最終日のサンプリングサイト「サパの森」にて。これは......
連載【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】第192話
ベトナムでのコウモリサンプリングはいよいよクライマックスへ。その成果は果たして......? そして今回の行程を振り返り、「現場」を見ることの重要さをあらためて痛感する。
* * *
【「サパの森」へ】
1年前のボルネオ島のジャングル(123話)でもそうだったが、私は、少なくとも睡眠環境だけは、ある程度の清潔が保たれていないと生理的に耐えられない。
ベンジョコオロギと散らばる虫の羽根に辟易した私は、連日の深夜までの野外活動にもかかわらず、ほとんど眠ることができなかった。
ヤギ鍋を食べながら、私たちは3日目、つまり最終日の予定を練り直した。
「ヴァンバンの洞窟」にキクガシラコウモリがいない以上、ここでサンプリングを続ける意味はなかった。そこで私たちは、一縷の望みをかけて、再びサパに戻り、初日にサンプリングをする予定だった「サパの森」に行くことにした。
「サパの森」では、トンさんやNIHE(国立衛生疫学研究所)のチームが、ひと月前に調査をしていた。しかし、そのときの捕獲数はわずか数匹だったということで、事前の期待値は決して高くはなかった。それでも現状、他に候補となる場所がない以上、この場所に賭けるしかない。
そして3日目の朝。昨日までとは一転して、この日は曇天。小雨もパラついていた。
朝8時、大旅団はヴァンバンを出発。この日の私はNHKチームに同行し、取材を受けながら、「human-animal interface(人間と野生生物の境界)」の現場を見学した。
取材やインタビューを終えて、サパに戻って遅めの昼食をとる。NHKチームが雇ったベトナム人通訳の友人が経営するというレストランで、アヒル料理を食べた。
(上)アヒル鍋。ベトナムの鍋はどこでもこんなフォーマット。「ブン(米麺の丸麺)」を器にとって、そこに鍋の汁をかける。(下)アヒルのひき肉とアヒルの生き血(!)を和えたもの。せっかくなのでひと口だけ食べてみたが、味そのものは特筆するほどうまくもまずくもなかった。
15時過ぎに、サパのホテルでサンプリングチームと合流する。そこでみんなで集合写真を撮った(187話の冒頭の写真がこれ)。ここでNHKチームは帰国の途に着き、私はサンプリングチームのバンに乗り込む。その車中でサンプリングの身支度をしながら、大旅団は最終日のサンプリングサイト「サパの森」へと向かった。
【最後のサンプリング開始】
17時、「サパの森」に到着。今回のサンプリングサイトは、「洞窟」ではなく「フィールド」。3班に分かれて、それぞれの持ち場でトラップの設置を進めた。トンさんの弟子のルンが率いるチームの私たちは、川にふたつの「ハープトラップ」と、木と木の間にふたつの「ミストネット」、計4つのトラップを設置した。
トラップの設置場所を見極めるのはもちろんルン。コウモリが通りそうで、かつ、抜け道がなさそうな「ポイント」を見極めての設置である。
仕掛けた4つのトラップ。「ミストネット」(右の写真ふたつ)は、写真ではほとんどわからない(というか、夜になると、現場でもほとんど見えなかった。人間でもひっかかるレベル)。
ルンの指示に従いながら、みんなで協力しながらトラップを組み立てて、それらをひとつずつ設置した。
すべてのトラップの設置が終えると、辺りはもうすっかり暗くなっていた。標高の高いサパの気温は低く、また天気のせいもあって、あたりには霧が立ち込め始めた。周囲を照らす懐中電灯の灯りが霧で乱反射する。
「夕まずめ」は、コウモリが活動を始める時間帯である。暗くなった足元をライトで照らしながら、水深がくるぶしの上くらいまである渓流を渡り、茂る草木をかき分けて、仕掛けたばかりのトラップを見回る。
すると、先行していたルンが、最初に仕掛けた「ハープトラップ」を指さして声を上げた。
ライトで照らすと、そこには3匹のコウモリがいた。
「It's Rhino(キクガシラコウモリだ)」とルン(注:キクガシラコウモリは英語で「Rhinolophus bat」)。グローブをはめた手でそれを静かに捕まえて、保管用の巾着袋に一匹ずつ丁寧に収めていく。
次に仕掛けた「ミストネット」にも、2匹のキクガシラコウモリが引っかかっていた。やはり丁寧に網を外して、巾着袋に収めた(このコラムの冒頭の写真がこれ)。
その後も、交代交代にそれぞれのトラップを見回った。
――ここはベトナム北西部の山奥。懐中電灯を消せば真っ暗で、虫や蛙や、よくわからない生き物の鳴き声が響き渡る。そんな中、長靴を履き、野外活動用のジャージを着て歩き回るのは、この1年前(2024年)のボルネオ島のジャングル(125話)を思い出させた。
ボルネオ島には、「センザンコウ」という絶滅危惧種の生態を探るために訪れた(123話)。今回のキクガシラコウモリに加えて、センザンコウもまた、新型コロナウイルスに近縁のウイルスに感染していることがわかっていたからだ。それにアクセスするためにはいったいどんな方法があるのか? 2024年のボルネオ島出張は、そんなことを目的とした、いわば「下準備」のための旅だった。
センザンコウは絶滅危惧種であるので、もちろん捕獲はできない。また、生息数もきわめて少ないために、その姿をめったに見ることもできない。そういう意味において、2024年のボルネオ島出張は、その生息地を見るだけの、「研究対象」が見えない出張だった。そしてそれこそが、このボルネオ島の出張で私の気持ちが焚き付けられなかった真の理由のひとつだったのだ。ということに、ベトナム北西部の森の中で気がついた。
しかし今回は違った。キクガシラコウモリという「研究対象」の検体を集める、という明確な目的のためにその生息地に足を踏み入れ、そしてそれに成功したのだ。
結局この日は、われわれのチームだけで15匹のキクガシラコウモリを捕獲。別のチームの成果を合わせると、24匹の捕獲に成功した。
仕掛けたトラップをすべて片付けて、車を停めていた駐車場に戻る。そこにはうまい具合に明かりのついた建屋があって、そこで私たちは、捕獲したコウモリから検体(ぬぐい液)を回収することにした。
建屋に入ってその準備を始めたその直後、まさに狙い澄ましたようなタイミングでスコールが降り始めた。
今回のベトナム出張で初めての激しいスコール。
土砂降りが降る中、建屋の中で、捕獲した24匹すべてのコウモリから、一匹ずつ丁寧に検体を回収した。そしてそれがすべて終わると、トンさんが巾着袋からコウモリを取り出して、雨の降る野生へと返していった。暗闇の中、一匹ずつ丁寧にコウモリを手のひらから野生に返すトンさんの所作は、コウモリへの感謝と謝罪の念が込められているようで、まるでなにかの儀式のようにも見えた。
――サパの街に戻った頃には、日付も変わり、深夜1時を回っていた。
最後のサンプリングを終えて。街全体が霧に覆われていた。午前1時、夕食をとった食堂のようなところ。
霧深く雨の降る中、まだ開いていた食堂のようなところでみんなでお粥を食べ、ビールを飲んだ。
3日間にわたる深夜までのサンプリング。疲労の色はもう誰も隠せなかった。いつもに比べて口数も少ない中、みんなもくもくとお粥を口に運んだ。一度止んだ雨は再び降り始め、トタン屋根を強く打ちつける音だけが響いていた。
「――チャムチャム」。合言葉のようになっていたその言葉を、ルンの肩を叩いて私は彼に言った。すると彼はどこかからか、「ローカルワイン」を持ってきた。そしてそれをいくつかの小さなグラスに注ぎ、みんなでいくつかの乾杯をして、今日の成功を静かに喜んだ。
【科学的注釈的あとがき】
さて、この3日間のサンプリング出張で、私たちは最終的に30匹のキクガシラコウモリから検体を得ることに成功した。
「検体を得る」という主たる目的を達成できた喜びに勝るものはないが、実際にフィールドに出なければ気づけなかった収穫もあった。ここでは「あとがき」として、このコラムを書きながら、当時のことを思い出しながら改めて振り返ってみたい。
まず、野生動物のサンプリングとは「釣り」みたいなものだということ。ある魚の生息域を表す地図の中に川が流れていればその魚が必ず棲んでいる、必ず釣れる、というわけではないように、「釣り」に喩えるとわかりやすい。
そして、野生動物を捕獲するためには、良いポイントを見定めて、良いタイミングで望まなければならない。これもまた「釣り」と同じ原理である。
この出張のひと月ほど前のタイ(169話)でもそうだったが、やはり「現場」は、実際に見てみないとわからない。「山奥」「洞窟」「森」という言葉から想起される「先入観」と、現実の「現場」が一致することはほとんどない。
初日の「サパの洞窟」があんな観光地だったり、2日目の「ヴァンバンの洞窟」があんな岩壁の中腹にあるものだとは思わなかったし、洞窟の中があんなに入り組んだものだとも思わなかった。
そして、地図の上では「山奥」あるいは「辺境」のように思われる場所であっても、想像以上に人間社会は自然の中に足を踏み入れている、ということ。「山奥」だからと言って、「人里から離れている」わけではないのだ。
「ローカルピープル」は、私たちが思っている以上に、自然の奥深い場所で住んでいる。ラオカイ省への道中、いろいろなところで、おそらくは自給自足しているのであろう、藁葺き屋根の家々を見かけた。
「ローカルピープル」は、初日の「サパの洞窟」のまわりにいた少数民族「ザオ族」や「ハンター」、2日目の「ヴァンバンの洞窟」の近くで爆音のクラブミュージックを流していた住民だけではない。最終日の「サパの森」では、私たちがトラップを仕掛けている横で、森の中を散策する「ローカルピープル」がいた。
彼らは深夜まで森の中を散策していた。帰り道が一緒だった彼らは、山の中で採ったタケノコや、水辺で捕まえた無数の蛙を携えていた。自分たちで食べたり、市場で売ったりしているらしい。
「サパの森」から戻る途中で遭遇した「ローカルピープル」。その手には、その日に捕獲したたくさんの蛙が紐で吊るされていた。
トンさんいわく、このような「ローカルピープル」の活動は、生きるための手段ではなく、農作業がない時期の「暇つぶし」であるという。彼らが洞窟に入り込み、コウモリを捕まえて食べる、というのも同じ理由であるらしい。
「次のパンデミック」は、「human-animal interface(人間と野生生物の境界)」から生まれる、と私は考えている。それを理解するために、理解してそれを防ぐために、新型コロナパンデミック以降の私は、このような活動を進めている。
そしてその理解を深めるためには、やはりまずはその「現場」を、自分の目で見なければならない。
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