【現地徹底取材】4年ぶり制覇の裏で何が起きていた? トヨタ"ル・マン奪還"歓喜の全内幕

撮影/山本シンヤ 写真/TOYOTA RACING

トヨタレーシングとして臨む新体制の象徴が新型「GR010ハイブリッド」。このマシンでル・マン24時間レースに挑んだトヨタレーシングとして臨む新体制の象徴が新型「GR010ハイブリッド」。このマシンでル・マン24時間レースに挑んだ

耐久レースの最高峰シリーズ、WEC(世界耐久選手権)。その頂点に君臨するのが「ル・マン24時間レース」。ここでトヨタが4年ぶりの総合優勝を果たした。強豪がひしめく中、なぜ再び頂点に立てたのか。現地で24時間レースを見届けた自動車研究家・山本シンヤ氏が、その舞台裏を特濃ギガ盛りで解説する!!

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【〝別物〟になった、ル・マンで勝った意味】

――世界三大モータースポーツのひとつ、伝統と権威を誇る「ル・マン24時間レース」(仏ル・マン市現地時間6月13、14日)で、トヨタが4年ぶりの総合優勝を飾りました。

山本 昨年に引き続き、現地で徹底取材してきました。

――フェラーリが3連覇中で、キャデラックやBMWも優勝争いに絡む〝群雄割拠〟。これまでとはまるで別のル・マン。この中で勝った意味は、極めて大きいのでは?

山本 もっと言ってしまうと、単なるトヨタの優勝ではありません。実際にピットやコース上の流れを見ていても、これまでのル・マンとは明らかに空気が違い、〝勝ち方〟そのものが変わったなと。

トヨタレーシング初陣の2026年ル・マン。予選は下位に沈む波乱のスタートも、総力戦で頂点を奪い取ったトヨタレーシング初陣の2026年ル・マン。予選は下位に沈む波乱のスタートも、総力戦で頂点を奪い取った

――レースを振り返ると、トヨタにとって決して楽な展開ではありませんでした。予選は7号車、8号車共に下位に沈み、決勝でもキャデラックが前にいた時間が長く、BMWもフェラーリも明確に勝ちに来ていた。

山本 そうですね。現地で見ていてもレースの主導権が頻繁に入れ替わっていましたし、どのメーカーにも勝つチャンスがありました。かつてのル・マンとは異なり、今は24時間のスプリントレースと言っていいほど熾烈で、決勝はスタートからゴールまでずっと緊張感がありました。

――その背景にBoP(各メーカーのマシン性能差を均等化するルール)があります。

山本 参戦メーカーが増えたのは非常に喜ばしいことですし、レース自体の面白さを増す要因になっていますが、今年はBoP値が非公表になり各マシンのポテンシャルが実力なのか、それとも三味線を弾いているのかが、まったくわからない状況でした。

――昨年はル・マンはもちろん、WECそのものもトヨタは厳しい戦いでした。

山本 最大の理由は5年目のマシン(GR010 HYBRID)です。BoPの問題もあり、ライバルと比べるとマシンのトータル性能は劣っていた。マシンの差をセットアップやレース戦略、オペレーションを踏まえた総合力でカバーしてきましたが、それにも限界がありましたよね。

――ドライバーの声は?

山本 ドライバー兼チーム代表の小林可夢偉選手は当時を「われわれは『BoPがあるから何もできない』ということに甘えすぎていた。それに対してライバルは『なんとしてでも勝つ』というメンタリティが強かった。これまでと同じでは今は通用しないことがわかりました」と振り返っている。ここが出発点です。

【トヨタの課題、〝白い巨塔〟】

――トヨタの5連覇時代には、「ライバル不在だっただけ」と苦言を呈す人もいました。そこでトヨタは、自分たちを壊しにいった?

山本 そうですね。26年に向けて、マシンはもちろんですが、組織そのものに手を入れています。象徴的だったのが中嶋裕樹副社長の言葉です。「風通しの悪さ」を課題に挙げ、「個々の能力は高いのに組織になると力が発揮できない状況......。これはトヨタ自動車が抱えている課題とまったく同じです」と語りました。

その上で、「(データや理屈ばかりを重視し、現場のドライバーの感覚や感性に耳を貸さない)〝白い巨塔〟(技術部)のトップである僕が見ているので間違いないと思います」と言い切っています。さらに「それを変えるために、今回無理を言って(技術部の)エースを投入しています」とも述べています。

陣頭指揮を執った中嶋裕樹トヨタ副社長(トヨタレーシング会長)。チームをひとつにしたかけ声は「ワッショイ」陣頭指揮を執った中嶋裕樹トヨタ副社長(トヨタレーシング会長)。チームをひとつにしたかけ声は「ワッショイ」

――『白い巨塔』は山崎豊子氏の小説で、閉鎖的な組織体質を表す言葉です。

山本 トヨタに象徴的なエピソードがあります。マスタードライバーであるモリゾウ(豊田章男会長)が「テスト車と量産車で乗り心地が明らかに違う」と技術部に指摘した際、「データ上は同じですので変わりません」と返され、会話が成立しなかった。

――つまり〝白い巨塔〟はトヨタにとって悪い風習?

山本 半分正解で、半分間違いです。中嶋副社長は「昔ほどではありませんが、今も白い巨塔であることは紛れもない事実です。ただ、僕は『白い巨塔=トヨタの開発文化』だと思う部分もあるので、それを守る必要もあると認識しています。良いところは残す。悪いところは変えるのが〝今の白い巨塔〟です」と語っています。

だからこそ重く、本気なのです。その改革のひとつが、TGR(TOYOTA GAZOO Racing)からTR(TOYOTA RACING)への転換です。

――チーム名まで変えた! 

山本 GRは市販車開発と連動した「モータースポーツを起点としたもっといいクルマづくり」。現場で実際に乗って、試して、失敗から学ぶという現場主義を徹底しています。

対してTRは「For the Engineering Race」。純粋にレースと技術で勝ちにいく組織。つまり、まずは〝勝つためだけの体制〟に振り切った。

――ただ、その流れで一番気になるのがモリゾウさんと中嶋副社長の関係。あえて距離を取ったようにも見えます。

山本 そうですね。中嶋副社長は「モリゾウに頼るのではなく、自分たちで挑戦する」と明言し、今年1月の東京オートサロン2026で「絶対にル・マンで勝つ」と宣言しています。これは従来のトヨタの文脈で考えれば、相当思い切った判断です。

――この話は東京オートサロン2026での「喧嘩三番勝負」で面白おかしく語られていました。

山本 実際は対立したわけではなく、レース後に中嶋副社長も「TRはモリゾウに反旗を翻したという話ではなく、モリゾウがつくった土壌から生まれた〝新しい挑戦〟なのです。今年のル・マンは、あなたが育てた仲間たちが、自分たちで考え、挑戦し、勝てるチームになったことを示しています」と語っています。

――象徴的な言葉ですね。

山本 一度自分たちで背負い、自分たちで勝つ。その結果として初めて〝土壌〟という言葉が意味を持つ。この順番に、今回の最大のドラマがあります。

【これは単なる勝利ではない】

――中嶋副社長の「絶対に勝つ」ですが、その中身は?

山本 昨年の悔しさがすべての起点です。そこからエンジニアたちが発奮し、膨大なハードワークを積み重ねた。量産開発で培った技術を投入し、制御ソフトも改善。その上でBoPに左右されない領域で徹底的な改善を重ねた。ピット作業、空力、駆動力、タイヤの使い方......すべてを徹底的に研ぎ澄ませました。

――積み重ねの量が違った?

山本 小林選手は「知ると『マジか!!』っていうこともやっている」と語っています。無数の緻密な改善。それが今回のトヨタの武器でしたね。

――ただ、繰り返しになりますが、予選は下位でした。

山本 他車の影響やトラックリミットがなければ、もう少し上位を狙えたと思います。ただ、最初から決勝を見据えて準備していたので、チームに動揺はありませんでした。現地でも、その落ち着きははっきり感じられました。

――決勝も順調ではなかった。

山本 7号車はパンクやセンサー不具合、8号車はペナルティや損傷。トラブルは多かったですが、崩れなかった。

――なぜ勝てた?

山本 ライバルの動きに惑わされない戦略に加えて、ドライバー、エンジニア、メカニックが全員で24時間を戦い切る。〝真の総合力〟が圧倒的だったところでしょう。

終盤、7号車が首位に立ち、8号車がBMWを抑えた。平川 亮選手も「チームとしての勝利を最優先した」と語っています。その後のセバスチャン・ブエミ選手の巧みなブロックで7号車が安全圏を築いた。理想的な勝ち方でした。

4年ぶりにル・マン24時間レースを制したトヨタレーシング7号車(マイク・コンウェイ/小林可夢偉/ニック・デ・フリース組)4年ぶりにル・マン24時間レースを制したトヨタレーシング7号車(マイク・コンウェイ/小林可夢偉/ニック・デ・フリース組)

――最後はBMWと10.9秒差でした。

山本 24時間戦ってこの差です。極限の戦いでした。TRの代表でもある小林選手がチェッカーを受け、新体制1年目で優勝を飾りました。

この一勝は単なる勝利ではない。エンジニアとメカニックが主体となり、自分たちで考え、改善を積み重ね、マシンを仕上げ、それをドライバーが最大限に引き出して勝った。これは組織の勝利であり、勝ち方そのものの進化です。

――進化とは?

山本 今年のル・マンで「もっといい技術づくり」から始まった、もうひとつの「もっといいクルマづくり」が花開いたと思います。つまりトヨタとしての目的は同じで、GRとTRでは実現のための手段が異なるだけ。つまり、GRにはGRの挑戦、TRにはTRの挑戦がある。

――もう少し言うと?

山本 トヨタは「商品軸」で「モノづくり」をするように変わりつつありますが、エンジニアの中には今でも「機能軸」に縛られている人が多い。しかし今回、「勝つための作戦」や「選択肢の幅」という泥くさいけれど綿密な思考が組織全体に共有された。これは明確な意識の転換です。

――最後に総括を!

山本 トヨタが次のフェーズに移行したことを示すレースでしたね。そして、TRの活動が今後の量産車開発へと、これまで以上に深く、力強くフィードバックしてくれることを願っています。

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