会津泰成
あいず・やすなり
会津泰成の記事一覧
1970年生まれ、長野県出身。93年、FBS福岡放送にアナウンサーとして入社し、プロ野球、Jリーグなどスポーツ中継を担当。99年に退社し、ライター、放送作家に転身。東北楽天イーグルスの創設元年を追った漫画『ルーキー野球団』(週刊ヤングジャンプ連載)の原作を担当。主な著書に『マスクごしに見たメジャー 城島健司大リーグ挑戦日記』(集英社)、『歌舞伎の童「中村獅童」という生きかた』(講談社)、『不器用なドリブラー』(集英社クリエイティブ)など。

2026年4月19日、大阪・東和薬品RACTABドーム・サブアリーナで開催された、プロボクシングWBOアジア・パシフィック・バンタム級王座決定戦。同級2位の伊藤千飛(真正ジム/20歳)は、同級8位のエイドリアン・レラサン(フィリピン)を相手に圧巻のノックアウト勝利で、初タイトルを獲得した。
当て勘に優れた強打のファイターは、「西の新鋭」から全国区へとその名を広げ始めている。そんな伊藤を語るうえで外せない存在が、幼馴染みであり、ライバルでもある坂井優太。そして、共に世界を目指す恩師、山下正人会長だった。
"坂井優太"というライバルが、闘争心に火をつける存在ならば、"山下正人"という恩師は、伊藤にとって、闘争心を己の力に変えてくれる存在だった。
伊藤の入場曲、Hump Backの「拝啓、少年よ」が、控え室まで聴こえてきた。
「今日は、千飛ひとりで戦うのやない。みなで力を合わせて、チームワークで戦うぞ」
山下の号令に気合いを入れ直すセコンド、スタッフ、そして伊藤。
初のタイトル獲得に向けて、伊藤はリングへと向かった。
※※※
試合開始の鐘の音ーー。伊藤はゆっくりとリング中央へ。軽く左ジャブを突いて相手の出方を伺う。タイトル初挑戦。勝てば世界ランキング入りも濃厚。ただ、気負いはない。試合後、伊藤はこう振り返った。
「相手は前の試合で無敗の日本人選手に勝っているし、キャリアも豊富。試合を迎えるまでは、正直、怖い気持ちもありました。でも当日は、わくわくというか、楽しみの方が大きくなりました。勝てる自信はありました。山下会長と、しんどい練習を続けて来た。東京で経験した1か月間のスパーリング合宿では、増田陸選手(現日本バンタム級王者/WBA1位)と。関西に戻ってからは、村田昴選手(前WBOアジア太平洋スーパーバンタム級王者)、前田稔輝選手という、階級が上の実力ある選手と、スパーリングをたくさんしました。これまでで一番良い状態で、試合を迎えることが出来ました」
開始40秒ーー。左ジャブから返しの右ストレートでボディをえぐる。強烈な一撃に、相手は思わず後退。3秒後、左フックを振り切る。バランスを崩してよろけた相手は、キャンバスにグローブをつきそうになる。どうにか堪えたものの、この時点で完全に主導権を握った。

「顔面に対する攻撃は、ガードを上げていればある程度は防げます。でもボディまではカバーできない。世界戦のように12ラウンド、長いラウンドを戦えば戦うほど、ボディへの攻撃は生きる。『勝負のカギとなる攻撃』と考えています」
試合後、山下はそう話した。その勝負のカギを手にするために必要なのは「相手の呼吸を感じ取ること」と説明した。パンチは、息を吐きながら打つ。反対に、息を吸っているときは、腹に力を込められず、パンチも打てない。山下は、そのタイミングを狙うように教える。相手の呼吸が乱れたときがチャンス。選手だけではなく、セコンドも含めたチーム全員で呼吸を見極め、勝負所を探る。それが、山下の戦術だった。
「満点の満点です。あんなに早く試合の決着がつくとは考えていませんでした。もっと試したかったことも、たくさんありました。これから上を目指す意味でも、セコンドのチームとしての働き方。それも経験しておきたかった。練習でやってきたことを、インターバルで1回1回、千飛と作戦を練りながら確認して、次のラウンドへ送り出す。そのとき、千飛がどういうボクシングをするのか、それも見たかった。まあでも、早く終わるに越したことはないですけどね」
伊藤は、後手に回った相手を逃さず、冷静に追い詰めた。そして、1分47秒、右ストレート一閃で吹き飛ばし、仰向けに沈めた。
衝撃的なダウンに会場がどよめいた。レフェリーがカウントを数え始める。淡々とコーナーに移動して控える伊藤。相手はどうにか立ち上がり、ファイティングポーズ。試合再開。相手も意地を見せるように、捨て身の左右フックやストレートで応戦。しかし、1ラウンド残り25秒、伊藤は、ステップインした瞬間、顔面のガードを固めた様子を見逃さなかった。
コンパクトに、強烈な左ボディを叩き込む。今度は前のめりに倒れた。地道に時間をかけて身に付けた、山下直伝のボディ攻撃だった。
苦悶の表情。うずくまったまま動けない。万事休す――。1ラウンド2分46秒KO勝利。
伊藤は雄叫びをあげるとようやく笑顔を見せ、リングに駆け上がった山下と抱き合った。


「アジアのタイトルでこれだけ嬉しいのだから、『世界を獲れたら、どれだけ嬉しいのか」と思いました。今まで以上に、世界を獲りたい気持ちになりました」
試合翌日ーー。
チャンピオンベルトを持って真正ジムに来た伊藤は、満面の笑みで答えた。試合後は姉、妹そして両親という家族5人で食事をし、勝利を祝ってもらった。
「ほんま、努力してたもんな」と母や姉、妹の労い。
「ほんまに嬉しいけど、これからが勝負やな」と話した元キックボクサーの父、陽二。父は久々に解禁した美酒に酔い、ひたすら泣き続けた。初めて格闘技に触れる機会を与え、少年時代はマンツーマンで指導していたが、プロ転向後は山下にすべて託し、口出しは一切しない、と伊藤は話した。
あらためて、山下にも試合を振り返ってもらった。
「試合に向けた練習も、最後までよく頑張ってくれた。わたしの指導は、かなりしんどいと思うんですよ。並の選手なら、1か月ももたない。でも昨日、千飛自身が勝利者インタビューで、『山下会長としんどい練習を続けてきたから、自信を持ってやれた』と答えてたように、まさにそれなんです。わたしの役割は、選手が自信を持ってリングに上がれるようにすること。それだけです」
山下の言葉に耳を傾ける伊藤。高校卒業と同時にプロデビューし、この日でちょうど2年ーー。無垢な少年のようなあどけない表情をしていた伊藤は少し大人びた雰囲気になり、2年前よりも確実に、プロのボクサーとしての逞しさも身につけていた。

山下の最初の愛弟子、長谷川穂積がウィラポン相手に勝利し、世界タイトルを獲得したのは、2005年4月16日。山下が42歳のときだ。あれから21年、今月末、山下は64歳の誕生日を迎える。トレーナーという、選手とは違った意味で過酷な仕事に対して、体力や気力を維持することは、すでに容易ではない年齢でもあった。
「おそらく千飛が、トレーナーという立場で共に歩める、最後のボクサーになる。トレーナーとしては、いまは千飛だけに気持ちを注いでいます。千飛は、しんどい練習を耐えて報われた。わたしも同じです。千飛と年齢は3倍以上離れているから、それはしんどいですよ。でも、いつか報われる日が来る。千飛が本気で信じて、付いて来てくれるから、わたしも頑張れるんです」
アジアタイトルを獲得したことで、WBOの世界ランキング入りはほぼ間違いない。伊藤は、世界に向けてスタートラインに立った。
「とりあえずは自由席やけど、世界へと向かうことのできる切符は買えた。自由席のまま向かうのか、指定席なのか、それともグリーン席なのか。それはわかりませんけど」と山下。伊藤に「どの席で向かいたいか」と聞くと、即答で「グリーン席で」と答えた。山下も「そらグリーンやな」と即答し、大きな声で笑った。
伊藤に、「坂井優太」について聞いた。
ふたりは中学生までは同じボクシングジムに通っていたが、高校は別々の学校を選んだ。高校時代は、アジアユース選手権3位、アマチュア2冠の伊藤に対し、坂井は、世界ユース選手権含む7冠に輝いた。大きく水を開けられた幼馴染に対して、アジアタイトルを獲得し、"チャンピオン"と呼ばれる立場になったいま、坂井に対する思いに変化はあるか、とーー。
「アジアのチャンピオンにはなれましたが、優太との差が縮まったとは全く思えません。でも、お互いもっと大きな結果を残して、リングの上で再会できる日を凄く楽しみにしています。いまはとにかく、山下会長を信じて、優太に限らず、決まった試合、誰と対戦しても勝てるように準備したい。そうやって、ひとりずつクリアしていけば、必ず世界までたどり着けると思っています」
続いて山下に、「坂井優太」そして「伊藤千飛」というボクサーについて、第三者として見た場合は、どのような評価をしているか尋ねた。
「坂井君は、一発のパンチをもらう怖さを知っている、良い意味でも、逆の意味でも、です。千飛も、一発の怖さは知っていますが、それでも前に出る。それは良い所でもあり、課題でもある。坂井君も千飛も、同じ階級で世界を目指していて、戦績やKO率も似たような歩みをしていますが、タイプは全く違うボクサーですね」
山下は、「坂井君は、成長して一発の威力が増したら、それは怖いボクサーになります」とも話した。伊藤の師という立場は別に、一ボクシング関係者として、東西に分かれて刺激し合う若きふたりのボクサーに、期待を寄せていた。
伊藤の師としては「昨日1試合勝っただけじゃないですか」と話し、世界を具体的に語れる時期ではない、と受け止めていた。経験も実力も、さらに大きく積み上げなければ、到底辿り着けない領域。それは自らの経験で学んでいた。世界へと向かう列車の切符は買えたかもしれない。だが、伊藤も山下も、まだ乗車しただけに過ぎない。
「千飛は、いまのまま邁進して欲しい。ただひとつだけ、上に行って有名になればなるほど、いろいろな人が言い寄ってくる。そこに惑わされて潰れていった選手も、何人も見てきた。現役でいる間は、お父さんの言うこと、わたしの言うことだけは、しっかりと信じて欲しい。邪念に流されず、常に感謝の気持ちだけ忘れへんかったら、千飛は問題ない。絶対、大丈夫です」
伊藤に、いま山下に伝えたい言葉はあるか、と聞いた。少し考えたのち、こう答えた。
これからもお願いします、とーー。
山下には、伊藤に忘れてほしくない存在がいる。穴口一輝。かつて真正ジムに所属し、伊藤ともスパーリングで拳を交えた先輩だった。
いまはもうリングに立つことはできない。それでも"穴口一輝"というボクサーは、山下と伊藤の心の中に残り、生き続けている。ただし、山下は自分の思いを、伊藤に背負わせようとはしない。
「穴口のことは、千飛にも忘れないで欲しい。こんな先輩がおった、と。でも、背負わすのは良くないし、可哀想やし、千飛は千飛やから。穴口のことは、わたしだけが背負い続ければ良い」
「千飛は千飛やから」という言葉には、愛弟子を誰かの代わりにはしない、という強い覚悟があった。ただ、いつか本当に「世界」という舞台に立つとき、その記憶は伊藤にとっても大きな力になるはずと、山下は信じていた。
「千飛、明日、時間あるか」
「はい、大丈夫です」
「ほなら明日、穴口のところに、ベルト持って報告行くぞ」
「わかりました」
伊藤は笑顔で答えた。
視線の先にある穴口一輝の写真。
彼もまた笑顔だった。

●伊藤千飛(いとう・せんと)
2005年6月25日生まれ、20歳。兵庫県伊丹市出身。元プロキックボクサーの父親の影響で4歳からキックボクシングを始め、ジュニア日本王者に。同時にボクシングにも取り組む。興国高校進学後、ボクシングに専念し、選抜2冠、アジアユース&ジュニア選手権銅メダル獲得。2024年4月20日に真正ジムからプロデビュー。今年4月19日、WBOアジアパシフィックバンタム級王座決定戦に勝利し初タイトル獲得。通算戦績6戦6勝5KO。