
西村まさゆき
にしむら・まさゆき
西村まさゆきの記事一覧
鳥取県出身、東京都在住。めずらしい乗り物に乗ったり、地図の気になる場所に行ったり、辞書を集めたりしている。著書に『ぬる絵地図』(エムディエヌコーポレーション)、『押す図鑑 ボタン』(小学館)、『ふしぎな県境』(中公新書)、『そうだったのか!国の名前由来ずかん』(ほるぷ出版)など。
「安易に『海外移住』や『挑戦』を勧めるのではなく、『世の中には実に多様な人生がある』ということを伝えたい」と語るおかけいじゅんさん
世界には日本が国家承認する国が195ヵ国あり、そのほぼすべてに、日本人が点在しているといわれる。日本から遠く離れ、言葉も文化も気候も異なる土地。195の国があれば、そこには195通りの〝生きる景色〟があるはずだ。
そんな多様な風土に根を下ろす日本人とは、それぞれいったいどのような人々で、何を思って日々を過ごしているのだろうか。
本書は世界各地に在住する日本人100人へのインタビューを通じ、その数奇な移住の経緯と生活の機微を詳(つまび)らかにした記録である。
* * *
――100人へのインタビューに2年半要したそうですが......。
おかけいじゅん(本書著者・以下、おか) はい。当初は1年、長くとも1年半で終えるつもりでしたが、残り40人を切ったあたりで心が折れかけ、ずいぶんと長引きました(笑)。楽しさはありましたが、まさにフルマラソンのような感覚でしたね。
――「ナンパをきっかけに、カリブ海の刺繍作家に」「ビーチでゴミを拾う『バリ島のウルトラマン』」など、目次を眺めるだけでも好奇心をくすぐられるエピソードが満載です。特に「牛糞アート」の研究をしている人には引きつけられました。
おか 「イミゴンゴ」というルワンダの伝統アートですね。子牛の糞を粘土のようにこねて、幾何学的な模様を描き出す。その成り立ちからは想像もつかないほどモダンで、私も初めて見たときは震えました。
――ネットで検索して見てみましたが、泥くささはみじんもなく、モノトーン基調の洗練されたデザインで驚きました。100人の中で、特におかさんの印象に残っている方は?
おか 本音を言えば全員最高に面白いのですが......あえて「人生の振れ幅」という点で挙げるなら、エジプト在住の方ですね。
――遺跡発掘に携わっている方ですよね。
おか そうです。高校卒業後の18歳からの20年間をご家族の介護にささげてきた方で。その傍ら、地域のカルチャーセンターで趣味として考古学を学んでおられました。介護を終えたタイミングでエジプトを訪れたところ、研究員のアシスタントに誘われ、そのまま移住を決めたといいます。
――まさに数奇な運命ですね。
おか また、呪術や魔女文化が残る地域の話も、文化人類学的な面白さがありました。ウガンダ在住の方によれば、現地ではコミュニティを極めて重視するため、隣人に農作物を盗まれても安易に警察には頼らないそうです。
――それはなぜでしょう?
おか 後々の遺恨を避けるためです。その代わり「魔女に泥棒を呪ってもらう」という選択肢が存在する。一見不可解ですが、これには「和を乱さない」という文化が根底にあり、意外にも日本人の感覚に通じる部分があると感じました。
――「丑の刻参り」のようですね(笑)。日本古来の因習にも通じる、興味深いエピソードです。ところで、これほど多様な人々に光を当てるおかさん自身は、どのような経歴を歩んでこられたのでしょうか。
おか 私は東京生まれの東京育ちです。高校卒業時、周囲が大学受験にいそしむ中、私は進学したい大学が見つからず、海外研修事業を行なう会社に見習いとして飛び込みました。
――その頃にミャンマーを訪れ、現地在住の日本人に話を聴き始めたとか。
おか はい。当時、鎖国に近い状態だったミャンマーに興味を引かれたのがひとつ。もうひとつは、海外で仕事をつくり、自力で生きていくすべを見つけたいという漠然とした目標があったからです。
まずは目的地がないと動けないと思い、高校時代にベトナムで知り合った人から紹介された「現地の日本語学校の先生の連絡先」が書かれたメモだけを握り締めて、ミャンマーに向かいました。
――当時の入国となると、ビザ取得も含め、相当ハードだったのでは?
おか 当時は「情報を調べずに行くのがカッコいい」という若気の至りがありまして(笑)。現金2000円だけを手に、現地のATMで下ろせばいいと考えていたんです。しかし2011年当時、ミャンマー国内にはATMがひとつも存在しませんでした。
――それは絶望的ですね(笑)。
おか 片道切符でしたから、空港で途方に暮れました。急いで帰国便を予約しようとPCを開くも、当時のヤンゴン空港にはWi-Fiが飛んでいない。
今となってはよく覚えてないのですが、気づけば空港の真ん中で「助けてください!」と叫んでいました。
――まさに『世界の中心で、愛をさけぶ』状態ですね。
おか すると現地の若者たちが集まってきて、拙い英語で状況を伝えると「ついてこい」と。街まで連れていってくれ、現金を算段する方法も教えてもらい、なんとか生き延びることができました。
――無事に日本語学校へはたどり着けましたか?
おか ええ。ミャンマーではハンバーガー店を営む日本人や、孤児を育てる日本人と出会いました。閉ざされた環境の国でも、日本人がたくましく暮らしていた。その事実に衝撃を受け、こうした海外で暮らす人たちの話を聴いて回るようになった。それが今回の本の原点です。
――本書にはビジネスの第一線で戦う方から、主婦として生活を営む方まで、多様な日本人が登場します。人選の基準はどこに置きましたか?
おか そこは慎重に検討しました。本書は安易な「海外移住の推奨」や「挑戦の称賛」ではなく、「世の中には実に多様な人生がある」と伝えることを主眼に置いています。ですから、国だけでなく、世代、そして職業のバリエーションを意図的に広げました。
――どのような読者に届いてほしいですか?
おか まずは旅行好きの方。ガイドブックには載らない、居住者ならではの視点から「次に行きたい国」が見つかるはずです。もうひとつは、現在の生き方に閉塞感を感じている方。海外移住を勧めるわけではなく、ただ「こんな生き方があってもいいんだ」と、選択肢の広さを感じていただければ幸いです。
――お話を伺い、私もルワンダの牛糞アートを実際に見てみたくなりました。
おか それはうれしいですね! ありがとうございます。
●おかけいじゅん
1993年生まれ、東京都出身。ライター、インタビュアー。立命館アジア太平洋大学卒業。高校時代、初の海外渡航をきっかけに東南アジアに関心を持つ。高校卒業後、ミャンマーに住む日本人20人の元を探訪。大学在学中、海外在住邦人のネットワークを提供する株式会社ロコタビに入社。同社ではPR・広報を担当。世界中を旅しながら海外に住む日本人と交流し、これまで関わった在外日本人は500人以上
■『世界へ飛び出た100人の日本人』
集英社インターナショナル 2200円(税込)
北欧の建築家、インドの映画監督、小泉八雲の子孫、メキシコでバズった無職、パリのタトゥーアーティスト、ガーナの唐揚げ屋、カリブのDJ、東南アジアで売れたお笑い芸人、東欧の空手家、牛糞アートの伝道者、アマゾンの雑貨屋、ナポリのスーツ職人、オーストラリアの三味線奏者etc.......日本を飛び出し、さまざまな国で生きる100人の日本人に、移住のきっかけや、現地での暮らしについてインタビューした一冊





