
武田和泉
武田和泉の記事一覧
風俗・飲食業界を得意分野として月刊誌や情報誌に寄稿。座右の銘は「夜の住人は十人十色」。
人間とクマの共存について考えを巡らす著者の二神氏
クマが人間を襲う事件が後を絶たない。自然環境の変化、山間部の過疎と高齢化......。悲劇が起きるたび、その背景や脅威がメディアで論じられ、クマの鋭い爪痕が社会に深く刻まれる。
日本各地のクマが根城とする山林に果敢に踏み入り、10年以上にわたって彼らにレンズを向け続けるカメラマンがいる。現在、国内で最も多くクマを撮影している自然写真家の二神慎之介氏だ。
7月、撮りためた写真に書き下ろしを加え、本書を上梓した。
掲載された140点超のカラー写真は、カラフトマスを食い散らかすクマの雄々しい姿、雪原の足跡やふんなどバラエティに富んでいる。二神氏にクマへの思いや撮影のポリシーを聞いた。
* * *
――被写体としてのクマの魅力とは?
二神 ひとつは、単純にデカいこと(笑)。まだ実際に出合っていない頃、クマが捕食したカラフトマスの残骸を初めて見たときに、「これはとんでもない生き物だ」と驚かされ興味が募りました。
巨大な生命体を維持するには、たくさんの自然の命を食べなければならない。北海道のヒグマであったら、サケやシカ、ドングリなど。〝自然の動植物を集約した動物〟なので、クマ自身が多様性を体現しています。
そんな彼らの生態を追うことで、自然界で今起きていることも伝えたかったんです。
――クマは人間に危害を加える動物でもありますが、やはり写真を見るとその圧倒的な存在感に目を奪われます。
二神 クマは食物連鎖の上位に位置しています。でも、多様な自然の恵みに頼って暮らす生き物だから、環境の変化をもろに食らう。
そんなはかなさやもろさがいとおしいですね。昔の人がクマを神として崇めたのも、強さとはかなさから来る畏れと尊さ故だと考えています。
――どのような面でクマを取り巻く環境の変化を感じますか?
二神 例えばカラフトマスの数は、30年前は遡上のシーズンになると川を黒く埋め尽くすほどでしたが、今は数えるほどしかいない。
マスの来ない川にたたずむ痩せ細ったクマを見て、彼らの暮らしはどうなるのかと不安に思うこともありました。
――一方で、捕食者であるクマは増えているのでしょうか?
二神 専門家ではないので確たる見解はありませんが、各地の状況を見ると、全体の傾向としては増えている印象を受けます。
――昨年のクマの大量出没では、ドングリの不作が原因として指摘されました。
二神 もちろん、ドングリは大切な食べ物です。でもクマを追いかけると、多様な食べ物で命をつないでいることがわかる。
出没が増えているのは、さまざまな要因が複合的に絡み合っているからだと思いますし、その中には私たちがまだ知らないものがあるのかもしれない。
本書ではクマにまつわるたくさんの写真を掲載しましたが、それはクマの行動原理がひとつの物差しで測れないことを訴えたかったからでもあります。
――クマに襲われそうになったことは?
二神 危険を感じたことは何度か。一番怖いのは、クマが近くにいるのに向こうは自分の存在に気づいていないとき。次にどういう動きをしてくるのかわからないから非常に危ないです。
――襲ってくるかもしれないクマを撮影していて、怖くないのですか?
二神 私、もともとはビビリなんですよ(笑)。集中と緊張でなんとかしのいでいたのですが、一時、クマが猛烈に怖くなって山に入れなくなった時期がありました。
緊張が限界を超えたことで、それが恐怖という感情として表れたのでしょう。
そんな中でも、クマに対する武器は撃退スプレーだけです。「銃よりも生存率が高い」というアメリカのリポートがあるそうですが、至近距離から襲われたらと思うと......。
――本書では撮影機材の紹介までされています。
二神 もともと、クマを撮影したいと言う人には「クルーズ船からなら撮れることがありますよ」と教えるにとどめて、手法は伝えていませんでした。
でも、今は民家の柿の木にクマがよじ登る姿をスマホで撮影できてしまう時代。むしろこれだけ緊張して撮影しているということを伝えてもいいかと思ったんです。
――そもそも、自然や動物に魅入られるようになったのは?
二神 山好きの父の影響で、小さい頃から一緒に日本中の自然を回りました。15歳のときに行った沖縄の八重山諸島では、マングローブ林が茂る光景に衝撃を受けましたね。
大学に進学すると、ブラジルのアマゾン川や東南アジアに行って、うっそうとしたジャングルを見て回る旅をしました。もともと、南のエリアに引かれる〝南方志向〟でしたね。
――クマが生息する北方へと関心が移ったのは?
二神 「ベルグマンの法則」というのがあって、暖かい南方の哺乳類ほど体が小さく、反対に寒い北方の哺乳類ほど体が大きくなりやすい。
例にもれず、北海道の生物はクマもシカも大きく、そのサイズに引かれました。
また、カラフルな南方の動植物と打って変わったシンプルな色合いを見ると、自然とシャッターを切りたくなりますね。
――ズームアップせず、森林や雪渓といった大自然の中でポツンとたたずむクマの写真を多く撮影されているのが印象的です。
二神 近い距離でクマに肉薄したり、望遠レンズでフォーカスを合わせて撮影したりした迫力のある写真は、世間の耳目を集めやすい。
しかし、クマの日常というのは草を食んだり、穏やかな表情でゴロゴロする時間のほうが多いんです。
そんな場面をあえてアップで撮らず、自然の風景と絡めながら〝森の住人〟としての姿を写し出すことで、彼らの本当の魅力や生態を伝えられると思っています。
「クマを見て森を見ず」では、自然で暮らすクマの写真とは言えませんからね。
――自然と融和する、強くて、しかし同時にはかないクマの真の姿を撮りたいと。
二神 はい。今の世の中は何事も白黒はっきりつけたがりますよね。でも、物事はそんな単純ではないということをクマが示してくれている。
クマへの向き合い方も、駆除と保護の二元論ではなく、共存も含めて幅広く考えてもらえたらと思います。
■二神慎之介(ふたがみ・しんのすけ)
1977年生まれ、愛媛県出身。会社員として広告制作の経験を積んだ後、独立。ヒグマとツキノワグマ、2種の日本のクマを主な被写体に野生動物の撮影を続けてきた。現在は東京都在住で、本州と北海道を行き来しながら撮影活動に取り組んでいる。雑誌への寄稿や写真撮影に加えて、小学校での講演活動なども行なっている。著書に『森と川、山と海 ヒグマの旅』(文ー総合出版)、『うまれたよ! サケ』(岩崎書店)
■『日本のクマを追う 激動の自然環境を生きる、ヒグマとツキノワグマ』

