「猟銃」を巡ってクマハンターと警察の間に横たわる埋め難い溝とは?

取材・文/興山英雄 写真/共同通信社

各地で目撃情報が寄せられているツキワノグマ(環境省提供)各地で目撃情報が寄せられているツキワノグマ(環境省提供)

日本各地で目撃情報が相次ぐクマ。本来はおとなしい夏場にも、人里で暴れる恐れが生じている。となると、ハンターたちの活動に期待したいところだが......。彼らを悩ますのは害獣だけではない。銃を仕事道具とする猟師と銃所持を厳しく監督する警察、両者の知られざる"微妙な関係"について取材した!

* * *

【〝猛暑グマ〟の襲来】

4月以降、冬眠明けのクマの出没が連日相次いだ。先月、栃木県宇都宮市では、県内最大の繁華街・オリオン通りのアーケード街をクマが疾走。真夜中の盛り場を黒い巨体が駆け抜ける防犯カメラの映像は周辺住民に衝撃を与えた。

これから迎える猛暑の夏。毛皮をまとったクマは暑さに弱い動物と思われがちだが、クマの生態に詳しい茨城県自然博物館の館長、山﨑晃司氏がこう指摘する。

「本州と四国に生息するツキノワグマは南方系の動物で、インドやタイ、パキスタンなどの山岳地帯まで幅広く分布しています。乾燥地や高温環境にも適応している種であり、猛暑は好みませんが、生理的には暑さに対応できる幅は広いと考えています」

山﨑氏がこう続ける。

「夏は山に食べ物が少なく、動けば動くほどエネルギーを浪費するため、本来は代謝を落として活動を抑える季節です。しかし近年は、人の生活圏にある餌の味を学習した個体が増えました。

農地や生ゴミ、放置された果樹など、山にはない魅力的な餌場がある。動けば餌にありつける理由ができたことで、夏でも人里に出没するようになったのです」 

クマへの注意喚起を促す木原稔官房長官クマへの注意喚起を促す木原稔官房長官

一方、北海道のヒグマを巡る状況はまた異なる。

「ヒグマの場合、知床など真夏でも20℃前後の冷涼な地域が多いため、猛暑そのものはあまり関係ありません。ただ、ヒグマの主食であるサケやマスが、近年の海水温の上昇で岸に近づかなくなり、川も遡上しなくなっている。餌を失った個体が、生き延びるために町へ下りてくるケースが増加しているのです」

夏でもクマの進撃は止まらない。だが、いま現場のハンターたちが何より神経をとがらせているものは、別にあった。

北海道下川町の委託を受け、証票の腕章を着けて発砲までの工程を確認するハンター北海道下川町の委託を受け、証票の腕章を着けて発砲までの工程を確認するハンター

【厳重な監督下で銃を保持する】

訪れたのは、甲信越地方の住宅街に立つ一軒家。ここで妻と3人の子供と暮らす現役ハンター・水元英雄氏(仮名)の自宅だ。2階寝室にあるクローゼットへ案内されると、衣類や日用品が並ぶ一角に、武骨な鉄製ロッカーが据えつけられていた。

「これがガンロッカーです」

水元氏が扉を開けると、そこには3丁の散弾銃が整然と納められていた。もう1丁は別のロッカーに保管しているという。

水元氏の自宅クローゼット内に設置されたガンロッカー。クレー射撃用(約100万円)や、狩猟・害獣駆除用の中古銃(約5万円)など、計3丁の散弾銃が収納されている(撮影/興山英雄)水元氏の自宅クローゼット内に設置されたガンロッカー。クレー射撃用(約100万円)や、狩猟・害獣駆除用の中古銃(約5万円)など、計3丁の散弾銃が収納されている(撮影/興山英雄)

「分解すると、ロッカー1台には入りきらないんです」と苦笑しながら取り出した銃は、銃身と銃床が分離された状態だった。

「分離保管は基本中の基本。盗まれても、すぐ撃てないようにするためです」

記者が「持ってみても?」と手を伸ばしかけた瞬間、「銃に触れると銃刀法違反です」と鋭い声が飛ぶ。猟銃に触れることができるのは所持許可を受けた本人だけだ。

「散弾銃は1丁で約3.5kg。狩猟では弾薬や無線機、水、ナイフなども持つので、装備は全部で10kg近くになる」

食品庫内にある弾薬ロッカー。盗難時の即発砲を防ぐため、銃刀法で銃本体と弾は同じ場所で管理することが禁じられている(撮影/興山英雄)食品庫内にある弾薬ロッカー。盗難時の即発砲を防ぐため、銃刀法で銃本体と弾は同じ場所で管理することが禁じられている(撮影/興山英雄)

水元氏がクマ駆除で使用するスラッグ弾(撮影/興山英雄)水元氏がクマ駆除で使用するスラッグ弾(撮影/興山英雄)

もちろん、ロッカーならなんでもいいわけではない。

壁や柱への固定方法から施錠構造まで、銃の保管設備には法律で細かな基準が定められている。扉は上下と中央の3点で施錠できる構造でなければならず、さらに近年はバールなどでこじ開けられにくい「閂式」が新たな基準として加わった。

「すべて満たさなければ、銃の所持許可そのものが下りません」

説明を終えると、水元氏は1階の和室へ向かった。仏壇の前に腰を下ろし、小さな引き出しを開ける。ガンロッカーの鍵を静かにしまい、引き出しをパタンと閉めた。

「本当は、鍵の保管場所は家族にも教えてはいけないのですが......」

猟銃は、許可を受けた本人だけに所持が認められたものであり、仮に家族が鍵のありかを知り、本人の留守中に銃を取り出せる状態であれば、不適切保管と判断され、許可取り消しの対象になりえる。そのため、3年に1度の免許更新時には警察官が自宅を訪れ、家族にこう尋ねるという。

「ご主人の銃庫の鍵は、どこにあるか知っていますか?」

水元氏がこう打ち明ける。

「実際は、一緒に暮らしていれば鍵のありかはなんとなくわかってしまいます。だから妻には、『聞かれたら絶対に「知らない」と答えてくれ』と伝えてあります」

年に1度の「銃砲一斉検査」や3年ごとの免許更新時に、警察官が目を光らせるのは猟銃の状態だけではない。むしろ「見られているのは銃を持つ人間のほう」なのだという。

本人だけでなく家族や近隣住民にも聞き取りが行なわれ、「酒を飲むとどうなるか」「家庭内暴力はないか」「精神的に不安定な様子はないか」「自殺をほのめかしたことはないか」などと生活ぶりまで細かく確認される。「借金の状況や暴力団との付き合いまで聞かれる」という。

今年の検査では、水元氏自身、思わぬ指摘に息をのんだ。

「『息子さん、その後は大丈夫?』と言われたんです」 

一昨年、高校生の長男が、喫煙していた友人グループと一緒にいたことで、補導には至らなかったものの警察から注意を受けた。本人はたばこを吸ってはいなかったが、その一件を担当の検査官は把握していた。非行に走る子供のそばに銃があることはリスク、というわけだ。

「『家族に何かあると所持許可にも関わるからね』とくぎを刺されましたが、そこまで見ているのかと驚きました。息子には、『親の(猟銃所持の)許可が取り消されかねないから軽率なことは慎むように』と話しています」 

水元氏には忘れられない言葉がある。かつて所持許可の件で面倒を見てくれた刑事から言われたひと言だ。

「銃所持の許可を与えるか否かは人物次第。窓口での言動も含め、どういう人物かを常に見ている」

水元氏は言う。

「本来、持ってはならない凶器を、国の特別な許可を得て預かっている感覚です。だからこそ、銃を持つ者として言動を常に律するという意識をずっと持っています」

その責任感は、多くのハンターに共通するものだ。だが、その前提を揺るがす〝事件〟が起きた。北海道猟友会・砂川支部長、池上治男氏(77歳)の裁判だ。

【最後の責任はハンターに】

池上氏の狩猟歴は40年。エゾシカやヒグマなど年間100頭近くを駆除してきたベテランで、地元からの信頼も厚い。だが彼は、今年3月まで約7年間にわたり、ライフル銃の所持許可を取り消されていた。

発端は2018年8月21日、砂川市でのヒグマ駆除現場だ。池上氏は、市からヒグマ駆除の要請を受け、ライフル銃を携えて出動した。場所は住宅地に近い私道脇の草地。現場には市の職員や警察官と、別のハンターも同行していた。そこに現れたのは、体長約80cmの子グマだった。

池上氏は、「追い払う対応でもいいのでは」と提案したという。しかし、3日連続で生活圏に出没していたことから、住民の不安を重く見た市職員は駆除を要請。池上氏が子グマを追い込む間、市職員と警察官は近隣住民を屋内へ退避させた。

池上氏と子グマの距離は約18m。クマが草むらの中で立ち上がり、池上氏の方向へ向きを変えた。背後には高さ約8mの土手があり、その先には住宅が立っていたが、池上氏の位置から建物はほとんど見えなかったという。

避難誘導の完了を確認し、弾道の先には人影も建物もない。池上氏は周囲へ声をかけ、引き金を引く。弾は子グマに命中し、一発で仕留めた。市職員も警察官も任務完了と受け止め、その場は問題なく終わった。

ところが数ヵ月後、事態は一変する。砂川署(現滝川署)が、この発砲について銃刀法違反の疑いで捜査を開始したのだ。

警察が争点としたのは、クマの背後にある土手が、弾丸を遮る「バックストップ」として有効に機能したか、という点だった。警察側は、跳弾や誤射によって土手の先にある建物に弾が到達する恐れがあったと主張。翌19年、北海道公安委員会は池上氏の銃所持許可を取り消す行政処分を下した。

池上氏は、処分取り消しを求めて提訴。裁判は7年に及び、今年3月、最高裁は公安委員会の処分を違法と判断した。判決は、公安側の処分は〈社会観念上著しく妥当を欠く〉と厳しく指弾した。

今年3月27日、猟銃所持許可取り消しを巡る裁判で最高裁は公安側の処分を違法と判断し、池上治男氏の勝訴判決を下した今年3月27日、猟銃所持許可取り消しを巡る裁判で最高裁は公安側の処分を違法と判断し、池上治男氏の勝訴判決を下した

池上氏がこう語る。

「7年は長かったが、当然の結果です。本来なら警察がやるべきクマの駆除を猟友会が代行し、ハンターは皆、危険を承知で『住民のため』と思って引き受けているんです。それを違法とされたら、誰も銃を持てなくなります」

最高裁での逆転勝訴によって、池上氏の銃所持許可は回復された。しかし、この一連の経緯が全国の猟友会関係者に与えた影響は大きい。あるベテランハンターは言う。

「ハッキリしたのは、市から頼まれても、警察官がその場にいても、最後に責任を押しつけられるのはハンター個人だということ。

お上は現場のギリギリの状況なんてお構いなしで、机上の論理で『ここが危なかった』と文句をつけてくる。現場で『大丈夫だ』と信じて撃ったのに、後から別の物差しで違法とされてしまう。そのズレが恐ろしい」

裁判の中で公安委員会側は、池上氏について〈危険をいとわず猟銃を発射する性癖がうかがえるのであって、再発の恐れも認められる〉とまで主張していた。

「クマより怖いのは、撃った後にどう見られるかなんです」

【「ルール」と「現場」のはざまで】

だが、警察の厳しい監視に対して、猟友会と二人三脚で動く自治体側も認めざるをえない現実がある。

ある町役場で害獣駆除を担当し、自らも狩猟免許を持つ職員は、重い口を開いた。

「実は、猟友会の中にも『自分は周りから陥れられようとしている』などと被害妄想をぶつぶつ言っているような人がいるのも事実。役所の担当としても、同じハンターとしても、そういう危ない人に銃を持たせておいていいのか、という怖さは確かにあります。

3年前、長野県中野市で、猟友会員がナイフとハーフライフルなどで警察官ら4人を殺害したあの痛ましい事件も、犯人は強い被害妄想を持っていたそうですから」

ひとたび銃の事件が起きれば、許可を出した警察や公安委員会が「なぜあんなやつに銃を持たせたんだ」と激しく叩かれるのは目に見えている。

「高齢ドライバーの免許返納と同じですよ。一回でも何かあれば全部警察の責任にされてしまう。だから、『怪しきは銃を持たせない』という方向へ厳しくなっていくのも、行政の立場からすれば正直、理解できなくはないんです」

だが、その厳格さをそのまま現場に当てはめられると、ハンターたちは身動きが取れなくなる。そこには、どうしても〝法律の一線〟を踏み越えざるをえない、現場ならではの事情もあるからだ。

前出のベテランハンターがこう打ち明ける。

「メディアの取材は受けますが、実際の駆除現場には絶対に連れていけません。例えば、土地が狭く、山が急峻な地域だと、どうしても道路からクマを撃ったり、弾が道路を横切るように発砲したりせざるをえない瞬間がある。法律上は完全にアウトです。

でも、そうしなければクマを取り逃がして住民に被害が出てしまう。地元の警察署もそこはわかっているから、地域の安全のために目をつぶる〝暗黙の了解〟が現場にはあるんです。

でも、そこに事情を知らない刑事や公安委員会が乗り込んできて、書類上だけで『違法だ』とやられたら、こちらは言い訳ができない。現場では合理的な判断でも、後から見ればただの危険な行為と見なされる。それが一番怖い」

国は昨年、市街地に現れたクマを市町村の判断で迅速に駆除できる「緊急銃猟制度」をスタートさせた。

だが、前出の池上氏の地元である砂川市は、その運用については「銃ではなく、まずは箱わなで対応する」と、今なお慎重な姿勢を崩していない。長引いた裁判の果てに、行政もハンターも街中での銃使用のリスクを背負いきれなくなっているのが実情だ。

警察の「厳格なルール」と、住民の命を守るための「現場の判断」――その深い溝の中で、ハンターの間に引き金を引くことへのためらいが広がり始めている。

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