
山本萩子
やまもと・しゅうこ
山本萩子の記事一覧
1996年10月2日生まれ、神奈川県出身。フリーキャスター。野球好き一家に育ち、気がつけば野球フリークに。2019年から5年間、『ワースポ×MLB』(NHK BS)のキャスターを務めた。愛猫の名前はバレンティン。
サイ・ヤング賞を2度受賞したスクーバル投手がタイガースからドジャースに移籍するなど、日本でも大きな話題を呼んだMLBの夏のトレード市場。今年は日本時間8月4日の午前7時、期限である「トレードデッドライン」を迎えました。
例年、期限の最終日に怒涛のトレードが起きます。日本時間の夜中に大物選手の移籍が決まることも多いので、情報を見逃したくない私は毎年、完徹して情報を追うことにしています。
2019年に『ワースポ×MLB』(NHK BS)のキャスターに就任してからなので、今年で8年目になりますが、寝落ちしないように大量の作り置き用の料理をしながら起きていることが多いです。今年もキッチンで、MLBファンの方の実況配信を聴きながら情報を追っていました。
日本でも5月に、DeNAの正捕手だった山本祐大選手がトレードでソフトバンクに移籍しましたね。放出にショックを受けるDeNAファンが多かったですが、移籍が盛んなMLBでは珍しくない光景と言えるかもしれません。移籍が決まった選手は新たなチームで、チャンピオンリングの獲得を目指します。
MLBのトレードの大きな特徴は、球団がプレーオフを目指す"買い手"と、数年後の躍進を目指してチーム再建への礎を作る"売り手"に分かれることです。前者の場合、補強が必要なポジションの選手獲得に全力で動きます。そして主力選手を獲得するには、それなりの「対価」が必要になります。
後者の場合は、チーム再建のために主力選手を放出する代わりに、将来有望な若手選手、「プロスペクト」の選手を複数獲得するケースが多いです。それが、先ほど言った「対価」です。
日本では、数年後に向けた再建へと一気に舵を切るケースはあまりありません。トレードも、それぞれのチームの補強ポイントが合致した場合に成立することが多い印象です。例えば、野手の選手層が厚いチームの補強ポイントが「先発ローテーションを守れる投手」だった場合、それと真逆の球団があれば双方の思惑が合致し、トレードが成立する。そうして戦力を積み重ねていくことで再建につなげるイメージです。
一方でアメリカでは、チームを再建すると決めたら、数年後をピークに設定して思い切り育成に舵を切ります。「未来に投資する」というニュアンスが相応しいかもしれません。そういったメジャーの球団が「再建中のチーム」と表現されるのも、そういった背景があります。
少し暑さのゆるんだ気候とトレードデッドラインに、季節の移ろいを感じます。
チーム再建で重要となるのがプロスペクトです。主力選手を出す代わりに獲得した、ドラフト上位の有望な若手選手たちが育った頃にチームが上位にいるのが理想ですね。
今年のトレードで売り手側の象徴だったのは、エンゼルスです。大谷翔平選手が在籍していた頃から応援しているファンの方はご存知だと思いますが、何年も低迷が続いていたにも関わらず、チームは思い切った再建に踏み切れませんでした。トラウト選手というスーパースターを擁しながら、ポストシーズンから遠ざかっています。
しかし今年は、GMが変わった影響もあってか、ついに大きく再建へと踏み切りました。いわば"ファイヤー・セール"です。アデル選手など中心選手を数人放出し、多くのプロスペクト選手を獲得しました。
今後に期待するばかりですが、再建は時間がかかるものです。34歳とベテランの域にさしかかってきたトラウト選手が、ポストシーズンでプレーする姿を見ることはできるのか......。いちトラウトファンとしては、「もっと早く再建に踏み切っていたら」と思うところもあります。
今回のMLBのトレードで一番の衝撃だったのは、ラッチマン選手の移籍でしょう。2019年のドラフト全体1位でオリオールズから指名された捕手で、打撃力も高いスイッチヒッターのラッチマン選手は、低迷が続いていたオリオールズにとって希望の光でした。
メジャーデビューを果たした2022年5月のレイズ戦では、捕手として守備につく前、感慨深そうに本拠地球場をぐるっと見渡していました。自身初のオールスター出場となった2023年にはホームランダービーにも出場し、父が打撃投手を務め、両打席でアーチをかけてシアトルを沸かせました。この時は直接インタビューをさせていただき、ナイスガイぶりと、チームを引っ張る自覚の強さに強く惹かれたことを覚えています。かつてのバスター・ポージーさんのように、フランチャイズの捕手として、チームの顔であり続けると、信じて疑いませんでした。
2023年のオリオールズはア・リーグ東地区を制し、ポストシーズンに進出しましたが、地区シリーズで1勝もできず敗退。翌年のワイルドカードで出場したポストシーズンも、1勝もできないままチームは敗退しました。
その原因として、思い切った補強に踏み切れていなかったからだ、という意見もあります。弱点は投手陣でしたが、野手のプロスペクトを出し渋り、思うような補強ができないまま戦ってポストシーズンで結果を出せなかった。"ラッチマン時代"に勝てなかったことを、首脳陣はきっと後悔しているでしょう。
ラッチマン選手を獲得したのはレッドソックスでした。ただ、メジャーを代表するスター捕手を獲得するために、相当な対価を払っています。さらにラッチマン選手は今年の残りのシーズンだけ移籍先のチームで戦うような、いわゆる「レンタル移籍」ではなく、来季もレッドソックスでプレーする契約。アイアンソン投手をはじめ、球界全体でも将来有望とされる5人ものプロスペクト選手を放出しました。5対1のトレードというのも、MLBならではかもしれません。
スター選手を獲得したチームは、単純に戦力が上がるというだけではありません。そういった選手の加入はチームを鼓舞しますし、もともと所属していた選手は自分の立場を守るべく目の色を変えます。言わば、フロントからの「いくぞ」のサイン。買い手の象徴だったレッドソックスが今後、注目を集めるのは間違いないでしょう。
私個人としては、初めてMLBで"推し球団"がある状態でトレードに臨みました。村上宗隆選手の移籍がきっかけで追いかけるようになったホワイトソックスです。
前半戦の快進撃があったことで今回のトレードは買い手に回り、層の薄さに不安があったポジションをしっかりと補強しました。想像以上の大胆な動きに、本気度を感じたファンも少なくないと思います。
そんな今年のホワイトソックスの快進撃を支える主力選手たち、特に今年デビューした数多くの輝かしいルーキーたち(ブレイデン・モンゴメリー選手など)こそが、再建中だったホワイトソックスが2024年オフのトレードで獲得したプロスペクトです。勝つために何をするのか、ひとつのチームを応援し続けるとはどういうことなのか。あらためて突きつけられたような気がします。
今回のMLBトレードでは、とあるチームのファンの言葉が印象的でした。
「自分がこのチームを追い始めて、初めて売り手に回った。こんなにつらいとは思わなかった」
また、現地のオリオールズファンは、ラッチマン選手に向けてこんな言葉を残しています。
「低迷する苦しいチームを応援するファンに、応援し続ける理由と興奮し続ける理由を与えてくれて、ありがとう」
あらためてプロスポーツは、競技そのものの面白さだけでなく、人が人を応援するからこそ生まれる感情が多くあると感じました。それでは、また来週。