
パリッコ
ぱりっこ
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1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。
著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。2022年には、長崎県にある波佐見焼の窯元「中善」のブランド「zen to」から、オリジナルの磁器製酒器「#mixcup」も発売した。
公式X【@paricco】
ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。
それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。
そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。
* * *
今年の9月28日に、『この世には飲まなきゃいけない酒がある』という新しいエッセイ集が発売されることになった。本を出すとなると毎回になるのだけれど、しばらくの間はその作業にかかりきりだった。
最終的な作業として「ゲラ」と呼ばれる原稿の内容をプリントした見本を徹底的にチェックし、赤字で修正を入れてゆく「赤入れ」という工程がある。当然出版社さんは余裕を持ったスケジュールでゲラを印刷し、きちんと返信用の封筒や伝票とともに我が家に送ってくれるんだけど、自分のズボラさゆえ、毎回ぎりぎり発送に間に合わず、締切日に直接出版社へ持っていくことになる。
今回も朝方まで作業をし、猛暑のなかへろへろになりながら、出版元であるS社まで届けにいった。
さて、これで大きな作業はすべて終了。ちょうど昼過ぎでもあるし、いつもどおり、どこかでひとりプチ打ち上げをして帰ることにしよう。
飲食店か?
S社があるのは神楽坂で、そのへんをふらふらと店を探しながら歩いてみる。すると、いくつかある東京メトロ東西線・神楽坂駅の入り口の横に、気になる建物を発見した。
一見すると、今は使われていない雑居ビルに見える。が、よく見ると古い喫茶店風の看板がひとつ、建物の前に立っている。
こんなところに飲食店? しかし入り口はどこに? と、近寄ってみると、どうやらこのビルの地下に「フォンテーヌ」という喫茶店があるらしい。看板には「珈琲とサンドイッチの店」とあるが、興味深いのはその背後にさりげなくあるボードだ。
本日の定食
チンジャオロース定食 酢の物(たこ、キューリ、わかめ 付)
麦とろ定食 おさしみ 付
本日の定食
き、気になる......。いかにも昭和レトロな純喫茶風の店の、チンジャオロース定食と麦とろ定食。さすがに酢のものや刺身を出しているんだから、ビールか日本酒くらいは置いているんじゃないだろうか? よし、入ってみよう。と、地下へと続く階段を降りてゆく。
ここが入り口らしい
ところがここでひとつ不足の事態が。
フォンテーヌに入るための階段は、僕が使った正面の他、建物の右側にももうひとつあるらしく、ほぼ同時に若い外国人女性がやってきた。タッチの差で僕のほうが早かったため席に通してもらうも、店内は予想外の大盛況。うしろの女性がご主人に、「ごめんね~、今いっぱいになっちゃって」と断られている。それを聞いた女性は「Oh......」と残念そうだ。
もしかしたら近隣にお住まいか働かれているかで、日常的に利用しているのかもしれない。けれどももしかしたら、日本のレトロな喫茶店が好きで、そのために来日中で、しかも飛行機の時間がぎりぎりのなか、なんとかここにやって来てみた旅行者の方かもしれない。どちらにせよ、一見の僕が奪ってしまうには過分な席だ。
偽善っぽいかなという想いが頭によぎったものの、そもそも別に急いではいない。とっさにご主人に「すみません、ちょっとまた来ます」と伝え、帰ろうとする女性を追いかけ「ひとつ用事を思い出したので、よかったらお先にどうぞ!」と伝え、遠慮されてもなんなので、そのまま走って建物を飛び出してしまった。
外に出るとそこには
正面からではなく女性が入ってきたほうの入口を出ると、真横に真っ赤な鳥居があった。どうやら「赤城神社」という神社らしい。僕は思った。あ、これは、久々の「ごりやく酒」だ。と。
ごりやく酒とは、僕の好きな飲みスタイルのひとつで、どこかの街に出かけていったら、まずはそこに昔からある神社にお詣りし、それから街飲みを始めるという行為(同名の単行本も1冊出ているので、ご興味があれば検索してみてください)。
つまり現状を自分に都合の良いように解釈すれば、街の神様に「メシ食って酒飲む前に、いったんうちに挨拶していったら?」と呼んでいただいた、ということになる。ゆっくりとお詣りをして戻れば、フォンテーヌの席もまた空いているに違いない。この流れにのらないわけにはいかないだろう。
「赤城神社」
赤城神社は、古くからこの周辺一帯の総鎮守として信仰されてきた神社らしい。境内にはいくつかの摂社、末社もあり、ひとつひとつにお詣りする。珍しかったのが伝承にまつわる「大百足(おおむかで)」の鉄製の像で、なでるとごりやくがあるとのことで、そのリアルな見た目にちょっとひるみつつ、しっかりとなでさせてもらった。
さてそろそろフォンテーヌに行ってみよう。と思いきや、境内にある社務所を兼ねた立派な建物の1階に、飲食店らしき店があるようだ。念のため覗いてみると、なんと、アルコール類まで豊富に扱っているようだ。
「あかぎカフェ」
なんだかおしゃれな料理たち
僕は神社の境内で公式にいただけるお酒が、そのありがたみも込みで大好きで、見つけたらばなるべく味わってみたい。見ると小洒落たランチメニューが並んでおり、こういうのもたまにはいいかもしれない。よし、フォンテーヌは次回にして、今日はここで打ち上げをしていくことにしよう。
ランチメニュー
ランチメニューのラインナップは以下の4種類。
1)日替わりパスタランチ(税込1,400円)
(ベーコンと小松菜のトマトソーススパゲッティ)
2)日替わりオルツォット(大麦のリゾット)ランチ(1,400円)
(ムール貝と枝豆、オクラのオルツォット)
3)あかぎレッドカレーライス(1,400円)
(ベビーホタテとトマトを使った、少し辛めのカレーです)
4)トマトクリーム 煮込みハンバーグ ペンネ添え(1,500円)
どれもサラダとドリンクがついていることを考えるとリーズナブルだ。さらに嬉しいのが、このセットにプラス200円で、ドリンクをスパークリングワイン、白ワイン、赤ワインのどれかに変更可能という点。
どれも美味しそうなんだけど、そもそも名前すら聞いたことのない「オルツォット」という料理が気になる。新しい店や料理に出会えるのもごりやく酒の楽しみ。ここはオルツォットと白ワインでいってみよう。
「白ワイン」
店内は広々として席も多くあり、大きな窓の向こうに境内の緑が見えて開放的だ。客層は老若男女幅広く、地元では知る人ぞ知る穴場的なスポットなのかもしれない。がっつりと食事をしているグループもいれば、豊富なカフェメニューを頼んでのんびり過ごしている人もいる。
僕のもとにまずやって来たワインは、フルーティーな華やかさと、どこかハーブっぽい深みのある、文句なしの美味しさ。さっきまで酒があるかどうかもわからない洞窟のような店で食事をしようとしていたのに、落差がすごい。
サラダ
続いて到着したのはセットのサラダ。しゃきしゃきのレタスと水菜に、コーンの甘みが加わり、甘酸っぱいドレッシングがよく合う。オーソドックスながらとても体が喜ぶ味わいだ。
「ムール貝と枝豆、オクラのオルツォット」
そしていよいよ到着。未知の料理、オルツォット。かなり巨大なプレートにたっぷりと盛られている。具材は日替わりで、この日はムール貝、枝豆、オクラが使われているらしい。
ここで食べる前に予習をしておくと、オルツォットとはイタリア料理の一種。日本でもメジャーな「リゾット」の、米を大麦(イタリア語で"オルツォ")に置き換えたものらしい。ナポリタンに対する「うどんポリタン」的な関係性か?
見た目は......正直そんなに映えてはいない。まぁリゾット的なものだからそれはしかたないか。ただ、確実にうまいであろう予感はすでにする。
汁っけの多い料理なので、まずはスープから味見してみよう。かなり熱々で、さらさらで、オクラのせいかとろみもある。オリーブオイルやチーズや、ほんのりとバターも?合わさった、そこまで複雑ではないながらも、ものすごく深い旨味に満ちている。
では、大麦をすくって食べてみよう。
大麦がメインのリゾット
おおおー、これは想像以上に好きなやつだ! 噛み締めるたびにぷちぷちとした食感があって、そのたびに穀物の風味が口に広がる。我が家の米にはもち麦を入れて炊くのが定番で、もはやそれがないと物足らないくらいなんだけど、そのもち麦の親玉的というか。
また、具材の組み合わせもいい。枝豆の豆々しさも、オクラのとろしゃきも、食感に幅を加えている。で、ごろごろと入ったムール貝。これが問答無用にいい仕事をし、口のなかに地中海の風を運んできてくれる。
初めて食べたオルツォットは、ものすごく僕好みの料理だった。米を使ったリゾットよりも、よく噛まなければ消化に悪そうだし、むしろその"よく噛む"という行為をこそ楽しむ料理に思える。
日替わりということは、次に行ったらまた別のオルツォットが食べられるのだろうし、他にもオルツォットがうまい名イタリアンも探してみたい。家でもち麦で代用して作ってみるのも楽しそうだ。知れて良かった、オルツォット。
と、大満足してすっかり忘れてしまっていたけど、次回こそはフォンテーヌにも必ず行ってみなければ。




