ひろゆき、生物学者・小林武彦と考える「命」について⑥「なぜ人間は承認欲求が発達したんですか?」【この件について】

構成/杉原光徳(ミドルマン) 撮影/村上庄吾

「承認欲求は『みんなが幸せになる仕組み』。 昔は自慢と承認と分配がワンセットだった」と語る小林武彦氏「承認欲求は『みんなが幸せになる仕組み』。 昔は自慢と承認と分配がワンセットだった」と語る小林武彦氏

ひろゆきがゲストとディープ討論する『週刊プレイボーイ』の連載「この件について」。生物学者の小林武彦先生との対談の6回目です。前回の話によれば、生物学的な幸せは「死からの距離が保てている状態」。でも、人はそれだけで幸せと思える人ばかりじゃなく、SNSの承認欲求で幸せを感じる人もいます。それはなぜなのか? 小林先生が解説します!

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ひろゆき(以下、ひろ 物学的な幸せは「死からの距離が保てている状態」ということでしたが、多くの人間はそれだけで幸せを感じることは少ないですよね。例えば、承認欲求を満たすことで幸せを感じる人も多いと思います。だとしたら、なんで人間だけ承認欲求が発達したんですか?

小林武彦(以下、小林 それは、人間は集団でしか生き残れなかったからです。大きな爪のような武器を持っているわけでもない私たちが生き残れたのは、集団で知恵を出し合ってきたからです。

ひろ 確かにひとりで生きていけるようになったのは、人類の長い歴史からするとつい最近のことですよね。

小林 チンパンジーと分かれてから約700万年のうちのほとんどは、狩猟採集の移動生活をしていました。その間、集団の中でうまくやれない個体は追い出されました。

ひろ 追い出されたら「ほぼ死」なので、集団でうまくやるのがマストだったと。

小林 そうです。「獲ったものはみんなで分ける」「仲間に暴力を振るわない」。そういったモラルと同じように「仲間に認められたい」という承認欲求も発達したんです。

ひろ 承認欲求って自分本位なものだと思われがちですけど、逆に生存装置だったわけですか。今のSNSを見ているとかけ離れている気がしますが......。

小林 今のSNSと昔の承認欲求とではかなり違います。昔は大きな魚を釣った人は周りから「すごい!」と称賛されましたが、そこで終わりではなかった。

ひろ はいはい。

小林 称賛した仲間は、その後、その魚を分けてもらえました。つまり、昔は「自慢と承認と分配」がワンセットだったんです。本人は認められて気持ちが良くなるし、周りは食べ物が手に入ってうれしい。本来の承認欲求は「みんなが幸せになる仕組み」なんです。

ひろ その習慣が残っているコミュニティって今でもありますよね。例えば、アフリカでひとりの子供にアメ玉を40個くらい渡すと、独り占めしないで仲間に配ったりするんですよ。

小林 そういう文化は各地に残っています。例えば、東南アジアのボルネオ島に暮らす狩猟採集民のプナン族もそうです。手に入れた食べ物などは全員で共有するため、「ありがとう」に当たる言葉がないんです。個人が所有するという感覚がないので、わざわざ言葉にする必要もないんですよ。

ひろ そういう社会だと、自助よりも公助が先なんですね。

小林 私は本来、公助が人間生活の基本だと考えています。「自分のことは自分でなんとかする」を基本にすると、体が弱って食べ物が獲れなくなったときなど「自分が悪い」になってしまう。それはコミュニティとして最悪です。

ひろ とはいえ、みんなで分け合う共有財産の社会は今や少数派で、多くの国では私有財産になっていますよね。それは、どこで変わったんですか?

小林 大きな転換点のひとつは弥生時代の農耕と定住生活です。私はこれを「弥生格差革命」と呼んでいます。狩猟採集の移動生活では物をため込めませんが、定住して農耕を始めると米などを自分の家にため込めるようになる。すると、持っている人と持っていない人で格差が生まれます。

ひろ その結果、自慢だけが残って分配がなくなってしまったと。

小林 そうです。集団を幸せにする仕組みが、個人を満足させる仕組みに変化したわけです。

ひろ でも、格差は昔のほうが大きい時代もありましたよね。「王様と農民」とか「貴族と奴隷」とか。当時と比べて格差は小さくなっているのに、現代のほうが不幸を感じやすいのはなぜですか?

小林 それは実際の格差より、「格差を意識する機会」が増えたからだと思います。例えば、ラーメンを食べているときに、隣の人のほうがチャーシューが1枚多かったら、その1枚の差が気になるのが人間なんです。

ひろ なるほど。

小林 もともと、人間は集団の中で自分の位置を常に計っていました。追い出されないように「あいつより少し頑張ろう」と考えていた。その比較能力が生き残りに役立っていたんです。でも、今はSNSなどによって、その能力を一日中フル稼働させられています。

ひろ 比較対象が増えすぎたわけですね。でも、その原因ってマスメディアや商業主義にもあると思うんです。昔は服もアクセサリーも自分で作ったりしていて一点物だった。でも、ブランドができると「これは何万円」「こっちのほうが高い」と価値が可視化され、物だけではなくそれを持っている人間までランキングされてしまう。

小林 高価な物を持っているだけで自分に価値があると感じて承認欲求が満たされる。でも、逆に高価な物を持っていない人は不幸を感じる。

ひろ 別に食うに困っているわけではないのに......。

小林 死からは遠い場所にいるのに、他人との差が少し見えるだけで一気に不幸のどん底にいるように思ってしまう。

ひろ 他人との差がないと物が売れないということで、小さな差を作る社会になっているのはいかがなものかと思います。

小林 何が人を幸せにし、何が不幸にするのか。論理的にはわかっているのに、社会は不幸な方向に向かっている。そこが現代の人間のつらいところです。

ひろ ただ、順位をつけられるものって、だいたいお金で買えますよね。だとすると、本当に欲しいのはお金ってことなんですか?

小林 いえ、欲しいのはお金ではなく、あくまで承認だと考えます。「人気がある」「歌がうまい」など、ほかの形で認められている人は、必ずしもお金にこだわりません。

ひろ だとすると、SNSは承認の中でもかなり極端なものですよね。「いいね」の数字が増えるだけで幸せを感じてしまう。でも、それって麻薬と似てます。麻薬も「幸せな気分」はつくれるけど、カロリーが取れるわけでも、モテるわけでもない。

小林 そうですね。僕はSNSを「デジタルポテトチップス」と呼んでいます。略して「デジポテ」。一度手をつけてしまうとなかなかやめられない。誰に頼まれたわけでもないのに「今日も何かをアップしなきゃ」「いいねを確認しなきゃ」となる。

ひろ 麻薬中毒の人に「体に悪いですよ」と言ってもやめないのと同じで、「SNSをやめましょう」と言っても効果がない。ということは、SNSは違法にすべきって結論になるんですかね。

小林 実際にそういう流れはありますよね。オーストラリアが16歳未満のSNS利用を禁止したのは、飲酒を20歳からに制限するのと同じ発想だと思います。

ひろ でも、日本にはその法律はないですよね。SNSで比較されて、自分は不幸だと感じ、リアルな人間関係までなくなったら、孤独になりますよね。

小林 はい。そして、その孤独は集団で暮らすことで幸せを感じていた人間にとって、死と同じくらい重いものだと思います。

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■西村博之(Hiroyuki NISHIMURA) 
元『2ちゃんねる』管理人。著書に『脳科学が教える日本社会で賢く生き残る方法』(中野信子氏との共著、集英社)など 

■小林武彦(Takehiko KOBAYASHI) 
東京大学定量生命科学研究所教授。生物科学学会連合前代表。著書に『生物はなぜ死ぬのか』『なぜヒトだけが老いるのか』『なぜヒトだけが幸せになれないのか』(すべて講談社現代新書)などがある

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  • 小林武彦

    小林武彦

    こばやし・たけひこ

    東京大学定量生命科学研究所教授。生物科学学会連合前代表。著書に『生物はなぜ死ぬのか』『なぜヒトだけが老いるのか』『なぜヒトだけが幸せになれないのか』(すべて講談社現代新書)などがある

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