「女王しかいないアリ」岐阜で発見された世界初報告の珍種。なんでオスはいないの? 繁殖やエサの入手法は? 

取材・文/佐藤 喬 写真提供/木野村恭一

女王しかいないアリ《キノムラヤドリムネボソアリ》 羽化したてのキノムラヤドリムネボソアリ。生態がつい先日、日本とドイツの研究チームによって解明された女王しかいないアリ《キノムラヤドリムネボソアリ》 羽化したてのキノムラヤドリムネボソアリ。生態がつい先日、日本とドイツの研究チームによって解明された

性の多様性が叫ばれる時代だが、ヒト以外の生物の性は、われわれが想像するよりずっと"進歩的"だ。4月、日本主導の研究チームが報告した発見はスゴい。何しろ、働きアリもオスアリもおらず、女王しかいないアリがいたというのだ。なんでそんなことに!? 論文の筆頭著者を直撃した!

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【オスがいなくても繁殖できる】

【キノムラヤドリムネボソアリ】《分類》アリ科 フタフシアリ亜科 ムネボソアリ属 《体長》2.5mm~3mm 《分布》岐阜県、愛知県、三重県、京都府、香川県、徳島県、高知県、愛媛県【キノムラヤドリムネボソアリ】《分類》アリ科 フタフシアリ亜科 ムネボソアリ属 《体長》2.5mm~3mm 《分布》岐阜県、愛知県、三重県、京都府、香川県、徳島県、高知県、愛媛県

世にも不思議な生き方を選んだアリが日本にいることが判明し、世界中のアリ研究者の関心が集まっている。半世紀近く前に岐阜県の里山で見つかった「キノムラヤドリムネボソアリ」(以下、キノムラ)だ。キノムラの何が珍しいのかというと、女王アリしかいないのだ。

通常のアリには、産卵をする女王アリ、育児や食料調達、巣の防衛などをするメスの働きアリ、そして女王アリと交尾するオスアリの3つの役割がある。ところがなんとキノムラには働きアリもオスアリもおらず、女王アリだけ。これは世界で唯一の種である。

まず気になるのはオスなしで繁殖できる点だが、飼育実験によって生態を明らかにした論文の筆頭著者のひとり、森林総合研究所関西支所の濱口京子さんによると、そのような生殖方法は決して珍しくないという。

「ヒトを含む哺乳類には存在しませんが、生物全体を見ると、精子なしで卵が発生する単為生殖の種はけっこういます。

そもそもなぜ多くの種にメスとオスがいるか、これは生物学において今なお解決されない根本的な問いかけです。大きな理由のひとつに、遺伝子の多様性を確保することが挙げられています。生物にとって、同じ種の中でも遺伝子が多様であることはとても大事なんですね。

というのも、仮にすべての個体の遺伝子が同じだと、環境の変化や病気の流行によって一気に絶滅しかねないからです。

そして、そういう種は交尾によってメスとオスの遺伝子を混ぜて多様性を維持しているんですが、ごくまれに精子なしでも卵の発生が進む場合があるようです。

多くの場合は淘汰されてしまうんですが、オスなしで繁殖できることが有利な環境だとその特性が広がっていき、やがて単為生殖の種へと進化したという流れが考えられます。キノムラもそのように進化したのかもしれません」

人間からすると驚きの繁殖スタイルだが、自然界ではアリらしいことがわかった。

キノムラヤドリムネボソアリに寄生されたハヤシムネボソアリの巣内。キノムラは翅(はね)のある個体と翅のない個体がいるが、写真中央にいるのは無翅(むし)型の個体キノムラヤドリムネボソアリに寄生されたハヤシムネボソアリの巣内。キノムラは翅(はね)のある個体と翅のない個体がいるが、写真中央にいるのは無翅(むし)型の個体

では、女王しかいないことのユニークさはどこから来るんですか?

「それは、別の種のアリが作った巣に寄生することです。キノムラは、朽ちたドングリの実や枯れ枝に巣を作るハヤシムネボソアリ(以下、ハヤシ)という小さなアリの巣を乗っ取ってハヤシの女王を殺し、幼虫を食べ、残った働きアリに自分の子供を世話させたり、エサを採ってこさせたりします。

このようにほかの種の社会システムを乗っ取る寄生のスタイルを社会寄生と呼ぶのですが、実は社会寄生するアリはキノムラだけではありません。

キノムラがユニークなのは、①オスなしで繁殖できる(単為生殖)②ほかのアリの巣を乗っ取り(社会寄生)自らは働きアリを産まないというふたつの特徴を併せ持っていることで、そのようなアリは世界でキノムラしか知られていないんです」

【寄生することは簡単ではない】

ほかの巣を乗っ取って女王を殺し、残ったアリを奴隷化する。そう聞くと恐ろしいが、アリの世界では珍しくないという。例えば日本にも生息するサムライアリは、ほかのアリの幼虫やさなぎを奪って自分の巣に持ち帰り、働きアリとして労働させる「奴隷狩り」をすることが知られている。

「すべてのアリは基本的に『真社会性』と呼ばれる社会を持つ昆虫です。真社会性の最大の特徴は、種の中に不妊の階級がいる、つまり分業が生殖にまで及んでいることです。アリの場合、繁殖できる女王とできない働きアリがいて、それがアリの社会の基本形になっています。

ちなみに、真社会性はアリ以外にも一部のハチやシロアリなどの昆虫、テッポウエビの一部、〝キモかわいい〟と人気のハダカデバネズミまで、いろいろな動物が持っています。要するに、地球上で何度も独立に進化した、生物にとって合理的な繁殖スタイルなんですよ」

メスだけで繁殖したり、繁殖を社会的に分業したり。生物界のフリーダムさには驚くしかないが、今回の主役であるキノムラがそれらに加えて、ほかの種の巣の乗っ取りという過激な生き方を選んだ理由はなんだろうか。

「そもそもアリにとって、女王と働きアリたちが一緒に暮らし、繁殖する巣はとても大事な存在です。しかし、女王アリが新たに巣を作り、最初の働きアリたちが出現するまでの、いわば巣の立ち上げ期間は非常に脆弱で、ほかの生き物に食べられてしまったりと失敗する確率も非常に高い。

でも、ほかのアリの巣を乗っ取れば、そのような難しい段階を一気にパスできますよね。その意味で、アリにとっての社会寄生は大きなメリットがあるんです」

キノムラがハヤシの巣を乗っ取る動機はよくわかった。だが、乗っ取られるハヤシがあまりにもかわいそうでは?

「確かに、人間の感覚で見ると寄生されるハヤシはかわいそうですよね。でも自然界は多様で、私たち人間の想像力をはるかに超えています。

例えば私たちの実験では、キノムラがハヤシの巣の乗っ取りに成功する確率は2割以下とかなり低いですし、そもそもキノムラ以外に同じような生き方をしているアリが存在しない時点で、私はむしろキノムラのほうがいばらの道を選んだという気がしています」

今回の論文の共著者で、寄生に詳しい同研究所の神崎菜摘さんは、ある種が別の種に寄生するという関係は、非常に微妙なバランスの上に成り立っていると言う。

ハヤシムネボソアリの巣への寄生を試みるキノムラヤドリムネボソアリ(右上)。在野のアリ学者である木野村恭一氏が40年以上前に岐阜県の里山で発見したハヤシムネボソアリの巣への寄生を試みるキノムラヤドリムネボソアリ(右上)。在野のアリ学者である木野村恭一氏が40年以上前に岐阜県の里山で発見した

「寄生を大ざっぱに説明すると、『ある個体が別の個体に取りついて栄養を奪う状態』と言えます。今回のキノムラとハヤシの社会寄生関係は、一般的な寄生の個体を、群れに置き換えたものですね。

実は寄生はまったく珍しくない現象で、私たちヒトもほぼ全員が寄生された経験があります。風邪やインフルエンザのウイルスが代表例で、あれは私たちに寄生して増えているわけですね」

なるほど。しかし、一方的に栄養を奪うなんてヒドくないですか? ウイルスに寄生される人間にはなんのメリットもないのに......。

「確かに、そう考えると私たち宿主にとって寄生者は迷惑な存在ですが、寄生者の立場からすると、宿主がいなければ繁殖できません。ヒトが絶滅したら、ヒトを宿主にして繁殖するウイルスもまた、絶滅するしかない。

従って、寄生者は宿主を滅ぼさないようバランスを取る方向に進化し、安定することが多いんです。現在の風邪も、私たちの命を奪うほどではありません。

一方で、新型コロナウイルスのように、人類に広まって間もない新参者のウイルスはまだ安定しておらず、宿主を死なせてしまうほど強力だったりしましたね」

どうやら、自然界での寄生を人間の感覚で語ることは難しいようだ。

「実は寄生は、互いに利益がある共生の一部と定義されることもあります。共生のうち、一方だけが利益を得るようになると、寄生になるんですね。人間の感覚だと、共生と寄生は大きな違いですが、自然界では連続しているんです」

【孤独な女王の未来やいかに?】

ハヤシに社会寄生しているキノムラも、ヒトに寄生するウイルスと同じように、いわばハヤシに頼って生きている状態だ。したがって、ハヤシを滅ぼさないような状態に落ち着いているという。

そう聞くと、寄生者であるキノムラは、長い進化の時間軸では非常にリスクの高い道を選んだような気がしてくる。なんせ、ほかに同じ生き方を選んだアリはいないのだ。

濱口さんも、現存の生物に例のない生き方を選んだキノムラの将来を案じている。

「巣の中でも、進化の歴史の中でも、キノムラは〝孤独な女王〟ですよね。実はキノムラは寄生しているハヤシと同じ属、言い換えれば親戚なんです。つまり、過去に共通の祖先がいて、そこから今の生き方に進化してきたんですね。

進化は、その都度、周囲の環境に合わせて進みます。いわば場当たり的な進化の積み重ねで、極めて珍しい今の生活にたどり着いてしまったのがキノムラです。ここまでくると、普通のアリの生き方に戻るのは無理でしょう。数万年後の地球で彼女たちの子孫が元気でやっているか、ちょっと気になりますね」

濱口さんによると、今のところキノムラの生息が確認されているのは東海3県と京都、四国に限られるが、ハヤシが九州以北に分布していることを考えると、キノムラも西日本を中心にもっと広く生息しているかもしれないという。

「里山の車道脇のような身近な場所にも、キノムラが生息していることがありますよ」

人間の想像力をはるかに超える進化が生んだ、孤独な女王アリ。それが、私たちのすぐそばで生活しているかもしれないのだ。

  • 佐藤 喬

    佐藤 喬

    さとう・たかし

    フリーランスの編集者・ライター・作家。著書は『エスケープ』(辰巳出版)、『1982』(宝島社)、『逃げ』(小学館)など。『週刊プレイボーイ』では主に研究者へのインタビューを担当。

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