左からトルコのエルドアン大統領、サウジのムハンマド皇太子、トルコ・シャリフ首相。9月7日に3名はサウジで「メッカ共同防衛協定」に署名した(写真:AFP=時事)
去る8月7日、サウジアラビアのメッカでサウジ、トルコ、パキスタンの3カ国が「メッカ共同防衛協定」に署名した。この内容とは、3カ国のうち、どこか1カ国へ武力攻撃が行なわれた場合、3カ国に対しての攻撃として残り2カ国はその戦争に参戦する、というものだった。
アメリカと欧州の集団防衛体制である「北大西洋条約機構(NATO)」と同じ構造だ。世界はこの「メッカ共同防衛協定」を「イスラムNATO」と呼ぶ。その枠組み果たして、中東と世界に平和をもたらすのだろうか......。
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イランによる周辺諸国への攻撃など、揺れ動く中東情勢。そんななか、新たな動きが起きた。それが先述のサウジ、トルコ、パキスタンによる集団防衛体制「メッカ共同防衛協定」だ。この「イスラムNATO」の誕生を国際政治アナリストの菅原出氏はこう言う。
「米国はもう、中東を抑えられません。そして今後、米国は世界的に後退し、影響力を下げていくのは間違いないわけです。もう米国にだけ依存することはできなくなったということです」
そして地政学、戦略学者である、多摩大学大学院客員教授の奥山真司氏も同じ意見だ。
「『イスラムNATO』は米国が弱くなったからできた枠組みです。覇権国が弱くなると、中堅国が戦略的自律性を発揮して同盟を組みます。これはそのひとつです」
この「イスラムNATO」によって、パキスタンはトルコとサウジに"核の傘"を掛けられたのであろうか?
「パキスタンが核兵器を持っていることは間違いありません。フランスは今、自国の核兵器を欧州各国に配置し、使用するか否かの権限をフランスが最後まで持つ体制を作ろうとしています。つまり"核のレンタル"です。『イスラムNATO』ではまだ、そういう具体的なアクションは生まれていません」(菅原氏)
「パキスタンは核の傘をサウジ、トルコに掛けたと思います。しかし、核抑止ではそのあたりを曖昧にするのが一番大事です。脅しの一環として使う腹づもりはあると思います。核兵器は一回持ってしまうと、その他の国は恐怖を感じリスペクトする。あの北朝鮮が核武装したら、トランプが結果的にへえこらしていますから」(奥山氏)
核兵器のなかったイラクとリビアはかつて簡単に潰された。この「イスラムNATO」の結束は固いのだろうか?
「例えば、サウジがイランから攻撃を受けて『助けてくれ』という要請を出した場合、それに対してどう判断するかの権限は、トルコ、パキスタンらそれぞれの国に残されています。自動的に参戦するわけではありません。しかし、イランに対しては一定の抑止効果があると思います」(菅原氏)
そのことはすぐに実戦で証明された。9月8日、親イラン武装組織のフーシ派は、サウジの空軍基地と石油関連施設をミサイル攻撃。翌9日にはフーシ派報道官が、サウジ戦闘機が過去12時間に54回も空爆したと発表した。
この交戦にパキスタンは自動参戦せずに、イランに対して同盟関係のフーシ派へ抑制するように警告を発した。「イスラムNATO」は自動介入による参戦をしていない。
しかし、この「イスラムNATO」には、イスラム教の宗派としての強みはあるらしい。
「この3カ国はスンニ派で、反シーア派です。そのトップはイランですが、そこでまとまるという効果はあります。
ただし、この3カ国は同じ方向を向いていません。サウジはペルシャ湾辺りでイランからの脅威をパキスタンに守って欲しい。しかし、そのパキスタンの核兵器は対インドへの抑止です。そして、トルコはイスラエルに対抗して、オスマントルコ帝国復活を狙っています」(奥山氏)
別々の方向を向いている「イスラムNATO」なのだ。
「だから中東はよりカオス化、混沌化します」(奥山氏)
「イスラムNATO」が誕生した直後、8月31日にイスラエルはトルコと敵対するギリシャと多層防空システム「アキレスの盾(アキレス・シールド)」を配備する契約を結んだ。
「シリア新政権経由で圧力を掛けてくるトルコがイスラエルは嫌なんですよ。イランが弱まり、次はトルコだとイスラエルは思っていますから、これはギリシャへの援助なんです。
イスラエルはUAE、インドと3カ国で連携を強めています。一方、「イスラムNATO」にはエジプトもおそらく参加してきます。スンニ派のイスラムの塊の拡大と、イスラエル、インド、UAEというアメリカ抜きの取り組みが同時進行しているということです」(菅原氏)
まさにカオス化。しかし、奥山氏は今後、この状況はさらにややこしくなるという。
「混沌化は中東に留まりません。インドとイスラエルの反パキスタン体制が強固になります。だから、次はインドに対して対パキスタン用のアイアンドームなどの防空システムを渡すこともできますし、インド空軍をイスラエル空軍が鍛えることも可能です。また、米国が弱くなって日米豪インドの4カ国安全保障対話・QUADに、イスラエルが下支えで参加する可能性もあります」(奥山氏)
その動きに乗じて、イランが「イスラムNATO」に対抗するため、インドと安保条約を結ぶ可能性はあるのか?
「正直な所、そこまではないかと予想します」(奥山氏)
「イランはすでに中国と2021年に、ロシアとは2025年に『包括的戦略とパートナーシップ条約』を締結しています。基本的には中国は軍事的には助けはせず、ロシアは中東の戦争に巻き込まれたくないので、中露は一線を越えて参戦まではしません」(菅原氏)
では、パキスタンがインドから攻撃を受け、トルコ、サウジが参戦した場合、あっと言う間に中東と西アジアで大戦争が起きるのでは?
「絶対にないとは言わないですが、トルコはNATO同盟国でもあります。だから、『二重の同盟が成立する中で、トルコがインド、またはイスラエルから攻撃されたらNATOはどうするんですか? ヨーロッパはこの中東西亜戦争に参戦するのですか?』 そういう話になりますね」(奥山氏)
仮にヨーロッパを巻き込めば世界大戦が勃発し、その場合トルコは、NATO保有の米国製レンタル核爆弾・B62を使えるかもしれない。つまり、「イスラムNATO」は参加国が自分の都合だけを考えている同盟だといえるのではないか。
「その通りです。NATOにはソ連という西ヨーロッパ共通の敵が存在しました。その上で、二度の世界大戦ですさまじい経験をしていますから、そうならないよう結集しようということで組織されました。
同盟には共通の敵がいることが大切です。『イスラムNATO』の共通の敵は今はイラン。しかし、3カ国にそれぞれの敵がいます。だから、私の考えでは『イスラムNATO』は気休め程度にしかならないのではないか、というのが正直な所です」(奥山氏)
【「極東NATO同盟」は出現するのか?】
一方、中東だけでなく、他地域の国々も動きを見せている。
「環太平洋エリアでは最近、中堅国のオーストラリアがパプアニューギニアとフィジーと同盟を締結しています」(奥山氏)
それを踏まえると、極東で「日・韓・台湾・フィリピンNATO」は成立しないのだろうか? 北朝鮮が韓国を、中国がフィリピン、台湾を攻撃すれば、日本が参戦。第二次大東亜戦争が始まり、今度は日本が中国から核ミサイルを数十発を撃ち込まれて滅亡する可能性も大いにありそうだが......。
その疑問には菅原氏、奥山氏の両名は「それは確実にない」と口をそろえる。なぜなのか。
「まず、台湾を独立国として扱えば中国が猛反対してくるので、それはないかなと思います。
そもそも、極東はかつてのヨーロッパのように焼け野原になってないですし、共通の敵となるソ連の存在がありません。もちろん中国が明らかな軍事的行動を起こせば大きな脅威となり、共通の敵になります。しかし、中国はプロービング(威力偵察)のようなお試し版をやっているだけ。それではどうにもなりません。
中国は過去をしっかりと学んでいます。2014年に南シナ海に人工島を作ったとき、習近平はオバマ米大統領に『人工島は軍事化しない』と言いましたが、軍事化しました。米国は真珠湾奇襲攻撃を受けた時のように、国が団結して『行くぞ』となる。そこに至る閾値を超えない限りは来ない。それを中国は学んでいるのです」(奥山氏)
中国は賢く狡猾だ。すると、極東NATOができるとすれば、それは中国が台湾進攻した後、それが成功した後だろう。
「それはひとつのシナリオですが、できる可能性はあります。ただし、中国が第二次真珠湾奇襲をしなければ、その防衛同盟は作れません」(奥村氏)
しかし、すでに対中「防衛同盟」には綻びができつつあると菅原氏は指摘する。
「米軍基地のある国にイランから弾道ミサイルを撃ち込まれて、米軍はその攻撃を防げていません。それを、どれほど自分事として捉えているか。日本と他国ではその温度差が大きい。なぜ米軍基地が置かれている場所がイランに叩かれているか、その認識が日本にはないですし、そんな議論も盛り上がっていません。
日本はフィリピンと同盟国のような関係を進めていますが、今、フィリピンはその流れから距離を置き始めています。マルコス・フィリピン大統領は中東で起きていることを身近に感じています。『米国は守ってくれないし、米軍基地を置いているからやられている』と。
最近、マルコスは『対中抑止に我々は関係ありません。フィリピンから他国が中国を攻撃する、そんなことはやらせません』と言って、バランスを取り始めています。米国の動きを見ながら、このまま中国からの圧力の最前線に置かれている自国が何をすればいいのか、きちんと考えています」(菅原氏)
東シナ海で対中国を念頭にした米韓日合同演習を開始した(写真:時事)
高市首相の"戦艦発言"以降、日本は中国からすさまじい攻撃を受けている。習近平は関税ではなく、ダンピングに対する補償金を武器にして日本に攻撃を開始した。
「韓国が今後、どういうポジションを取るのか......。日本が同盟を模索できるのは、オーストラリアぐらいです。
習近平は、金正恩、プーチンとタッグを組んで、日本への圧力を強化しています。日本は南西防衛にシフトしていますが、北の防衛からも手を抜けない状況なのです」(菅原氏)
太平洋戦争末期の1945年5月、ナチスドイツの降伏後、大日本帝国は世界相手に戦って負けた。その繰り返しになりそうだ。菅原氏は現状を危惧する。
「今、米国は時間稼ぎをして、自国の国力を回復させさえすれば中国に対抗できると思っています。そのために「お前ら、米国に投資しろ」と同盟国に金を出させている。
しかし、それで本当に米国は中国に対抗できるのでしょうか? 今後、5~10年後にその答えは出てくる。そのときに、もし米国が中国に勝てないとなったときは大丈夫ですか? 日本は将来的にそのことを考えておかないとならない。日本が将来、米国が中国に勝てないケースに対するバックアップをどう考えているのでしょうか?」(菅原氏)
現在、日本人の心配事といえば、物価高、金、減税、老後、健康、異常気象......というところだろう。それらは全て、日本が存続しているから「心配できている」のだ。その存続が危ぶまれているのが、目の前の現実だといえるだろう。