奥窪優木
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フリーライター。1980年生まれ、愛媛県出身。上智大学経済学部卒業。ニューヨーク市立大学中退。著書に『ルポ 新型コロナ詐欺 経済対策200兆円に巣食う正体』(扶桑社新書)、『転売ヤー 闇の経済学』(新潮新書)など。
若い女性の間で、「これを打つだけで痩せられる」と人気を集める「マンジャロ」。ダイエット用に自由診療で処方する美容クリニックが増える中、より安いモノを求めて転売市場に手を出す人も急増している。そんな需要に応えてか、SNS上では多くの転売ヤーが違法転売を行なっている。取材した先に見えた、医薬品を取り巻く闇とは――。
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運動も食事制限もせず痩せられる......。そんなうたい文句で、若い女性の間で話題になっている〝夢の薬〟がある。
2型糖尿病の治療薬として開発された「マンジャロ」だ。糖尿病患者に対する保険診療での処方が基本だが、体格指数のBMI値などで一定の基準を満たせば、自由診療による処方も可能。食欲を抑制する効果があることから、美容クリニックなどでは「医療ダイエット用」として減量を望む患者らに処方されている。
皮下注射薬ではあるが、腹部に押し当ててボタンを押せば極細の針が皮膚に刺さって薬液が注入される特殊な仕組みで、患者自身が週に1度のペースで投与するのが基本。こうした手軽さも人気の理由のひとつだ。
皮下注射薬のマンジャロは、直接皮膚に注射することで薬剤が体に浸透する仕組みだ
一方で、5月にはある女性インフルエンサーがYouTube動画で「マンジャロを使って1ヵ月で5kg痩せた」などと発言したことが波紋を呼んだ。
同動画では、彼女がとあるオンライン上の「マンジャロ処方サービス」の広告塔を務めることも明かされており、医薬品医療機器等法(薬機法)や医療法による広告規制に抵触するのではないかとの批判の声が上がった。
マンジャロブームが過熱する中、新たな社会問題も浮上している。ネット上を中心とする転売の横行だ。
6月、大阪府警は府内や奈良県内に住む男女3人を薬機法違反の容疑で書類送検した。うち30代の女は、SNS上でマンジャロ1本を約6000~7000円で無許可販売した疑いが、20代の男女ふたりはマンジャロ5~8本を販売目的で自宅に保管した疑いが持たれている。
厚生労働省や東京都の保健医療局などは、SNS転売を持ちかける投稿に対して警告をしたり、SNS事業者にそのような投稿の削除要請を行なっている。そのかいあってか、最近では「マンジャロ売ります」といった直接的な投稿は鳴りを潜めているように見える。
しかし「地下に潜っただけ。普通に買えますよ」と明かすのは、マンジャロ使用歴9ヵ月の19歳の女性Aさんだ。「転売マンジャロ」に手を出したきっかけについて、彼女はこう語る。
「マンジャロは1本2.5mgから始めて徐々に量を増やしていくのが基本。そうしないと体が順応して、体重の減りが停滞するようになるんです。
ですが、容量が増えるとそれだけ金額も高くなる。私も最初は美容クリニックで処方してもらっていましたが、できるだけ安く買える方法を調べていたら、Xで営業している転売業者に行き着きました」
美容クリニックでは容量5mgのマンジャロ4本が、4万5000円で処方されていた(1本当たり1万1250円)。それが転売品なら同じ本数で1万円以上は安いという。
彼女はマンジャロ投与を開始して以来、すでに6kgの減量に成功したといい、見た目も痩せ形だ。しかし、今後も転売マンジャロの購入はやめられそうにないという。
「やめたらまた体重が増えるのではないかという恐怖心があります。マンジャロをこのペースで続けていくには、安い転売品を使うしかないです」
Aさんによると「Xだとマンジャロ転売の投稿はすぐに削除されるので、プロフィールでにおわせる転売業者のアカウントが多い」という。
その助言に従って検索を続けたところ、マンジャロの転売ヤーとおぼしき複数のアカウントを見つけた。そのうちのあるアカウントが提示した価格は「2.5mg=5200円、5.0mg=6900円、7.5mg=9600円」(下写真、mgがgと誤って表記されている)。確かに美容クリニックで処方される相場よりも大幅に安い。
Xで転売ヤーに接触した際のダイレクトメッセージの画面
気になったのは、プロフィールの「メルカリ通し」という言葉だ。これはコンサートチケットの不正転売でもよく使われる手法で、SNSなどで商談がまとまった商品を、転売側が商品名を架空のものにした上で「○○様専用」などとメルカリに出品。メルカリの決済システムを使って購入者に支払いをさせることで、お互いに不安なく取引を行なうことができる仕組みだ。そして何より、違法性の高い転売取引においては、匿名で発送できる点が都合がいい。
SNSで取引が成立した後、メルカリ経由でマンジャロの料金支払いと発送が行なわれることが多いという
しかしなぜ、転売ヤーは美容クリニックの相場よりも大幅な低価格を実現できるのか。
医薬業界誌記者が話す。
「マンジャロの薬価(保険診療で処方される薬の公定価格)は、5mgで約4000円程度。製薬会社の卸値はそれよりも15%ほど安い。
さらに特別な価格で仕入れていれば、運営費がほとんどかからない転売ヤーは安く転売しても利ザヤを得られる。ですので、病院が価格を自由に設定できる自由診療での売り値と比べると、大幅な安値になります」
そこで筆者は、このアカウントに入手ルートを探る質問を投げてみたが、怪しまれたのか返信は途絶えてしまった。
一方で、筆者は別のルートから転売ヤーに接触することに成功した。新宿・歌舞伎町のいわゆるトー横界隈で〝闇薬局〟として暗躍するB氏だ。
「せき止めのメジコンや眠剤などのオーバードーズ系、性病治療の抗生物質、モーニングアフターピルなど、いろんな薬を界隈で手売りしてきたけど、今一番の売れ筋は痩せ薬です。その代表格のマンジャロは、一回つかまえた顧客が継続的に購入してくれるので、ビジネスとしては楽。
うちは5mgのものを約8000円で出してるけど、口コミで集まった定期購入者が10人くらいいて、マンジャロだけで月15万円くらいの定期収入になる。
病院から処方してもらえない18歳未満のコとかも買ってくれるんだけど、たぶんウリ(売春)やって稼いだ金なんじゃないかな。逆に『パパ活嬢にお手当の代わりに渡している』っていう40代のオジもいますよ」
彼は、マンジャロの仕入れルートについても明かした。
「中国のREDっていうSNSで、いろんな薬を安く売っている業者がいて。中国語はわからないけど、REDは自動翻訳を使えば俺でも問題なく注文できる。束で買うとかなり安くしてくれるんですよ」
彼は、「なくなっちゃったら困るんで」とこの業者を特定できる情報は明かさなかったが、同じくREDを仕入れ元にして営業している業者をいくつか教えてくれた。
それらはすべて匿名アカウントだったが、そのうちひとつのアカウントの投稿内容を精査したところ、東京都にある調剤薬局との強い関連が疑われた。その調剤薬局は、別の中国系SNSアプリWeChatに実名のアカウントを持っていた。
そのアカウントに、「マンジャロありますか?」と中国語で連絡を取ってみたところ、「5mgを4本で4万5000円」と返ってきた。価格は安くはないが、医師の診察も不要で郵送が可能だという。さらに「いくらいる? まとめて買うなら値引きも可能だ」と畳みかけてきた。
この調剤薬局の登記情報などをたどってみたところ、2年ほど前に日本人から中国系の名前の人物に代表が交代していることがわかった。
これについて、「典型的な薬局買収ですね」と話すのは、前出の医薬業界誌の記者だ。
「今日本では、調剤報酬の低下や調剤コーナーを併設する大手ドラッグストアの進出などにより、病院やクリニックの付近で営業をしてきた〝門前薬局〟の多くが、ジリ貧状態に陥っている。立ち行かなくなった薬局が、中国マネーに買収される動きが加速しています」
事実、調査会社の帝国データバンクによれば2025年度の調剤薬局の倒産(負債1000万円以上、法的整理)は30件。前年の29件を上回り、2年連続で過去最多を更新している。しかし中国人たちはなぜ、ジリ貧のビジネスを買収するのだろうか。
「彼らのもくろみは、薬局として卸値で仕入れた医薬品を中国に輸出することです。日本の医薬品は中国で信頼性が高いので、需要がある。中国では一定の範囲で医薬品の個人輸入が認められており、マンジャロもその対象なので、中国で転売されることもある。
日本では医師の処方箋がなければ販売できない薬も、海外輸出は日本の薬機法の適用外なので合法ではあります。ただ、問題はそうした薬局が国内にいる顧客にも販売していること。昨年には大阪の中国系薬局が、中国からの観光客向けなどに処方薬を販売して摘発されました」
さらに同記者は、転売マンジャロの危険性について「定期的な医師の診断に基づかない自己投与は、副作用によって腎機能や肝機能などに異変が現れていても気づかずに、重篤な症状に陥ってしまうことがある」とも指摘する。
一方で、加藤・轟木法律事務所の加藤博太郎弁護士は、医薬品転売の違法性についてこう解説する。
「マンジャロ含め、処方箋医薬品は医師の処方箋発行の下、薬剤師が販売することが定められており、どちらを欠いても薬機法違反で3年以下の懲役または300万円以下の罰金が科される可能性があります。
一方で、購入側には罰則規定がありませんが、違法な流通と認識しながら繰り返し購入していた場合は捜査対象となる可能性がありますし、転売業者を他者に紹介した場合も法的リスクがあります」
〝夢の薬〟のウラには多くのリスクがあることに注意が必要だ。