長引く戦争の勝者は誰か。中東情勢を知り尽くす元イラン大使が、イランの強さの秘密を解剖する!(『なぜ米国はイランに負けたのか』著:齊藤貢)

取材・文/川喜田 研 撮影/佐々木里菜

イランの強みと弱みを鋭く分析する元イラン大使の齊藤貢氏イランの強みと弱みを鋭く分析する元イラン大使の齊藤貢氏

今年2月の奇襲攻撃から半年以上を経ても、いまだに出口の見えない米・イラン戦争。

圧倒的な軍事力を背景にイランの体制転換を狙った米トランプ政権だが、イランは粘り強く抵抗を続け、逆に「ホルムズ海峡封鎖」による原油価格の高騰でトランプをジワジワと追い詰めている。

なぜ、アメリカは状況を読み違えたのか。

外交官として長く中東地域に携わり、駐イラン大使を務めた経験も持つ齊藤貢氏が解き明かす一冊。

* * *

――『なぜ米国はイランに負けたのか』という本書のタイトルが衝撃的です。まだ戦争は続いていますが、アメリカは「すでに負けている」のでしょうか?

齊藤 確かに現時点で戦争の決着はついていませんが、アメリカがかなり追い詰められているのは事実だと思います。

今回の戦争はトランプ政権が〝はったり〟に頼る短期戦の「ポーカー」で挑んでいるのに対し、イランは論理的な思考で何手も先を読む持久戦の「チェス」で対抗している。

これを私は「非対称戦略」と呼んでいます。

最初からイラン側は、ホルムズ海峡の封鎖という〝伝家の宝刀〟で原油価格を高騰させれば、トランプ政権の足元を揺るがし、彼らを窮地に追い込めることをよくわかっていたのです。

――齊藤さんは以前から、イランによるホルムズ海峡封鎖の危険性を指摘されていました。

齊藤 私は2020年の11月までイラン大使を務めていました。

当時親しくしていたイラン外務省の高官は、「イランが原油を輸出できないのならば、ほかの国も輸出できなくなる」と何度も言っていました。

幅わずか33㎞のホルムズ海峡が世界の石油貿易の文字どおりの〝生命線〟なのですから、私はかねて今のような事態が起きることを危惧していたのです。

――なぜアメリカは「読み違えた」のでしょうか?

齊藤 それは、トランプ政権がイランという国を正しく理解できていなかったからだと思います。

アメリカとイスラエルは、奇襲攻撃による「斬首作戦」で最高指導者のハメネイ師を殺害すれば、ベネズエラのようにイランの体制は簡単に崩れると考えていました。

一説ではイスラエルの諜報機関モサドが、ハメネイ師によって失脚させられたイランの元大統領アフマディネジャド氏を取り込んで、体制崩壊後のトップにしようとしていたともいわれています

しかし、アメリカがハメネイ師を殺害しても、実は権力がひとりの人物に集中していないイランの「イスラム革命体制」は崩壊しなかった。

そして現在のイランは、「羊の皮をかぶったおおかみ」とも言える体制になりました。

今でもイランは形式上イスラム革命体制ですが、それは「羊の皮」で、その下で権力を握っている実体の「おおかみ」は、「イスラム革命防衛隊」という強力な軍産複合体なのです。

だから、今のイランはひとりの宗教指導者による独裁ではなく、軍部を核とした一種の「集団指導体制」を強めている。

しかも、こうしたイランの現体制が何よりも優先するのは、国民の命や生活ではなく体制の護持ですから、たとえアメリカの激しい攻撃にさらされても簡単に崩壊せず、抵抗を続けることができるのです。

――何やら「国体護持」のために徹底抗戦を貫いた太平洋戦争時の日本のようですね。

齊藤 そうですね。非常に似ていると思いますし、だからこそ、簡単には屈しない。

ただし当時の日本と大きく異なるのは、イランにはホルムズ海峡封鎖という切り札があり、石油で〝世界の首根っこ〟を押さえる力を持っている点です。

今回の戦争ではその威力がハッキリと証明された。それは、イラン自身の想像すら超えるものだったのではないかと思います。

――今年6月の「停戦に向けた14項目の覚書」による合意が事実上、崩壊したように見える中、今後の停戦の見通しは?

齊藤 停戦の実現には米、イランの双方が、それぞれ国内向けに「勝利」をアピールできるような落としどころが必要ですが、現状では難しいでしょうね。

私はあの覚書が停戦実現の大きなチャンスだったと考えていて、「イランに対する経済制裁の解除」や、事実上の賠償金とも言える「復興資金3000億ドルの支払い」など、石油価格の高騰で追い詰められたトランプ大統領が大幅な譲歩をした内容でした。

――その合意がなぜ崩壊を?

齊藤 残念なのは、調子に乗ったイラン側が「欲張った」ことです。

「将来的なホルムズ海峡の通航に関する管理権」を主張するなど、アメリカだけでなく、日本も含めた国際社会が絶対に受け入れられないような条件を追加要求して、合意が水泡に帰してしまった。

これは私がイラン大使を務めていたときにも実感したことですが、ペルシャ帝国をルーツに持つイラン人は賢く、極めて論理的で誇り高い人々です。

ですが時々、慢心から、「やりすぎてしまう」という悪い癖があります。実際、過去にイランは何回も欲張りすぎて失敗しています。

中間選挙を間近に控えたトランプ政権としては、このタイミングで戦争にケリをつけてガソリン価格高騰に歯止めをかけたいところ。

ですが、イランは足元を見て、さらなる圧力をかけてアメリカからもっと譲歩を得ようとしています。

最近は、イエメンの親イラン武装組織フーシ派がサウジアラビアのパイプラインを攻撃し、ホルムズ海峡の代替ルートである紅海経由の石油輸出を止めようとする動きもあった。

明らかにイランの意図によるもので、これが世界の原油供給に大きな打撃を与えています。

一方のトランプ政権も再三、「イランに深刻なダメージを与える」と脅し続けていますが、すでにイランのミサイル攻撃に対抗する迎撃ミサイルが不足しているため、報復を恐れてへたな手は打てない。

また、仮に米軍が本格的な地上戦に踏み込めば、周囲を山岳地帯に囲まれたイランでは泥沼の戦いに陥る可能性が高い。アメリカが力ずくでホルムズ海峡を開放することは難しいでしょう。

そうなると、当面は今の状況が続く可能性がある。

最悪の場合、トランプ大統領の残り任期(約2年)が終わるまでこの戦争は終結しないのかもしれません。

■齊藤貢(さいとう・みつぐ)
1957年生まれ。80年、一橋大学社会学部卒業、外務省入省。外交官として、エジプト、サウジアラビア、イスラエル、国連代表部(ニューヨーク)、イラク、UAE、ベルギー、タイ(UNESCAP日本政府常駐代表)、オマーン(大使)、イラン(大使)などに勤務。2020年、外務省退官。サウジアラビア、イスラエル、イランの3国で勤務した唯一の日本の外交官。著書に『イランは脅威か ホルムズ海峡の大国と日本外交』(岩波書店)。趣味は手品

■『なぜ米国はイランに負けたのか』
今年2月、アメリカのトランプ政権とイスラエルのネタニヤフ政権はイランに奇襲攻撃を仕掛け、最高指導者のハメネイ師を殺害。規格外の軍事力と高度なインテリジェンスを駆使して国のトップを叩く作戦で指導者を失ったイランは、すぐに瓦解するかに思われた。しかし、その後に激しいミサイル攻撃を受けるも徹底抗戦を続け、現在も戦争は続いている。その強さの根源とはいったいなんなのか? イランの持つ知略を解き明かした一冊

『なぜ米国はイランに負けたのか』文春新書 1100円(税込)『なぜ米国はイランに負けたのか』文春新書 1100円(税込)

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  • 川喜田 研

    川喜田 研

    かわきた・けん

    ジャーナリスト/ライター。1965年生まれ、神奈川県横浜市出身。自動車レース専門誌の編集者を経て、モータースポーツ・ジャーナリストとして活動の後、2012年からフリーの雑誌記者に転身。雑誌『週刊プレイボーイ』などを中心に国際政治、社会、経済、サイエンスから医療まで、幅広いテーマで取材・執筆活動を続け、新書の企画・構成なども手掛ける。著書に『さらば、ホンダF1 最強軍団はなぜ自壊したのか?』(2009年、集英社)がある。

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