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文化財登録予定の藤原宮跡
6月に世界遺産登録の勧告を受け、7月の登録がほぼ確実となった奈良県の「飛鳥・藤原の宮都(きゅうと)」。そのうち15の文化財がある明日香村は今どうなっている? 地元の方々の率直な意見を聞いてみた。
* * *
6月6日、ユネスコの諮問機関が奈良県の「飛鳥・藤原の宮都」の世界遺産登録を勧告。これにより、7月19日から韓国で行なわれる委員会で正式に世界遺産登録となることが確実となった。
この「飛鳥・藤原の宮都」は推古天皇が即位した592年から、710年に平城京に遷都されるまでの約120年間、都が主に現在の奈良県明日香(あすか)村、橿原(かしはら)市にあった頃の遺跡群。この時代に日本という国の原型がつくられたとされている。
今回登録の対象となったのは19遺跡。そのうち15の遺跡が明日香村に集中している。世界遺産登録に向けての動きから20年もの働きかけが実った形だ。この小さな村の人たちは今どんな思いなのだろうか。現地の声を聞いてみた!
まずは、明日香村で世界遺産登録推進業務を担ってきた、明日香村世界遺産戦略課の木治準宝(きじ・のりたか)課長に話を聞いた。
――登録までの長い年月。その流れを教えてください。
「遺跡の保存について振り返りますと、まず1970年に都市化の波が押し寄せ、無秩序な住宅開発から明日香を守ろうと『飛鳥地方における歴史的風土及び文化財の保存等に関する方策について』という閣議決定がなされました。
この2年後の72年に高松塚古墳の壁画が発見され、村に200万人近い観光客が押し寄せる騒ぎが起こりました。これだけすごい遺跡が出たのなら、もっと本格的な保存に向けた規制が必要ではないかという意見が巻き起こり、閣議決定から10年後の80年に『明日香法』が成立したんです。
この法律で、明日香村の一部地域では家が新しく建てられなくなり、建てられる地域でも屋根は瓦屋根で、建物の高さ、デザイン、色についても規制が入るようになり、好き勝手には建てられなくなったんです」
文化財登録予定の高松塚古墳(壁画)
実際、明日香村には日本の農村の原風景が残っていて、50年前の日本の田舎に連れていかれたような気分になる。さらに木治課長が話を続けてくれた。
「ひとつの村のために国の法律が制定されたこと自体が珍しいこと。それだけ国も力を入れていました。村の住民も規制に伴う不便さを受け入れ、我慢して協力したという背景があります。
今回の世界遺産登録の評価の中にも、住民も保全を意識しながら生活し、みんなで遺跡を守ってきたことが評価されています」

――そして、2006年に「世界遺産暫定リスト」への追加記載を文化庁に提案。今回の登録まで、20年もの長い年月がかかりましたが、その理由は?
「ひとつは、日本人には明日香村が歴史上すごく大切な場所だというのはわかってもらえるんですが、海外の方にそれを理解してもらうのが大変だったことです。
飛鳥時代の日本が世界の国々の動きの中でどういう位置づけで、どう意味があったのかという点をメインに説明したほうが海外の方は納得してくれる。このことがわかるまでけっこう時間がかかりました。
もうひとつの理由としては、遺産の完全保護のための法律施行に時間がかかったことです。明日香法は地上の建物の規制だけで、遺跡が埋まっている地下については何も規制されていなかったため、新たに文化財保護法の埋蔵文化財に関する規定を適用することにしました。
この了承を得るために土地所有者の方一軒一軒回って同意を得ていったんです。これにもけっこう時間がかかりました」
明日香法により、コンビニやガソリンスタンドも瓦屋根に
――今この時期に念願の世界遺産登録をほぼ確実にしました、その決め手は?
「先のふたつの課題(世界を納得させるアピール法を見つけ出したこと、地下にある遺産の完全な保護を目指した法律の施行)をクリアして準備が整ったので、このタイミングだったと思います」
――こうした話を聞くと、「飛鳥・藤原の宮都」は積年の見どころが詰まっていそうです。
「そうですね。ここは日本で初めての国造りが行なわれた場所です。例えば、法律、時間の概念、官僚制、天皇、都市設計などなど。われわれの祖先は偉大なことを成し遂げたんだなということを感じてもらえたらなと思います」
続いて、街の人たちの反応を聞いて回った。
近鉄の飛鳥駅前にある食料品店の売り場スタッフはこう語る。
「長いことみんなで力を合わせてやってきたことなんで、やっぱりうれしいです。中には観光客が増えると迷惑なことも増えると言われる方もいらっしゃるかもしれませんが、それはおそらく少数。少なくとも私の周りにはいません。みんな喜んでます」
田植えをしていた農家の方はこう話す。
「率直にうれしいです。遺跡だけでなく、みんなが協力して残してきた明日香村の自然や稲作の田んぼが連なる景色をぜひ見てほしいし、楽しんでほしいです」
すでに観光客は増え始め、渋滞やレストランが満席になることも
ほとんどが歓迎ムードだが、一方で、のどかな村ゆえオーバーツーリズムを心配する声も。地元のタクシー運転手はこう話す。
「世界遺産登録の勧告があったニュースが6日だったんですが、その頃からすれ違う車の数が日に日に増えてきてますし、飛鳥や奈良ではない他府県ナンバーの車もすごく増えてます」
実際、石舞台(いしぶたい)古墳のすぐ近くのレストランには「本日満席」の掲示があり、やって来た客は店内に入れずがっかりしていた。運転手は「石舞台がこんなに人や車であふれているのは最近では見たことないわ」と驚く。
明日香村には日本の農村の原風景のような光景が広がる
そして、こんな光景も。
県外ナンバーの車がだんだん細くなる農道に入って身動きできなくなり、なんとかバックして去っていった。もう少しで用水路に脱輪しそうになるほどの危機一髪の運転。その様子を見た地元の住民はつぶやく。
「誰や、あんな運転してるんは。細い農道を車で走るアホは見たことない。まだ勧告が出たところでこれだけ観光客が増えてむちゃくちゃしてるんやったら、これから本登録されてもっと観光客が増えていくとどうなることやら」
期待の声がほとんどだが、やや不安も抱える地元の方たちであった。
こうした声を踏まえ観光協会はどう対応していくのだろうか。飛鳥観光協会事務局長の吉本幸史さんに話を聞いた。
――オーバーツーリズムについて懸念されていますが?
「今の明日香村の観光客数は年間70万~80万人前後です。高松塚古墳発見のときは突然、約200万人が来たといわれています。聞いた話では当時、民宿の客室が足りず廊下に寝てもらっていたそうです。
確かに今、200万人が一気にやって来ると厳しいでしょうね。そうならないようなコントロールが必要になるかと思います。駐車場を予約制にするとか、うまく観光客を調整できるように対策を取ろうと思っています」
――宿泊施設については大丈夫なのでしょうか?
「星野リゾートさんが来年のオープンを目指してホテルを明日香村に建設中です。ホテルといっても、明日香法のルールにのっとった形の建物になるので、ビルのような建物ではなく2階建ての家みたいな建物が何棟も並ぶ形になるようです」
村内には星野リゾートの宿泊施設が建設中
――では、観光協会がオススメする楽しみ方を教えてください。
「いきなり遺跡を見に行っても石や短い柱が並んでいたり、土を盛った小山があったりでなんのことかよくわからないかもしれません。
なので、漫画でもなんでもいいので、飛鳥時代について少し予習されてから観光に来られることをオススメします。
ガイドさんを頼むのも手ですが、今回のニュースの影響もあって予約が満杯状態。その代わりに、観光協会が主催するガイド付きの遺跡巡りツアーも用意していく予定ですので、ぜひ参加してみてください。
また、遺跡のほかにも明日香村の自然や田畑が半世紀近く自然の形のまま残されています。このありのままの自然や田んぼなどの様子を感じながら村を歩いたり、自転車で移動したりするのもすごく印象に残る体験になると思います」
登録が決定すれば、日本で27番目の世界遺産。今年の夏休みに足を運んでみるのもいいかもしれない。
レンタサイクルで観光を楽しむ人も多いようだ