前川仁之
まえかわ・さねゆき
前川仁之の記事一覧
1982年生まれ、埼玉県立浦和高校卒業、東京大学理科一類中退。人形劇団、施設警備などを経て、立教大学異文化コミュニケーション学部に入学。在学中の2009年、スペインに留学。翌年夏、スペイン横断自転車旅行。大学卒業後、福島県郡山市で働いていたときに書いた作品が第12回開高健ノンフィクション賞の最終候補に。近著は『人類1万年の歩みに学ぶ 平和道』(インターナショナル新書)
『週刊プレイボーイ』99年46号、03年15号
還暦を迎えた『週プレ』の歩みを、全3回でたどる大型企画。第2回は、時代を彩ってきた〝60人の男たち〟による珠玉の名言集。創刊50周年記念特集も執筆した、博覧強記のノンフィクション作家・前川仁之氏が渉猟し、選び抜く!
名言集作成の大命をたてまつったからには、最低限のルールを明記してから進めよう。
名言は、インタビューや対談記事における発言から拾うこと。自立した名言が拾えなかった場合は、レジェンドといえどもベンチをあたためてもらうこと。平等に、ひとり一言に絞ること......『小倉百人一首』を編んだ藤原定家の苦労を追体験するようなハードワークだぜ!
「名言」という現象そのものについての見識を深めたい方には鈴木結生さんの芥川賞受賞作『ゲーテはすべてを言った』(朝日新聞出版)をオススメするにとどめて、いざ行かん、『週プレ』名言六十人一首!
* * *

まず最初に取り上げるのはM・M・カーン。60人の中で唯一、誰も知らない御仁であろう。パキスタンの大富豪カーン家から東京農工大学に私費留学していた、当時26歳の学生で、本誌いわく「モテてモテてコマる、名前通りのM・M・Kボーイ」。こちらの名言(01)、何やら哲学的だが、実は「ガールフレンドの数は?」という質問への答え。要は数えきれないという話。
言わずと知れた世界の王貞治による、700号本塁打を打って間もない頃の言葉(03)。荒川博コーチとの猛特訓を振り返る。ここで言う「ハシ」とは、〝剣聖〟宮本武蔵がハエをつまんで捨てた箸のレベルだそうで......。改めて脱帽。




〝日本SF界の巨人〟小松左京と〝マンガの神様〟手塚治虫の言葉は(07・08)、ふたりの「21世紀対談」から。やたら気の早いタイトルだが、宇宙移住派の小松の勢いが、地球への愛着を示す手塚を終始圧し、今こそタイムリーか。


スティーブン・スピルバーグの言葉(10)は、ヒーローだらけのこの特集で読むと味わいが増すのでは。〝ザ・グレーテスト〟モハメド・アリがリングを去って6年。パーキンソン病にむしばまれてゆく中での発言(13)は、涙なしには読めない。




強いばかりのヒーローはいない。氷室京介はこの言葉(17)に続けて、例としてジョン・レノンを挙げていた。さすが。尾崎豊は、息子の誕生を経てアルバム『誕生』をリリースした頃の言葉(19)。ライブ口調で音読したくなる。アルバム『ARTISAN』は仏語で「職人」の意味。山下達郎、とがってます(21)。



井上ひさしの言葉(23)は黒澤明、淀川長治との鼎談から。世界の抱き締め方を教えてくれる。北京での初公演を大成功に終えたサザンオールスターズの桑田佳祐が興奮冷めやらぬままにしゃべる(24)。





映画『レッド・ブロンクス』でアジア映画としては初めて全米興行収入初登場第1位を記録する少し前のジャッキー・チェンが、無邪気に政治的な発言を残している(29)。
95年の米軍人による少女暴行事件以来、島ぐるみで怒りに震えていた沖縄県。その当時の知事であり、学者でもあった大田昌秀の言葉(33)は2週連続インタビューから。



続いて、庵野秀明の言葉(35)は、村上龍原作の実写映画『ラブ&ポップ』制作中の発言。それから30年。世は〝考察〟という名のマニュアルであふれています......。
柔術家ヒクソン・グレイシーに敗れた盟友・髙田延彦のあだを討つべく、ヒクソン側と交渉していた時期の前田日明には、仲間思い、後輩思いの熱さがほとばしる。名言(36)は、ヒクソンが自身を侍になぞらえ死を恐れていないと公言したことへのカウンター。



スタジオジブリの二枚看板のひとり、高畑勲の言葉(39)は、映画『ホーホケキョ となりの山田くん』に込めた思い。2年前の映画『もののけ姫』に付された「生きろ。」という張り詰めた弓のような緊張感と、それに感動する世間に反発を抱いていたそうだ。本当、真面目だなあ。

そうした真面目さは忌野清志郎も共有していたかもしれない。『君が代』を収録したアルバム『冬の十字架』を「国論を二分するような問題について、どちらか一方の立場に立つような印象を与える」との理由で発売中止したポリドール社に向けた言葉(40)。〈あいつら、頭、悪いんだよね〉と続く。
今は亡きこの人、カダフィ大佐(41)がここで言う新世紀とは、もちろん、今われわれが生きている21世紀のこと。当たっているような......。





(45)の言葉は、全日本プロレスに移籍した武藤敬司との〝天才対談〟での赤塚不二夫の発言。ちなみに武藤は赤塚先生と、マンガにもプロレスにも欠かせない〝間〟談議が盛り上がり、こんな話を披露している。
〈一瞬の〝間〟が空いちゃったからとっさにヒザ蹴りを出した。それが俺の今のフィニッシュ・ホールドのシャイニング・ウィザード〉


不世出の打者、イチローの言葉は、誰もが心がけ、応用できるものを選んだ(47)。同じ人間だから。鬼才・町田康の言葉は、布袋寅泰との対談より(48)。雑種万歳! スペイン・マドリードで行なわれたジネディーヌ・ジダンのインタビュー。この言葉は得意技マルセイユルーレットについて(49)。




60の名言の中で唯一、かけ合いでのエントリーとなったダチョウ倶楽部。回答者たちがバスに乗ったまま水に漬けられる「バスアップダウンクイズ」を、体を張った芸のベストバウトとして取り上げてからのやりとり(53)。
力士で唯一のエントリー、白鵬(54)。日馬富士によるリモコン殴打事件はまだ起きていない。


プロ初勝利を挙げた田中将大(当時楽天)は、顔をタオルで拭く姿を激写され、泣いていた疑惑を持たれた。それに対する答え(55)。
シルベスター・スタローンの言葉は宗教を問われた際の回答(56)。映画『ランボー 最後の戦場』の撮影でまた鍛え抜いていた頃だ。

水木しげるは当時86歳(57)。〈1年くらい前までは若い女性にも興味あったけど、86歳にもなるとね。白いメシが一番です〉との名言も。

さてさて、大トリを務めていただくのは、本誌と同期、今年で60周年を迎えた『ウルトラマン』の初代スーツアクター、古谷敏(60)!
〈ジャミラはね、本当に哀れなヤツでね...。戦っていても胸が痛かったですよ。仮面の下の心は泣いてました〉と語る優しくカッコいいヒーローと共に、行くぜ70周年!
(文中敬称略)