
川喜田 研
かわきた・けん
川喜田 研の記事一覧
ジャーナリスト/ライター。1965年生まれ、神奈川県横浜市出身。自動車レース専門誌の編集者を経て、モータースポーツ・ジャーナリストとして活動の後、2012年からフリーの雑誌記者に転身。雑誌『週刊プレイボーイ』などを中心に国際政治、社会、経済、サイエンスから医療まで、幅広いテーマで取材・執筆活動を続け、新書の企画・構成なども手掛ける。著書に『さらば、ホンダF1 最強軍団はなぜ自壊したのか?』(2009年、集英社)がある。
予測市場の代表的な市場であるポリマーケットのロゴと表示画面。ブラウザーやアプリなどから簡単にアクセスできる
ある出来事が起こるかどうかに「イエス」か「ノー」かで答え、予想が当たったら仮想通貨で配当金を受け取ることができる「予測市場」。遊び半分で始まったものが、徐々に賭けの対象をエスカレートさせている。現実の出来事にまで影響を与えかねない危険な実態に迫った。
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「予測市場」という言葉を聞いたことがあるだろうか?
これは、ごく日常的な出来事から政治や戦争まで、ありとあらゆるイベントが起こるか起こらないかの「予想」を賭け(投資)の対象とするインターネット上のプラットフォームのことだ。
わかりやすく言えば「オンラインギャンブル」と同じような仕組みで、取引にはUSDCという仮想通貨が使われるのだが、アメリカの金融当局からは「金融先物商品」として認可されている。
その予測市場の代表格といわれるアメリカの「Polymarket」は今年度第1四半期(1月~3月)の取引額だけで実に262億ドル(約4兆1134億円!)と、過去3年間の取引総額(235億ドル)を超えており、驚異的な急成長を遂げている。
〝事実上の賭博サイト〟とも呼べるものが、政府から金融商品として認可され、わずか3ヵ月で中堅国の年間の国家予算に匹敵するほどの市場規模に拡大しているというだけでも驚きだが、問題はそれだけではない。
戦争や外交など、政府が関与する重要な問題がこうした市場で賭けの対象として扱われ、しかも関係者だけが知りうる情報を利用して巨額の利益を上げる、悪質な「インサイダー取引」が表面化しているのだ。
「今年4月には、アメリカのベネズエラ関連作戦でマドゥーロ大統領拘束に参加した米特殊部隊の兵士が、作戦実行の直前にポリマーケットのアカウントで『マドゥーロが1月末までに失脚する』という賭けを13件ほど行ない、40万ドル超の利益を得ていたとして起訴されました」
こう語るのは、アメリカ現代政治が専門の国際政治学者で上智大学教授の前嶋和弘氏だ。
「アメリカによるイランへの軍事作戦に関しても、トランプがSNS上でイランとの停戦を発表する直前に、50以上の新規アカウントがポリマーケット上で停戦に巨額の賭けを行ない、莫大な利益を上げていたことも明らかになっています」
そもそも、実質的にはオンラインギャンブルとも言えるものがなぜ、金融先物商品として政府に認可されているのか?
「ポリマーケットが登場したのは2020年で、ちょうどコロナ禍の真っただ中。アメリカはカジュアルなギャンブルへの心理的なハードルが低く、当初は『オンライン上でありとあらゆるイベントを賭けの対象にして楽しもう』という感じだったのだと思います」
日本語設定にしたポリマーケットの画面。幅広い話題が賭け事の対象となっている。大西洋を航行するクルーズ船上で感染者が出たハンタウイルスのパンデミックが起こるかどうかという、最新のニュースに関する賭けもすでに行なわれている
こう語るのは仮想通貨に詳しい国際ジャーナリストの山田敏弘氏だ。
「大きな注目を集めるようになった契機は24年の大統領選です。選挙期間中、既存の大手メディアの予想や世論調査が大きく外れる中、『選挙関連のテーマを賭けの対象としたポリマーケットの予測のほうが、参加者が自分のお金を賭けてさまざまな情報を真剣に分析している分、実態を反映しているのでは』という話になった。
僕自身もここ数年は、既存メディアの報道や世論調査結果と並行して、ポリマーケット上での動向をチェックするようにしています」
ただし、こうしたポリマーケットの拡大に対し、当初はアメリカ政府も監視や規制の方向で動いていたという。
トランプ大統領は第1次政権では仮想通貨に対して規制方針だったが、第2次政権では一転して緩和に動いた。民主党による規制の要請にどう出るかが注目だ
「予測市場を支えているのは仮想通貨ですが、トランプ自身も第1次政権時代はこれに否定的で、その後のバイデン政権は金融当局によってポリマーケットに対する規制を行ない、罰則金などを科していました。
その流れが大きく変わったのが24年の大統領選挙です。選挙期間中にトランプがフロリダで仮想通貨ビジネスの関係者たちと密会して以降、急に仮想通貨を支持するようになりました。おそらく金になるということを認識したのでしょう。
その後、トランプが大統領に返り咲くと自分のミームコインを作ったり、ポリマーケットの創業者であるシェイン・コプランをホワイトハウスに招いたりするなどして、仮想通貨業界や予測市場に対する規制緩和を進めました。昨年11月にアメリカの商品先物取引委員会(CFTC)に認可されたのも、その延長線上です」
では予測市場の何が問題なのか? 前出の前嶋氏は3つのポイントを挙げる。
「1点目は本来、こうした仕組みを規制すべき立場にある連邦政府が、逆に緩和の方向で動いていることです。しかも、トランプ大統領の息子であるトランプJr.が、ポリマーケットとそのライバルであるKalshiという二大予測市場の顧問となり、自身が関わるベンチャーキャピタルからの投資も行なっている。これほどあからさまな利益相反はありません。
2点目が、先ほども述べた問題の核心である『インサイダー取引疑惑』です。
予測市場の賭けの対象の中には戦争や外交、経済政策や税制など、政治の中枢にいる人、あるいは企業の一部の人だけが知りうる情報が多い。こうした人たちの持つインサイダー情報に接することができれば、予測市場を使って簡単に巨額の利益を上げることができます。
これはもはや、将来起きることを予想するギャンブルですらなく、明らかな〝イカサマ賭博〟です。しかし、金融当局の捕捉が困難な仮想通貨を使った取引である上に、インターネットに接続している場所を偽装することができるVPN(バーチャル・プライベート・ネットワーク)を活用すれば、極めて匿名性の高い形で予測市場に賭けることが可能になっている。
しかも二大市場の顧問を務めるトランプJr.は、ワシントンDCで入会金50万ドル(約7800万円)の会員制プライベートクラブ『エグゼクティブ・ブランチ』を運営し、大企業CEOやテック創業者らの富裕層にトランプ政権の内部情報を売るビジネスもしています。
高額な入会金を払ってでも『会員だけが知りうる政権内部情報』を得られれば、予測市場でそれを超える大儲けができるかもしれず、その仕組みに後押しされる形で情報漏洩の危険性も高まっているのです」
二大予測市場の顧問を務めるトランプの実の息子、トランプJr.(中央)。政権内部の情報へのアクセスを販売するビジネスも行ない、予測市場にまつわる問題のキーパーソンだ
ポリマーケット創業者でCEOのシェイン・コプラン。現在27歳ながら同社に対して約20億ドルの投資を受け、ビリオネアになった
前嶋氏が危惧する3点目の問題は、巨額の投資マネーがうごめく予測市場のインサイダー取引が、時には戦争や経済など人の命を左右する〝現実〟までも変えてしまう可能性だ。
「現代でも時々、欧州のプロサッカーなどで八百長疑惑が話題になりますが、スポーツ賭博の八百長では選手が意図的に手抜きプレーをする、あるいは審判が判定を操作するなどの形で、『誰かの不正な利益のために現実を変える』ということが起こります。
では、これと同じことが政府の判断や政策で起きればどうなるのか? 人の生死に大きく影響する戦争や経済政策までが賭けの対象となったことで、一部のインサイダーへの利益誘導のために権力者が政治的判断を操作するという本末転倒な事態も起こりかねません」
前出の山田氏は「AIを使った分析によって、予測市場が国際的なスパイ活動に利用される恐れもある」と警鐘を鳴らす。
そんな〝危ない〟市場に対する規制の進展について、前嶋氏はこう語る。
「アメリカでもようやくインサイダー疑惑などが報じられるようになり、民主党などは規制の必要性を訴えています。ただ、巨大化した予測市場とトランプ政権があからさまな利益相反で密接に結びついている上に、社会が未曽有の分断状態にある今のアメリカで規制が進むかどうかは不透明です」
日本では4月21日、参議院の財政金融委員会の質問で予測市場の問題が初めて取り上げられ、片山さつき財務大臣が仮想通貨の分散型取引所の規制について「これから継続的に検討していく方針」と答弁した。
この国会でのやりとりに反応するように、その約1週間後にポリマーケットは運用ポリシーを変更。日本を利用制限対象に加え、通常の画面操作による利用が一部制限された。ただし予測市場へのアクセスには多くの裏口が存在するため、どの程度の実効性があるのかは疑問が残る。
最後に、ポリマーケットについて興味深い事実を示しておこう。公開された情報によるとポリマーケットの24年の取引総額は約90億ドル(約1兆3000億円)。その内訳を見ると、市場参加者の約70%が損失を出した一方で、利益全体の71%をわずか668アドレス(参加者全体の0.04%)が独占しているという。
その後、第2次トランプ政権下でさらに成長し、わずか3ヵ月で4兆円を超える資金が流れ込む巨大市場と化したポリマーケットは、果たして誰のためのスキームなのか?
それが一部のインサイダーによるイカサマ賭博の場なのだとしたら、その背後にある闇は想像以上に深い。