
ひろゆき (西村博之)
にしむら・ひろゆき
ひろゆき (西村博之)の記事一覧
1976年生まれ、神奈川県出身。元『2ちゃんねる』管理人。中野信子氏との共著に『脳科学が教える日本社会で賢く生き残る方法』(集英社)など
藤井一至氏いわく「僕は『有機農業でないといけない』という立場とは距離を置いています」
ひろゆきがゲストとディープ討論する『週刊プレイボーイ』の連載「この件について」。土壌学者の藤井一至先生との10回目です。化学肥料や農薬を使わない有機農業。なんか体に良さそうなイメージがあります。でも、化学肥料を使うのにはそれなりの理由があるんです。その深い訳を藤井先生がきちんと解説してくれました。
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ひろゆき(以下、ひろ) 有機農業って、実際のところどうなんですか?
藤井一至(以下、藤井) なかなか重たいテーマを出してきますね(笑)。
ひろ 有機農業とか無農薬って、なんとなく「体にいい」「土にもいい」「自然に優しい」みたいなイメージがあるじゃないですか。で、土壌学者の先生も「やっぱり化学肥料は土に負担があるので、有機農業のほうがいい」みたいな答えになるのかなと思ったんです。
藤井 有機農業は土の力をうまく引き出す必要があるので、土の研究と関わりは深いです。ただ、有機農業でないといけないという立場とは距離を置いています。土壌学者なら「有機農業が土にいい」と言うことを期待されがちですが、基本的に僕は有機と慣行どちらもありだと思っているんです。
ひろ それは、どうしてですか。
藤井 一番大きいのは、化学肥料を否定してしまうと今の世界の人口のかなりの部分を支えられなくなるからです。これだけの人口を食べさせられるようになった背景には、「ハーバー・ボッシュ法」があります。空気中の窒素と水素からアンモニアを作り、化学肥料として使えるようにしたことで、農業の収量は一気に伸びました。
ひろ つまり、化学肥料は現代の食料生産を支えてきたと。
藤井 そうです。植物が育つには、窒素やリンといった栄養分が必要です。それを自然の循環だけで賄える場所もありますが、すべての農地でそれができるわけではありません。収量を安定させようと思ったら、化学肥料を使う場面がどうしても出てくる。
ひろ 実際、スリランカが2021年に国全体で有機農業にかじを切ろうとして、大変なことになりましたよね。
藤井 ええ。化学肥料や農薬の輸入を一気にやめました。ところが、十分な準備がないまま切り替えたので、収穫が落ち込んで食料不安につながった。
ひろ あれ、かなり象徴的な失敗例ですよね。
藤井 これは有機農業が悪いという話ではありません。問題は、現場の土や肥料の状態、生産技術を考えないで「化学肥料はやめよう」と一気に進めてしまったことです。有機物だけで窒素を用意しようとしたら膨大な量がいる。だから「化学肥料を完全に手放す」という選択は、現実には取りにくいんです。
ひろ 「化学肥料は悪だ」と言い切ってしまうと、その時点で現実と合わなくなる。
藤井 もちろん「化学肥料は使えば使うほどいい」なんて話でもありません。使いすぎれば土壌の酸性化や河川の富栄養化、温室効果ガスの発生など環境にも負荷がかかる。でも、ゼロにはできない。だから、僕は有機農業も大事だし、化学肥料も大事だと言っているんです。
ひろ それでも、有機農業の人からは怒られそうですね。
藤井 そもそも農業や土に関わる人たちって、社会全体から見るとマイノリティなんです。その仲間の中で「こっちが正しい」と争っていても、あまり意味がないと思うんですよ。
ひろ その争いって、有機農業をやっている人と、普通に化学肥料や農薬を使っている農家がぶつかるみたいなことですか。
藤井 それが、ちょっと違うんです。一番対立が激しいのは、有機農業の人同士なんです。
ひろ 同じ有機の中で?
藤井 「自然農なのか、有機農業なのか」「無農薬はどこまで認めるのか」「どこまで人の手を入れるか」。本当にちょっとした違いです。
ひろ 同じ方向を向いていそうなのに......。
藤井 外から見ていると「マイノリティなりに、お互いを認めて全体として理解を高めていこうよ」と思えます。有機農業をやっている人も、化学肥料を使って大規模に食料を作っている人も、食料を作るという点ではみんな同じ側にいるはずなんです。
ひろ 対立している場合じゃないと。でも、一方で、それを受け取る消費者の側はわかりやすいラベルが好きですよね。有機、無農薬、自然、オーガニック。そう書いてあると、なんとなく良さそうに見える。
藤井 でも、そのラベルだけで農業の良しあしは判断できないんですよ。例えば有機農業でも、資材をたくさん外から持ってくれば、持ち出した場所では別の負荷がかかっているかもしれない。無農薬も病気で収量が大きく落ちれば、その分どこか別の場所でよけいに作らなきゃいけなくなる。
ひろ 「自然に優しい」と言いながら、全体で見るとそうでもない場合があると。
藤井 もちろん、有機農業がうまく回っている場所もあります。もともと土に有機物が多く、地域の中で資源が循環し、消費者がその価値を認めて買ってくれる。そういう条件がそろえば、すごくいい農業になる。ただし、どうしても値段は高くなるし、それを支える豊かな消費者も必要になる。どこでも同じようにできるわけじゃないという問題があります。
ひろ つまり、有機農業は正解だけど万能ではないと。
藤井 有機農業は大事な選択肢です。でも、唯一の正解ではない。
ひろ なるほど。
藤井 養分不足や病虫害で収穫が悪くなると、農家の収入も減るし、食料の供給にも響く。化学物質過敏症の方を除けば、化学肥料も農薬もできるだけ減らすという原則で十分だとは思うんです。
ひろ そう考えると、有機農業って割とぜいたくな農業ですね。
藤井 有機農業って自然に近いと思われがちなんですけど、実際には資源も手間もかかる。堆肥を作るにも材料を集めて、運んで、発酵させて、管理しなきゃいけない。農薬を減らすなら、そのぶん作物や雑草、虫をよく観察して、手をかける必要がある。かなり人間が頑張っている農業なんですよ。
ひろ そのことを無視すると本質を見誤っちゃう。じゃあ、何を基準に見ればいいんですか?
藤井 有機農業にせよ慣行農業にせよ、まずは土を見ることから始まります。有機農業が合う場所もあるし、合わない場所もある。化学肥料が必要な場面もあるし、減らせる場面もある。だから、どちらが正しいかではないと思います。なんの栽培に適しているのか。どんなニーズがあるのか。農業経営の持続性があって初めて土の持続性があります。
ひろ 「思想では腹は満たせない。土に誠実になれ」ってことですね。
藤井 哲学やライフスタイルとして農業を語ること自体は悪くありません。でも、有機か化学肥料か、と分けること自体にあまり意味はありません。有機農業にもいろいろあり、慣行農業にもいろいろあって、なかなかひとくくりにできないからです。現場で農業をしている人たちの中では、圃場(田畑)をしっかり管理しているかどうか。消費者からすれば、おいしいかどうか、品質が安定しているかどうかが重要です。有機、慣行に関係なく、土を大切にしながら持続的な栽培をしている農家が評価される仕組みが必要です。
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■西村博之(Hiroyuki NISHIMURA)
元『2ちゃんねる』管理人。中野信子氏との共著に『脳科学が教える日本社会で賢く生き残る方法』(集英社)など
■藤井一至(Kazumichi FUJII)
1981年生まれ。土壌学者。福島国際研究教育機構・土壌ホメオスタシス研究ユニット・ユニットリーダー。主な著書に『土 地球最後のナゾ』(光文社新書)、『土と生命の46億年史』(講談社ブルーバックス)など





