クラシック界一の一発屋?『カノン ニ長調』で知られる「ヨハン・バッヘルベル」の"裏面"を市川紗椰が探る

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『週刊プレイボーイ』で連載中の「ライクの森」。人気モデルの市川紗椰(さや)が、自身の特殊なマニアライフを綴るコラムだ。今回は「ヨハン・パッヘルベル」について語る。

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"クラシック界一の一発屋"として名前がよく挙がる作曲家がいます。その名は、ヨハン・パッヘルベル。

その"一発"は、もちろん『カノン ニ長調』。結婚式、テレビCM、卒業式(私も学生オケで100万回弾きました)。「この場に品の良い幸福感を足してください」と言われたら、取りあえずこの曲を流しておけば成立する。曲名を知らなくても聴いたことがある人がほとんど。一方で「パッヘルベルの曲をもう一曲」と言われると、クラシック好きでも急に目が泳ぐ。"一発屋"という言葉は乱暴だけど、この落差は確かにすごい。

もっとも、パッヘルベル本人からすればかなり迷惑な話。『カノン』が作曲されたのは300年以上前だけど、現在の人気は20世紀に入ってからのものです。特に1968年のジャン=フランソワ・パイヤール指揮、パイヤール室内管弦楽団の録音が、その後の世界的ブームを引き起こしたとされています。つまり本人の知らないところで、一曲だけが猛烈な出世を遂げたわけです。

そこで、一発屋の"裏面"を聴いてみた。そもそも『カノン』以外の録音もこんなにあるのか、と思うくらいに残ってました。もちろん『カノン』が圧倒的に多いけど。

数多いアルバムの中から選んだのは、複数曲がまとまっているオルガニストのジョン・バットの90年録音盤。まず『シャコンヌ ヘ短調』を聴く。暗く、静かで、思索的。結婚式場にいたはずのパッヘルベルが、いつの間にか誰もいない教会にいます。けれど、『カノン』との"血縁関係"が見えてくるかも? シャコンヌとは、低音や和声の型を繰り返しながら、その上で変奏を重ねていく音楽。『シャコンヌ ヘ短調』でも、足元は同じところを歩いているのに、頭上の景色が少しずつ変わっていく。パッヘルベル、「反復」大好き。

続いて『シャコンヌ ニ長調』。こちらも低音を土台に、上の声部が姿を変えていく。派手な場面転換はなく、同じ場所にとどまりながら変化をつくる。このあたりで『カノン』が偶然生まれた曲ではないことが見えてきた気がしました。

さらに鍵盤曲集『アポロの六弦琴』。6つのアリアと変奏からなる作品で、パッヘルベルがオルガニスト、そして"変奏の人"だったことがよくわかる。

そこで、あらためて『カノン』を考えてみます。あの曲も、低音では同じ8つの音による進行が延々と繰り返される。その上でバイオリンが追いかけっこをしながら、音型をだんだん細かくしていく。私たちは「優雅で幸せな曲」として聴いてるけど、構造だけ見れば、かなり頑固。同じ土台を動かさず、その上でどこまで景色を変えられるか。ほかの作品を聴くと、それがこの人の得意技だったことがわかります。もちろんバロック全体のはやりもあるけど。

同じものを繰り返しながら、少しずつ違うものにしていく。その職人的な面白さが、たまたま『カノン』では奇跡的なわかりやすさを手に入れ、300年以上先の人間にまで届いてしまった。一発屋だと思って裏面を聴いたら、その一発を生み出した理由がわかった......かも?

以上、謎に真面目な回でした。

●市川紗椰(Saya ICHIKAWA)
米デトロイト育ち。父はアメリカ人、母は日本人。モデルとして活動するほか、テレビやラジオにも出演。著書『鉄道について話した。』が好評発売中。たまにはこういう真面目な回も。公式Instagram【@its.sayaichikawa】

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