呂布カルマ「ムダな時間は制作のスイッチを入れるための前戯」

撮影/田中智久

『週刊プレイボーイ』でコラム「呂布カルマのフリースタイル人生論」を連載している呂布カルマ『週刊プレイボーイ』でコラム「呂布カルマのフリースタイル人生論」を連載している呂布カルマ
ラッパーとしてはもとより、グラビアディガー、テレビのコメンテーターなど、多岐にわたって異彩を放っている呂布(りょふ)カルマ。『週刊プレイボーイ』の連載コラム「呂布カルマのフリースタイル人生論」では『時間の使い方』について語った。

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★今週のひと言「"超多忙"といわれる俺の有効な時間の使い方」

俺は周りから忙しいと勘違いされている。理由がわからないわけでもない。ちょこちょこテレビやYouTubeなどのメディアに露出がありつつ、アーティスト活動も並行しながら、いまだにマネジャーなどをつけずスケジュール管理や事務仕事をひとりで全部やっているからだろう。その上、2児の父親でもある。確かにこれだけ見たら忙しそうだ。

忙しそうというイメージはありがたく、暇だろうと思われるよりは断然いいのだが、実際はそこらのサラリーマンや俺の仕事相手に比べればずいぶんと時間に余裕のある生活をさせてもらっている。

俺自身、20代から30代頭までフリーターや正社員として働いた経験があるので間違いない。あの頃に比べたらあらゆる面で楽になっている。

毎週5、6日、雨の日も風の日も日照りの日も毎朝定時に出勤し、夕方の定時で帰れることなんかほとんどなく、退勤後は寝る時間を削って毎晩クラブへ遊びに行ったりLIVEしに行ったりしていたあの頃が、間違いなく人生で一番忙しかった。

とはいえ、当時は頑張ったところで給料が劇的に増えるわけでもないので、いかに効率的にサボるかの非常に非生産的な頭の使い方しかしていなかった。

そのフラストレーションから逆に余暇をダラダラ過ごすことはなく、仕事中も隙を見つけては歌詞を書いていたし、こんなコト(仕事)をしている場合じゃないという焦りから、楽曲制作ペースも速かった。音楽でこの生活を抜け出せるのではないか、という希望に縋(すが)っていたからだ。

実際音楽で飯が食えていなかった20代後半は毎年1枚のペースでアルバムを作ってリリースしていたが、30代になって脱サラし、音楽で身を立てるようになってからは10年でたったの3枚しかアルバムを作れていない。

俺の場合は音楽で食えるようになったタイミングで自身のキャラクターも発見され、タレント的な仕事も入るようになり、必ずしも常に音楽を作り続けなければ飯が食えないというわけじゃなくなったのも大きい。

今までサラリーマンとして勤めていた時間が丸々フリーになったのだ。これは逆に音楽だけで使い切れるような時間ではない。おかげで通常仕事をしていたら手が伸びなかったようなさまざまなジャンルにまで興味が飛び火する。

そしてその興味が別の仕事に結びつく。こんな夢みたいなサイクルがいつまで続くもんかはわからないが10年はその調子で退屈することもなく、逆に忙殺されることもなくやってこられた。

これが純粋に音楽の収入だけで家族を養おうとしたならば、なかなかハードだっただろう。やりたいことと、売れるため、売れ続けるためのせめぎ合いからメンタルのバランスを崩していく同業者は後を絶たない。

週に半分ぐらいはメディア露出やLIVEなどで家を空け、それ以外は子供たちが学校へ行っている間に眠り、帰ってきてやかましくなると俺も目を覚ます。そこから子供たちが夜寝るまではお父さん。家族が寝て翌朝起きてくるまでが俺の自由時間だ。

アーティストの中には毎日何時から何時と時間を決めて制作に当たるタイプもいるが、俺はそんなサラリーマンのようなサイクルで頭は切り替わらない。ゲームをしたり配信したり、動画を見たり、ガンプラやったり、それらに飽きたらシコってからラップのリリックを書いたりする。

この一見ムダな時間の過ごし方がストレスやプレッシャーを介さずに制作のスイッチを入れるための前戯なのだから仕方がないのだが、これで忙しいなんて言っていたらバチが当たるだろう。

★『呂布カルマのフリースタイル人生論』は毎週木曜日更新!★

  • 呂布カルマ

    呂布カルマ

    Ryoff Karma

    1983年1月7日生まれ、兵庫県出身。名古屋市在住。JET CITY PEOPLE代表。ラッパーとして活躍する一方、グラビアディガー、コメンテーターとしても異彩を放つ。 
    公式X(旧Twitter)【@Yakamashiwa

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