フィリップ・トルシエ氏は2014年から、フランス・ボルドーの大地と向き合い、ワイン造りに身を委ねている。一方、32年間にわたり日仏食文化の架け橋として活躍するフランス料理界の巨匠ドミニク・コルビ氏。ふたりの会食をしながらの対談は、土地と食材への深い敬意、食への未来へと話が広がっていった。
ワイン造りについて熱く語ったトルシエ氏
――トルシエさんが営むワイナリーの詳細について伺えますか?
トルシエ 現在、ブドウ畑を3.9ヘクタール(3万9000平方メートル)所有しています。畑の場所、季節ごとの太陽の当たり方、水が十分に行き届くか、霜が降りるかどうかなど、すべてを把握しなければなりません。毎年、自然環境は変わるので、その年ならではのヴィンテージを作り上げることになります。
ワイン造りは土づくりから始まり、その土地に根づいたブドウの生産を積み重ねていきます。特に近年は、地球温暖化の影響で作業が難しくなっていますが、だからこそブドウがつぼみから実へと育つプロセスを丁寧に見守ることに、深い喜びを感じます。
コルビ 農業と料理は本質的に同じです。土を育て、食材を育て、そして最終的に食べる人のために、食材が最も輝くところまで高めます。トルシエさんのワイン造りへの向き合い方を聞くと、私が45年間料理と向き合ってきた想いと重なりますね。どちらも自然への深いリスペクトから始まるので。
料理について語ったフランス料理界の巨匠コルビ氏
トルシエ 旬の食材を厳選し、美味しさを極限まで高めるコルビシェフの料理には、私がワイン造りで最も大切にしている哲学と同じ血が流れています。それゆえ、料理とワインがお互いの魅力を引き立て合うのは、必然と言えますね。
――ワイナリーで造っているワインをご紹介ください。
トルシエ 現在、私のワイナリー「ラ・ベル・ガブリエル」には、今回料理と組み合わせた「ソル・ベニ」の他に3種類のワインがあります。
コルビ そのなかのひとつ、「クー・デュ・シャポー」は、フランス語でサッカーのハットトリックを意味するエレガントなワインですね。
トルシエ 太陽の恵みを受けた粘土石灰質の斜面で育つ、メルロー(ブドウの品種)の古樹から生まれ、豊かなスパイスの香りと豊富なポリフェノールが特長で美味しいです。
コルビ 続けて「グラン・ブルー」は、豊かな香りとバランス良く果実がブレンドされていて飲みやすいです。
トルシエ 洗練と喜びをコンセプトに、女性的な美しさを表現しています。若いメルローを使い、果実味と上品な渋みのバランスを追求しました。
(左から)「ソル・ベニ」「クー・デュ・シャポー」「グラン・ブルー」
コルビ そして、「フラット・スリー」。トルシエさんが日本代表監督として築いた戦術名を表していますね。
トルシエ これは、私の哲学・情熱・信頼・調和を体現しています。W杯で戦う日本代表とともに、勝利の瞬間を味わうために作り上げた、フレッシュで柔らかい果実味が特長です。日本を中心に展開する限定生産ワインです。
コルビ トルシエさんのワインそれぞれに深い哲学を感じます。「フラット・スリー」を飲むと、2002年のW杯でトルシエさんが日本代表を率いていた時の雄姿がよみがえります。当時の日本代表の戦いぶりと、トルシエさんの革新的な戦術への揺るぎない信念。あの頃の記憶と熱い想いが、この一本のワインに込められていますね。
――ちなみに、コルビシェフもパリ・サンジェルマンの試合を欠かさず観戦するほどのサッカーファンとのことですが、北中米W杯を戦う日本代表の印象はいかがですか?
コルビ 日本は強いですね。選手ひとりひとりから、努力を惜しまない謙虚さと計り知れない資質、可能性を感じています。フランスは問題なく予選を通過して決勝まで行くと思います。日本もグループリーグを一位で予選を突破する力がありますし、日本とフランスの対戦が実現してほしいですね。
トルシエ 私は神ではないので未来を予測することはできませんが、日本のサッカーの技術は世界屈指であり、質が高い。ブラジル、イングランド、ドイツ、スペインといった強豪国とも対等に戦える実力があり、どの国にとっても侮れない存在です。日本は、W杯で世界トップ8に入る力があります。勝利を信じて全力で応援していきます!
――トルシエさんにとってのワイン造り、農業とは?
トルシエ 私にとって、農業とは生活そのもの。気候・土・水・太陽であり、その土地固有のエコシステムがある。そこから人間は生命を与えられ、生きていくわけです。年々、農業の機械化が加速していますが、本当に重要だと思うのは農業の本質、人間の手が加わるという意味での農業です。夜遅くまで懸命に仕事することに大きな価値があると感じています。
コルビ 料理の世界でも、同じことが言えます。どれほど機械が発達しても、食材が持つ生命力を感じ取り、それを皿の上で表現するのは、結局のところ人間の手と感性です。
コルビ氏の料理、トルシエ氏のワインを前に語り合うふたり
トルシエ 最近では、ブドウ畑の木陰でワインを開けて、地元サン・テミリオンの友人たちと飲んで語らう時間が、何よりも心地よいですね。サッカーの監督時代には気づかなかったことが、大地と向き合うことでいろいろと見えてきています。
コルビ チームを育てるように畑を育て、試合の日を迎えるように収穫のタイミングを待つ。経験と直感と忍耐力、それらが凝縮されて一本のワインになるのですね。
トルシエ コルビシェフの料理にも通じる話ですね。
コルビ 私もまったく同じことを感じています。季節の移ろいや食材の声に耳を傾け、食べる人に想いが届くよう、最高の一皿に仕上げていく。そこには、人間として最も本質的な営みがある気がしています。私たちは、ワインと料理を通じて自然の中に答えを探しているのかもしれません。
――「食」との向き合い方について、次世代に伝えていきたいことは?
コルビ 私は日本に来て、食材の豊かさと、生産者や料理人の真摯な姿勢に心を打たれ続けています。そして日本には、季節、技術、食材の純粋さに対する深い敬意がある。この感覚は、若い世代にぜひ受け継いでほしいです。
本当の美味しさは、食材と向き合い、自分の舌で感じることの中にあります。ぜひ良い食材に触れて、料理の本質を知ってほしいですね。食は人生そのものを豊かにしてくれますから。
トルシエ 私はこれまで成功も失敗も経験してきました。大切なのは、失敗した時に「何が悪かったのか」を理解して修正することです。サッカーでも料理でもビジネスでも、このプロセスが人を必ず成長させます。かつて日本代表を指揮していた時も、選手たちにはミスをしても諦めず、修正してさらに前へ進むよう伝えてきました。
コルビ 私も覚悟を決めて、道を極める地として日本を選びました。慣れない環境で言葉や文化の壁にぶつかり、数え切れないほどの失敗をしました。しかし、「本物の味を届ける」という情熱だけは一度もブレることがなかった。目の前の課題をひとつひとつ乗り越えていくうちに、気づけば32年という月日が流れました。
トルシエ コルビシェフはフランスから日本へ、食文化の橋渡しを続けてきました。その熱意と経験を次世代に伝えることが、今の私たちの使命だと感じています。若いみなさんに伝えたいのは、「情熱を持って自分の道を歩んでほしい」ということです。
今後の目標についても語ったコルビ氏(左)とトルシエ氏
――ご自身たちの今後についても聞かせていただけますか?
コルビ 食の大切さを多くの人に伝え、情熱やエネルギーを共有していきたいです。2026年3月、食の普及を目的に、新たなプロジェクトを開始しました。具体的には、食のイベント、食育、弟子養成、商品開発です。トルシエさんとは偶然にも、食の分野で同じ道を歩んでいますので、ヴィジョンを共有しながら力を合わせて歩んでいきましょう。
トルシエ ぜひ、一緒に進みましょう。2002年のW杯では、発展途上にあった日本代表を、世界に存在感を示すチームへと変えることができました。現在、欧州をはじめ世界各地で日本の選手たちが活躍している姿を見ることは、私の大きな誇りです。
コルビ 妥協なきサッカーのチーム作りと、一本のワインに注ぐ情熱。トルシエさんは、私の人生に最も大きな影響を与えた存在です。多くの人の心をひとつにする統率力、細やかな配慮、そしてすべてを突き動かす熱量。そこには、私が料理に捧げる想いとまったく同じ景色が広がっています。
■取材協力:農林水産省
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■農林水産省のSNS発信プロジェクト「BUZZ MAFF(ばずまふ)」
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■取材会場:学校法人服部学園 服部栄養専門学校
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■通訳:塩田明子(上智大学外国語学部フランス語講師)
■今回のGI産品の調達先
・飛騨牛(岐阜県:飛騨牛銘柄推進協議会、(株)丸明)
・鹿児島の壺造り黒酢(鹿児島県:鹿児島県天然つぼづくり米酢協議会、宇都醸造(有))
・青森の黒にんにく(青森県:協同組合青森県黒にんにく協会、青森第一食糧(有))
・小笹うるい(山形県:山形農業協同組合 南部営農センター)
・豊橋花穂(愛知県:豊橋温室園芸農業協同組合、(株)政義青果)
・北海道米(北海道:ホクレン農業協同組合連合会 米穀事業本部)
・サキ白みそ(香川県:香川県味噌工業協同組合、(有)中屋醸造所)
・市田柿(長野県:みなみ信州農業協同組合、丸西産業(株))
・沖縄黒糖(沖縄県:沖縄県黒砂糖協同組合、沖縄県黒砂糖工業会)