
小山田裕哉
おやまだ・ゆうや
小山田裕哉の記事一覧
1984年生まれ、岩手県出身。日本大学芸術学部映画学科卒業後、映画業界、イベント業などを経て、フリーランスのライターとして執筆活動を始める。ビジネス・カルチャー・広告・書籍構成など、さまざまな媒体で執筆・編集活動を行っている。著書に「売らずに売る技術 高級ブランドに学ぶ安売りせずに売る秘密」(集英社)。季刊誌「tattva」(BOOTLEG)編集部員。
佐久間宣行氏がウィアー作品の魅力について、じっくり語った。
徹底的な科学考証、ハラハラなサバイバル描写、そしてユーモラスでタフなキャラクター。SFジャンルに新風を巻き起こした作家アンディ・ウィアーの長編第3作『プロジェクト・ヘイル・メアリー』は、映画化され現在も公開中だ。
今回、希代のテレビプロデューサーで、SF愛好家としても知られる佐久間宣行氏が、大人だからこそ読むべき、大人だからこそ楽しめるウィアー作品の魅力について、じっくり語った!
*注意! 本記事は『プロジェクト・ヘイル・メアリー』 『アルテミス』『火星の人』の一部ネタバレを含みます
――アンディ・ウィアー作品との最初の出会いは?
佐久間宣行(以下、佐久間) デビュー作の『火星の人』(14年刊、日本での刊行年。以下同)です。昔からSF小説が好きなんですよ。アイザック・アシモフ、レイ・ブラッドベリ、テッド・チャン、グレッグ・イーガン......。SF小説の王道作品はひと通り読んできました。
ただ、ある時期からハードSFというジャンルが、物語や世界観の面白さより、叙情性や美しさを追い求める作品が多くなった印象を持ってしまい、少し離れていたんです。そういうときに『火星の人』が評判だという噂を聞きつけて読みました。
そうしたら、抜群に面白くて。以降、ウィアーは注目して読む作家のひとりになりました。
――続く2作目の『アルテミス』(18年刊)は月面都市の陰謀を巡る犯罪小説で、こちらも王道のハードSFでした。そして、21年には現在映画が公開中の『プロジェクト・ヘイル・メアリー』が刊行されます。
佐久間 邦訳が出てすぐに読んでみたら、びっくり。最初は宇宙をひとりでサバイバルする『火星の人』の路線を踏襲した小説だと思ったんです。宇宙船で目覚めた記憶喪失の主人公が徐々に状況を読み解いていくミステリー。
でも中盤から人類が宇宙人と出会うファースト・コンタクトものにジャンルが変わって、最終的には人類と宇宙人が互いの星の危機を救うべく悪戦苦闘するバディ小説になるという。
――ウィアー作品に引きつけられた理由は?
佐久間 彼の小説は絶望的な状況を描くけど、根底に必ずユーモアがあります。しかも、それは単に楽天的なわけじゃない。僕も「笑い」を職業にしていますが、ユーモアとは「現実逃避のための麻薬」ではなく、「現実を生き抜くための武器」です。
ウィアー作品を読み、どんな逆境でもユーモアを忘れない主人公たちに触れるたび、彼も僕と同じような考えがあるのではないかと感じます。
そういうSF小説って、昔は多かったんですよ。ロバート・A・ハインラインの『夏への扉』やアイザック・アシモフの『ファウンデーション』シリーズを読んで、僕も元気づけられたし、すごく影響も受けました。
でも、そういうSF小説が少なくなった中、ウィアーはユーモアを駆使することにより、SFというジャンルに「娯楽」を取り戻した。僕が熱中していた頃のSFが戻ってきた。そういう印象を強烈に持ったんです。
――ウィアー作品には、読者を前向きにさせる力がありますよね。その源泉は、どこにあると思いますか?
佐久間 主人公が〝スーパーマン〟ではないところですね。宇宙規模の話は描くけど、キャラクターには僕らと同じく欠落がある。誤解を恐れずに言うならば、ウィアー作品の主人公は〝普通の人〟なんです。
――確かに、宇宙飛行士(『火星の人』)、運び屋(『アルテミス』)、科学教師(『プロジェクト・ヘイル・メアリー』)と、みんなファンタジー的な特殊能力はないですね。
佐久間 とはいっても、宇宙飛行士は超エリートだし、みんな理系の高度な知識を持っているので、本当の意味での〝普通の人〟では決してないのですが(笑)。
ただ、それでも僕らの生活の延長線上にいる人です。主人公も含め、登場人物たちが、それぞれの分野のプロフェッショナルとして、おのおのの持ち場で必死に頑張る姿を描いているわけです。それって、僕たちの仕事の現場でも同じじゃないですか。
――働く大人のための「お仕事小説」でもある、というわけですか。
佐久間 そう思います。だから、僕らは彼が描くキャラクターに共感できるんです。
――ウィアー作品の登場人物の仕事ぶりに感心することもあったりしますか?
佐久間 ありますよ。例えば『火星の人』の主人公・ワトニーは物事の優先順位のつけ方が的確ですよね。「火星に置き去りにされた」という絶望的状況なのに、まず冷静に現状を分析し、やるべきことを整理して、それをリスト化して実行していくわけです。
この分析・整理・実行のプロセスって、どの仕事にも役立つ普遍的スキルじゃないですか。パニックに陥りそうなトラブルが起こったときこそ、自分ができることを積み上げ、遠くのゴールに到達する。その過程を全作品で描いています。
「世の中の仕組みを知りたい」という考え方はSFジャンルによって培われた、と語る佐久間宣行氏
――精神論や根性論が一切出てこないところが、現代的でもありますよね。
佐久間 僕が共感するのは、自分もそういうタイプだからだと思います。仕事で大きな問題が発生しても、「もう起きてしまったことは仕方ない。じゃあ、ここからどうしようか?」と考える。
以前、ある子供向け番組を作っていたとき、世帯視聴率など従来の指標が満たせず、テレビ局に企画を中止させられそうになったことがありました。
どうすれば説得できるのか。そのときは番組継続のメリットについて、「子供向け番組は視聴率が限定的かもしれないけど、10年後のテレビの視聴者を育て、ママ層という新しいマーケットを開拓することにもなる。
目先の数字よりも大切なものを獲得することができるんですよ」と説得しました。視聴率争いという既存のルールの中ではダメでも、ルールそのものを変えることで組織を動かすことに成功したわけです。
こういうマインドセットってどこから来ているのかというと、やっぱりSFの影響が大きいんです。SF小説を読むことで、「この世界の仕組みはどうなっているのだろう?」と作品の世界観や設定を面白がる感性が身についたことが大きかった。
僕は「仕組み」にすごく興味があって、だからこそ、仕事でも結果に一喜一憂せず、その過程をきちんと分析して次に生かしていくことができるようになった、そう思っています。
――とはいえ、SFは食わず嫌いの人も多いジャンルですよね。大人もSF小説を読むべきですか?
佐久間 SF小説を読むべきかどうかというより、フィクションにどっぷり漬かる経験は大人になってからも絶対にしたほうがいい。今はAIやネットのアルゴリズムに脳をハックされる時代です。
動画もSNSも自分の好みに合わせたものが次々と出てきて、そのサービスから離れられなくしている。これがいきすぎると中毒みたいなことになるわけですよね。
だからこそ、映画でも漫画でもなんでもいいから、自分の意思で選択したコンテンツに熱中してみる。AIにレコメンドされるまま流されて生きるのではなく、自分の好きを自分で深掘りしていく。それは自分の人生をアルゴリズムから取り戻すための手段として、現代では大切なことではないかと思っています。
それこそウィアーの小説は、キャラクターに親近感が湧くし、ストーリーは王道だし、背景には緻密な世界観の構築もある。SF小説の入門書としてぴったりな作品です。
ちなみに僕は特に『プロジェクト・ヘイル・メアリー』にハマりすぎて、二次創作にも手を出しました(笑)。『ヒア・カムズ・ザ・サン』(*)っていう作品がすごく面白くてね。
――それは相当ですね(笑)。では最後に、ウィアー作品で最も好きなシーンは?
佐久間 『火星の人』で、火星に取り残されたワトニーを、地球にいるNASAの職員が衛星画像から発見するシーンです。誰もが死んだと思って諦めている中、本人だけはひたすら生き残りの手段を探し続けていた。そうしたら偶然に見つけてもらい、希望がつながった。すごく感動的です。
――なぜ、そのシーンがお好きなんですか?
佐久間 僕は「諦めなかった人が誰かに発見される瞬間」が好きなんです。自分自身もプロデューサーとして、いろんな才能あるタレントの、そういう瞬間をつくりたいと思っています。誰だって絶望することはあるかもしれない。
でも、諦めずに目の前のことを続けていれば、いつか見つけてもらえる。ウィアー作品には、そういう前向きなメッセージが込められているように感じられるし、だから大人も元気づけられるのだと思います。
(*)『ヒア・カムズ・ザ・サン』
イラストや漫画、小説作品の投稿プラットフォーム「pixiv」に投稿された、『プロジェクト・ヘイル・メアリー』の日本人ファンによる二次創作小説。主人公グレースの地球にいた頃の教え子ふたりの物語。もちろんアンディ・ウィアーは一切関与していない
■『プロジェクト・ヘイル・メアリー』(上下巻)
ハヤカワ文庫SF 各1650円(税込)
現在、本作が原作の映画『プロジェクト・ヘイル・メアリー』が公開中。無人の部屋で目覚めた記憶喪失の男は、残っていた科学知識を基に実験を繰り返し、自身が宇宙船の中にいることに気づく。そして、徐々によみがえる記憶とともに、自分がライランド・グレースという科学者で、太陽エネルギーを食う地球外生物「アストロファージ」から地球を救うため、太陽系から12光年離れた星「タウ・セチ」への調査任務を負っていることを知る。たったひとりで挑む困難極まるミッション......だが、地球からはるかかなたに、予想外の"仲間"がいた!
■『アルテミス』(上下巻)
ハヤカワ文庫SF 各1320円(税込)
直径500mのスペースに建造された5つのドームに2000人が暮らす、人類初の月面都市・アルテミス。この都市で合法・非合法問わず品物を運ぶ"ポーター"として生きる女性ジャズ・バシャラは、ある日、大物実業家から謎の依頼を受ける。それは月面都市の未来を左右する陰謀へとつながっていく......。アンディ・ウィアーらしい科学的根拠に基づいた月面での生活や経済活動のリアルな描写に、裏社会の権力闘争や陰謀が絡むスパイ小説
■『火星の人〔新版〕』(上下巻)
ハヤカワ文庫SF 各1320円(税込)
デビュー作。映画『オデッセイ』(邦題、日本公開2016年)の原作。2035年、火星探索ミッションの一員である宇宙飛行士のマーク・ワトニーは事故により、火星にひとり残される。通信は絶たれ、食料も限られている。過酷な火星の環境で、助けが来るまで生存するのは絶望的......だが、ワトニーは諦めない。基地内のジャガイモ生産で命を長らえ地球との通信方法を必死に模索する。一方、地球でも衛星写真からワトニーの存在を確認。彼の救出に動き出す
●佐久間宣行(さくま・のぶゆき)
1975年生まれ、福島県出身。テレビプロデューサー。1999年にテレビ東京入社。『ゴッドタン』『あちこちオードリー』『ピラメキーノ』などバラエティ番組でヒット作を連発。2019年からはラジオパーソナリティとしてニッポン放送『佐久間宣行のオールナイトニッポン0(ZERO)』を担当。2021年からフリーランスに。NetflixやYouTubeチャンネルなどで数々のコンテンツをプロデュースしている。『佐久間宣行のずるい仕事術 僕はこうして会社で消耗せずにやりたいことをやってきた』(ダイヤモンド社)、『ごきげんになる技術 キャリアも人間関係も好転する、ブレないメンタルの整え方』(集英社)など著書多数