ジャカルタのバード・マーケット「プラムカ市場」にて。鳥を売るマーケットのはずが、前情報のとおり、その片隅では本当に生きたコウモリが売られていた。小さなケージにびっしり。これはおそらくフルーツバット。
連載【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】第195話
ジャカルタの市場で目にしたのは、野生動物と人間が交わる危うい「境界」だった――。次のパンデミックの火種を考えるインドネシア編、そして、14話にわたる「限りなく境界に近い科学」シリーズ第2弾はここで完結!
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【もうひとつの「human-animal interface(人間と野生生物の境界)」】
168話でも書いたが、「human-animal interface(人間と野生生物の境界)」こそが「次のパンデミック」の引き金となる場所である、と私は考えている。
ベトナム北西部のラオカイ省で私は、人間が野生に介入することによるその「境界」を目の当たりにした(188話)。人間の環境破壊による「境界の『越境』」。このパンデミックの引き金のシナリオのひとつは、映画『コンテイジョン』に克明に描かれていて、これについてはこの連載でも解説したことがある(80話、ネタバレあり)。
「次のパンデミック」を想定したとき、人間と野生動物の間には、質の異なるもうひとつの「境界」がある。
――それは、「市場」である。
記憶の新しいところで言えば、新型コロナの震源地と考えられている、中国・湖西省の都市、武漢の「華南海鮮市場(Huanan Seafood Market)」。野生動物、あるいは家畜やペットが劣悪な環境に置かれるような「市場」こそが、自然界には存在しないたくさんの人工的な「境界」を作り出し、それこそが「次のパンデミック」のリスクを負っている、とも言われている。
【プラムカ市場】
ボゴールでの打ち合わせの中で、ジャカルタにも野生動物を売買する「市場」がある、という情報を得た私は、実際にそこに足を運んでみることにした。
その市場の名前は「プラムカ市場」。一見すると生活雑貨を売るような市場だったが、その裏には、体育館ほどの広さの「バード・マーケット」があった。
そこでは、たくさんのいろいろな鳥類が、カゴに入れられて売られていた。小鳥、鶏、ウズラ、孔雀まで。ものすごい密な環境で維持されている。これらが愛玩目的なのか、はたまた食用なのかまではわからなかった。
しかもそこには、無数の鳥たちに囲まれた食堂まであった。ここにもし、鳥インフルエンザウイルスが混入したりでもしたら、と想像するだけでぞっとした。
プラムカ市場。大小問わず、無数のいろいろな鳥が売られていた。
(左)上下左右にびっしり鳥かごがひしめいた市場。(右)それに併設する形で、食堂まであった(写真奥に見えるのが食堂)。無数の鳥の飼育の横で、調理器具を水洗いしていた。
事前の話では、「その市場では、コウモリも売っている」という情報も得ていた。しかしいくら見て回っても、それらしき姿はない。
......さて、どうするべきか。
そう頭を悩ませたタイミングで、人の良さそうな男と目が合い、愛想笑いをもらった。英語は通じなそうだったので、試しに5000ルピア紙幣(「ルピア」はインドネシアの通貨。これで50円くらい)をポケットから取り出して、それを差し出しながら、目の合った彼にこの画面を見せてみた。
(左)目の合った彼に見せたスマホのGoogle翻訳。(右)案内してくれた親切な男(の後ろ姿)。親切な彼はなぜか、冷えた甘い紅茶のペットボトルをくれた(うまかった)。
すると彼は一度だけ深くうなずき、手招きし、私が歩き回っていた体育館に隣り合わせた、離れのような奥まった場所に案内してくれた。
――するとそこには、小さな鳥かごの天井にびっしりとたたずむたくさんのコウモリがいた。これはおそらくフルーツバットだろう。暴れることもなく、びっしりとカゴの中に収まっていた。
驚きはこれだけではなかった。この市場には、このコウモリだけではなく、ネズミやモルモットなどのげっ歯類や、ウサギやネコなどのほ乳類、トカゲなどのは虫類、そしてさらには、こどものサルまでがケージに入れられていた。
繰り返すが、これらの生き物が何のためにこの市場に収められているのかはわからない。いずれにせよここには、自然界には存在し得ない、ある種の「カオス」に満ちた人工的な「human-animal interface(人間と野生生物の境界)」があった。
市場の奥の方では、鳥類以外も売られていた。は虫類。
ほ乳類(サル、ウサギ)まで......
しかもこの市場は、人里離れた辺境にあるのではない。3000万人を超える人口を抱えたジャカルタ首都圏の都心からわずか数キロのところにあるのだ。東京で言えば、いわば築地や豊洲のようなところで、このような野生動物たちがこっそりと売られている、ということになる。
【旅のおわり】
それから、2年前にインドネシアから私のラボにインターンとして来ていた学生と再会した。当初は、私が滞在する北ジャカルタ地区で会う予定になっていたのだが、集合場所をジャカルタ都心のショッピングモールに変更した。私のジャカルタの印象が偏ったものにならないよう、ジャカルタの都心もきちんとその目に納めておきたいと思ったのだ。
インドネシアの名誉のために補足をすると、ジャカルタの都心はもちろん栄えていた。「プラムカ市場」から車で30分もかからない都心には、こんな感じの近代的なショッピングモールがひしめいていた。
(左)都心にあるショッピングモールのひとつ「グランドインドネシア」。(右)その一部の「SEIBU(西武百貨店)」。
元インターン生と、都心のショッピングモールのカフェで、インドネシアコーヒーを飲みながら近況を聞いたりした。そんな彼女は、この年(2025年)の夏の大学院試験に無事合格し、現在では私のラボの大学院生として活動している。
彼女に別れを告げ、Grabで北ジャカルタ地区のホテルに戻る。夕食をとり、シャワーを浴びて、早い時間に床に就いた。
――長い旅もこれで終わり。明朝7時の便で東京に戻る。
クアラルンプールからはじまった、息つく暇もない2週間のアジアツアー。こんなに疲れた出張は初めてだった。けれど、それに余りある収穫があった。そしてその一部は、この連載に収めた通りである。「G2P-Asia」としての「網目」が、ひとつまたひとつと紡がれていく質感が手のひらに残った。
――あと10年もしたら、こんな無茶な旅はもうできないだろう。
今しかできないこと。「次のパンデミック」に備えるために、そして未来のウイルス学のために。今の私がすべきこと、それをひとつひとつ重ねていくことの大切さを肌で感じながら、翌朝私は、東京・羽田へと向かう飛行機に乗り込んだ。
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