美人すぎるラジオDJとして話題を呼んだタレント・山崎あみが語る初グラビアの記憶「自分の脚がセクシーだという感覚はなかったけど、そうか、これが武器になるんだなって」

取材・文/大野智己 撮影/荻原大志

『週刊プレイボーイ』に登場する女性たちに「初グラビア」にまつわるエピソードや当時の想いを聞く連載、『初グラビア物語~My First Gravure Story~』。今回は、"美人すぎるラジオDJ"として大きな話題を呼び、現在はグラビア界でも快進撃を続ける山崎あみ(やまざき・あみ)さんのインタビューの前編。

山崎さんは、2014年に「トップコート20thスターオーディション」で「with」賞を受賞し、芸能界入り。ファッション誌『with』のモデルや『ズームイン!!サタデー』のお天気キャスターとして活躍した。2021年からは朝のラジオ番組『MUSIClock with THE FIRST TIMES』(InterFM)のメインパーソナリティに就任。レギュラーであるお笑い芸人たちとの絶妙な掛け合いが評判を呼んだ。

グラビア活動は2020年の『FRIDAY』からスタート。2024年6月には待望の1st写真集『Cantabile』をリリースし、同年9月には『週刊プレイボーイ』39号に初登場、ともに美麗な水着姿を披露してファンを魅了した。今回はそんな彼女に、知られざる芸能界デビューの軌跡から、初グラビアの舞台裏までをたっぷりと語ってもらった。

『週刊プレイボーイ』2024年39号(撮影/東京祐)『週刊プレイボーイ』2024年39号(撮影/東京祐)

――山崎さんは音大出身だそうですが、幼い頃から音楽を専門的に習っていたんですか?

山崎 そうです。家にピアノがあったので2歳から習い始めて、小学校2年生からはNHKの東京児童合唱団に入っていました。叔母が声楽家をやっているのもあって、音楽が常に身近にある環境でしたね。

――お話を伺う限り、そのまま音楽の道を目指していたようにも思えますが、当時の夢は何だったのでしょう?

山崎 じつはテレビの裏方さんになりたかったんです。

――裏方!? 表舞台で歌っていたのに、それはまたどうして?

山崎 NHKの番組に出演する機会がよくあったんですけど、スタジオでカンペを出しているADさんがカッコよくて(笑)。憧れていたんです。あ、でもちょっとだけ「うたのお姉さん」にもなりたかったかな。うまくステップアップできたらいいな、くらいの気持ちでしたけど。

――周囲から「歌もいいけど、モデルさんや女優さんになればいいのに」なんて言われんじゃないですか?

山崎 いやいや、なかったですよ!  すごくワンパクでしたから(笑)。小学校の頃なんて、昼休みに「ついてくんなよ!」と言われるまで男の子をひたすら追いかけ回して楽しむ、みたいな陽気な子供でした(笑)。

 

――今のクールな印象からは想像がつかないです(笑)。裏方志望だったとはいえ、結果的には音大とその付属高校の声楽科へと進まれるわけですよね。

山崎 中学のとき勉強が本当にできなくて。心配した祖母が「このままだとやばい!」って音大受験の専門塾を探してきて、入るよう勧めたんです。そこから言われるがままに塾へ通い、音大付属高校の声楽科に入りました。でも勉強すればするほど、歌の才能に限界を感じちゃって。そんな高校3年生のときに、映画の『のだめカンタービレ』を観たんです。そこで「コメディ女優になって人を笑わせたい、楽しませたい!」と思うようになりました。

――そこから、芸能界への挑戦が始まると。

山崎 はい。兄が「トップコート20thスターオーディション」を見つけてきてくれました。オーディションでは、高校時代からの特技だった「ニワトリのモノマネ」を披露したら、審査員の方々の目に留まり、『with賞』をいただいて芸能界に入ることになりました。

――ファッション誌『with』の賞ということで、まさにヴィジュアルの素晴らしさが認められたわけですが、モデルのお仕事はいかがでしたか?

山崎 本当に大変でした。高校までは髪に櫛(くし)すらまともに通さないくらい美容に無頓着なコだったんです。なのに、初仕事がいきなり佐々木希さんと二人での撮影で。次元の違う美しさに圧倒されて、一瞬で心が折れました(笑)。誌面を見ても鈴木ちなみさん、野崎萌香さん、宮田聡子さんといった人気の方々ばかり。「骨格からレベルが違うんだ......」って、求められるハードルの高さに、すっかり自信をなくしてしまいました。

――壁にぶつかってしまったと。その一方で、地上波の『ズームイン!!サタデー(ズムサタ)』のお天気キャスターに大抜擢されましたね。

山崎 『ズムサタ』のオーディションでもニワトリのモノマネをやったら、褒めてくださって。朝の番組に合ってたんでしょうね(笑)。お天気キャスターのお仕事はやり甲斐があったし、ロケにも行ったんですが、それも楽しかったです。ただ、モデル業で自信を失っていくうち、だんだん映像に映る自分を見るのも辛くなってきて。一時期は、お仕事自体をすべて辞めてしまおうかとさえ考えました。そんな葛藤を抱えていた頃に、お話をいただいたのがラジオ番組の『MUSIClock』(2021~2024年)だったんです。 

――朝の帯番組でしたね。毎回、レギュラー出演の芸人さんたちを容赦なくいじり倒す山崎さんの姿が「おもしろい」と話題になりました。でも、さっき聞いた「小学校時代に男の子を追いかけ回していた」というお話と、やっていることの本質は変わらないような(笑)。

山崎 確かに一緒ですね(笑)。もともと『MUSIClock』は純粋な音楽番組で、私は最初、1コーナーの担当だったんです。それが2年目から「もっとバラエティ色を強くしよう」という方針に変わり、私がメインパーソナリティとして毎日芸人さんをお呼びしてトークすることになりました。そこから自分の素の部分が出せるようになって、お仕事が本当に楽しくなっていきましたね。

――さてここからグラビアのお話を聞きたいんですが、ラジオでご活躍する少し前、2020年『FRIDAY』2月7日号(1月24日発売)にて、山崎さんは「初グラビア」に挑戦されています。これはどういった経緯で?

山崎 『ズムサタ』をやっていたとき、割と脚を露出していたんです。それを見ていた方がアップしたYouTubeに動画が、あっという間に200万回再生されちゃって(笑)。すると当時のマネージャーさんが「この脚は強みになる!」とグラビアのお話を持ってきてくれました。

――水着ではなく着衣でのグラビアでしたが、オファーされたときに抵抗はありませんでしたか?

山崎 全然なかったです。もともと篠崎愛さんや馬場ふみかさんが大好きで、女の子のグラビアを見るのが趣味だったんですよ。ただ、私自身は自分の脚が「セクシーだ」という感覚は本当に1ミリも持っていなくて。だから、YouTubeのコメント欄に「ストッキングが良い」とか「今日のあみちゃんは何デニールだね」みたいなフェチ全開の書き込みがあるのを見て、最初はびっくりしました。でもそれと同時に、「あ、そうか。これが私の武器になるんだな」とも冷静に思いました(笑)。

――驚きつつも、すぐに武器として受け入れるあたりがしたたかです(笑)。初グラビアは、洋館を舞台にデニムのショートパンツやタイトなドレスを纏(まと)い、美脚を大人っぽく切り取った仕上がりでした。初めての撮影は緊張しましたか?

山崎 まったくしなかったです。それどころか現場のノリで「菜々緒ポーズ」(上体を深く折って、脚の長さを強調するポーズ)をやってみたり、「どうすればもっとセクシーに見えるかな?」って自分なりに考えてポージングしていました。グラビアの現場って、スタッフの皆さんが「キレイだね」とか褒めてくださるので、気分が良くなったんだと思います。楽しかった記憶しかないですね。

――掲載された雑誌を自分でコンビニへ買いに行きました?

山崎 明確には覚えていないです(笑)。でも、発売されたときの周囲の反応がものすごくて! SNSのフォロワーが一気に増えましたし、コメントもたくさんいただきました。いまだにファンの方から「あの初グラビアが一番好き!」と言っていただけることも多いです。自分の中でも達成感を得られたお仕事でした。

――そこから4年が経ち、2024年6月26日には1st写真集『Cantabile』を発売。さらに同年9月9日には『週刊プレイボーイ』39号のグラビアに登場しました。この時は着衣ではなく、満を持しての本格的な水着グラビアの撮り下ろし。4年の間に、グラビアに対する心境の変化があったのでしょうか?

山崎 当時、ラジオ番組は順調だったんですけど、タレントとしてその先の活動に行き詰まりを感じていたんです。ずっとコメディ女優をやりたいと思っていたので、演技レッスンを受けたりドラマに出演させていただいたりもしたのですが、思うような結果に繋がらなくて。毎日のように「私の強みって何だろう?」って悩んでいました。そんなタイミングでいただいたのが、写真集のお話だったんです。「私のグラビアに、水着の需要なんてあるのかな?」という疑問はあったんですけど、思い切って挑戦することに決めました。

――そんな背景があったんですね。水着の撮影にあたって、事前にダイエットなどはされましたか?

山崎 いえ、じつは逆にたくさん食べるようにしました(笑)。グラビアって、少しむっちりしている方が可愛いと思ったんです。とはいえ、ただ太るのではなくてメリハリはつけたかったので、家庭用の痩身マッサージ機をレンタルして、毎日ひたすら胸とお尻以外の部位に当てていました。その後の週プレさんの撮影のときも、その健康的でむっちりした感じはキープするように意識していましたね。

――あの見事なスタイルの裏にはそんなセルフプロデュースがあったとは。写真集や週プレの撮影で、何か思い出はありますか?

山崎 写真集のときは、身近にいる「脚フェチの知り合いのおじさん」に「グラビアで何が見たいですか?」って事前にリサーチしたんです(笑)。そうしたら「ストッキングと、足元の赤いペディキュア(マニキュア)は外せない」と熱弁されたので、その意見を取り入れました。週プレさんのときは、つばの広い大きな帽子をかぶったり、チュール素材の衣装を着せていただいたりして、ファッショナブルで女性らしい要素があったのが新鮮でした。「グラビアとひと口に言っても、色んな表現の世界があるんだな」って、面白かったです。
 『週刊プレイボーイ』2024年39号(撮影/東京祐)『週刊プレイボーイ』2024年39号(撮影/東京祐)
――体型作りも撮影のアイデアもそうですが、「客観的に自分がどう見えるか、読者が何を求めているか」を考えているんですね。

山崎 はい。私、自分の心の中に「50代のおじさん」を飼っているんです(笑)。グラビアのお仕事をしているときは、いつもそのおじさんの目線になって、自分を見るようにしています。あ、週プレさんのロケ地が神奈川県の湯河原だったんですけど、近くに有名なラーメン屋さんがあって、撮影の帰り道にお土産のラーメンを買い込んだ記憶がありますね。当時、「私の主食はラーメンです!」って公言して毎日食べるほど大好きだったので、あれは本当に嬉しかったな~(笑)。

――撮影の帰りにお土産ラーメン! 心の中のおじさんが現れていますね(笑)。水着グラビアに挑戦してみていかがでしたか?

山崎 写真集も週プレさんも、すごく手応えがありました。特に写真集を出したときの店頭イベントには、信じられないくらい大勢の方が並んでくださって。自分の目でその光景を見たときに、「私にはグラビアの需要があるんだ。この道でいいんだ!」って救われたし、嬉しくなりましたね。

●山崎あみ(やまざき・あみ)
1997年1月19日生まれ 東京都出身
身長170㎝ 血液型=O型
YouTube『うるおうリコメンド』【@uruou.recommend】に出演するほか、ラジオDJ、モデルなど、多方面にわたって活躍中。今年1月に認定テクニカルアナリスト(CMTAR)の資格を取得した。
公式X【@_ami_yamazaki_】 
公式Instagram【@__ami.yamazaki__】 

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★山崎あみのグラジャパ!プロフィール

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