で、裁判所に3回申請して16年末に改名を認められて。私の地元・結城市にちなんで漢字を『勇喜』としました」

読み方を「てつわんあとむ」にした理由はなんですか?

「完全には変えたくなかったから、最初は父親の名前から『あ』の一字をもらい、私の前名の『つとむ』の『とむ』と合わせて『あとむ』とした。でも、それじゃあ馬力が出ないので、再び役所に行って『てつわんあとむ』と届け直しました。戸籍には読みの登録はなく、役所に住民票の読みを届ければ認められるんだよね」

ところで、『鉄腕アトム』という作品に思い入れは?

「いえ、特に」

なぜ「喜四郎」を名乗ったのか?

■「喜四郎」を名乗ったワケ

ひとつ聞きたいことがあった。実は、高嶋氏は先述の結城市議選で自身を“三代目喜四郎”と称していたのだ。

説明すると、「喜四郎」とは中村喜四郎衆議院議員(68歳)のこと。同議員の出生時の名前は「伸」で、1976年に初当選した際、政治家だった父・中村喜四郎氏の後援会を引き継ぐ形で戸籍名を喜四郎に変更した。つまり、二代目「喜四郎」だ。高嶋氏はその後を継ぎたいと言っているのだ。いったいなぜ?

建設大臣、自民党総務局長などを歴任。1994年にゼネコン汚職事件に絡んで逮捕され、2003年に実刑確定、失職するも刑期明けの05年の選挙に無所属で出馬し勝利。その後も無敗。彼の茨城7区は“中村王国”と称されるほど、強固な地盤を誇る。 建設大臣、自民党総務局長などを歴任。1994年にゼネコン汚職事件に絡んで逮捕され、2003年に実刑確定、失職するも刑期明けの05年の選挙に無所属で出馬し勝利。その後も無敗。彼の茨城7区は“中村王国”と称されるほど、強固な地盤を誇る。 14回当選 中村喜四郎議員

「私と喜四郎氏の間には、因縁があるんです」

高嶋氏が言うには、今から34年前の20歳の頃、彼は同議員のファミリー企業である「岩井自動車学校」(茨城県坂東市)で約2ヵ月働いていたという。そのとき、ある不祥事をしでかし、当時の総務部長から「自宅待機命令」を受けたそうだ。

「その際、喜四郎氏の母・中村登美(とみ、故人)さんは私に、『立派な社会人になってね』と言ってくれました」

事実上のクビ宣告では?

「でも、私は待機命令が解除されるのを、ずーっと待っているんだよ」

え、それは今も?

「ええ。34年間、ずっと! その間、休業補償もなかった。これを清算するためにも、喜四郎氏は私に襲名させるべき。そうすれば、選挙に勝てる」

…でも、その間も仕事はしていたでしょう?

「そりゃ、働かないと食えない。これまで150社ぐらいを転々としたよ」

彼の言っていることは本当なのだろうか。岩井自動車学校に問い合わせてみた。

「事実無根です。昔、彼のほうから『働かせてくれ』と頼んできたことはありましたが、雇用契約は結んでいませんし、当然、勤務実態もない。何度も押しかけられたので、警察に連絡したこともあります」

さて、境町長選の結果は、投票率49.94%で、現職の橋本氏が9591票で当選。高嶋氏は360票で、支払った供託金50万円は没収された。だが、彼の表情は明るい。

「360票も、よく取れたよね。予想の3倍だよ(笑)。次は茨城県議選(2018年)に出馬します」

“てつわんあとむ”の挑戦は続く。いや、次の選挙では違う名前になっているかも?

(取材・文・撮影/畠山理仁)