
佐藤優
さとう・まさる
佐藤優の記事一覧
作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞
1913年に登場したフー・マンチュー博士。21世紀に再び、地球を席巻しようとしている(写真:AF Archive/Braun Ente/Mary Evans Picture Library/共同通信イメージズ)
ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!
* * *
――米国の調査機関が驚きの世論調査を発表しました。世界36ヵ国の成人を対象に調査したところ、25ヵ国の地域で米国より中国に好意的だ、という結果となったそうです。米機関の調査で初めて中国のほうが多数派になったということで、これはいよいよ中国世界帝国が米国を抜き、「G1」になったということですか?
佐藤 ポイントは、中国は世界制覇を考えていないということです。米国は海洋国家としての世界制覇を考えているので、これはアメリカの誤解です。現在の世界は「棲み分け」で成立していますから。
ただし、中国は中華帝国の周辺地域を自らの勢力圏に糾合していくつもりです。そして、日本はそこに含まれています。「日本は言うことを聞いて、こちら側に入ればいいんだよ!」ってことです。
――そこが日本としては嫌で、高市幕府の"戦艦発言"に繋がっているんですよね。
佐藤 そうですが、とにかく中国は北米大陸やヨーロッパに関心はないんですよ。
――ということは、中国が世界的な人気を得たわけではない?
佐藤 はい。米英は自分たちの価値観で世界中に首を突っ込んでいます。しかし、中国やロシアは突っ込んでいきません。いい悪いということではなく、「自分の縄張りに入ってこない」、この一点において、米国より中国はマシだということです。
アフリカも中東もラテンアメリカも、中国みたいになりたいとか中国の軍門に下りたいとも思っていません。あくまで米国やヨーロッパに対して「うるさい!」と感じているだけです。
――これは、ロシア国内の選挙の構造に似ていますね。極悪と悪でどちらがいいかを選択し、極悪を除外した結果、中国がたまたま残ったと。
佐藤 そういうことです。なので、この中国をロシアに変えて調査しても結果は同じで、米国よりロシアのほうが評判はいいと思いますよ。
――そりゃ当たり前ですよ。米国はいきなりラテンアメリカに奇襲をかけて大統領を捕縛するし、突然イランに空爆して指導者を皆殺しにしてますからね。
佐藤 だから、日本なんかも評判はいいと思いますよ。結局、縄張りに入って来るかどうかの話ですからね。
――日本は行かないですから。
佐藤 ただそこが非対称で、あたかも中国が世界を制覇したような、フー・マンチュー博士が世界を支配しているみたいな形になってしまうわけですよ。
――またも出ましたね、フー・マンチュー。
佐藤 「フー・マンチュー症候群」がありますからね。まずは以前の復習で、フー・マンチューをあらためて説明しましょう。
フー・マンチューは小説の登場人物ですね。サックス・ローマーが書いた小説『The Mystery of Dr. Fu Manchu』(1913年)などによって知られるようになり、その後、映画やラジオ、漫画にも登場した人気キャラクターです。
フー・マンチュー博士は天才的な知能を持つ犯罪組織の首領であり、秘密結社、毒物、暗殺などを駆使して西洋世界を脅かします。
――前回も話にあがりましたが、トランプ夫人と息子の暗殺を本当にやりそうなお方です。
佐藤 重要なのはフー・マンチューの人物像が、当時の欧米に存在した「黄禍論」を象徴するキャラクターという点です。中国人、東洋人は西洋文明を内部から破壊する、知的で不可解な敵として類型化しました。その象徴であるフー・マンチューは、現在では人種的ステレオタイプの典型で批判的に言及されている存在です。
――皆が大好きな陰謀論を人物的に可視化した存在とは......。
佐藤 映画ではだいたいクリストファー・リーがフー・マンチュー博士役をやっていますが、本当にぴったりな配役です。
――悪そうなやつですね。欧米人から見たら、絶対に極悪人。要するに、西洋のドラキュラが中国人になったと思えばいいんですね。
佐藤 そうです。
――その21世紀のフー・マンチュー博士といってもよいイランでありますが、なかなかしぶといですね。
佐藤 イランがアメリカに攻めていくことはできませんからね。小競り合いですが結局、現在のイランにはホルムズ海峡しかカードがありません。商船、タンカーを攻撃するしかないんですが、それでもトランプは怯(ひる)まないので、アメリカ優勢の構図は変わっていませんよ。
――確かに。
佐藤 ポイントは、イランはウラン濃縮ができなくなっていることです。核開発が頓挫している状況を維持しているだけでも、トランプはすごいんですよ。
――すると、このままアメリカがこの状況を続けられればイランは崩壊するのですか?
佐藤 崩壊はしませんが、弱体化します。そして、弱体化するので、ヒズボラやフーシ派に支援する力はなくなります。トランプとしては、イラン国内で何をやっていようと構いません。
――すると、石油成金として金持ちの旦那衆だったイランがそこから落ちる。そして、乱暴な方々が離れていくと。
佐藤 そうです。その流れができているわけです。
――ということは、崇高な宗教戦争でありながら、その中身には銭金の問題が入ってくる。そして、核濃縮さえできなくすればイランは何とかなる。
佐藤 はい、イランの破壊性は弱まりますから。
――なるほど。
佐藤 要は、イランの心臓をいつでも握り潰せる状態はずっと続いていくということです。それができているから、米国とイスラエルは獲得目標の基本をクリアできているんです。
――そうなると、いつかイランは「勘弁して下さい」と言うのですか?
佐藤 とは言わないでしょうね。ただ、そのうちイランも現実的な路線に転換するかもしれません。
――これまでの戦史で、いまの米国・イラン戦争に似たものはありましたか?
佐藤 1776年のスペイン・ポルトガル戦争ですかね。互いに徐々に弱っていきます。
――あ、帝国だった国々が徐々に弱体化して消えていく、あのパターンですか?
佐藤 大英帝国の崩壊も似ているかもしれません。大英帝国は特にどこかと大きな戦争をやって負けたわけではありません。ところが、どんどん後退し続けていきました。そして、世界の半分を支配していたはずが、1945年からわずか10年ほどで一気に縮小しましたよね。
――確かに。するとペルシャ帝国の末裔、イラン帝国もシューッと縮むと。
佐藤 高い竹馬に乗り過ぎました。ヒズボラを支援しているくらいで抑えておけばよかったんです。やはり、ハマスにフーシ派と手を広げ過ぎましたね。
――すると、それはまたいつもの『仁義なき戦い』に突入ですね。
神戸の広域暴力団が西の広島だけではなく、名古屋や横浜辺りまで手を広げた結果、広島のイスラエル組が東京の大組織・米国組をいきなり締めに来た。そして、手を広げ過ぎた石油成金の西の大組織がやられた。
佐藤 そういう感じですね。だからやっぱり、そんな世界なんですよ。
次回へ続く。次回の配信は2026年9月4日(金)予定です。