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2019年冬に小林さんが仕留めたヒグマと。体長約190cm、体重約150kg
雪の残る山に刻まれた足跡を追い、時には崖をよじ登り、数百kgにもなるヒグマと対峙する。熊の出没が相次ぐ今、その最前線に立つのが〝熊撃ち〟と呼ばれるハンターたちだ。北海道・別海町の熊撃ちに密着し、狩猟のリアルを追った!
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「〝熊撃ち〟と呼ばれるのは、猟場に足を踏み入れたら鹿には目をくれず、熊だけを狙って追いかけて仕留めるハンターというのが私の考えです」
北海道東部・野付郡別海町でプロハンターとして15年のキャリアを持つ小林清悟さんは、そう語る。
今年5月、環境省は、2025年度のツキノワグマの出没件数が全国で5万776件に上り、前年度の約2.5倍に急増したと発表した。記録が残る09年度以降で最多の数字だ。
今年に入ってからも、冬眠を終えた熊に人が襲われる事件が相次いでいる。北海道でもヒグマの出没が各地で確認されており、人と熊の距離は確実に近づいている。
筆者自身、猟銃所持許可と狩猟免許を取得して18年目になる。現在は山梨県大月市で有害鳥獣駆除や管理捕獲に従事し、猟期には毎年のように北海道の十勝地方にも通っている。
そんな私が今年4月、別海町へ向かったのは、日頃からお世話になっている帯広のハンター仲間から「別海にすご腕のハンターがいる」と聞いたからだ。
別海町で生まれ育った小林さんは現在41歳。妻と3人の子供を持つ父親でもある。祖父も父もハンターという家系で、小学3年生のときには父が仕留めた鹿の解体を手伝い、小学5年生になると父に連れられて狩猟にも同行していたという。そんな小林さんが27歳で猟銃所持許可と狩猟免許を取得したのは、必然だったのだろう。
乳製品の加工工場に19年間勤めた後、退社と同時に21年、「ジビエ工房 山びこ」を起業。プロハンターとしての道を歩み始めた。
小林さんはひとりで1日平均5~10頭、年間にすると1300頭以上の鹿を仕留めている。私が知る限り捕獲数、売り上げでいうと日本で小林さんを超えるプロハンターはいない。
実際に小林さんの猟に同行させてもらうと、その一連の無駄のない動きに驚かされた。
つながりのある酪農家から、牧草地を食い荒らす鹿の駆除依頼を受けると、小林さんはピックアップトラックで現場へ向かう。そして、静止している鹿を遠距離からネックショットで仕留める。
首を狙うのは、肉を無駄にしないためだ。撃たれた後に鹿が走ってしまうと、血が肉に回り、臭みが出やすくなる。そのため、極力走らせないのが小林さんのポリシーだという。致命傷に至らず、被弾後に長い距離を走ってしまった鹿は食肉には回さず、犬用ジャーキーなどペット用に加工するという徹底ぶりだ。
仕留めたエゾシカはピックアップトラックで回収する。解体所では、つるした鹿を素早く処理する。仕留めてから解体までのスピードが、ジビエの味と肉質を大きく左右するという
仕留めた鹿は、5分以内にトラックの荷台に載せ、すぐに次の獲物を探す。そして、仕留めてから1時間以内には解体所に運び込む。つるした鹿を素早く解体すると、そのまま巨大な保冷庫に入れて血抜きと熟成を行なう。
小林さんによると、仕留めてから解体までのスピードこそが味と肉質を決めるという。肉を部位ごとに小分けにする作業ではスジなどを取り除くトリミングを行なうのも小林さんのこだわりだ。
小林さんが振る舞ったジビエ料理。猟師でもある筆者が「これまで食べた鹿肉との違いは歴然だった」と驚くほど臭みがなく、柔らかな味わいだったという
猟の後、小林さんが仕留めた鹿肉をごちそうになった。10年以上、鹿肉を食べてきた私でも、これまで口にしてきた鹿肉との違いは歴然だった。ひと口食べれば、「ジビエは臭みがあり硬い」というイメージは覆されるだろう。
現在、小林さんの鹿肉は全国60店舗のレストランに卸されているほか、インターネット販売や、ふるさと納税の返礼品としても扱われている。
食肉を専門とするハンターとして多忙な日々を送る小林さんだが、熊撃ちとしても活動している。別海町で熊撃ちのベテランから熊猟を学んだ小林さんは、毎年12月になるとヒグマを求めて山に入る。
「熊撃ちは、雪が降って足跡が残る時期が勝負なんです。ただ、熊の足跡を探すところから始まって、1日に10~15km歩くこともざらです。雪の積もった足場の悪い山の獣道を進み、時には崖をよじ登ることもあります。
あまりのつらさに、途中で追いかけるのを諦めたくなるときもあります。1ヵ月も延々と足跡を追い続けることもあり、ベテランの熊撃ちからは『生活が乱れるから、熊撃ちになるのはやめておけ』と言われました」
熊の個体数が増えているとはいえ、山の中で熊を探し出して仕留めることは生易しいものではない。ガソリン代などの経費をかけ、丸1日山を歩いても熊に遭遇できないことが多いことから、プロハンターとして熊だけを狙うのは効率が悪いとされる。何日もかけて1頭の熊を仕留めるより、1日で10頭の鹿を獲ったほうが仕事としては合理的なのだ。
「私が仕留めた鹿肉を楽しみにしているお客さんの信頼を裏切らないためにも、山で熊を追いかけるのは朝と夕方だけにしています。日中は牧草地で鹿撃ちをしてノルマをこなし、仕事に影響が出ないようにしているんです」
それでも熊撃ちはスリルがあり、やめられない。小林さんはこれまで単独で20頭の熊を仕留めたという。
小林さんが使うのは.338ウィンチェスター・マグナムと.338ラプア・マグナムという長距離射撃に長けたライフル。重い弾頭と高い貫通力は300㎏超のヒグマに対しても有効だ。
ちなみに私が使う.308ウィンチェスターは多くのハンターが使用しており、鹿、イノシシ、ツキノワグマには有効だ。
しかし、かつて小林さんの知り合いのハンターが興奮してアドレナリンが分泌した状態の巨大なヒグマに.308ウィンチェスターを使用したところ、完全に倒すのに10発ほど撃つことになったという。弾頭が硬直した筋肉で止まっていたというから驚きだ。
猟銃を手入れする小林さん。ヒグマ猟では、長距離射撃に適した「.338ウィンチェスター・マグナム」や「.338ラプア・マグナム」を使用。300kg超のヒグマにも有効な貫通力を備える
別海町では、冬眠明けで空腹となり、活発に行動するヒグマの駆除・捕獲を目的に、昨年から2月1日~3月31日の期間に「春期管理捕獲」も行なわれている。まだ雪が残る時期に山へ入る、いわば春の熊狩りだ。
今年2月下旬にも、小林さんを含む10人のハンターが別海町の山で春熊猟を行なった。メンバーの半数は猟の現場で熊と遭遇したことがない新人ハンターだった。
林道で2頭の熊の足跡を見つけ、手分けして徒歩で足跡を追いかける。すると、ふたりの新人の前に2、3歳の100kgほどの子熊が現れた。初めて目の前に現れた熊に動揺していると、3秒ほどでやぶに姿を消したという。
「私も初めて熊を見たときは焦って撃てませんでした。熊を撃つのは見つけてからの瞬間的なスピードが決め手です。熊と遭遇しても、どれだけ冷静にいられるかが肝要だと思います」
北海道の中でも東部は熊が多く生息している。しかし、小林さんによると4、5年前からさらに熊が増えているという。
「熊が特に多いのは羅臼の山岳地です。この地域で人間が襲われたことはありませんが、一昨年、昨年と牛が熊に襲われる被害がありました。
昨年は北海道と本州で13人が熊に殺されました。増えつつある熊と共存していくのは現実的ではないし、難しいというのが私の考えです。熊は一度に2、3頭の子を産みますから、増えた個体に対して減らしていかなければなりません」
熊が人里に現れる背景には、山の餌不足などさまざまな要因がある。一方で、増えた個体を管理する側の人手不足も深刻だ。私が所属している山梨県大月市の猟友会では、昔は100人以上いた地元会員が、現在は8人ほどまで減ってしまった。現役の多くは70代、80代の高齢者だ。
「熊は動物の中でも頭がいいんです。例えば、熊の足跡を追っていると突然、足跡がなくなることがあります。それは『止め足』といって、自分の足跡を踏み直しながら後退したり、近くのささやぶに飛び込んだりするんです。そうやって、追ってくるハンターの裏をかくんですよ」
半矢になった手負いの熊はやぶの中に身を潜めて、追跡してきたハンターを襲うこともある。以前、手負いの熊に逆襲され、重傷を負ったハンターから話を聞いたことがある。
「熊狩りは頭の良い熊との知恵比べです。仕留めてきたすべての熊にそれぞれの物語があります」と語る小林さん
「熊狩りは、熊との知恵比べです。非常に面白さとやりがいを感じますが、同時に〝生き残れるか、殺されるか〟という恐怖との戦いでもあります。過去に仕留めてきたすべての熊に、それぞれの物語があります」
小林さんにとって熊は単なる駆除対象ではなく、対戦相手なのだ。仕留めた熊は必ず食べるという。
近年、熊被害のニュースが多く報道されたこともあり、猟銃所持許可や狩猟免許の取得を希望する人も増えている。北海道の多くの市町村では、免許取得や猟銃購入にかかる費用の一部をサポートする制度も用意されている。
小林さんのところにも、狩猟に興味を持つ若者が訪れるという。小林さんは彼らに対して、狩猟の楽しさと厳しさの両方を伝えている。
「若いハンターが増えるのは大歓迎です。ただし中途半端にやるのではなく、ベテランから獲物の追い方、仕留め方、そして解体など、狩猟の基礎を学んでほしいと思います。狩猟を好きになって、長く続けていただけるのならうれしいです」
北海道では10月1日から本格的な熊の狩猟期が始まる。人と熊の距離が近づく時代に、誰が山に入り、誰がその最前線を担うのか。
春の熊撃ちの現場には、狩猟の厳しさと、これからの人と熊の向き合い方が刻まれていた。