高口康太
たかぐち・こうた
高口康太の記事一覧
1976年生まれ。ジャーナリスト、翻訳家。中国の政治、社会、文化を幅広く取材。独自の切り口から中国や新興国を論じるニュースサイト『KINBRICKS NOW』を運営。著書に『幸福な監視国家・中国』(梶谷懐との共著、NHK出版新書)、『なぜ、習近平は激怒したのか』(祥伝社新書)、『現代中国経営者列伝』(星海社新書)など。
日本や欧米諸国のSNSで定期的に行なわれるアカウントの一斉停止。一方、中国では最大で年間13億件が"垢BAN"されるという国家規模の規制に! その最新事情を中国IT、経済に精通するジャーナリストの高口康太さんが解説します!
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YouTube、インスタやTikTok、NoteにMyFans......副業レベルまで含めると、ネットで稼ぐ人は今や珍しい存在ではない。一般社団法人クリエイターエコノミー協会の2022年の推計では、日本でネットでの活動を通して収入を得たクリエーターは約500万人に達している。
その収入源が一瞬で消滅する――それが〝垢BAN〟こと、プラットフォーム企業によるアカウントの停止だ。今年も〝春の垢BAN祭り〟でXの大量凍結が話題に。YouTubeでも大食い系NG、子供ネタに警告などの規制が入った。
そんな垢BAN自体は世界中どこにでもある話だが、独自の規制と物量で世界をリードするのが中国。その奇妙な実情を紹介したい。
中国江蘇省蘇州市の清朗行動のポスター。清朗行動では有名人の成り済ましやアダルト系、そして歴史コンテンツを魔改造したものなども摘発される
清朗行動を紹介するショート動画では、孫悟空が銃器で戦うNGコンテンツをチラ見せしている(写真は中国のSNSより)
ネット管理を担当する中国国家インターネット情報弁公室(CAC)は、休むことなくネット浄化作戦「清朗行動」を実施している。
今年2月の旧正月対策では「子育てしんどい」など少子化助長の書き込み、AI動画による再生数稼ぎなどを大粛清し、3万9000アカウントを「処分」した。
その後、第2弾の粛清「違法AI摘発」も始まった。他人の成り済まし、虚偽のフォロワー集め、エロチャットやワンクリック脱衣AIが主なターゲットだ。
そんな国家的垢BAN祭りで伝説となっているのが2021年。なんと13億4000万アカウントが「処分」された。すべてがバンではなく、一定期間の書き込み禁止などの措置も含まれるとはいえ、圧倒的な〝量〟は衝撃的だ。
なお、中国の垢BANは政府の「処分」だけではない。アカウントは存在するが、どのユーザーにも投稿が表示されないシャドウバン(表示制限)はカジュアルに乱発されている。
「中国経済の先行きが不安との記事を書いたら、プラットフォームから審査中との警告が。即修正すればよかったんですが、迷っているうちにシャドウバンが発動してアクセスは10分の1以下に激減。当然収入も減りました」
経済インフルエンサーの王さん(20代、男性)は嘆く。シャドウバンはプラットフォーム企業が独自に判断するといい、政府に怒られてから「処分」するのではなく、危ないコンテンツは先回りして目立たないようシャドウバンしておくのが中国流なのだとか。
中国の垢BAN基準は奇々怪々だ。エロ、フェイクニュース、薬やサプリなどヘルスケアまわりの宣伝といった、日本人にもわかりやすい理由もあるが、それだけではない。
「エロ規制は、妙に厳格なんです。前かがみになるときは胸元を必ず手で隠します。ブラが見えると、〝この女は青少年を誘惑している! エロだ!〟と通報されて垢BANのリスクがあるので......」(在日中国人インフルエンサ―)
まだまだ〝変〟なことはめじろ押しだ。「炫富」、つまり金持ち自慢はNG。ハイブランドや高級車マウント、タワマン上層階の部屋をアピールしたりというアレである。単なる自慢では終わらず、フォロワーを集めてコスメや健康食品を売りさばくなどのビジネスにつなげることも多い。
中国では習近平総書記が「共同富裕(みんなで豊かに)」をスローガンにしていることもあって、金持ち自慢は目指す理想の社会を汚す行為として容赦はできないらしい。
一風変わった金持ち自慢として、「iPhoneユーザーは上級民、アンドロイドユーザーは下層民」とあおったアカウントが処罰されたことも。金持ち自慢に加え、iPhone族とアンドロイド族の対立をあおった罪だという。民族対立ならまだわかるが、iPhone族対アンドロイド族の対立なんて放っておけばいいような気が......。
集団同士の対立で一番ホットなのがアイドルやスポーツ選手のファンによるバトルだ。
東京五輪2020、パリ五輪の女子高飛び込みの金メダリストへの想像を絶する誹謗中傷とは?
今年、注目を集めたのが水泳・女子高飛び込みの全紅嬋選手に対する誹謗中傷事件だ。全選手は東京五輪2020とパリ五輪で金メダルを獲得。実績もさることながら、貧困家庭の出身、母の治療費を稼ぎたいという思いなど泣けるエピソード満載で、ファンが多い。
だが、目立てば目立つだけアンチも生まれる。自分たちの推し選手に勝たせるため、全選手のアンチたちが結託。力を合わせて、「太った。自制心がない」「もうピークは過ぎた」「調子に乗ってる」と誹謗中傷の書き込みを乱発し、ついに首謀者が逮捕されるまでの騒ぎとなった。
推し選手のためとはいえ、のめり込みすぎだとドン引きしてしまうが、実は中国のSNSではあるあるだ。スポーツ以上に過激化するのがアイドルファンで、オーディション番組で推しを勝たせるためにライバルの足を引っ張るなどの暗躍は常套手段である。
オーディション番組、中国版プデュこと『創造営』。SNSで誹謗中傷が激化して中国では放送禁止。なぜか続編はタイで制作、放送されることに......
中国社会に憎しみを広げるアイドルオーディション番組は悪。そう判断した中国政府は21年にこの手の番組を禁止するに至った。
ほかに特徴的な垢BAN理由としては、名作文学や歴史コンテンツの「魔改造」がある。日本には『三国志』や『西遊記』をアレンジしたマンガ、アニメは多数あるが、中国ではそうした新解釈はご法度。
『ドラゴンボール』ぐらいぶっ飛べば西遊記の改変扱いにはならずセーフのようだが、「三蔵法師は女性だった」的な創作は許されない。
作品は違っても、孫悟空や曹操の性格や格闘スタイルを大きく変えてはならないのだから、2次創作がやりづらいことこの上ない。
エンタメ以外でも垢BANは発動されている。例えば、中国経済についての評論だ。政府は「中国経済光明論」を提唱し、「中国経済キテます!」「復活してます!」という論調以外は取り締まる姿勢を明確にしている。悲観的な予測をする場合は何重にもオブラートに包んで、怒られないような対策が必須だ。
無気力な若者の象徴となった、中国の寝そべり族。その悪い意味での上位互換であるネズミ族(下)もSNSでは規制対象!?
難しい経済談議だけではなく、「就職大変だし、給料も下がるし、田舎に引きこもってぼちぼち暮らすほうがええわ」などとぼやく〝寝そべり族〟、「もう何もやる気がない。一日中部屋でごろごろしている」という無気力かつ昼夜逆転の生活を送る中国の若者たちの新スタイル〝ネズミ族〟も取り締まりの対象だ。
「中国の未来は明るい! 俺たちもばりばりがんばるぞ! 青春!」と、ポジティブムード全開で生きることが求められている。
こんなふうに「中国垢BANおもしろ伝説」を紹介していると、ウソをついていると思われそうだが、信じてほしい。中国政府はきっちり公文書で、この基準を明確にしているのだ。
例えば、昨年12月にCACが公布した「ネット有名人アカウントの行動管理の規範化に関する通知」では、「寝そべり族などの厭世的な考え、富の誇示や拝金主義など、社会主義核心価値観に反する有害な思想を広めること」が禁止項目と明記された。
ちなみに今年4月、中国国家安全部はSNSで「寝そべり族に関するネットコンテンツは外国のスパイ工作と判明」との声明を発表している。
世界中から「んなわけない!」とツッコミが入ったが、彼らも本気で外国のスパイ工作だとは信じていない。「お国に逆らって自虐するやつは取り締まるべし。ならばスパイだと脅しておくか!」との軽いノリに見える。
「寝そべり族の拡散は外国のスパイ工作だ!」と注意喚起を行なう中国政府のAI報道官
ちなみに国家安全部の声明は、AIで作ったデジタルヒューマン報道官による音声読み上げで警告がなされた。さすがAI先進国・中国だとうならされたが、実はユーザーのAI活用も垢BANのリスクが高い。
生成AIを使ったフェイクニュースや詐欺、アクセス稼ぎのゴミコンテンツが氾濫しているためだ。中国では現在、1日に1億本ものショート動画が制作されているが、ほとんどがAI作成の怪しいコンテンツである。
政府のお叱りを受け、中国企業も対策を始めている。TikTok運営企業のバイトダンスは2025年に260万点ものAIコンテンツを削除。メッセージアプリ大手のテンセントもこの4月、AIで自動生成されたコンテンツの掲載禁止を発表している。
中国の垢BAN界隈では、ユーザーのAIコンテンツを、プラットフォーム企業や政府のAIが監視。さらに、AIで生成された中国政府のデジタルヒューマン報道官が注意喚起することが日常的に行なわれているのだ。
こんな息苦しい社会でどう生きていくのか、不思議に思える。ところがどっこい、政府の考えとやり口を理解している人民はへこたれない。
SNSのNGコンテンツはたくさんあるが、怒られない程度のぎりぎりを攻めたり(ただし規制が厳しくなると一気に壊滅する)、怒られない新ジャンルを開拓したりとたくましい。
ちなみに、どんなジャンルでも人気になれば規制が入るのが中国だが、唯一安泰なのが〝日本バッシング〟である。
「熊害で日本の治安が潰滅」「日本の軍事大国化の危険性は?」「中国にある日本人学校はスパイ養成所......」といった内容を生成AIに読み上げさせるフェイクニュースでも好アクセスとなり、しかも垢BANを食らわない超優良コンテンツなのである。
さらに、垢BAN祭りそのものを商売にする人々もいる。「消されたアカウント、金を払えば復活させます」といった詐欺や、垢BANされた人が乗り換えられるよう、古参アカウントを育てておく「アカウント育成」というビジネスまである。
出来たてほやほやのアカウントでは信用が得られず、またプラットフォームから処分されやすい。まっとうなアカウントを装って活動し、それを第三者に売り飛ばすことがビジネスになっている。
なぜ中国共産党はここまで人民のネット事情に口を挟むのか。第一の目的は政権を守るためだ。以前は「抗議集会を開こうぜ」といった直接行動の訴えだけが取り締まりの対象だったが、習近平時代は、社会批判や自虐までも封殺し、ネット空間が〝ポジティブで陽キャ〟になるよう誘導するようになった。
第二に、パターナリズム(父権主義)だ。中国共産党は口やかましいお父さんのごとく、エロは見すぎるな、結婚しろ、酒は飲みすぎるな......と、人民の生活に事細かに口出しする。
国民のプライベートには関与せず、酒やたばこなど健康を害する行為であっても愚行権は認められる。これが民主主義のあり方だが、中国はちょっと違うわけだ。
だが、「中国は異質な国だから」と笑っていられない時代になりつつある。日本でも未成年に対するSNS規制を訴える声が上がっている。ヘイトスピーチ規制やネット暴力対策も喫緊の課題だ。
これらの規制はそれぞれ「正しい」が、かといって無限に規制を積み重ねていくと、中国と同じく、国が市民の生活を見張る息苦しい世界になってしまう。その意味では、垢BAN超大国・中国は私たちの少し先の未来なのかもしれない。