高口康太
たかぐち・こうた
高口康太の記事一覧
1976年生まれ。ジャーナリスト、翻訳家。中国の政治、社会、文化を幅広く取材。独自の切り口から中国や新興国を論じるニュースサイト『KINBRICKS NOW』を運営。著書に『幸福な監視国家・中国』(梶谷懐との共著、NHK出版新書)、『なぜ、習近平は激怒したのか』(祥伝社新書)、『現代中国経営者列伝』(星海社新書)など。
記録的猛暑でエアコンの需要が高まる一方の欧州。現在、各国で争奪戦が繰り広げられているのが、中国メーカーが製造・販売するエアコンだ。「中華エアコン」が爆売れする理由、その販売方法などをジャーナリストの高口康太さんが解説します!
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今年の夏も暑い。世界各地で記録的な猛暑が続いている。
この暑さにへばっているのが西ヨーロッパの人々だ。6月、7月の平均気温は21.62℃と平年をほぼ3℃上回り、観測史上最高を記録した......といっても、東京と比べればだいぶ低い。この程度で文句言うなよとツッコミたくなるが、40℃を超える日もあり、慣れていないと大変だ。
インディアナ大学の研究者の暫定推計では、6月22~28日の1週間だけで欧州全体の熱波関連死は2万390人に上ったという。
欧州がへばっているのは不慣れなだけではない。「暑い日は少ないのだからエアコンは不要」「というか、エアコンなんて環境破壊」という考えが強く、エアコンを備えていない家が多いのだ。
この猛暑で慌ててエアコンを購入する人が続出し、バカ売れしている。日本のダイキン工業の4~6月期決算では、欧州売上高は前年同期比8%増(現地通貨ベース)と大きく伸びている。
だが、日本メーカー以上に目立つのが中国だ。新華社によると、1~5月のエアコン輸出はフランス、オランダ、ベルギー向けがいずれも倍増。スペインやドイツ向けも2桁増を記録している。
店頭からエアコン在庫が消滅する中、珍現象も起きている。中国メディア・極目新聞によると、航空会社エールフランスとKLMオランダ航空は中国・上海浦東空港に「ポータブルエアコンは預け入れも機内持ち込みも禁止」との告知を出した。
というのも、中国でエアコンを買って欧州に持ち帰る旅行客が続出しているのだとか。エアコンには冷媒としてガスが使われているため危険だと判断されたのだ。中国出張中にエアコンを買ったというフランス人男性は、中国メディア・新浪網の取材に「ママへのお土産」だと胸を張って答えている。
10年前の「爆買い」全盛期は、中国人が日本から炊飯器と温水洗浄便座を持ち帰っていたが、2026年は欧州人がエアコンを担いで持ち帰るニュースに変わった。
欧州でバカ売れする中国製エアコンの中でも、特に奪い合いとなっているのが中国メーカー・美的の移動式エアコン「ポータスプリット」だ。2024年に発売され、今年の猛暑で一気にブレイクした。
欧州向け出荷台数は今年上半期だけで約20万台。昨年1年間で10万台だったので、半年でその2倍を達成したわけだが、快進撃は止まらず、6月以降さらに注文が殺到。美的は新たに16万台の受注があったというが、入手困難な状況が続く。
ポータスプリットの何がすごいのか。「工事不要のスプリット型」という特長が、欧州の人々の悩みを解決したのだ。
日本の家庭で一般的な壁かけエアコンは、屋内のエアコン本体と室外機を冷媒管でつなぐ構造だ。冷房性能や静音性は折り紙付きだが、設置には壁に穴を開ける専門工事が必要。あまりエアコンが普及していない欧州ではそもそも設置業者の数が少なく、工事を頼んでもなかなか順番が回ってこない。さらに賃貸住宅では大家が穴を開けることを嫌がるケースが多い。
これまで欧州で一般的だった縦置きで使用するモノブロック型や、近年日本でも人気のポータブルエアコン。室外機と一体で工事は不要だが、近年の猛暑に対抗できるほどの冷房効果は得られなかった
そうではない工事不要の移動式エアコンは今までにもあった。ただ、ほとんどが室内機と室外機が一体になった「モノブロック型」だ。窓から排気管を出すだけで使えるが、室内の気圧が下がって外の熱気を吸い込んでしまう。つまり、あんまり冷えない。その上、室外機部分も部屋の中にあるために音がうるさい。
ポータスプリットも移動式ではあるが、ちゃんと本体と室外機に分かれている。約10kgの小型室外機を窓枠など外に引っかけてつるすだけ。消費者は自分で設置できる。
価格は約1000ユーロ(約18万円)で、モノブロック型の数倍とけっこうなお値段。ただ、工事代が必要な壁かけなら工事代を入れるとこの数倍、100万円を優に超えるという話もある。欧州では本体よりも工事代がかさむのだとか。
フランス・パリの家電量販店では朝の開店前から中国製エアコンを求めて客が並んでいる光景も!
移動式スプリット型そのものは前からあったが、ドイツの空調・暖房機器メーカー・レムコやイタリア・アルゴクリマの製品は価格が2倍以上な上、冷媒の配管を現場でつなぐ方式のため認定業者の施工が必要で、結局、順番はなかなか回ってこない。
ドイツのクリミアは工事不要のスプリット型エアコンを発売しているが、値段は数万円高く、専門ネット通販で売られるニッチな商品だ。大手ネットショップや販売店で大々的に展開しているポータスプリットとは違う。
つまり、美的は誰も思いつかなかった発明をしたわけではない。家電量販店の隅にあった商品をちょっと安くローカライズして、独自のセールスをかけたのだ。
中国エアコンメーカーといえば、かつては省エネの要であるインバーター技術で日本に大きく劣っていた。だが、2000年代末から中国本土でも省エネ基準が厳格化され、インバーター技術を急激に成長させた。すでに日本メーカーに近いレベルに達している。
美的の固定式上位機種「Xtreme Save Blue」は省エネ性能を示す規格SEERが、日本の同クラスより0.5ポイント低いとはいえ、接近している。
技術は進歩したが、ブランド力では今もダイキンや三菱電機、韓国のLG、サムスンといった老舗に及ばない。そこで中国企業が繰り返し使ってきた勝ちパターンが「ペインポイント訴求」だ。
ペインポイントとは、消費者の具体的な困り事を意味する。これを解決すれば、「このブランドだから買う」ではなく「これができるから買う」という購買理由をつくることができる。
ブランド力がない中国企業がペインポイント訴求で市場を獲得する。この歴史は古い。1994年、中国・山東省で、エアコンを持ち帰っている最中に盗まれる事件があった。当時の中国はまだ物騒だったのだ。そこで家電メーカー・ハイアールは無料配送サービスを開始し、一気にシェアを高めた。
また、イモ洗い洗濯機の逸話も有名だ。同社は「農村部では洗濯機でイモを洗っているらしいんですよ。なので、泥が配管に詰まる故障が多くて。トホホ」という報告を受けた。
普通なら「イモは洗わないで」と注意しそうなところを、「そんなところにペインポイントがっ!」と目をつけ、泥が詰まりづらいよう配管を太くした、イモも洗える洗濯機を開発した。
チベット向けにはバター茶用のバター作りに対応した洗濯機まで作っている。同社の研究開発者は「製品を開発するのではない、市場を開拓するのだ」と叩き込まれるという。
家電だけではない。中国ネット通販大手のアリババグループは「詐欺が多すぎてネットショッピングは怖い」という消費者の反応を受け、アリペイを開発した。購入者が支払った代金を一時的にアリババが預かり、商品の確認後に販売者に支払う仕組みだ。
通信機器・端末大手のファーウェイも現地の困り事を解決する製品を次々と作り出した。荒事の多いメキシコでは防弾仕様の携帯電話基地局、極寒のロシアでは寒冷地対応の通信機器を独自開発した。
ポータスプリットは、この系譜の最新作だ。「移動式は冷えない、うるさい」「固定式は工事代が高くて面倒」。ふたつの課題を同時に潰し、ブランドではなく機能そのものを買う理由にしたのである。
SEERは6.1と低めで電気代はかさみ、冷却性能も日本メーカーの固定式には及ばない。それでも欧州人のニーズにはジャストフィットしている。
と、ここまでなら「中国すごい」で終わるのだが、ポータスプリットの快進撃には、もうひとつの背景がある。それが中国経済の低迷だ。
市場調査会社・奥維雲網によると、今年上半期の中国国内のエアコン販売額は、前年同期比15.9%減に沈んだ。
不動産不況はまだ続いている。新築住宅の販売が減れば、つられて家電需要も減速する。景気対策の買い換え補助金もあるが、その神通力は衰えている。
輸出も振るわない。産業在線によると、今年上半期のエアコン輸出額は前年同期比9.7%減の96.3億ドルで、台数も9.2%減った。
だが、移動式エアコンだけは別格だ。中国機電産品輸出入商会によると、対EU輸出は台数で62.9%増の210万台、金額で66%増の2.5億ドルとバカ伸びしている。中国全体が沈む中、欧州の移動式エアコンは数少ない明るい材料だ。この状況でメーカーも必死だった。
となると、今年の猛暑は中国エアコンメーカーにとっては天の恵みとも言えそうだ。中国の官製メディアは沸いている。「もし中国のエアコンを売ってやらなくなったら、欧州の紳士諸君はまだ過剰生産能力批判を続けられるかね」と皮肉ったのは、官製メディア「玉淵譚天」。
今まで散々、中国は過剰生産能力がある、デフレを輸出していると批判してきたのに、中国製品に助けられているではないかとの皮肉だ。新華社も「メイド・イン・チャイナは全世界に恩恵を与えている」と胸を張った。
ただし、売れれば売れるほど風当たりも強まる。ドイツのメルツ首相が今年6月、人民元は最大30%過小評価されていると主張し、解決の先例として1985年のプラザ合意を挙げたと、香港紙サウスチャイナ・モーニング・ポストなどが報じた。
EU統計局によると、中国の対EU貿易黒字は昨年、前年比18%増の3598億ユーロ(約66兆円)に達した。EV、太陽光パネル、バッテリーなどのハイテク製品からアパレルや日用品にいたるまで、中国製品が怒濤のように輸出されている。かつてはドイツのおはこだった旋盤をはじめとする産業機械も中国が台頭し、中国からの輸出が増えた。
EUは貿易の均衡を保とうと対策に躍起になっている。中国からの輸入急増に備え、関税や輸入枠といった貿易防衛措置の拡充を検討している。バカ売れしているエアコンが対象に加わる可能性もある。涼しさをもたらすエアコンが、別の火種につながりかねない。
「中国製なんて低品質」「知らないブランドで信用できない」と敬遠していたのに、かゆいところに手が届く機能で、嫌がっていた消費者のハートをキャッチ......これってどこかで見た構図だと思わないだろうか。そう、かつてのメイド・イン・ジャパンの躍進そっくりだ。
1970年代、オイルショックで苦しむ米国の消費者は燃費のいい小型車を求めた。そこでホンダは世界で初めて、厳しい排ガス規制のマスキー法をクリアするCVCCエンジンを開発し、爆発的なヒットを飛ばした。
ほかの日本メーカーも燃費改善に努めて評価を上げ、1980年には米国自動車市場の約2割は日本車となった。ブランドではなく、機能で市場をひっくり返したのである。ソニーのウォークマンだって「外で音楽を聴きたい」という、誰も口にしなかった欲求を掘り当てて世界市場をつくった。
「安かろう悪かろう」と笑われた挑戦者が、消費者の困り事を解決して老舗を食う。50年前に日本が米国でやったことを、今、中国が欧州でやっている。
現在ではブランド力の高い日本メーカーだが、今こそ奮起のときだろう。ポータスプリットやイモ洗い洗濯機のような、「ニッチだけど必要な人にはめっちゃ刺さる!」アイテムを作ってほしい。