
川喜田 研
かわきた・けん
川喜田 研の記事一覧
ジャーナリスト/ライター。1965年生まれ、神奈川県横浜市出身。自動車レース専門誌の編集者を経て、モータースポーツ・ジャーナリストとして活動の後、2012年からフリーの雑誌記者に転身。雑誌『週刊プレイボーイ』などを中心に国際政治、社会、経済、サイエンスから医療まで、幅広いテーマで取材・執筆活動を続け、新書の企画・構成なども手掛ける。著書に『さらば、ホンダF1 最強軍団はなぜ自壊したのか?』(2009年、集英社)がある。
千葉豪雨で冠水した大網白里市のJR大網駅周辺の空撮写真
8月中旬に発生した「千葉豪雨」では、以前まで浸水被害に見舞われなかったエリアが未曽有の豪雨によって浸水し、多くの被災者が出た。
さらに北陸でも規格外の豪雨が発生。今、日本で何が起きているのか? 温暖化により"熱帯化"した日本で、水没を警戒すべき地域を解説する!
大きな浸水被害を生んだ8月中旬の「千葉豪雨」に続き、今度は日本海側の富山、石川、福井を襲った豪雨災害。
千葉市では12時間の降水量が348㎜と、8月分の平年降水量の約3倍に達し、観測史上最大の記録を大幅に更新。
富山と石川でも12時間で300㎜を超えるなど、いずれも「観測史上1位」の更新の仕方が尋常ではない。
ちなみに今年は台風も多く、8月までに23個が発生。これは観測史上2番目の記録だが、千葉と北陸の豪雨はどちらも台風の直撃ではなく、線状降水帯の発生によるものだった。
今、日本周辺の気候にいったい何が起きているのか?
「最大の要因は日本周辺の海面水温の急激な上昇で、その点を見れば日本はもはや〝熱帯〟だと考えたほうがいい。過去の経験や常識が通用しなくなっているのです」
こう語るのは、三重大学気象・気候ダイナミクス研究室教授の立花義裕(たちばな・よしひろ)氏だ。
「CO2などの温室効果ガスが引き起こす地球温暖化によって、地球の平均気温が上がっていることは、皆さんよくご存じだと思います。
ただし、その影響は地球全体で均等ではなく、特定の地域の気象状況をより極端化させる形で表れます。実は私たちの暮らす日本は、こうした地球温暖化の影響を強く受ける世界有数の〝ホットスポット〟なのです。
人工衛星から観測した過去30年ほどの海面水温のデータを見ると、日本周辺はここ数年、急激に上昇し続けています。その上昇ペースは地球規模で見ても平均の2倍以上で、北極海と並び異様な速さです。
今年は特に顕著で、東北や北海道、そして先日豪雨に見舞われた日本海側でも、海面水温が平年を5℃近く上回る場所が広範囲に現れました」

なぜ、日本周辺では記録的な海面水温の上昇が起こっているのか? そして、それがどのように記録的な豪雨をもたらしているのか?
「地球温暖化で温められた赤道付近の海水と、その海水に蓄えられた熱が、平均的な海流の10倍の速さで流れる黒潮という〝熱の高速道路〟に乗って、どんどん日本沿岸へと運ばれています(①)。
しかも近年、黒潮の下流は大きく北上していて、東北の東岸や北海道でも海面水温の上昇が起きている。その影響は太平洋岸だけでなく、対馬海流が流れ込む日本海側にも及びます。
それに加えて、夏は高気圧による晴天が続き、太陽光の熱が上から降り注ぐ。たとえるなら、日本周辺の海は〝両面グリル〟で加熱されているような状態になっているのです。
そして、この高い海面水温により海から大気中に放出される大量の水蒸気が雨雲を形成し、豪雨を引き起こす原因になっています(②)。千葉豪雨では『上空の寒気と東風による水蒸気流入』、北陸の豪雨では『秋雨前線と台風18号由来の水蒸気供給』という形で線状降水帯が発生し、局地的な豪雨を引き起こしました。
もちろん、海面水温の上昇で台風の発生も増えるのですが、これまで豪雨の原因になっていた台風や大型の低気圧がなくても、今回のような豪雨が起きるのが今の日本。これはまさに、熱帯の気候の特徴です」

千葉や北陸の豪雨被害が示すように、世界有数の速度で温度上昇が進む日本近海の〝熱帯化〟と、そこから大気に供給され続ける大量の水蒸気の存在は、従来の日本の豪雨災害に関する常識を大きく揺るがし始めている。
そしてそれは、これまで長年にわたって積み重ねられてきた気象現象に関する常識や、従来のデータに基づく災害対策が通用しなくなりつつあることを意味している。
前出の立花氏が続ける。
「これに追い打ちをかけるのが、黒潮の大きな北上や偏西風の大蛇行といった海流や気流のダイナミックな変化です(③)。
これらも地球温暖化の影響ですが、その結果、台風が一般的な南西→北東というコースではなく、日本の東の海上から東北地方などに上陸することもある。つまり、これまではめったに豪雨災害に遭わなかった地域が被災する可能性が高まっているのです。
特に注意すべきなのは海沿いの地域です。千葉や北陸の豪雨では、海から運ばれる大量の水蒸気が沿岸の陸地や半島部分で次々と雲を生み出し、線状降水帯を形成して局地的な豪雨をもたらした。これは今後、日本の海沿いならどこでも起こりうることと考えたほうがいいでしょう。
とりわけ、これまであまり豪雨を経験してこなかった場所、言い換えれば豪雨への備えが薄い地域は強い警戒が必要です。
ある意味、千葉もそうですし、東北なら福島、宮城、岩手、青森といった太平洋沿岸や北海道は、大雨に慣れていないので要注意です」

一方、九州や近畿、東海地方などでは普段から豪雨に見舞われることが多いため、比較的準備ができている地域も多いという。
「ただし西日本でも、もともと雨が少なく温暖な気候で知られる瀬戸内海沿岸では、過去の常識を改める必要があるでしょう。8年前に広島や岡山を襲った豪雨で多くの犠牲者が出たことも、この地方の豪雨への脆弱性を表しています。
ちなみに近畿や九州など、すでにある程度備えができていると思われる地域でも、今後は『過去に経験したことのない規模の豪雨』に見舞われる可能性が十分あり、被害想定の見直しが必要です」
これまでの常識が通用しない〝熱帯化〟した日本で次々に起きる、過去に例のない規模の豪雨災害......。
仮に立花氏が指摘する「日本近海の海面水温の上昇」が一過性のものでなく、今後も続くとすれば、日本の豪雨対策もそれを前提に大幅な見直しが必要になるはずだ。
だが、あまりに急激で大きな気候の変化に、人々の理解や行政の対応が追いつかないのが日本の現状だと立花氏は嘆く。
「少なくとも、私たち研究者レベルでは地球温暖化時代に起こりうる災害級の気象現象についての研究成果が蓄積され、それに基づく新たな災害対策の必要性も共有されています。ですが、それらの成果はまだ自治体レベルにまで十分に反映されていません。
また、仮に自治体や行政が災害対策の前提となる豪雨の想定を大幅に見直して、具体的な対策を行なうとしても、すぐに取り組めるのは『水害ハザードマップ』の更新くらい。
もちろんそれも重要ですが、河川の堤防などの大規模な治水工事や、都市水害を防ぐための巨大な地下貯水施設の建設といったハード面の対策は簡単ではなく、多くの予算と時間が必要です。
さらに、工事が完成するよりも速いスピードで気象条件が劇的に変化するので、防災対策が追いつかないという厳しい現実もあります」
豪雨の影響で損壊した千葉市立宮崎小前の用水路。ふたが外れて通行が不可能に
その上で立花氏は、もはや気候に関するこれまでの常識が通用しない日本で生きるには、「意識改革」が必要になると説く。
「すでに述べたように 日本は大量の水蒸気を含んだ大気で〝温泉に浮かぶ島〟のようになっている。この先、台風、線状降水帯、ゲリラ豪雨など、あらゆるタイプの豪雨災害が日本中どこでも、それも、これまで経験したことのないレベルで起きる可能性があります。
もちろん東京も例外ではありません。先日千葉を襲った豪雨も、条件がほんの少し違っていたら東京で起きてもおかしくなかった。さすがに日本の首都なので、ほかの大都市と比べてもかなり充実した豪雨対策が行なわれていますが、低地も多く、仮に想定をはるかに超える雨量に見舞われれば対応しきれないでしょう。
その結果、広範囲が浸水し、千葉で起きたような都市部の大規模な内水氾濫が起きる恐れは十分にあります。
地震と同じように、豪雨災害のリスクは日本で暮らす誰にとっても人ごとではなく、いつ、どこで起きても不思議ではありません。
そう考えると、今できるのは私たちひとりひとりが『日本の気候が劇的に変化している現実を理解する』ということです。
今はスマホを使えば、気象情報や雨雲レーダーの画像を簡単に確認できる時代。日頃から気象情報を自分でチェックする習慣をつけて災害時の行動選択に役立てることが、豪雨から身を守るためには必要だと思います」