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W杯が開催されるグアダラハラの街には、おびただしいほどの行方不明者を捜すポスターが張られている
メキシコ政府が公式発表する行方不明者数、累計13万人。近年、激化する麻薬カルテル抗争の裏で、合成麻薬ビジネスの隆盛に伴う一般市民に対する拉致・強制労働の実態が浮かび上がってきた。
メキシコ在住のジャーナリスト・嘉山正太氏が、行方不明となった家族を捜す母親たちの"決死の日常"に3日間密着。開幕目前のW杯という華やかな光の裏で、不条理な暴力が君臨し続ける社会の不都合な真実を追う。
夕方、仕事を終えたオスカルは、ひとり家路に就いた。妻のモンセラーテとふたりの小さな子供たちは、まだ帰っていなかった。〝日課のビール〟を飲もうと冷蔵庫を開けた。その瞬間、玄関のほうから音がした。オスカルは妻が帰ってきたと思い声をかけた。
「随分と遅かったね」
だが、家に入ってきたのは見知らぬ4人の男たちだった。彼らは銃を構えオスカルを脅し、無言のまま連れ去った。近所の住民が目撃する中、堂々とこの拉致は行なわれた。家族が帰宅したとき、家の中には異変だけが残されていた。それ以来、オスカルは行方不明のままだ。
後に近隣住民と家族らが証言したこの一連の状況は、現在のメキシコで頻発する拉致の手口だ。ある日、普通の人々がこつぜんと連れ去られ行方不明となる。これが現在のメキシコの日常なのだ。
約13万人。メキシコ政府が発表する公式な行方不明者の累計だ。非公式なものを含めれば、さらに多くなるだろう。なぜ、こんな事態になったのか?
一因は麻薬戦争の激化だ。麻薬組織の影響力が一般社会にまで浸透し、多くの市民の日常生活が脅かされている。それは先日、日本でも報道された麻薬カルテル「CJNG(ハリスコ新世代カルテル)」のボス、通称「エル・メンチョ」の死亡に伴う大規模な社会混乱からも明らかだ。
中でも、麻薬組織による誘拐が絶えない。理由は身代金目的だけではない。被害者の多くは裕福な家庭ではなく、組織の労働力として強制的に勧誘・連行されている実態がある。裏ビジネスが横行するこの国では、常に人手が不足しているのが現状だ。
そして、大量の行方不明者を許すもうひとつの要因が、当局の機能不全だ。被害届を出しても、各所をたらい回しにされ、解決に至らないケースが圧倒的多数を占める。また、当局自体と犯罪組織の関連が疑われるケースもこれまでに多数報告されている。
メキシコでは「インプニダット(不処罰)」という言葉が定着しているとおり、犯罪が事実上野放しとなっている。そのため、家族たちは自ら動かざるをえない。
今回、同行取材したのは、そんな行方不明者たちを捜す団体「マドレス・ブスカドーラス」(「捜索する母親たち」の意)の捜索活動だ。
代表のセシリア・フローレス(以後、セシ)さんは、2015年と19年にふたりの息子が行方不明となり、彼らを捜索する中、19年にこの団体の設立に至った。自身も過去に捜索現場で銃撃に遭うなど、危険と隣り合わせの活動を続ける。
セシリア・フローレスさん。数多くの遺体遺棄地を発見し、2022年BBCの「100人の女性」にも選ばれている
今回の取材日程は3日間。最初に訪れたのは、メキシコ北部にあるソノラ州の州都エルモシージョ。ここは今までにも数多くの遺体遺棄地が発見され、セシさんたちの団体本部がある場所でもある。
初日は、今年3月にセシさんの息子のひとり、アントニオさんの遺骨が発見された場所を再捜索することになった。
捜索現場には警察車両4台、メキシコ軍車両4台、武装警察官十数人が常時同行する厳重な警護体制が敷かれた。この物々しさが、捜索活動の危険性を物語っている。参加者はメキシコ各地から集まり、この日は約30人。中には男性の姿もある。
今回、団体との交渉の末、3日間の同行を許された。捜索には常に武装した軍や警察関係者がつく(写真後ろ)。右は筆者
アメリカとの国境にある街ティフアナから、おいを捜しに参加した男性は、次のように語った。
「先日、シナロア州の密輸ルート沿いの山間部に入ると、打ち捨てられた村を多く見た。歩いているわずかな住民も銃を手にしており、かつて農業で栄えた村は麻薬の工場やルートと化して荒廃していた」
あまりの状況に絶句してしまうが、実際に彼が見たとおりなのだろう。ソノラ州を含む北部地域では、麻薬カルテルの間の抗争に巻き込まれ、自治体単位で機能が消滅する事例が報告されている。
捜索が始まると、早くもセシさんが人骨を発見した。それは息子のアントニオさんのものとみられる脊椎(背骨)の一部だった。19年に誘拐されて以来、今年3月にこの砂漠で遺体の半分が見つかり、今回も新たな骨片が見つかったのだ。小さな骨のかけらを手に取り、涙ぐむセシさん。
「3月に見つけた息子の遺体は打ち捨てられ、地面から露出していた。そのときに見つかったのは体の半分だけ。軟らかい部分は動物に食べられてしまった。今見つかったのは脊椎のひとつ。でもここには息子の心の一部が残っている。母親として、すべてを見つけるまで妥協はできない」
見つけた遺体のDNA鑑定によって個人の特定を図る。初日はセシリアさんの息子の脊椎の一部が見つかった
遺体を見つけ涙を流すセシリアさんと彼女を抱きかかえるメンバーたち。共に活動する仲間たちもまた家族だ
息子のダニエルさんを捜すマリサさんは、当時の当局の対応をこう振り返る。
「息子は職場から武装集団に連れ去られました。警察に相談した際、息子の職業が『工業化学技師』だと伝えると、担当者は『マフィアが仕事をさせるために連れていったんだろう。2~3年で返してもらえるよ』と言った。それから4年半がたちます」
ダニエルさんが化学技術者だった点は重要だ。メキシコではフェンタニルなどの合成麻薬ビジネスが隆盛しており、化学の専門知識を持つ人材が組織に狙われる傾向がある。
米ニューヨーク・タイムズ紙でも、メキシコ国内の大学の理系学生がカルテルから勧誘や脅迫を受ける実態が報じられており、一般市民と裏社会が地続きでつながっている事実が浮かび上がってくる。マリサさんは続ける。
「私の家族は捜索活動を快く思わず、過去にとらわれるなと言います。でも、私が捜さなければ誰が息子を捜すの? 家族との間には亀裂が生じました。この活動でできた仲間が、今は本当の家族です」
捜索に参加したメンバー。主に行方不明の子供を持つ母や家族で構成される。団体は創設から7年で2700体の遺体を回収している
家族内でのとらえ方の相違も、被害者遺族が直面する課題のひとつだ。
砂漠での捜索を終え、新たな地点に向かう。そこは昨年、60人規模の集団遺体遺棄が発覚した場所だ。参加者のひとり、ベロニカさんの息子もその遺体の中に含まれていた。
設置された墓標の前で彼女は「ここで息子の遺体が見つかった」と話した。隣にいたエスピノサさんは当局への不信感を口にし、彼女自身の見解として「一部の警察官は遺棄場所を知っているが、組織との関係から深く介入しないのではないか」と語った。
それを聞いたベロニカさんが「そんなことを言っていると、次はあなたを捜さなくてはならなくなる」と冗談を交じえ、エスピノサさんが「私がいなくなったら捜してね」と応じる一幕があった。
2日目は、エルモシージョから3時間ほどの距離にある、米国アリゾナ州と接する国境の街、ノガレス周辺が舞台となった。
国境の治安についてメンバーは「国境はいつもカルテルの縄張り争いがあり危険だ。だが、コロナ禍以降さらに悪化した」と話す。
父親を捜すアナさんは「なぜ悪化したのか? 一般市民にはわからない。私たちが知りたいくらいよ」と語った。
セシさんによると、捜索場所の情報は主に匿名で寄せられ、団体の知名度向上に伴い、時に組織内部の関係者からもタレコミがあるという。確かに、彼女の携帯電話には絶えず連絡が入っていた。
現場に到着する。一面の山。そこに捜索隊の母親たちは躊躇なく分け入っていく。人が歩ける場所に遺体が放置されている可能性は少ない。そのため、彼女たちは道なき道を、時に滑り落ちながらも進む。
そして、手がかりの場所に近づくと、彼女たちは地面を掘り起こし始める。遺棄現場をどう見分けるのか、メンバーのひとりが教えてくれた。
「土の色が周囲と違う場所を探す。あるいは、シャベルを当てたときに手応えが軟らかい場所。そこは、過去に一度掘り返された証拠になる」
軍と警察の武装車両が計8台同行。実際、団体は過去にも捜索時に麻薬カルテルからの襲撃を受けている
それ以外にも、砂漠地帯では「メスキーテ」と呼ばれる低木の横に遺体が放置されているケースも多いという。
どのぐらいの頻度で遺体が放置された現場に出合えるのか。冒頭のオスカルさんを捜すため、西部のグアダラハラから捜索に参加している妻のモンセラーテさんに聞いた。
「毎回ではない。でも、先週もグアダラハラの空港近くで、5人の遺体を見つけた」
グアダラハラといえば、今年6月にW杯が開催される都市だ。2月のエル・メンチョ殺害以降、政府が治安対策に乗り出している地域でもある。モンセラーテさんが言う。
「W杯なんて私たちには関係ない。私たちは毎週、家族を捜すだけ」
グアダラハラの観光名所である大聖堂。果たして平穏無事にW杯を終えることができるのだろうか
エル・メンチョがメキシコ政府に殺害され、グアダラハラの治安は変わりましたか?
「まさか」
彼女は、こちらを振り返りもせずに言い放った。
「死のにおいがする」
最終日は、ある被害者家族が拉致される直前にかけてきた通話記録を頼りに、国境沿いの乾燥地帯を捜索した。「山の麓の青いタンクの近くにいて狙われている」というメッセージをもとにドローンを投入。
広範囲に給水用タンクを探し、荒野の中、サボテンのトゲで足を血だらけにしながらも母親たちは歩き続けたが、成果はなかった。
セシさんは今回の捜索を終え、こう結んだ。
「国内の治安は悪化し毎日、行方不明者が増えています。私たち母親、特に女性は常に大きな不安と恐怖の中にいる。だからこそ、互いに守り合い、団結するしかない。
私はいつも仲間に言います。『この闘いで団結し、一緒に歩み、自分たちの手で行方不明者を捜しましょう』と。恐怖におびえて暮らすのは、生きているとは言えない。私は息子たちを失ったあの日、恐怖という感情を失ったのです」
彼女の強い意志がにじみ出ていた。そして、私たちは帰り道へと向かった。
「おい、見てみろ、あそこに家がある!」
運転手が突然叫んだ。疲れ果て帰路に就く私たちの前に、その家は突然現れた。青くはないが水のタンクがある。外観からもすぐにわかるほど、ふたつの家屋には数百発の弾痕が残っていた。
しっくいの壁に刻まれた無数の銃弾の痕は、激しい戦闘の跡を物語る。私たちは同行の警察官と恐る恐る家屋に近づく。警察官が屋内に声をかけるが返事はない。すでに放棄された建物のようだ。
中に入ると、内壁にも弾痕が広がっている。人がいなくなって、それほど時間はたっておらず、警察の推測では数ヵ月前のことだろうという。
数百発の弾痕が残る家屋。警察官の警告により作業は中断されたが、果たして遺体は埋まっていたのか
母親たちはすぐにシャベルと特殊な金属棒を携え、家の中の捜索を始めた。家屋の奥に、ブリキの覆いがかぶさっている場所があった。その下はむき出しの地面である。ひとりがシャベルで穴を掘り始める。
土は軟らかく、最近掘り起こされたかのようだった。ある程度まで掘り進めると、もうひとりが長い金属製の棒を渡し、その穴に突き刺した。
その棒はなんのために突き刺すのですか?
「この棒を突き刺すことで、下に何かが埋まっているかどうか、感触でわかる。そして、もし何かあればにおいがする」
どんなにおいなのか。
「死のにおいがする。死体の」
死のにおい。確かに、この建物に入ってから、異様なにおいが立ちこめている。何か乾いた、それでいて何かこれまでに嗅いだことのない、何かが腐っているような。
母親たちは掘り進めるも、出てくるのは土の塊だけ。それでも、彼女たちは真剣なまなざしで地面を見つめ続ける。そこに、自分たちの大切な人が埋まっていると信じている目だった。
だが、最後までそこから何かが、誰かが掘り起こされることはなかった。
「早く離れたほうがいい。日が暮れる前に」
警察当局から警告が出た。組織は自分たちのテリトリーに侵入した者を監視しており、今この瞬間も私たちをうかがっている可能性がある。
実際、前日の捜索では、丘の上に打ち捨てられた、カルテルのキャンプ跡を発見していた。人が生活していた痕跡があり、周囲が一望できるその場所からは、州境も国境もすべてが見通せた。それを目の当たりにしていた私たちは、確かに誰かの視線を感じずにはいられなかった。
母や妻たちは落胆の表情を浮かべ、家屋から出た。そこは家畜農家だったのか、水タンクの上で小さな風車がカラカラと回り続けている。
人のいなくなった場所で、ただ、風だけが残っていた。
●嘉山正太(かやま・しょうた)
1983年生まれ、埼玉県出身。横浜国立大学人間科学部卒業。日本の映像制作会社で働いた後、2008年にメキシコに移住。以降、ラテンアメリカ全域でのテレビ番組・映画・CMなどのコーディネートを行なう。制作業務をはじめ、脚本執筆から国際映画祭などのイベントの通訳まで幅広い分野の仕事を行なう。著書に『マジカル・ラテンアメリカ・ツアー 妖精とワニと、移民にギャング』(集英社インターナショナル)