漫画家・猿渡哲也の「烈侠伝」 第8回ゲスト・泉谷しげる「粗削り、自己満足でいいんだよ! とにかく熱狂したい。漫画、映画、音楽に」

構成・文/高橋史門 撮影/佐藤容平 劇中写真提供/石井岳龍

漫画家の猿渡哲也氏とシンガー・ソングライター/俳優の泉谷しげる氏漫画家の猿渡哲也氏とシンガー・ソングライター/俳優の泉谷しげる氏

漢(おとこ)を描き続ける猿渡哲也が"永遠の兄貴たち"を直撃!! 型破り、歯に衣着せぬ物言い、忖度なんてまるでナシ。1971年にフォークシンガーとして出発、記憶に残る名曲を次々と生み出し、俳優としても抜群の存在感を発揮。近年は漫画家としても活躍の場を広げ、熱意を燃やす。泉谷しげる、78歳。全能かつ全力の"人間機関車"に迫る。

* * *

【代表曲『春夏秋冬』。今だから言えるウラ話】

猿渡 泉谷さんが作られた歌『春夏秋冬』(1972年)は、実は僕の原点なんです。当時、僕は中2で。初めてフォークソングというものに触れたのがこの曲でした。

泉谷 ああ、そうでしたか。

猿渡 詞に思いっきり影響を受けて、家出を考えるほどでした(笑)。そのくらい衝撃的な一曲だったんです。

泉谷 俺ね、それまではフォークソングを作るようなキャラじゃなかったんです。イメージ的にはもっとイロモノ系で散々大暴れしていた感じでね。でも、その当時所属していたエレックレコードの社長から「オマエ、もっとちゃんとした曲作れ」って、強引に作らされちゃった(笑)。

よく聴いてもらえればわかるんだけど、俺、レコーディングのときに風邪ひいててさ、それでも強行したもんだから、鼻声なんですよ。

猿渡 そうだったんですか!?

泉谷 そう。時間も制作費もケチられて(苦笑)、その上風邪っぴきでしょ? それでも社長には「いや、もうできてますから」とツッパって。ほんとはまだ1番しかできていなかったんだよ。

ただ、〝季節のない〟から始まる頭の4フレーズだけはできていたから、自分の中では完成したもんだと思い込んでいて。あとはほぼアドリブ(笑)。

猿渡 でも、泉谷さんのおかげでフォークソングにハマりました。もうひとつ衝撃を受けたのは1975年に泉谷さんが井上陽水さんや小室 等さん、そして吉田拓郎さんとフォーライフレコードを設立したことです。

ちょうど僕が16歳、兵庫県姫路市のレコード屋さんでバイトしてて。それまで、皆さん別々のレコード会社に所属していたのに、一堂に会してまったく新しい会社を立ち上げられた。いやもう大事件でしたね。そんなことができちゃうんだって。

泉谷 できちゃったんだよな。そのぶん、メジャーを敵に回すことになったけどね(笑)。

猿渡 聞けば、当時のエンタメ業界においてフォークシンガーの扱いが非常に良くなかったそうですね。

泉谷 ハッキリ言えば、そう。そもそも歌手の立ち位置が低かった。著作権なんてあってなかったようなもんで、例えば俺なんかエレックレコードにいたときはレコード売り上げのギャラはなかったからね。

猿渡 ええ!? シンガー・ソングライターなのに一銭も?

泉谷 全然。ギャラはコンサートのチケット売り上げから。ただ、その頃はフォークシンガーたるものいちいち金のことを言うのは商業主義的でカッコ悪いっていう風潮があって。お金のことをストレートに言い始めたのは吉田拓郎と、後に出てくる矢沢永吉くらいだったんだよね。

猿渡 待遇改善を訴えたのは主にそのふたりだったんですね。

泉谷 でもね、俺は拓郎とケンカしちゃった。「フォークをやるのに、そんなに金のこと言ってていいのかよ!」って、青くさく。だけど、「あのな」って、拓郎から諭されて(笑)。ただ、今でもいちいち金のことを言うのはイヤだな。俺って金儲けはヘタクソ。っつうか、お金に対してあんまり興味がないね。

【構想40年。念願の漫画家デビュー】

猿渡 泉谷さんは漫画も描かれますよね。構想40年という、2023年12月から描き始めて去年発行したサイバーパンク漫画『ローリングサンダー』を読ませていただきました。

泉谷 単なる憧れと、子供の頃できなかったことをやりたいっていう、ただそれだけなんですけどね。でも、いざ描いてみたら大変だった(笑)。

俺も猿渡さんの『TOUGH 第2章』の1巻を読ませてもらいましたけど、素晴らしいですね、画力が。ひとつひとつ描くのに時間かかってるだろうなって。いくらストーリーが良くても画力がないとダメ。その点、猿渡さんの場合は物語がいい上に、この画力だもん。なんか魂が見えてくる感じですよ。

猿渡 そこまで言っていただけると、なんか照れちゃいますね(笑)。そういえば『ローリングサンダー』の中で昭和レトロ映画館の描写がありますが、洋画や邦画の名作タイトルがずらりと並んでいて、懐かしいなぁって。

やっぱり昔からそうやっていろんな映画を見てきたから、ご自身でも表現したいという気持ちになったんですか?

泉谷 そうですね。そこはやはり記憶というか思い出というのがいっぱい詰まっている。映画と漫画とそして音楽。俺の中ではやっぱりこの3点は原点だし絶対に外せない。漫画がなくては生きていけないし、映画がないとイヤだし、音楽がないと無理だし。

猿渡 しかも、それら3点が互いにガッチリ結びついて泉谷さんのベースを形成しているわけですね。

シンガー・ソングライター/俳優の泉谷しげる氏シンガー・ソングライター/俳優の泉谷しげる氏

泉谷 そう。だから例えば自分で曲を作るときって、音よりも詞を重視する。詞を書くのもある意味物語を作るのと一緒。タイトルも漫画や映画みたいな題名をやたらつけたがるし。例えば、『ねどこのせれなあで』(72年)とか。

猿渡 ああ、確かに! 『寒い国から来た手紙』(75年)とかめっちゃ好きな曲です。それと、泉谷さんの描く漫画からは、手がけられた曲と一緒でむき出しのパッションが感じられます。エネルギーを思いっきりぶつけているという。

泉谷 知り合いの漫画家にね、下描きを消さないでそのまま残している人がいて。そのタッチがなんかカッコいいんだよね。自分の漫画も下描きを完全に消してしまうと、なんかつまんなくて。キレイにまとまりすぎというか。だからある程度下描きを残してる。

猿渡 粗削りならではの味ってありますよね。

泉谷 そう。でね、ちょうど『ローリングサンダー』を描いてた頃にある女性歌手と出会ってさ。彼女は息遣いを意識的に止めてしっかり歌うことをせずに息を吐いたりとか、整えることなくむき出しで歌っちゃうんだ。それがまたカッコよくてね。

で、俺もピンときたんだ。キッチキチにするのはやめて粗削りのまま、むき出しでいこうって。

猿渡 泉谷さんのほとばしる情熱を、例えば一枚の大きな紙とかキャンバスに思いっきりぶつけるのもアリじゃないですかね。いろんな人間をそこに描くという。ミケランジェロの絵画『最後の審判』みたいに。

泉谷 思ったんだけど、子供のように一心不乱に描くヤツには勝てないよね。だからね、やっぱり熱狂したい。自己満足でいいんだよ。人気とか売り上げとかじゃなくて。

俺、子供の頃から勉強嫌いだったしさ。学校で教わることなんてつまんねえことばっかだったし(笑)。エンタメの世界にどっぷり漬かったほうがよっぽど勉強になったし、社会学は学べたよね。

【人としてのお手本は世界のミフネから】

猿渡 エンタメの世界では相当学びは得られましたか?

泉谷 うん。大切なことは、やっぱり映画やドラマの現場で学びましたね。

猿渡 忘れられない〝先生〟とかいますか?

泉谷 いろんな俳優さんと出会えて、共演させてもらえて本当に良かったと思っているけど、やっぱり三船敏郎さんかな。ずっと小さい頃から憧れの人だったしね。

猿渡 世界のミフネですか!

泉谷 三船さん主演のテレビ時代劇シリーズ『素浪人罷(まか)り通る』(81~83年)にゲスト出演することになって、撮影初日に制作の三船プロを訪ねたわけ。

で、それっぽい建物の入り口に近づいたら、掃除をしている男性がいて「三船プロはここですか?」と聞いたら「ここですッ!」と聞き覚えのある渋い声が返ってきたんですよ。

猿渡 掃除のおじさんが三船さんだったわけですか!?

泉谷 そう! 自ら率先して掃除するという。でね、三船プロって東京都世田谷区と調布市にまたがったちょっと遠い所にあったから、中には遅れて来る役者さんもいて。でもね、三船さんは待つんだ。「全員がそろうまでロケには出発しない」と。端役の端役でも待つ。で、みんなと一緒のバスに乗る。

楽屋だって変に飾り立てないし、現場でも特別室とか特別な椅子も一切なし。まったく大物ぶらないんだ。こんなすてきな人が世の中にいるんだと感動しちゃってね。男気にあふれていてさ。まさしく鑑(かがみ)でしたね。

漫画家の猿渡哲也氏漫画家の猿渡哲也氏

猿渡 泉谷さんもまた男気あふれる方ですよね。今回、44年ぶりに一緒に組んでライブ映画を制作する石井岳龍監督とは『狂い咲きサンダーロード』(80年)で出会い、泉谷さんは美術と音楽を担当。しかもすべて無償だったとか。

泉谷 そうですね。劇中で使われている音楽はすべて石井のチョイスとセンス。使用料はタダ。でもまあ、アイツもやたらと人の曲を使いやがって(笑)。

猿渡 そもそも、石井監督と出会ったきっかけというのは?

泉谷 「ぴあフィルムフェスティバル」というのがあって。

猿渡 ああ、今でも続いていますよね。

泉谷 70年代後半に8mm部門で『高校大パニック』(76年)や『突撃!博多愚連隊』(78年)を撮って出してたのが彼だったんです。当時は石井聰亙って名前だったけど。

だいたい日本の監督ってアクションを撮るのがへたくそでね。でも、石井は大学生ながら全然違っていた。カッティングが素晴らしくて、疾走感あふれていたし。もうキュンとしちゃってね(笑)。ぴあ事務局に問い合わせて、ぜひ連絡先を教えてくれと。

猿渡 僕もリアルタイムで『狂い咲きサンダーロード』は見た記憶があります。独特の画でしたよね。

泉谷 8mmの時点でヤバかったから、16mmで撮ったらどうなるんだろうって。そしたらもっとすごくてさ。35mmに至っては、もうワケわかんなくて(笑)。狂気の駄作か、名作か。アブねーんだ。そのアブなさがまた良かったのよ。

泉谷(中央)が美術監督を担当、俳優としても出演した伝説的映画『爆裂都市 BURST CITY』の撮影現場で。泉谷の左隣にいるのは、見学に訪れていたところ、急遽カメオ出演することになった関根恵子(現高橋惠子)泉谷(中央)が美術監督を担当、俳優としても出演した伝説的映画『爆裂都市 BURST CITY』の撮影現場で。泉谷の左隣にいるのは、見学に訪れていたところ、急遽カメオ出演することになった関根恵子(現高橋惠子)

猿渡 『爆裂都市 BURST CITY』(82年)では石井監督と再び組んで。泉谷さんは美術監督を担当、出演もされましたよね。こちらもまた個性的なサイバーパンク映画という印象があります。

泉谷 この映画は配給が東映セントラルフィルムだったんで、前作よりは予算は多少......。いや、金はなかったな。でもね、予算がないほうが石井は面白いのが作れるんだ。

猿渡 そんな石井監督と44年ぶりに組もうと思ったのはどんな理由からですか?

泉谷 単純にアイツが最近面白い映画を作ってないから(笑)。予算をかけたメジャーな作品とかイマイチなんだもん。やっぱ、金がないほうが知恵もアイデアも出てくるのよ。

猿渡 原点回帰というわけですか。

泉谷 そのとおり! 俺ともう一度組んで、俺を思いっきり撮ってみろコノヤロウ!!って感じ。まあ、確かにわかるよ。監督としてある程度軌道に乗っちゃったら、商売上いろいろなジャンルを撮らざるをえないっていうのは。でもさ、いいじゃねえかワンパターンで。石井は石井らしく突っ走った映画を作りゃいい。

猿渡 〝ワンパターンでもいいじゃないか〟って言葉、すごく心に響きます。

泉谷 なんでもかんでもできるわけじゃないからね、人間ってのは。それぞれ人には型というものがあるわけだから。例えば、俺がこのキャラなのに実は少女アニメ大好きだったら、イヤでしょ?

猿渡 確かに!!(爆笑)。でも泉谷さん、今はギャップ萌えというのもありますよ。

泉谷 絶対イヤだ!(笑)

●泉谷しげる 
1948年生まれ、青森県出身。71年、ライブアルバム『泉谷しげる登場』でフォークシンガーとしてデビュー。以後、『春夏秋冬』をはじめ、数多くのアルバムや楽曲を発表。俳優としてもドラマ『Dr.コトー診療所』や映画『いのちの停車場』など数々の名作に出演。昨年、サイバーパンク漫画『ローリングサンダー』で漫画家活動も本格的にスタートした。

●猿渡哲也(さるわたり・てつや) 
1958年生まれ、福岡県出身。『海の戦士』(週刊少年ジャンプ)でデビュー。格闘漫画『高校鉄拳伝タフ』『TOUGH』『TOUGH 龍を継ぐ男』『TOUGH 第2章』のタフシリーズは累計1500万部超を記録している。

●『天才か人災か!泉谷しげる全力ライブ THE MOVIE』 
80年代初頭、泉谷しげると石井岳龍(当時・聰亙)監督は日本映画界に風穴をあけた。あれから四十数年。80歳を目前にした泉谷は今も全力ライブを日本各地で敢行。そのエネルギーほとばしる姿をカメラでえぐり取るのが『天才か人災か!泉谷しげる全力ライブ THE MOVIE』だ。単なるライブドキュメントではなく、泉谷しげる自身を作品化するこの企画。製作に当たってはクラウドファンディングシステム(募集期間は9月11日まで)を採用。誰でもサポートが可能だ。詳しくはフォーライフミュージックエンタテイメントホームページへ!

『天才か人災か!泉谷しげる全力ライブ THE MOVIE』 「石井ッ! もう一度、俺を思いっきり撮れ!」全力ライブ映画製作中!!『天才か人災か!泉谷しげる全力ライブ THE MOVIE』 「石井ッ! もう一度、俺を思いっきり撮れ!」全力ライブ映画製作中!!

  • 高橋史門

    高橋史門

    たかはし・しもん

    エディター&ライター。1972年、福島県生まれ。日本大学在学中に、『思想の科学』にてコラムを書きはじめる。卒業後、『Boon』(祥伝社)や『relax』、『POPEYE』(マガジンハウス)などでエディター兼スタイリストとして活動。1990年代のヴィンテージブームを手掛ける。2003年より、『週刊プレイボーイ』や『週刊ヤングジャンプ』のグラビア編集、サッカー専門誌のライターに。現在は、編集記者のかたわら、タレントの育成や俳優の仕事も展開中。主な著作に『松井大輔 D-VISIONS』(集英社)、『井関かおりSTYLE BOOK~5年先まで役立つ着まわし~』(エムオンエンタテインメント※企画・プロデュース)などがある。

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