【とり豆腐ライス定食】銀座の老舗酒場「三州屋」で愛される逸品を定食で:パリッコ『今週のハマりめし』第256回

取材・文・撮影/パリッコ

ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。

それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。

そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。

* * *

珍しく、妻と銀座へ出かける用事があった。

日中だったので、せっかくだからランチをして帰りたい。となると、三州屋かな。馬鹿のひとつ覚えのようにその選択肢が真っ先に出てきてしまうのが、いかにも酒飲みな自分っぽくて申し訳ないが、幸い、妻はまだ三州屋へ行ったことがなく、快く賛成してくれた。

「大衆割烹 三州屋 銀座本店」「大衆割烹 三州屋 銀座本店」
店に着いてみて驚いたのが、三州屋は通りから少し奥まった場所にあり、かつては建物と建物の間の細い路地を進んでたどり着く、ちょっとした隠れ家っぽさがあった。ところがいつの間にか手前の建物が解体され、その全容があらわになっている。へ?なるほど、こういう店だったのかと、新鮮かつ味わい深い。きっとすぐに、手前の土地には新しい建物が建ってしまうのだろうから、今だけの貴重な風景を見られたのかもしれない。

ところでこの店、「大衆割烹 三州屋 銀座本店」は、昭和43年創業の老舗酒場。銀座の一等地にあって大衆価格で飲み食いでき、かつ銀座らしいぴしっと粋な空気感も漂う名店だ。

メニュー豊富メニュー豊富
午前中から夜まで通し営業をしており、ランチも充実しているから、日中は昼食をとっている勤め人の方々と、優雅に昼飲みをしている謎の方々が入り混じる不思議な店。自分はいつも"謎"側なんだけど、今日はランチが目的だ。そういえばあまりじっくり見たことがなかった定食メニューをあらためて眺めてみる。

定食メニュー1定食メニュー1定食メニュー2定食メニュー2
うに、いくら、まぐろのがのった豪華「三色丼定食」は税込3,500円とさすがに高級だが、それ以外は土地がらを考えるとやっぱりリーズナブルだ。なかでも群を抜いて安いのが「とり豆腐ライス定食」の880円。その他の定食が全て魚推しであるのに対し、1品だけ鶏肉。気になる。

よく考えてみたら、定食のメニューになるくらいの名物料理なのにも関わらず、僕は三州屋のとり豆腐を食べたことがない。理由は自分でもわかっていて、僕は大の「肉豆腐」ファンだ。三州屋の肉豆腐も大好物。

三州屋の「肉豆腐」三州屋の「肉豆腐」
ここに来ればお決まりのように頼んでしまい、ゆえに、それとかぶりそうであるとり豆腐を頼んだことはないのだった。よし、いい機会だから今日のランチはとり豆腐ライス定食にしてみよう。

「とり豆腐ライス定食」「とり豆腐ライス定食」
やってきた定食の内容は、大きな鶏肉がふたつ、たっぷりの豆腐、小松菜が丹精に椀に盛られたとり豆腐と、つけだれ、つやつやのごはん、漬けもの。妻が頼んだ「刺身盛り合わせ定食」と比べると、いたって地味だ。

刺身盛り合わせ刺身盛り合わせ
けれども、そこがいい。銀座の老舗酒場のランチで、いちばん地味な定食を頼んで食べている。その、根は田舎者ながら今だけ粋な江戸っ子になれたような自己満足感。

「とり豆腐」「とり豆腐」
いざ、初めてのとり豆腐を、まずはつゆから味見してみる。すると、上品でいてしっかりと香るだしの風味。ものすごく穏やかで高貴な味わいだ。正直、ごはんのおかずにできるほどの味の濃さではない。けれども手元には、刻みねぎが控えめに浮かんだぽん酢ベースのたれがある。これに豆腐をつけて食べてみると、ちょっとどうなんだこれはというくらいうまい。鍋スタイルというのだろうか。ほんのりとだしと鶏の旨味をまとった豆腐と、ぽん酢味。突然に米が恋しくなりほおばると、この米がまた、信じられないくらいうまい。地味ながら、しかしこれは至高の定食だ。

豆腐で米を食う豆腐で米を食う
その旨味を吸った小松菜がまた、この世に生まれてこられたことを感謝したくなるくらいの滋味に富んでいるし、ぷりぷりで柔らかい鶏肉は言わずもがなだ。

これがとり豆腐定食これがとり豆腐定食
豪華海鮮丼などと比べれば、決してぜいたくな食事ではない。けれどもきっと、銀座で働く勤め人の方を中心に、三州屋のとり豆腐定食は、ひとときの癒しや安らぎを与えてくれるソウルフードなのだろう。

おともに頼んだチューハイとともに夢中で食べつくし、なんだかものすごく心身が満たされた一食だった。

【『パリッコ連載 今週のハマりメシ』は毎週金曜日更新!】

  • パリッコ

    パリッコ

    ぱりっこ

    1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。
    著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。2022年には、長崎県にある波佐見焼の窯元「中善」のブランド「zen to」から、オリジナルの磁器製酒器「#mixcup」も発売した。
    公式X【@paricco】

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