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7月2日、インド・ニューデリーでの日印首脳会談を前に握手を交わす高市早苗首相(左)とナレンドラ・モディ首相
牛糞(ふん)由来の燃料を活用するスズキの取り組みが、まさかの日印両国による国家プロジェクトへと発展した。気になるのは、牛糞が秘める底知れぬ"クソ力"だ。
なぜ両国政府はこの資源に着目したのか。その舞台裏には、40年以上にわたってインドに根を張り、信頼を築いてきたスズキの地道な仕事があった。
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スズキの「牛糞戦略」が、ついに日印両国を動かした。
7月2日、インドの首都ニューデリーで開かれた日印首脳会談で、高市早苗首相とナレンドラ・モディ首相は、新たなエネルギー協力の枠組みに合意した。両国が推進するのは、牛糞由来のCBG(圧縮バイオガス)事業である。
実はこの事業をインドで育ててきたのが日本のスズキ。
自動車ジャーナリストの桃田健史(けんじ)氏はこう解説する。
「スズキは1982年、日本企業にとって当時はビジネスの未開拓市場だったインドで、インド政府調査団と技術提携に関する基本合意を結びました。その後、日印合弁会社のマルチ・スズキは、インドを代表する"国民車"メーカーへと成長。
その過程でスズキは、地域ごとに異なる文化や生活事情に寄り添いながら、きめ細かなビジネスを展開してきました。こうした積み重ねにより、インド国民だけでなくインド政府からも高い信頼を獲得しています」
現在、マルチ・スズキは国内で約4割という圧倒的な市場シェアを誇っている。
「そうした強固な事業基盤があったからこそ、牛糞関連事業を実現できたのです」
自動車専門誌の元幹部は今回の動きをこう見る。
「世界有数の自動車市場を抱えるインドは、日本にとっても極めて重要な存在です。グローバルサウスの盟主として存在感を高めるインドとクリーンエネルギー分野で連携を深めるメリットは大きい」
その上で、なぜ牛糞なのか。
「インドには約3億頭の牛がいるとされています。その糞尿からは、CO2(二酸化炭素)の約28倍の温室効果を持つメタンガスが自然発生しています。これを大気中に放出される前に回収し、燃料に変えることで、地球温暖化の抑制に直結します」
恩恵はほかにもある。
「インドでは野良牛の増加や、糞尿による衛生環境の悪化も社会問題になっていた。スズキが糞尿に買い取り価値をつけたことで、農家の収益が向上し、また街の美化や農村の衛生改善という想定以上の副次効果も生まれました」
スズキの試算では牛10頭が1日に排出する牛糞で、クルマ1台が1日に必要とする燃料を生産できるという。また、精製後に発生する残渣(ざんさ)は有機肥料として再利用でき、農家に還元することもできる。牛糞は燃料と肥料を生み出す「資源」でもあるのだ。

しかし、失速しているとはいえ、EVシフトが今なお叫ばれる中、牛糞由来のCBG事業にはどのような意義があるのか。桃田氏は言う。
「サーキュラーエコノミー(循環型経済)は、理想論と受け止められがちです。しかし、インドで展開する牛糞由来のCBG事業は、インドの社会実情に即した画期的なものです」
このプロジェクトの本質について、桃田氏はこう語る。
「スズキの鈴木俊宏社長も言及しているように、このプロジェクトの第一の目的は、農村の暮らしを支えること。自動車メーカーが国民の生活に直接関わる、壮大な事業です」
そもそも、この牛糞構想は一朝一夕に生まれたものではない。スズキは早くからCNG(圧縮天然ガス)車の普及にも力を注ぎ、現在は国内CNG乗用車市場で約7割という圧倒的なシェアを握る。車両だけでなく、ガス充填(じゅうてん)インフラの整備も進めてきたことが、今回のCBG事業を支える土台になった。
CBGは牛糞などの有機物から精製される燃料で、既存のCNG車にそのまま利用できる。つまりスズキは、バイオガス事業を本格化させる以前から、その燃料を使う車両と供給網を築き上げていたのだ。
こうした基盤を生かし、2022年には政府系機関のNDDB(全国酪農開発機構)との実証事業が始動。翌年にはアジア最大級の乳業組合、バナス・デイリーが加わり商業プラント建設に合意した。最大の課題だった牛糞の回収についても、牛乳集荷ネットワークを活用することで解決への道筋をつけた。
25年12月には、グジャラート州で第1号商業プラント「BANAS SUZUKI BIOGAS PLANT」が稼働。1日最大約100tの牛糞から、CNG車約850台の1日走行分の燃料を生産できる体制を整えた。さらに今年2基目の商業プラントも稼働し、実証開始から約4年で商業化を実現している。
7月2日、インド・アッサム州で新たなバイオガスプラント建設に向けた覚書を締結した鈴木俊宏社長(中央)ら
こうした実績が日印両政府から評価され、今回の国家プロジェクトへと発展した。スズキはアッサム州政府やNDDBと連携し新たなバイオガスプラント建設に向けた覚書も締結。これは、日印で合意されたインド全土で1000基の整備を目指す構想の第1号案件と位置づけられている。
では、この取り組みは世界の自動車メーカーにとっても参考になるモデルなのだろうか。桃田氏はこう見る。
「自動車メーカーがエネルギー事業に積極的に参入する事例は多くありません。なぜなら、自動車メーカーの主業は製造と卸売りであり、販売や地域社会とのつながりに直接関与することは少ないからです。
ですが、インドにおけるスズキの取り組みは、そうした従来の常識を覆すものです。他メーカーにも影響を与える可能性はありますが、これを参考にそのまま追随するのは容易ではないでしょう」
故鈴木修元会長が掲げた「現地の資源を生かす」という理念は、40年以上にわたる歩みと約4年間の実証を経て、ついに日印両国を動かすプロジェクトへと結実した。
最後に、前出の自動車専門誌の元幹部はこう語る。
「日印共同プロジェクトが軌道に乗れば、将来的にはインドで生産したCBGを日本が輸入し、燃料として利用する可能性も十分あります。そうなれば、日本でも『牛糞由来のエネルギー』が私たちの暮らしを支える時代が来るかもしれません」
牛糞が国家プロジェクトを生んだのではない。40年以上積み重ねてきたスズキの信頼が、国家を動かしたのだ。