2020年3月に3年以上もの長期収容から仮放免され、出迎えた日本人妻と抱き合うクルド人のデニズさん。しかし、これまで難民認定申請を4回しており、今回の入管法改正が成立されれば、強制送還の対象になる可能性がある 2020年3月に3年以上もの長期収容から仮放免され、出迎えた日本人妻と抱き合うクルド人のデニズさん。しかし、これまで難民認定申請を4回しており、今回の入管法改正が成立されれば、強制送還の対象になる可能性がある

現在、参議院での審議が大詰めを迎えている「入管難民法改正案」。難民と認められない非正規滞在の外国人に対する収容や祖国への強制送還のルールを見直すこの法案に、今、必死に反対している当事者たちがいる。彼らに話を聞いたところ、そこには祖国へ"帰れない"、切実な事情があった。

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■帰らないのではなく「帰れない」

『週刊プレイボーイ』本誌発売日(6月5日)時点で、入管難民法改正案(以下、改正案)はもう国会で可決されているかもしれない。

同法が施行されると、弾圧を恐れて出身国への帰還を拒んでいる外国人を強制送還することが可能になる。

改正案が今年3月7日に閣議決定されると、全国各地で連日、改正案に反対する市民や当事者となる外国人が多数集まり、「帰れば殺される」と必死の抗議行動を展開している。東京に限っても、5月7日は豪雨の中で約3500人が抗議デモに参加し、12日の国会前抗議行動には約4000人、21日のデモには約7000人と参加者は増え続けた。

今年4月21日の入管法改正に対する国会前抗議行動に、21年3月に名古屋入管で不審死したスリランカ人女性のウィシュマ・サンダマリさんの親族も参加した 今年4月21日の入管法改正に対する国会前抗議行動に、21年3月に名古屋入管で不審死したスリランカ人女性のウィシュマ・サンダマリさんの親族も参加した

日本には、オーバーステイをしたり、在留資格が何かしらの理由で失効したり、あるいは生まれつき在留資格を認められていない外国人が年間数万人も存在する(非正規滞在者)。

出入国在留管理庁(以下、入管) は非正規滞在者のうち、2014年から21年までの8年間で、5万2353人に「退去強制令書」(帰国命令書)を発布したが、その96%に当たる5万233人は素直に帰国した。(※)2014~19年は入管庁「送還・収容に関する専門部会 第2回会合資料32ページ」、20~21年は「統計で見る日本出入国管理統計」を参照に筆者が計算。

だが残る4%は帰らない。その多くは、出身国で民族差別を受けたり、反政府運動をして弾圧や拷問をされたり、紛争から逃れたりするために来日したからだ。

一方で、入管も彼らを祖国へ帰すことができなかった。彼らは日本で難民認定申請をするが、日本も批准する難民条約上の「ノン・ルフールマン原則」に従い、難民申請中の人を送還してはいけないとの国際ルールがあるのだ。

そこで入管は彼らを「帰国の準備が整うまで」との前提で全国に9ヵ所以上ある収容施設に収容する。もしくは、一時的に収容を解く仮放免という措置を講じていた。

仮放免の条件は「進学はできるが就労禁止、自由な移動の禁止、住民票もなく国民健康保険にも加入できない」という、およそ人間らしい生活は望めないもの。それでも本国で弾圧されるよりはマシだと、難民認定申請が不許可になっても、非正規滞在者の多くは再び申請を繰り返す。

入管はこれに対し、「外国人のごく一部はそのことに着目し、難民認定申請を繰り返すことによって、退去を回避しようとする」(入管庁HP)との見解を示し、その線引きとして「難民認定申請できるのは2回まで。3回目の申請で特別な事情がない限りは強制送還する」と定めた改正案を出したのだ。

加えて、改正案では送還拒否した場合、今後創設される「送還忌避罪」に問われ刑事罰を科される。つまり服役する可能性があるということだ。

帰国を拒む送還忌避者は22年末時点で4233人いるが、そこには日本人女性を配偶者とする外国人もいる。

「スリランカに送り返されたら殺される。なおみとも会えなくなる。私は帰らないのではない。 『帰れない』のです」

こうおびえるのは、日本人のなおみさん(50歳)と16年に結婚したスリランカ人のナビーンさん(42歳)だ。

スリランカ人のナビーンさんと日本人妻のなおみさん。結婚して6年がたつが、入管は配偶者ビザを出そうとしない スリランカ人のナビーンさんと日本人妻のなおみさん。結婚して6年がたつが、入管は配偶者ビザを出そうとしない

ナビーンさんの父はスリランカで反体制派の政治運動をしていた。03年4月、政府側と思われる10人ほどの男に突然襲われ、そのとき受けた暴行により腎機能が悪化。その後、死亡した。

このままでは、いつか自分も殺される。そう恐れたナビーンさんは、ビザ発給が早い日本への逃避を決め、同年12月、留学ビザを携え日本語学校の留学生として来日した。

しかし、04年夏に日本語学校が倒産。校長と経営者は雲隠れし、転校先のあっせんもなく、ナビーンさんは学生寮も出ることになる。

05年12月に留学生ビザが失効し在留資格を失うが、スリランカへの帰国だけは避けるため、そのままオーバーステイを選んだ。それが13年3月に発覚すると、東京出入国在留管理局(以下、東京入管)に収容された。

入管は退去強制令書を発布し「国に帰れ」と要請。だが、ナビーンさんは難民認定申請をしていたため送還されなかった。ナビーンさんはこれまで2回の難民認定申請をしたが、昨年2回目の申請も不認定となった。改正案が成立すれば、次回の申請で強制送還の対象となりうる。

元入管職員の木下洋一さんは「以前は日本人配偶者との間に結婚の実態があれば、難民認定ではなくても在留特別許可(法務大臣の裁量で出す在留許可)を出したのに、16年頃から一気に激減した」と話す。それはちょうど、ナビーンさんとなおみさんが結婚した時期と重なっている。

ナビーンさんは今、あまりの不安から家に引きこもっている。「もう生きたくない」と包丁で首を切ろうとしたこともあり、精神科で「うつ病」と診断された。

夫の人生が奪われようとしている。なおみさんは今、改正法案の廃案を訴え各地の集会に参加している。3月30日に参議院議員会館での「入管法改悪反対 緊急院内集会」で涙をこらえ、こう訴えた。

「夫がスリランカに戻れば投獄や拷問が待っています。私は夫をスリランカに帰すわけにはいかないのです」

なおみさんは、21年夏に設立された「夫(仮放免者)の在留資格を求める日本人配偶者の会」の発起人のひとり。同会には彼女と同じ境遇の日本人配偶者が十数人所属しているという。

■「家族はもう夫しかいない」

その集会では、トルコ国籍のクルド人、ウチャルさん(33歳)の日本人配偶者のまゆみさんもマイクを持った。

トルコでは少数民族のクルド人への日常的な差別や迫害がある。ウチャルさんは、幼少期に突然トルコの軍人に自宅を破壊され、「ここから出ろ」と無理やり追い出されたことを今も忘れていない。

クルド人のウチャルさん。数度の収監生活がトラウマとなり、壁に囲まれた部屋で過ごすことができず、就寝直前まで近くの公園で過ごす クルド人のウチャルさん。数度の収監生活がトラウマとなり、壁に囲まれた部屋で過ごすことができず、就寝直前まで近くの公園で過ごす

トルコにはクルド人の反政府組織があり、トルコ政府は一般のクルド人住民もその支援者だと敵視する。拷問や投獄される大人は当たり前にいた。

徴兵の時期が迫った18歳の頃、ウチャルさんは逃避を決める。徴兵されたら、同じクルド人に銃を向けることになってしまうからだ。日本在住の親戚の誘いもあり、08年に来日した。

だが、成田空港で「難民認定の申請がしたい」と申告すると、その場で観光ビザが取り消され、即収容。5ヵ月後に仮放免され埼玉県で暮らし、15年にまゆみさんと結婚した。

ただ、日本人配偶者がいても、入管は配偶者ビザを付与していない。ウチャルさんは今まで3度、難民認定申請が不認定となり、現在4回目の申請中である。

両親が他界したまゆみさんは集会で「家族はもう夫だけなんです。引き離さないでほしい」と訴えた。

5月7日の入管法改正案への反対デモには約3500人が集まった 5月7日の入管法改正案への反対デモには約3500人が集まった

■ずっと日本で生きてきたのに

ここで、在留資格のない子供たちのことも伝えたい。

仮放免中の両親の下に生まれた子供や、幼少期に日本に帯同してきた子供は、自動的に"仮放免者"として扱われている。そして、親と一緒に難民登録申請をする。すでに2回以上の申請をした子供は少なからずいる。

4月24日、参議院議員会館の院内集会で、小学生から高校生までのクルド人の児童・生徒が入管法改正への反対を訴えた 4月24日、参議院議員会館の院内集会で、小学生から高校生までのクルド人の児童・生徒が入管法改正への反対を訴えた

今年4月24日。参議院議員会館で、約10人の小学生から高校生までのクルド人の学生による改正法案への反対を訴える院内集会が開催された。彼らはこう話す。

「行きたい大学は絞り込んだのに、このタイミングで行ったこともないトルコに送還されれば、ゼロどころかマイナスからの勉強になる」(高校生女子)

「トルコ語を話したこともなく、文化もわからない。日本が生きる土台です。日本で自分の人生を築きたい。助けてください」(中学生女子)

深刻なのは、親子が引き離される事例も発生することだ。

9歳のときから16年にわたって日本で暮らしているクルド人のラマザンさん。2021年に在留特別許可を得たが、両親や妹には認められなかった 9歳のときから16年にわたって日本で暮らしているクルド人のラマザンさん。2021年に在留特別許可を得たが、両親や妹には認められなかった

クルド人のラマザンさん(25歳)は、トルコから逃避した両親と共に9歳のとき来日。以来、仮放免者として生きたが、いつか在留資格を得て働くとの夢を持ちながら、高卒後は自動車整備学校に進学した。そして家族は在留資格を求める裁判を起こし、21年に在留特別許可を得た。

ただし、許可されたのはラマザンさんと弟だけ。両親と妹は認められず、今も仮放免のままになっている。

今年5月25日、参議院議員会館で開催された記者会見で、ラマザンさんは「もし法が施行されたら、妹と両親だけ帰され、家族バラバラになる。 私は全力でこれを止める」と宣言した。

■難民審査についての"ある疑惑"

日本の難民認定率は極めて低い。難民支援協会のデータによると、10年から21年の12年間で7万9207人が難民申請したが、認定者は377人。認定率はわずか約0.5%だ。G7に限れば、21年でフランスの約18%からイギリスの約63%と幅はあるが、その認定数はいずれも万単位である。

特に、トルコ政府によるクルド人への迫害は国際的には周知の事実であり、21年の国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の報告では、クルド人の難民認定率は、カナダで95%、アメリカ87%、英国79%と高いが、日本では昨年にひとりが認められただけ。

今、この認定率の低さの原因のひとつとして取りざたされるのが「難民審査参与員」(以下、参与員)だ。

難民認定は、まず入管が1次審査を行なう。不許可となっても、不服申し立てをすれば難民審査参与員という法務大臣に指名された111人 (現在)の有識者(法曹関係者、国際法学者、NGO関係者など)が3人ひと組の班で対面や書面2次審査を行なう。

その中で今、注目されているのが、NPO「難民を助ける会」の柳瀬房子名誉会長の処理件数だ。

22年の不服審査処理件数は4740。これを難民審査委員118人(22年8月時点)で割るとひとり40件だが、柳瀬氏はその26%に当たる1231件を審査したというのだ。

柳瀬氏の審査勤務日は、22年は32日間なので、一日約40件(1231÷32=38.4)を処理したことになる。

しかし審査には、本人の申告情報、面接情報、そして出身国情報の3つが必要だ。特にその国の治安状況や社会情勢を詳細に記した出身国情報はひとりにつき100ページを超えることもある。

事前に予習していた可能性は否定できないが、一日で平均40人分の審査を厳密に行なうのは、かなり難しいといえるのではないだろうか。

柳瀬氏は、21年4月21日、衆議院法務委員会で参考人としてこう発言した(概要)。

「2000人以上と対面し、難民と判断したのは6人だけ。『申請者に難民がほとんどいない』ことをご理解ください」

この発言こそが、その後の改正案の立法事実のひとつと位置づけられた。

また、今年5月25日の参議院法務委員会に4人の参考人が招致され、そのひとりである現役参与員の浅川晃広氏はこう発言した。

「これまで3900人を審査し、難民判断したのはひとり」

認定率でいえば0.026%だ。浅川氏は「出身国情報はたまにしか参照しない」とも話し、こう続けた。

「例えば、スリランカでの政党間対立で迫害され日本への逃避事例があるが、スリランカの一部地域での話。ほかの地域に住めばいいではないかと、難民と判断しなかった」

ナビーンさんと同じ事例ではないか。この発言にナビーンさんはこうコメントした。

「小さい国です。ほかの場所で暮らしても、警察がIDカードを調べたら、その場でバレて殺される場合が多いです」

スリランカの出身国情報(日本語版)は62ページあるが、警察の汚職は多数報告されている。浅川氏はこれを読んでいなかったのだろうか。

このふたりの参与員の姿勢を見るだけでも、非正規滞在者とその家族は「人の命をなんと考えるのか」 と憤るのだ。

パキスタン人のサディクさん。難民認定申請はしていないが、昨年末に政府が彼の強制送還を発表。ただ、彼はかつて学生運動で多くの仲間がパキスタン政府に殺されたので帰国を拒否する構えだ。「日本の刑務所に入るほうがましです」(サディクさん) パキスタン人のサディクさん。難民認定申請はしていないが、昨年末に政府が彼の強制送還を発表。ただ、彼はかつて学生運動で多くの仲間がパキスタン政府に殺されたので帰国を拒否する構えだ。「日本の刑務所に入るほうがましです」(サディクさん)

もし、この改正法が施行されれば、ある人は帰国後に投獄されたり、拷問されたりするだろう。一方で、入管から強制送還の通知を受けているパキスタン人のサディクさん(58歳)が「政府に命を狙われている私は帰れない。だから送還忌避罪で刑務所を選びます」と話したように服役を選ぶかもしれない。

クルド人の夫がいる前出のまゆみさんは、数年前に入管職員とこんな会話を交わしたという。

入管 「いらない外国人はみんな帰ってもらいたいんですよ」

まゆみ 「弾圧がある国に帰れば夫は危険な目に遭います」

入管 「自己責任ですから」

果たしてこれは人権のある国の態度と言えるのだろうか。