『さんまのスーパーからくりTV』『中居正広の金曜日のスマたちへ』など、数多くの人気番組を手がけてきたバラエティプロデューサー角田陽一郎氏が聞き手となり、著名人の映画体験をひもとく『週刊プレイボーイ』の連載『角田陽一郎のMoving Movies~その映画が人生を動かす~』。

ニューアルバム『今、何処(WHERE ARE YOU NOW)』を7月にリリースしたミュージシャンの佐野元春さんが"表現"を語り尽くします!

■少年時代から"表現"を愛し、テアトル新宿に通う

――子供の頃に見て印象的だった作品は?

佐野 初めて親に映画館へ連れていってもらったのは5、6歳の頃。『キングコング対ゴジラ』(1962年)とディズニー映画『101匹わんちゃん』(1962年)。どちらも子供心に強く思い出に残っています。

――印象的な映画に出会うと、俳優なら演じてみたい、映画監督なら撮ってみたいと思うことが多いのですが、元春さんの場合は?

佐野 「そこに参加したい」でしたね。どちらかというと現実とフィクションの区別が曖昧な子供だったと思います。

――なるほど。では、中高生の頃はどんな作品を?

佐野 単館上映館、今でいうミニシアターによく行っていました。その劇場が選ぶ国内・海外のインディーズ映画やドキュメンタリー映画ですね。当時、新宿にそうしたシアターがいくつかありました。

そこでよく見たのは60年代から70年代にかけてのヌーヴェルヴァーグやアメリカン・ニューシネマ。僕は14、15歳ぐらいの頃にはソングライティングを始めていましたから、映画に求めるのも、エンターテインメントというよりも"表現"でした。

――当時から、"表現"というより本質的なものに興味があったと。

佐野 とはいっても、ワクワクして見たのはエンターテインメント映画。自分の中でヒットしたのはフランシス・コッポラの『ゴッドファーザー』(1972年)。ミニシアターで見ていた映画はたとえるなら短編小説でしたが、『ゴッドファーザー』は長編小説でした。

――では、ミュージシャンになってから見て、印象的だった映画は?

佐野 自分がものを作っていることもあって、映画そのものより、誰が作っているのか、誰が演じているのかという、映画の"成り立ち"に興味を持ち始めました。

例えば、クリント・イーストウッド。僕は本当に彼の大ファンで、いろんな映画を見てきていますけど、『グラン・トリノ』(2008年)や『ジャージー・ボーイズ』(2014年)などがとくに好きです。

『ミリオンダラー・ベイビー』(2005年)は、クリント・イーストウッド自身が監督をし、演じて、音楽もやって......と、まさに彼のアーティスト性がしっかり出ている映画だなと。

――ずっと聞きたかったんですけど、元春さんにとって、エンターテインメントとはなんでしょうか?

佐野 エンターテインメントは光にもなるし、影にもなる。僕らの人生にとって薬にもなるし、毒にもなる。自分もエンターテインする立場ですから、いろんなことを考えますが、エンターテインメントの先にある"表現"にまで行き着けたらいいなと思っています。

――だからこそ、表現者にも興味を持つんですね。ほかにどんな監督の作品に興味をお持ちですか?

佐野 そういう点では、コーエン兄弟の映画が優れていると思う。善と悪、白と黒といった二項対立を、独特のユーモアをもって無効化していく。その結果、観客である僕らは人生の意味について考えさせられる。例えば、『バスターのバラード』(2018年)は印象的な作品だ。

――アメリカ西部開拓時代を舞台に、死にまつわる6つの物語から成る映画ですね。

佐野 ユーモアは「絶望の裏返し」だと思う。絶望的に見えるものも良いユーモアがあれば、「明日、どうにかやっていこう」と思えるようになる。ユーモアの表現の仕方は作家さまざまなんだけど、コーエン兄弟の知的なユーモアのセンスは押しつけがましくない。そんな表現の仕方にとても共感する。

■最新アルバムは若いリスナーに届けたい

――最新アルバム『今、何処 (WHERE ARE YOU NOW)』について伺います。タイトルやコンセプトに込めたメッセージは?

佐野 1960年代にジャッキー・トレントという英国の女性シンガーが歌ってヒットした『Where Are You Now(My Love)』というロマンティックな歌があるんですが、それがアイデアの元になっています。

前回の全国ツアーのタイトルも「WHERE ARE YOU NOW」でした。ショーが始まるときにその曲を流し、ツアーが終わった頃に僕のアルバムをリリースしたんです。

――すてきな演出です。本作は非常にコンセプチュアルなアルバムですよね。

佐野 そうだね。オープニングがあって、クロージング(「今、何処」)があって、その間に12曲ある。1曲目から最終曲まで聴いてもらって、そこにあるストーリーを感じてほしい。

今はサブスクリプションとか単曲買いが若い世代の間では主流で、そこにはもちろん楽しさもあるとは思うけど、僕自身は60~70年代の優れたコンセプトアルバムを聴いて育ったから、「もし自分にそういうものを作る才能があるとしたら......」と思ったんです。だからこそ、10代から30代の若いリスナーに聴いてみてほしい。

まぁ、単曲買いも楽しいけど、コーエン兄弟の映画みたいに何か深いストーリーを感じたいというなら、ぜひ今回のアルバムを聴いてもらえると、楽しんでもらえると思います。

●佐野元春(さの・もとはる)
1956年生まれ、東京都出身。1980年3月にシングル『アンジェリーナ』でデビュー。1982年にアルバム『SOMEDAY』がスマッシュヒットを記録。その後、日本のロックシーンを牽引するアーティストとして、数々の名曲を生み出し、デビューから40年を経た今も第一線で活躍を続けている

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