ひろゆき、生物学者・小林武彦と考える「命」について⑤「結局、人にとっての『幸せ』ってどういうことですか?」【この件について】

構成/杉原光徳(ミドルマン) 撮影/村上庄吾

「『食べ物がある』『敵に食べられない』『病気で死なない』。それが幸せの定義です」と語る小林武彦氏「『食べ物がある』『敵に食べられない』『病気で死なない』。それが幸せの定義です」と語る小林武彦氏

ひろゆきがゲストとディープ討論する『週刊プレイボーイ』の連載「この件について」。生物学者の小林武彦先生との対談の5回目です。ところで、皆さん、幸せになりたいですよね。じゃあ、どういう状況だったら幸せを感じられるのか。お金をたくさん儲けること? モテること? 生物学的には、ちょっと違うようです。

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ひろゆき(以下、ひろ これまでのお話だと、死には「進化や多様性を生み出す」、老いには「集団に経験や知識を伝える」という意味があるということでしたが、〝生きる〟こと自体に何か意味はあるんですか?

小林武彦(以下、小林 そこは難しくて、生物学的にいえば「人は生存本能によって生かされている」だけです。「死にたくないから危険を避ける」「おなかが減るから食べる」。でも、「人間は生存本能があるから生きています」と言われても、納得できないでしょう?

ひろ ええ。「人生の意味は?」と聞かれて、「腹を満たすこと」という答えでは、納得しない人は多いと思います。

小林 そこで、あえて人間の生きる意味を考えるなら、「幸せになるため」だと思います。

ひろ 幸せ......ですか。

小林 ただし、ここでいう幸せとは「死からの距離が保てている状態」のことです。「食べ物がある」「敵に食べられない」「病気で死なない」など。生物学的にはそれが幸せの定義です。

ひろ それは「安全」「安心」という言葉で置き換えられませんか。

小林 置き換えられます。安全も安心も死との距離を保つ要素ですし、病気や危険回避の知識を得るための教育も同じです。つまり幸せとは「死なずにいられる余裕」と考えてもいいでしょうね。

ひろ でも、死から遠いほど幸せなら、逆のことをして楽しむ人がいるのはなぜですか? 例えば、エクストリームスポーツ(スカイダイビングなど危険度が高いスポーツ)などハラハラすることで楽しさを感じる人たちもいますよね。

小林 スリルを味わうのは快楽です。そういう行動は若い人に多いと思いますが、若い人は死からの距離が遠いため、死をほとんど意識しません。だから危険度が高くても楽しめる。逆に年を取って死を意識するようになると、危険なスポーツから遠ざかります。

ひろ 「幸せ」と「快楽」は違うんですか?

小林 快楽は幸せの一部ですが、幸せそのものではありません。飲食や恋愛、生殖といった本能的な行動を促す仕組みに近い。有名な動物実験があります。ネズミの脳の快楽中枢に電極をつけて、レバーを押すと電流が流れて快楽を得られる仕組みを作りました。ただし、そのレバーにたどり着くためには、強い電気ショックが流れる柵を越えなくてはいけない。するとネズミは、食事も交尾もせず、苦痛があっても快楽を求め続けました。そして、中には死亡するネズミもいたのです。

ひろ 快楽だけ得られるようになると、生きるために必要な本能も忘れるわけですね。

小林 そうなんです。

ひろ じゃあ、例えば異性を求めることは本能ですよね。恋愛も生殖も子育ても本能。そして飲食も本能。ということは、幸せって本能で全部説明できちゃう気もしますけど。

小林 異性を求めるのも飲食も本能ですが、ヒトの場合、本能だけでは幸せにはなれません。本能は快楽を引き起こし、恐怖を感じず迷いなく行動させてくれます。そして、その結果として死なずにいられる状態が幸せです。

ひろ 本能は道具であって、目的じゃないと。

小林 はい。働きバチはメスなのに自分では子供を産まず、それでも子育てをし、蜜を運んで集団を維持します。彼らが幸せなのは、子孫を残す本能があるからではなく、集団で暮らすおかげで死なずにいられるからなんです。

ひろ でも、ミツバチは敵が来たら自分から突っ込んでいって死ぬこともありますよね。あれは「幸せ=死から遠ざかること」と矛盾しませんか?

小林 ミツバチのように社会性のある昆虫の場合、1匹ではなく集団全体をひとつの生き物として考えます。自分が死ぬことで集団として死から距離を取っているわけです。

ひろ だとすると、国を守るために戦争に行った人も、個人より集団を優先するという意味では似た構造ですか。

小林 そういう性質は少なからずあると思いますが、人間には理性があります。自分が死ねば家族が確実に助かるのなら自己犠牲もありえますが、本当にそこまでする必要があるのか判断できる。そこが本能のまま動くほかの生き物との違いでしょう。

ひろ でも、例えば男性が「女性にイタズラすると捕まるからやめよう」と考えるのは、そんなに理性的に考えているとは思えません。犬も餌を食べるときに飼い主から「待て」と言われたら「今食べると怒られる」と学習するから我慢をするわけですよね。

小林 学習という意味ではそうです。ただ人間の場合は、そこに社会が関わります。ルールを破れば集団から排除されると考える。

ひろ でも、「犬にもその感覚がない」とは言い切れないかなと。

小林 多少なりともあるかもしれませんね。サルには面白い実験があります。オマキザルの目の前でふたりの人間の一方がもう一方に意地悪するのを見せ、そのあとふたりが同じようにバナナを差し出すと、意地悪をしなかった人からバナナをもらうんです。

ひろ 自分に被害がなくても「いい人」を判断しているわけですね。

小林 ええ。ずるい相手を見分けられれば、集団の中で安全に暮らせますから。でも、それも結局、死から遠ざかるための能力です。

ひろ ところで「幸せ=死からの距離」なら、医療が発達した先進国の人のほうが幸せなはずですよね。でも、僕には途上国の人のほうが幸福度が高く楽しそうに見えるんですよ。

小林 単純な比較はできませんが、生物学的には先進国の人は明らかに死から遠い。でも、人間は体だけでなく心でも生きている。健康な人でも、激しいイジメに遭って「もう逃げられない」と追い詰められれば、命を絶ってしまうこともあるわけです。

ひろ つまり、肉体的な死からの距離は遠くても、精神的な死からの距離は近くなっている、と。

小林 残念ながらそうです。途上国では平均寿命が短い国も多く、肉体的には死に近い。でも、過度なストレスやプレッシャーが少ない分、幸福感は高い場合もある。

ひろ 僕はもっと身体的な要因も大きい気がするんですよね。日光を浴びて、体を使って仕事をする人と、一日中屋内でパソコンを見ている人なら、前者のほうが幸せでも全然おかしくない。

小林 私もそう思います。会社でも、管理職になって調整や評価ばかりする人より、現場で体を動かしている人のほうが幸せな場合はあるでしょう。

ひろ 出世して収入も上がり、生物学的には死から遠ざかっているのに、本人は若い頃より幸せじゃなくなる。だとすると、「豊かになれば幸せになる」という前提自体が怪しいですね。

小林 はい。現代の先進国では、肉体の死からの距離は相当遠くなりました。それでも幸福感が低い人がいる。だから今の人間にとっての大きな問題は、精神的な死からの距離をどう保つかなんです。

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■西村博之(Hiroyuki NISHIMURA) 
元『2ちゃんねる』管理人。著書に『脳科学が教える日本社会で賢く生き残る方法』(中野信子氏との共著、集英社)など 

■小林武彦(Takehiko KOBAYASHI) 
東京大学定量生命科学研究所教授。生物科学学会連合前代表。著書に『生物はなぜ死ぬのか』『なぜヒトだけが老いるのか』『なぜヒトだけが幸せになれないのか』(すべて講談社現代新書)などがある

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  • 小林武彦

    小林武彦

    こばやし・たけひこ

    東京大学定量生命科学研究所教授。生物科学学会連合前代表。著書に『生物はなぜ死ぬのか』『なぜヒトだけが老いるのか』『なぜヒトだけが幸せになれないのか』(すべて講談社現代新書)などがある

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