どーなる!? 英国貴族院「世襲ゼロ化」大改革

取材・文/小山田裕哉 写真/時事通信社 Getty images

赤いケープをまとい、議会の開会式で国王演説を聞く貴族院(上院)議員たち。世襲議席の完全撤廃以降は700人強の一代貴族と26人の聖職貴族で構成される赤いケープをまとい、議会の開会式で国王演説を聞く貴族院(上院)議員たち。世襲議席の完全撤廃以降は700人強の一代貴族と26人の聖職貴族で構成される

数百年の伝統を持つ英国貴族院で世襲議席撤廃という歴史的大転換が起きていた!  議会政治の母国が築き上げてきた、貴族院の深淵なる世界をのぞくと、浮き彫りになったのは日本の政界のいびつすぎる姿だった!?

【貴族院から消えた世襲議員の枠】

2026年5月13日、イギリス議会は歴史的な開会式を迎えた。今年3月に「貴族院(世襲議員)法」が成立し、4月の会期終了をもって世襲議員は一斉に議席を喪失。今会期より、イギリス議会の上院に当たる貴族院から、爵位を背景とした世襲議員が完全に姿を消したのだ。

この世襲制度の是非は以前から議論の的になってきた。1999年には労働党のブレア政権が大改革を実施。約700議席あった世襲議員枠を92まで削減し、今年ついに残る議席も廃止。イギリスで数百年続いた伝統が終わったのだ。

とはいえ、世襲議員が廃止されたからといって、貴族院そのものが消えるわけではない。今後は「一代貴族」と呼ばれる議員たちと、一部の聖職貴族によって存続する。

この一代貴族について、イギリス政治研究の第一人者である、駒澤大学法学部教授の君塚直隆氏が解説する。

「2009年に最高裁判所が新設されるまで、貴族院には司法機能が組み込まれており、法律の専門家である『法服貴族』が議員として任命されていました。ただ、法律家の子息が必ずしもその道を継ぐとは限りません。そこで本人の専門知識や能力を重視し、一代限りの議席を与えるシステムが導入されました。

しばらくは裁判官に限った制度でしたが、20世紀に入って貴族院権限の制限や、世界大戦による貴族の戦死なども重なり、新しい風を送り込もうと一代貴族という議員制度が1958年に本格的に導入されたのです。

その結果、産業界、芸能界、学界など、多様なジャンルのプロが貴族院へ送り込まれるようになりました」

一代貴族には保守党代表として活躍したデビッド・キャメロン元首相(写真)の姿も。かつては"鉄の女"ことサッチャー元首相も名を連ねていた一代貴族には保守党代表として活躍したデビッド・キャメロン元首相(写真)の姿も。かつては"鉄の女"ことサッチャー元首相も名を連ねていた

現在も元閣僚、科学者、スポーツ選手など多様な人々が一代貴族として参加している。

「国民にとっても、こうした専門家が議会に関わるのはありがたい。実際、一代貴族の導入で貴族院は活性化されました。労働党もこれを利用し、政府の裁量で任命できる一代貴族の議員を増やし、保守党の牙城だった貴族院での影響力を増していきました。

そして労働党のスターマー現政権下で実現された今回の法律も、階級社会の象徴たる世襲貴族を議会から排除し、国民に改革をアピールする狙いがあると考えられます」

【世襲貴族の議席が生き残ったワケ】

廃止の背景は理解できたが、驚くのは21世紀でも世襲議員という中世のような制度が残っていたことだ。

「それを理解するには、イギリス貴族と議会の歴史をひもとく必要があります。イギリス議会のルーツは924年、当時のイングランド王が聖職者や各地の諸侯を集めた『賢人会議』です。

14世紀半ばには騎士や商人も政治において重要な役割を持ち、議会も貴族院(上院)と庶民院(下院)に分かれました。この二院制は600年以上経過した現在も変わらず、イギリス議会政治の原点です」

その後、欧州でフランス革命などの市民革命によって貴族階級が崩壊すると、各地で民主化が進み、イギリスも17世紀には貴族院を押しのけ、庶民院が議会の中心となる。

「さらに18世紀には政党が誕生し、議院内閣制が確立されます。このような憲政の発展が『イギリスは議会政治の母国』という評価を生みました。実際、イギリスでは立憲君主制が確立された1689年から現在まで、議会が開かれなかった年はありません」

その後も貴族院の権限は縮小の一途をたどったという。

「19世紀後半には貴族に不利な財政法案が否決されたものの、最終的に貴族院が譲歩しています。そして1911年には議会における『庶民院の優越』を法律として明文化。

庶民院が可決した予算案などを貴族院が否決することが禁じられました。貴族ではなく市民が政治の中心となる時代が到来したのです」

こうした流れはほかの欧州諸国でも同様であり、貴族議員の特権は続々と廃止されていく。日本でも華族制度が1947年に廃止され、衆・参議院共に選挙で選ばれた人が議員を務めるようになった。

しかし、イギリスは今もなお階級社会であり、庶民院の優越が法律化された後も、このたび廃止されるまで100年以上にわたり貴族議員の世襲が認められていた。なぜか?

「それはイギリスの貴族が『ノブレス・オブリージュ(高貴なる者の責務)』を果たし続けてきたからです。そもそも貴族院議員はずっと無給であり、20世紀終わり頃になって出席時の日当が出るようになった程度。彼らはお金のためではなく、義務として政治に関わっていました」

イギリスの貴族は特権を享受する代わりに、市民に奉仕する義務を負っていた?

「はい。実際、彼らには率先して戦争に行く義務もありました。反対に日本の華族の多くは積極的には前線に行かなかったため、後に国民の反感を買う原因にもなります。

イギリスでは第1次、第2次世界大戦でも多くの貴族が従軍し国を守りました。ただ、あまりに多くの戦死者が出てしまったことが原因で、戦後の衰退にもつながります」

また、イギリスの貴族は革命で打倒されたフランスの貴族とも性質が異なる。

「フランスでは平民ばかりが税を負担させられ、しかも議会が175年間も開かれませんでした。開いた途端に革命となったのは当然です。

一方、イギリスの貴族は税の負担も重かった。議会は国民から搾り取るための場ではなく、自分たちが払う税金について話し合う場でした。『庶民院の優越』を推進したのも、実はソールズベリー侯爵という世襲議員でした。

たとえ自分たちにとって不利な法案でも、公共の利益を優先するという理念がイギリスの貴族にはあるのです。

彼らは自分の領地のインフラ整備や福利厚生、慈善事業の主催などにも積極的でした。そうした伝統が受け継がれてきたのはパブリックスクールなどでの教育のたまものでもあります。古代ギリシャ語やラテン語の古典を通じて、『上に立つ者には必ず責務が伴う』と貴族の子息たちは教え込まれて育つわけです」

イギリスでは王室も慈善活動に熱心で知られている。

「中世ではカトリックの修道会が慈善活動を担っていましたが、16世紀にヘンリー8世が修道院を解散させて財産を没収。修道院がなくなった後、王室が慈善団体や病院、学校をつくるようになりました。

この伝統は現代も変わらず、エリザベス女王は600もの団体でパトロンを務めました。ほかの貴族もそういった団体の副総裁などを務め義務を果たしています。だからこそ他国の貴族と違い、国民に根本から嫌われず、世襲議員という特権も残り続けたのです」

「義務と奉仕」を果たすことで国民の信頼をつなぎ止めてきたという観点では、地盤にかじりつき、政争に明け暮れる日本の世襲議員とは質も立場も根本的に異なるようだ。

【あらためて問われる二院制の存在意義】

国民から一定の支持を得られていただけに、「世襲を本当に廃止していいのか」という疑念もあると君塚氏は言う。

「もちろん、貴族議員の全員が崇高な理念を実践できたわけではありません。ただ、ブレア政権の改革後も残った92人は特に政治活動に熱心な人々であり、近年はどの政党からも距離を取る中立派の議員も多くいました。

議員ではありませんが、オルトリンガム男爵ジョン・グリッグのように政治評論家として王室を痛烈に批判した貴族もいたほど。イギリス貴族は昔から柔軟性があり、庶民と交流しつつ政治への不満を受け止めてきた歴史がある。

また、確かに議員の世襲は、法の下の平等の原則に反するという批判はわかります。しかし、選挙で選ばれていないからこそ、安易なポピュリズムに陥らず、法案を冷静に精査する監督機能を保つこともできた。否決権はない代わりに、政治家の暴走を監視する明確な役割が貴族院にはあるのです」

世襲議員ながら実務能力と知見を評価され保健・農業・国防など多分野で閣僚を歴任した第7代ハウ伯爵。世襲議員は貴族同士の互選で選ばれていた世襲議員ながら実務能力と知見を評価され保健・農業・国防など多分野で閣僚を歴任した第7代ハウ伯爵。世襲議員は貴族同士の互選で選ばれていた

今回の世襲議員廃止により、今後は貴族院の監督機能が失われてしまうことへの危惧はあると言う。

「一代貴族は政府が人選するため、政権に批判的な人を採用しないことも可能です。特に最近のイギリスはひとつの政権の長期化が顕著なので、貴族院も党派色の強い議員ばかりになる懸念があります。それでは貴族院の存在意義が失われてしまいます。庶民院の決定に追随するだけでは、二院制の意味はないからです」

その意味でイギリス議会の改革を巡る議論は、日本の参議院のあり方への示唆も大きいと君塚氏は指摘する。

「参議院の理念は『良識の府』。しかし、現状はまさに衆議院の2軍状態。衆参で与野党の議席数が逆転することをメディアは『ねじれ国会』と呼び、正常ではないと見なしますが、参議院のチェック機能がきちんと働くのは悪いことではない。

国会が二院制であることの意義とは、なんであるか。日本の議会政治の参考元である、イギリス議会の改革を機に、いま一度考えてみてほしいですね」

貴族議員の世襲廃止は、日本の二院制にも、存在意義という重い問題を突きつけている。

  • 小山田裕哉

    小山田裕哉

    おやまだ・ゆうや

    1984年生まれ、岩手県出身。日本大学芸術学部映画学科卒業後、映画業界、イベント業などを経て、フリーランスのライターとして執筆活動を始める。ビジネス・カルチャー・広告・書籍構成など、さまざまな媒体で執筆・編集活動を行っている。著書に「売らずに売る技術 高級ブランドに学ぶ安売りせずに売る秘密」(集英社)。季刊誌「tattva」(BOOTLEG)編集部員。

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