写真提供:北川直樹
受験に失敗して、何をすればいいかわからなくなった。20歳。周りの友人は大学生活を楽しんでいる。自分だけが取り残されている。そんな無気力状態の息子に、父は「日本の外を見てこい」とだけ言い、アメリカへの往復チケットを渡した。
これが、松澤寛政(まつざわ・かんせい)の物語の始まりだ。
現在27歳。ハワイ大学のキッカーとして、2025年シーズンにフィールドゴール(以下FG)成功率96.2%(レギュラーシーズン26本中25本成功。ボウルゲーム含むシーズン全体では29本中27本成功)、そしてシーズン開幕から25機会連続成功を達成。ハワイ大学史上初の「コンセンサスオールアメリカン」(全米の主要選定機関のうち3つ以上で選出される栄誉)に選ばれた。愛称は"Tokyo Toe"。NFLのドラフトは4月23日。指名されれば、日本人初のNFL選手が誕生する。
ただし、この男のすごさは数字だけでは伝わらない。アメフトのボールに初めて触れたのが20歳。コーチなし。教科書はYouTube。そこからわずか7年で全米トップクラスのキッカーになったのだ。
【ステーキ屋のバイトで渡米資金を貯めた】
千葉県出身。幕張総合高校ではサッカーのフォワードだった。大学受験に2度失敗し、人生の目標を完全に見失っていた2018年のある日、父・徹治さんがくれたチケットでアメリカへ。サンフランシスコでNFLの開幕戦を観て、「これだ!自分もNFL選手になりたい」と心に決めた。
帰国するなり楕円形のボールを購入。千葉の自宅前の公園で、YouTubeに上がっているキッカーの動画を見ながらひたすら蹴り込んだ。サッカーで鍛えた脚があるから、キック1本で勝負できるキッカーしかないと判断した。
誰にも言わなかった。
「日本って、すぐに『そんなのムリ』って言われるじゃないですか。だから人にバレないように、一人でやろうって」
写真提供:松澤寛政
渡米資金は、都内のアメリカ発祥のステーキハウスで朝から夕方まで週5日働いて貯めた。マネージャーが理解のある人で、トレーニングとの両立に関して相談に乗ってくれた。友達と遊ぶことも控え、稼いだ金のほとんどを貯金に回した。
そんな生活を約2年続け、自主練の動画をSNS経由で片っ端からアメリカのコミュニティカレッジ(日本の短大に相当)のコーチに送った。返事が来たのは、カリフォルニアとオハイオの学校2校だけだった。
【「底辺の底辺」からの脱出】
松澤が選んだのはオハイオ州のホッキングカレッジ。「カリフォルニアは旅行でも行ける。オハイオはこれを逃すと一生行けない」という理由で決めた。
入学してから3カ月、話せる英語は「Yes」と「No」だけ。寮は素行の悪い学生との相部屋。松澤自身が「底辺の底辺」と表現する環境だった。規律はなく、遅刻は当たり前、コーチに楯突く学生もいた。
だが松澤は、フットボールができること自体を喜んだ。「ずっとバイトして英語を勉強して、っていうのがなくなったわけですから。ようやく自分がやりたいことに集中できる」
そして驚くべきことに、通常2年かけて卒業するコミュニティカレッジを1年半で卒業した。60単位を詰め込む強行スケジュール。アカデミックアドバイザーからは「そんなヤツはいない、無理だ」と言われたが、反対を押し切った。朝5時起床、6時から朝練、午前と午後に授業、夕方トレーニング、夜は課題。寮に戻るのは22時過ぎだった。
並行して、全米各地のリクルーティングキャンプを飛び回った。ヨガマットとスーツケースだけ抱えて一人で乗り込む日本人。周囲は親に連れられた高校生ばかり。「コーチとかも『なんや、コイツ』って感じで」と松澤は笑う。だが、蹴り始めると態度が変わった。
貯金が尽きたのは、キャンプ行脚の真っ最中だった。どうしていいかわからなくなり、思わず両親に電話した。母は「夢を諦めるんじゃなくて、自分のやりたいことをやりなさい」と一言だけ言った。
【75%から96.2%への大変身】
2023年、複数のNCAA1部校からオファーが届き、松澤はハワイ大学を選んだ。1年目はレッドシャツ(練習生)で公式戦出場なし。2年目の2024年にレギュラーの座を掴んだが、FG成功率は75%。外したのは全部、30ヤード前後の「決めて当然」の距離だった。技術ではなく、メンタルの問題だった。
それでも、勝負強さの片鱗は見せていた。フレズノ州立大戦では残り15秒でチームがタッチダウンを決めて同点に追いつき、直後の松澤のエクストラポイント(1点キック)が勝ち越し点に。21-20。この1本がなければ、松澤に奨学金が出ることもなかったかもしれない。
そして2024年のオフ、松澤はメンタルトレーニングに本格的に取り組んだ。
「どうやったら試合中ポジティブでいられるか。各キックについて深く考えるんじゃなくて、常に次の一本に集中するというマインドを確立しました」
このルーティンをシーズン中も一度も崩さなかった。
写真提供:ハワイ大学
翌2025年、松澤は文字通り覚醒した。開幕戦のスタンフォード大戦では試合終了と同時に38ヤードのウォークオフFGを沈めて23-20で勝利。以降、シーズンを通じて25連続成功。成功率96.2%。ハワイ大の歴代記録を塗り替え、コンセンサスオールアメリカンに選出された。スタジアムでは漢字の名前入りTシャツを着たファンが溢れ、"Tokyo Toe"の愛称がアメリカ中に広がった。
成功率96.2%の理由を聞くと、松澤の第一声は意外なものだった。
「シンプルに、チームメイトがたくさんボールを蹴る機会をくれたんです」
ここまでの物語だけで十分に規格外だ。だが、この男のドラマはまだ続く。記録がかかった26本目のキックで起きた「予想外の出来事」と、ドラフトを3週間後に控えた松澤の「いま」を、後編でお届けする。
写真提供:ハワイ大学
●松澤寛政(まつざわ・かんせい)
1999年1月8日生まれ、27歳。千葉県出身。幕張総合高校サッカー部でFWとして県ベスト8。大学受験に2度失敗後、渡米先でのNFL観戦をきっかけにキッカーを志す。YouTubeで独学し、ステーキハウスのバイトで渡米資金を貯めて2022年にオハイオ州ホッキングカレッジへ。2023年にハワイ大学編入。2025年シーズン、FG成功率96.2%(レギュラーシーズン25/26)、開幕から25連続成功でFBS記録タイ。ハワイ大学史上初のコンセンサスオールアメリカン。グローザ賞(全米最優秀キッカー)ファイナリスト。愛称は"Tokyo Toe"。NFLのIPPプログラムに選出され、2026年2月のNFLコンバインに参加。4月23日開始のNFLドラフトで指名されれば、日本人初のNFL選手となる。