データは答えではなく「一歩を踏み出すためのヒント」 松田丈志が考えるスポーツと測定の力【松田丈志の手ぶらでは帰さない! ~日本スポーツ<健康経営>論~ 第30回】

文/松田丈志 写真提供/Cloud9

サッカーワールドカップの決勝戦が終わり、スペインの2度目の優勝で大会が幕を閉じました。私自身も、何度も早起きして、最後まで存分にこの大会を楽しませてもらいました。

今大会では、暑さ対策として義務化されたハイドレーションブレイクや、判定への関与がさらに大きくなったVAR、精度を高めた半自動オフサイド判定技術(SAOT)、さらには12カ国の代表チームが導入したGPSベストによる走行距離や走行強度の可視化など、進化したテクノロジーや新たな取り組みが目立ちました。

デバイスや測定機器が進化し、その精度が上がるほど、「見えなかったもの」が可視化され、選手のパフォーマンスやプレーの質そのものが底上げされていく。それを見ながら、私自身が競泳選手として歩んできた道のりを思い出していました。

経営学の世界には、「測定できるものは改善できる」という言葉があります。私はこの言葉が、スポーツにもそのまま当てはまると信じています。

もともと、さまざまなデータを測定し、記録として残していくことが好きで、現役中はそのデータに何度も助けられてきました。学部、修士、博士課程とスポーツ科学を学び博士号を取得したこともあり、スポーツを科学的な視点で捉え、分析することは、選手時代から今に至るまでずっと好きなテーマです。現役時代は、持久力の代表的な指標である「VO2max(最大酸素摂取量)」のほか、定期的な乳酸テストや血液検査で身体の反応を確認し、泳ぎのフォームやストローク中の速度変化も競泳日本代表の科学スタッフに継続的に分析してもらいました。

トレーニング効果やレース後の身体の状態を把握するため、定期的に血中乳酸値を測定していました。タイムだけでは見えない部分を示す重要な指標の一つでしたトレーニング効果やレース後の身体の状態を把握するため、定期的に血中乳酸値を測定していました。タイムだけでは見えない部分を示す重要な指標の一つでした
年齢を重ねてからはトレーニング量を極端に増やせないため、管理栄養士の指導のもと栄養戦略も徹底し、筋肉量や脂肪量を定期的に測定しながら自分の理想の体組成を探りました。

BOD PODを使った体組成測定の様子。アスリートの身体はトレーニングや食事によって大きく変化するため、その変化を把握することは、トレーニング計画の立案や栄養管理を行なう上で重要ですBOD PODを使った体組成測定の様子。アスリートの身体はトレーニングや食事によって大きく変化するため、その変化を把握することは、トレーニング計画の立案や栄養管理を行なう上で重要です
今の時代、デバイスの進化によって、さまざまなことがより簡便に数値化できるようになりました。パフォーマンス向上を目指すアスリートは、それらを活用すべきだと思いますし、「感覚に頼りすぎる」「数値を直視しない」というのは、変化を拒む怠慢だと思うのです。

32歳で迎えたリオデジャネイロ五輪の前年、私は日本代表落ちを経験しました。引退が頭をよぎる年齢で、もう一度這い上がるために、自分の体を徹底的に測定し直しました。すると、持久力の指標であるVO2maxが、全盛期に比べて劇的に落ちていることが分かったのです。この数字を見たとき、私は少しホッとし、むしろうれしく感じたのを覚えています。なぜならVO2maxの低下が不振の一因なら、「トレーニング次第でまた戻せる」と思えたからです。VO2maxの低下には思い当たる節がありました。若い頃からベンチマークにしていたVO2maxの向上につながる、いわば「泥臭い練習」を「もうこの歳だから、あそこまで追い込まなくていいか」と年齢を言い訳に、しばらく敬遠していたのです。VO2maxの低下が明確になったことで、もう一度その練習をやり切る覚悟が決まりました。数字という「動かぬ事実」を前にしては、言い訳のしようがありませんし、何よりアスリートとして結果を出すために必要なことは徹底してやらなければなりません。

鹿屋体育大学で定期的に行なっていた、流水プールを使ったVO2max(最大酸素摂取量)測定の様子。運動中に身体が取り込み、利用できる酸素量の最大値を測定し、持久力の状態やトレーニング効果を確認していました鹿屋体育大学で定期的に行なっていた、流水プールを使ったVO2max(最大酸素摂取量)測定の様子。運動中に身体が取り込み、利用できる酸素量の最大値を測定し、持久力の状態やトレーニング効果を確認していました
アスリートに限らず、人間は自分の感覚を信じたい「主観の生き物」です。自分の感覚を頼りにすることが大きな武器になるときも当然あります。しかし、無意識に自分に都合よく物事を解釈してしまう弱さも持っています。ある種のバイアスがかかり、楽な方に流されそうになる。私自身、まさにそうです。だからこそ、客観的なデータが情報として自分に返ってくることで、意志の弱い自分を正しい方向へと導いてくれます。もっとも、測定から見えるデータはあくまで現在地を示す一つの指標に過ぎません。その指標をどう捉え、どう動き、どう努力を重ねるかを最終的に決めるのは、自分自身です。データはヒントをくれますが、一歩を踏み出すのは、人間にしかできない仕事なのです。

今回優勝したスペインのサッカーは、専門家ではない私の目から見ても、アルゼンチンやフランスといった、攻撃陣に強烈なスーパースターを擁するチームを完璧に封じ込めたように見えました。今大会、日本代表は「世界一」を公言して挑みましたが、結果はラウンド32で大会を去ることになりました。世界との差はまだ小さくないのかもしれませんが、優勝したスペインの強さの理由をデータで分析・評価していくことは、日本サッカーがさらなる高み、そして世界一を目指す上でも大きなヒントになるはずです。

もちろん、簡単に真似できるものではないでしょう。しかし、客観的なデータをできるだけ多く集めて分析し、そこからアイデアを生み出し、知恵を絞り、世界との差をどうやって覆していくか。その過程でこそ、人間の知性が真価を発揮すると思います。いつか日本代表がワールドカップで優勝する日が来ると信じていますし、私自身も心からそれを望み、応援し続けたいと思っています。

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  • 松田丈志

    松田丈志

    Takeshi MATSUDA

    宮崎県延岡市出身。1984年6月23日生まれ。4歳で水泳を始め、久世由美子コーチ指導のもと実力を伸ばし、長きにわたり競泳日本代表として活躍。数多くの世界大会でメダルを獲得した。五輪には2004年アテネ大会より4大会連続出場し、4つのメダルを獲得。12年ロンドン大会では競泳日本代表チームのキャプテンを務め、出場した400mメドレーリレー後の「康介さんを手ぶらで帰すわけにはいかない」の言葉がその年の新語・流行語大賞のトップテンにもノミネートされた。32歳で出場した16年リオデジャネイロ大会では、日本競泳界最年長でのオリンピック出場・メダル獲得の記録をつくった。同年の国体を最後に28年の競技生活を引退。現在はスポーツの普及・発展に向けた活動を中心に、スポーツジャーナリストとしても活躍中。主な役職に日本水泳連盟アスリート委員、日本アンチ・ドーピング機構(JADA)アスリート委員、元JOC理事・アスリート委員長、日本サーフィン連盟理事など

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