呂布カルマが主催イベントを20年間続ける意義「お客さんとはもはや身内のような距離感」

撮影/田中智久

『週刊プレイボーイ』でコラム「呂布カルマのフリースタイル人生論」を連載している呂布カルマ『週刊プレイボーイ』でコラム「呂布カルマのフリースタイル人生論」を連載している呂布カルマ
ラッパーとしてはもとより、グラビアディガー、テレビのコメンテーターなど、多岐にわたって異彩を放っている呂布(りょふ)カルマ。『週刊プレイボーイ』の連載コラム「呂布カルマのフリースタイル人生論」では『日乃丸』について語った。

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★今週のひと言「地元・名古屋の主催イベント『日乃丸』が20周年を迎えた話」

ラッパーは売れるとレギュラーイベントが減る。毎週末、日本各地のイベントにゲストとして招聘(しょうへい)されるようになるからだ。

俺も全国的にはほぼ無名だった20代の頃は地元・名古屋に毎月4つも5つもレギュラーイベントがあった。

その後、30代前半から運良く全国に見つけられた俺は、忙しくなると同時に週末に地元にいることも減り、唯一のレギュラーイベントといえば、今では平日、毎月第3火曜日に主催する「日乃丸」だけが残った。

その日乃丸が今年の7月で開始から20周年に達した。俺はイベントスタート時のメンバーではなく、開始から半年後に合流して途中から主催を任されるようになったのだが、俺自身が今年でラッパーとして活動21年目とかなので、ラッパー人生のほとんどを日乃丸のメンバーとして過ごしたことになる。

ちなみに日乃丸を開催しているclub buddha(クラブ ブッダ)は名古屋新栄(しんさかえ)にある老舗クラブで、今年オープン40周年。日本に現存する最古のクラブとされている。

20年前、俺が別で主催していたイベントに誘ったDJが当時日乃丸を主催していて、挨拶するために足を運んだ。

今と違ってクラブで日本語ラップがかかることがほとんどなかった時代に、邦楽オンリーをうたっていた特殊なイベントで、当日はたまたま2月14日のバレンタインデーだったのだが、女性客は0人。男たちだけが踊るでもなく、スピーカーの前で小さく首を上下させているような雰囲気だった。

当時生粋の日本語ラップマニアが高じて自分でもラップをするようになって2年目とかの俺がそうした空間にしびれていると、「来月から呂布くんもここでラップしない?」と誘われたのだった。

それからも洋楽がかかることはなく、雨の日も風の日も毎月1度、コロナでクラブが閉じているときも、自分たちのスタジオから配信という形で日乃丸は一度も休まず20年続いたのだ。

手前味噌だが、不定期開催とかを除けば毎月のレギュラーで20年続いているヒップホップイベントは極めてまれだ。

メンバーも半分ぐらいは出たり入ったりがありながらも皆同じように年を重ねてきた。大半は大学生や俺も含めてフリーターだったが、今やほとんどのメンバーが正業や家庭を持ちながら続けている。

それも、今のように音楽で飯を食うというのが現実的ではなかった時代から続いているからこそだろう。

この年になると毎月1度顔を合わせて酒を飲む仲間は、なかなかいなくなる。ブッダは100人も入れば身動きが取れなくなるほどの小箱なので、毎月来てくれるお客さんとはもはや身内のような距離感になっている。

それに加え、俺とイベントやレーベルの仲間でもあるDJ鷹の目のふたりで地元のFM局で10年近く続けているラジオ番組があるのだが、近年ではその番組の常連投稿者やリスナーたちのオフ会的な場所にもなっている。それらを身内ノリと切り捨ててしまえばそれまでなのだが、中年同士の音楽を媒体とした身内ノリほど平和なものはない。

どこまでいってもヒップホップは若者が中心で、女や金や薬物にまつわる揉め事が絶えないのも事実なのだが、そーゆーのとも無縁というか、すでに通り越し、母国の音楽を介して月に1度の生存確認というか、年を取ってもクラブに遊びに行く理由になるようなそんなイベントを、この先も毎月1度平日に緩く続けていくのだ。

仕事でもプライベートでも名古屋に立ち寄る際は、第3火曜日に的を合わせて、日乃丸に顔を出してみてほしい。

★『呂布カルマのフリースタイル人生論』は毎週木曜日更新!★

  • 呂布カルマ

    呂布カルマ

    Ryoff Karma

    1983年1月7日生まれ、兵庫県出身。名古屋市在住。JET CITY PEOPLE代表。ラッパーとして活躍する一方、グラビアディガー、コメンテーターとしても異彩を放つ。 
    公式X(旧Twitter)【@Yakamashiwa

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