スカニア、ダイムラー、ボルボまで動いた! トヨタが欧州で仕掛けた「水素大作戦」の正体

撮影/山本シンヤ

9月にドイツで開催された世界最大級の商用車見本市「IAA TRANSPORTATION 2026」を現地取材した山本シンヤ氏。トヨタを中心に進む「水素大連合」の舞台裏に迫った9月にドイツで開催された世界最大級の商用車見本市「IAA TRANSPORTATION 2026」を現地取材した山本シンヤ氏。トヨタを中心に進む「水素大連合」の舞台裏に迫った
欧州最大の商用車見本市で、巨大な"水素トラック大連合"が爆誕した。その中心にいるのは、なんと日本のトヨタ! いったい何が起きているのか? 現地でその最前線を徹底取材してきた山本シンヤ氏が渾身リポート!!

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【トヨタが「水素」で欧州のライバルと合体!?】

ドイツ・ハノーファーで9月中旬に開催された世界最大級の商用車見本市「IAA TRANSPORTATION(トランスポーテーション) 2026」。世界中のトラックメーカーが集結した会場で、筆者は思わず足を止めた。これまでの常識では考えにくい光景だったからだ。なんとスウェーデンの名門大型トラックメーカー「スカニア」とトヨタがFC(燃料電池)で手を組むと電撃発表したのだ。

FCとは、水素と空気中の酸素を化学反応させて電気を作り、モーターを回して走るクリーンな仕組み。つまり、排ガスが一切出ず、水(H2O)しか排出しない"究極のエコカー"だ。

トヨタとスカニアは水素トラック分野での協業を電撃発表トヨタとスカニアは水素トラック分野での協業を電撃発表スウェーデンの大手商用車メーカー・スカニアのクリスチャン・レヴィンCEO(左)と、トヨタの中嶋裕樹副社長兼CTO(右)スウェーデンの大手商用車メーカー・スカニアのクリスチャン・レヴィンCEO(左)と、トヨタの中嶋裕樹副社長兼CTO(右)
驚きはそれだけでは終わらなかった。トヨタが欧州でのライバルであるダイムラートラックやボルボ・グループに加え、海外の大手エネルギー会社や水素ステーション事業者まで巻き込んだ巨大な連合体を結成したのだ。気がつけば、欧州大型トラック市場の約8割を押さえる規模の仲間づくりをやってのけた。

だが、冷静に考えると不思議な話である。そもそもトヨタは欧州で大型トラックを売っていない。

では、なぜ本来なら商売敵同士であるはずの欧州の巨人たちが、こぞってトヨタを中心に結束したのか? どうしてインフラ事業者まで巻き込んだのか? 取材を進めると、今のトヨタの"水素で仕掛ける驚きの戦い方"が見えてきた。

これまでトヨタの水素といえば、セダン型の「MIRAI」に代表される「自分たちで水素のクルマを造って売るメーカー」というイメージが強かった。

しかし今のトヨタが見据えているのは、自社のクルマを売ることだけではない。水素を使う車両を世の中に増やし、燃料を補給できる仕組みを整え、市場そのものを成立させる黒子(プラットフォーマー)へ回ろうとしている。

トヨタは水素トラック普及に向け、ダイムラートラック、ボルボ・グループ、ボッシュ、エア・リキード、トタルエナジーズ、ティール・モビリティ、エムビー・エナジーの欧州7社との連携強化を発表トヨタは水素トラック普及に向け、ダイムラートラック、ボルボ・グループ、ボッシュ、エア・リキード、トタルエナジーズ、ティール・モビリティ、エムビー・エナジーの欧州7社との連携強化を発表
その変化を象徴しているのが、スカニアとの協業である。スカニアはフォルクスワーゲン・グループの商用車部門を担う欧州屈指のブランドで、トラック野郎憧れのドライバーズカーとしての誇りを持ち、運行コストの厳しさは世界一ともいわれる。

トヨタはそのスカニアに、最新の第3世代となる300kW級の燃料電池システムを供給したのだ。2027年から40台を実際の物流現場に投入し、長距離輸送での耐久性やトータルの維持費を徹底検証する計画を発表した。

一方のスカニアは、なぜトヨタを選んだのか? スカニアのサラ・フォースバーグ副社長兼CTOは、「トヨタが持つ30年以上の開発実績と経験」を挙げ、「現場で技術を鍛え上げるパートナーとしてベストだ」と語る。

そして見逃せないのが、トヨタの絶妙な立ち位置。トヨタは欧州で大型トラックを売っていない。つまりスカニアやダイムラーにとって、市場で直接パイを奪い合う商売敵ではない。

何十年も血で血を洗うシェア争いをしてきた欧州のライバル同士が直接手を組もうとすれば、どうしても主導権争いが起きてしまう。しかし、中立なトヨタだからこそ、各社の利害を調整する"頼れる通訳"となり、巨大なハブとして機能することができたのである。

【3年前にトヨタは商談を失った】

欧州トラック界の"扇の要"となったトヨタだが、約3年前に手痛い挫折を味わっている。当時、欧州の水素市場についてトヨタの中嶋裕樹(ひろき)氏(現副社長兼CTO)を取材した際、こう語っていた。

「欧州は確実に水素を大量消費するマーケット。われわれはカーメーカーという立場を超え、水素のエレメント(部品)を作る仕入先の仲間のひとりになりたい」

ところがその直前、トヨタは水素ビジネスで大失敗をやらかしていたのだ。欧州のあるメーカーから水素タンクの引き合いがあったのだが、トヨタは製造コストに利益をたっぷり上乗せし、相場の2倍以上という超高値で見積もりを出してしまう。結果はあっさりと破談。

トヨタが商用車向けに開発した第3世代燃料電池(FC)システム。水素トラック普及の切り札となる次世代ユニットトヨタが商用車向けに開発した第3世代燃料電池(FC)システム。水素トラック普及の切り札となる次世代ユニット
ビジネスの世界では珍しくない話かもしれない。実際、トヨタの社内でも「オファーはほかにもあるし、1件フられただけ」と軽く受け止める声があったという。

しかし中嶋氏は強い危機感を抱き、佐藤恒治(こうじ)氏(当時の社長・現副会長)に直訴した。すると佐藤氏から返ってきたのは痛烈なひと言だった。

「そもそも、われわれは事業のセンスがない。ないなら、変えないとね」

それを受けて中嶋氏は、「タンクを1本売って目先の利益を出すことばかり考えていてはダメだ。そのタンクを積んだクルマが町を走り、需要が生まれ、スタンドが建っていく。ひとつの部品供給が、その先の未来の市場づくりにつながっていく」と考えた。

この猛反省をきっかけに、トヨタは水素ビジネスの考え方を根本から見直した。事業、営業、開発などをひとりのリーダーが一気通貫で束ねる新組織・水素ファクトリーを立ち上げ、単なる"モノ売り"から脱却する体制を整えた。

【いい水素トラックだけでは市場はつくれない】

ただし、どれほど優れた水素トラックを造っても、町に水素ステーションがなければ運送会社は絶対に買ってくれない。昔から言われる"鶏と卵の問題"だ。しかも大型トラック用の水素ステーションは、1基建てるだけで約10億円規模の巨額投資になる。確実にトラックが何十台も走る保証がなければ、怖くて誰も投資できないのが本音だ。

トヨタ水素ファクトリーの山形光正(みつまさ)プレジデントは、現場のリアルをこう語る。

「やってみたからこそ痛感したのですが、インフラとセットで動かなければ、いくらいいトラックを造ってもお客さまは買ってくれません。単にハードウエアを売る時代は終わりました。ステーション事業者やエネルギー会社、行政と組んで、『持続可能なエコシステム』にしないと勝てません」

トヨタの水素ファクトリーを率いる山形光正プレジデント。水素トラック普及戦略に加え、ハイラックスFCEVによるダカール挑戦についても語ってくれたトヨタの水素ファクトリーを率いる山形光正プレジデント。水素トラック普及戦略に加え、ハイラックスFCEVによるダカール挑戦についても語ってくれた
だが、ここで最大の障壁となったのが欧州の厳しい「独占禁止法(競争法)」。ライバルのトラックメーカー同士が「将来どこに何台走らせるか」を直接話し合えば、談合(カルテル)と見なされて処罰されてしまうのだ。

そこで編み出されたのが、第三者の仲介機関(クリーンチーム)を挟むウルトラCの仕組み。各社は自社の極秘計画を第三者に匿名で預け、ステーション事業者側には「この地域に、この時期、これだけの水素総需要量が生まれる」という合算データだけを開示する仕組みだ。これならライバルに機密を知られることはないし、スタンド側からしても安心して10億円の投資を決断できる。

山形プレジデントは語る。

「小さなパッケージであっても、そこで自立して経済合理性が回るエコシステムができれば、あとは自走して増殖していきます。それをハイウエーでつないでいけばいい」

【欧州メーカーの視線の先にあるもの】

今回、筆者が取材に飛んだドイツの商用車見本市の会場を歩き回り、もうひとつ興味深いことがわかった。欧州の大型トラックメーカー自身、決して「EV(電気自動車)か水素か」のどちらか一方に決め打ちしているわけではないのだ。

スカニアは最長航続距離(720㎞)を誇る大型EVトラックを披露する一方で、長距離輸送の切り札としてトヨタとの水素トラック協業を進めている。大型トラックは乗用車とは事情がまったく違う。1日に何百㎞も走り、重い荷物を積み、トラックを止めて充電している時間そのものが運送会社の損失になる。

ダイムラートラックの燃料電池トラック「Next Gen H2 TRUCK」。液体水素を採用し、1000㎞超の長距離輸送を視野に開発が進められているダイムラートラックの燃料電池トラック「Next Gen H2 TRUCK」。液体水素を採用し、1000㎞超の長距離輸送を視野に開発が進められている
ダイムラートラックも大型EVを展示する一方で、1000㎞超の長距離を走り、15分以内で補給できる次世代の液体水素トラックを公開。ボルボも急速充電EVをアピールしつつ、水素エンジンの実走テストを進めている。

要するに、町中の近距離配送ならEV、重い荷物を運ぶ長距離輸送なら水素といった具合に役割分担を打ち出していた。トヨタが掲げる「敵は炭素であり、内燃機関や特定の技術ではない」という哲学が、欧州大手商用車メーカー間で完全に共有されていた。

そんな中、トヨタはダイムラー、ボルボ、世界最大の部品メーカーであるボッシュ、大手エネルギー企業など計8社での連携を発表した。ドイツ政府も約350億円規模の支援プログラムを用意し、業界を強力に後押ししている。

EVの立ち上げ時に味わった「充電器が足りなくてトラックが動かせない」という苦い失敗を、水素では絶対に繰り返さない。そんな日欧連合の強い意志がそこにあった。

【中国で進むFCの開発スピード】

もうひとつ、会場で異彩を放っていたのが中国勢だ。東風汽車は400kW級の巨大なFCシステムを積むトラックを展示。中国市場の最大の強みは、物量とスピードにある。

前出の山形プレジデントはこう明かす。

「中国では毎年1万台規模の商用FCEV(燃料電池車)が実際に売れて稼働しており、実走データの蓄積スピードは桁違いです。現地で走らせれば想像どおりガンガン壊れますが、その分PDCA(改善サイクル)を回す速度が極めて速い」

粗削りでも、現場で壊しながら直すスピードが速ければ、あっという間に進化してしまう。だからこそトヨタも中国企業と手を組み、「原価を極限まで下げる実験場」として中国を徹底活用している。

中国を代表する国営の大手自動車メーカー・東風汽車集団(ドンフェン・モーター・コーポレーション)も燃料電池トラックを展示中国を代表する国営の大手自動車メーカー・東風汽車集団(ドンフェン・モーター・コーポレーション)も燃料電池トラックを展示今回の第3世代システムでは、小型車から大型トラックまで同じ基本設計で賄えるように工夫し、生産スピードを4倍に引き上げて製造コストを激減させた。3年前、「高すぎる」と突き返された屈辱を、泥くさい技術開発と量産改革ではね返してみせたのである。

ここまで大型トラックの話が続くと、「トヨタは一般向けの乗用車を諦めて、トラックに逃げたのか?」と思う読者もいるだろう。

それを山形プレジデントにぶつけると、明快な答えが返ってきた。

「乗用車をやらなかったら、そもそも僕らが水素をやる意味がないじゃないですか」

大型トラックの仲間づくりを急ぐ最大の狙い。それは、毎日大量の水素をガブ飲みしてくれる大型トラックを走らせることでスタンドを黒字化させ、町の水素価格を一気に引き下げることにある。

スタンドというインフラと安い燃料が町にそろわなければ、一般ユーザーが乗る乗用車に水素が普及するはずがない。つまり、欧州のトラック界を巻き込んだ社会実装は、将来、私たちが気軽に水素カーに乗れるようにするための"最大の布石"というわけなのだ。

トヨタはモータースポーツの現場で水素エンジン車を鍛え、磨き抜いているトヨタはモータースポーツの現場で水素エンジン車を鍛え、磨き抜いている
もちろん、開発の手も緩んでいない。日本国内では「スーパー耐久レース」に液体水素カローラを送り込み、極限状態で技術を鍛え続けている。欧州のモータースポーツ拠点(ドイツ・ケルン)ではル・マン参戦を見据えた最高時速300キロ超のプロトタイプカーを走らせ、公道では「水素エンジン搭載ハイエース」が過酷なテストを重ねている。

さらに、2027年開催予定の世界一過酷なダカールラリーに「ハイラックスFCEV」を投入、灼熱(しゃくねつ)の砂漠や岩場で技術を徹底的にいじめる計画だ。

2028年の市販化を見据えて開発が進む本格ピックアップ・ハイラックスFCEVは、2027年のダカールラリーに挑む2028年の市販化を見据えて開発が進む本格ピックアップ・ハイラックスFCEVは、2027年のダカールラリーに挑む
スカニアに心臓部を供給し、ライバル各社とインフラを築き、レースや極限の現場で技術を磨き上げる。一見バラバラに見えるこれらはすべて、「誰もが当たり前に水素を使える社会」を構築するためのピースなのだ。

日本では「スタンドが少ない」「水素価格がどんどん値上がりしている」とネガティブに語られがちな水素モビリティ。しかし世界の最前線では、欧州のライバルをも巻き込んだ大攻勢がすでに始まっている。

ただクルマを造って売るメーカーから、社会の仕組みを動かす側へ。トヨタが切り開く「水素の道」から、まだまだ目が離せない。

●山本シンヤ 
自動車研究家。自動車メーカーの商品企画、チューニングメーカーの開発、自動車専門誌の編集長などを経て2013年に独立。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。ワールド・カー・アワード選考委員。YouTubeチャンネル『自動車研究家 山本シンヤの「現地現物」』を運営

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