【短期集中連載⑤】「世界は広い、冒険しろ」。海外で日本人起業家300人を成功に導いたコンサル・土居正英が明かす成功への"棚卸し"<福元りえ氏のケース>

取材・文/林壮一


「ビザを取り、海を渡れ!」と挑戦者を鼓舞。海外20か国でビジネスにチャレンジする300名近い日本人を成功に導き、その後も無期限で支え続けるコンサルタントがいる。土居正英(47)がその人だ。

P&Gスイス本部でグローバル市場を担当し、ファーストリテイリングなどでCMOを歴任後に自ら起業。

年商4億円以上を売り上げる眼鏡店をイングランドで経営する一方、自らのノウハウと人脈を惜しげもなく提供することで海外での起業に挑む日本人たちをサポートするコンサル業務に着手、月収200万のウェブマーケターや年商1億円超えの企業を輩出するなど、成功者を生み出し続けている。

土居の助言を受け、海外で羽ばたいた事業者たちの成功までの道のりを紹介していくこの連載の最後に登場するのは、スイス在住の46歳のシングルマザー、福元りえ氏。異国の地で「解雇」を経験し、苦境に立たされていた福元氏の"棚卸し"に臨んだ土居は福元氏に寄り添い、月商500万弱を稼ぐまでに引き上げたのだった。

*  *  *

2024年2月、土居正英のInstagramに46歳のシングルマザーから1本のメールが入った。6歳の娘を抱え、スイスで生活する福元りえだった。グッチ、ボッテガ・ヴェネタ、エルメスなど、計4社を渡り歩き、25年現地で働いた経験があった。

土居は懐古する。

「福元さんはラグジュアリーブランドの販売職に就いていた頃、常に成績が上位でVIP顧客を長期で担当するなど、高い実績を作っていました。ところが、出産と子育てに追われ、店頭で働き続けることが難しくなってしまったのです。そして、まったく未経験だった経理、人材マネジメント、人事の世界へキャリアチェンジしていました。その折、300通以上の履歴書を送り、ようやく仕事を獲得したそうです。それでも、解雇されてしまった。

スイスで次の雇用を見つけるのには、年齢的に限界が来ていました。『小さい子供を抱えて、これからどうやって生きていこうか。海外に住みながら、いかに自分でビジネスを作ればいいのか』と悩んでいたのです。私のところに連絡をくださったのはそんな時期です。子育てという喜ばしいはずの出来事と、生活の土台が崩れる状況が同時に来てしまった。最初のやり取りは、キャリアというより、生存相談に近いものでした」

土居は即、福元とZoomで面談した。物価の高いスイスで、家賃も払えない。今まで築いてきた生活に終止符が打たれるかもしれないという恐怖から、頼ってきた印象を持つ。とはいえ、そんなケースでこそ、土居は本領を発揮する。

「一見すると、販売実績のある福元さんが人事を担当したことは遠回りに見えます。しかし私は、むしろここに大きな価値があると思いました。なぜなら彼女は、<採用される側>だけではなく、<採用する側>の心理も理解していたからです。

外国人の採用や就労ビザの申請にも関わっていますから、海外で採用される人と、採用されない人の違い。どうすれば海外で仕事を獲得できるのか、日本を離れた生活を継続できるのか。<採用する側>の視点で語ることができる。それは彼女の大きな強みでした。本人にとってはバラバラに見えていたキャリアも、見方を変えるとすべて商品を作る材料になります。

その人の過去、現在、未来を徹底的に言語化して、『本人が当たり前だと思っている経験の中に、他人がお金を払ってでも欲しい価値』を、私は最初のセッションで探します。福元さんの場合は、それが明確に存在していました」

じっくりと福元の言葉を耳にした土居は、彼女が置かれていた状況には、二つの層があったと振り返る。

「1つは、海外で雇われることの脆(もろ)さです。ご本人の発言ですが、『海外は実力の世界なので、自分に対する需要が減ったり、就業時間が十分でないとどんな理由であれ会社の都合でクビを切られてしまうという鉄則がある』と。彼女もそこに至ってしまった訳です。日本のような雇用の保護は無いですから、妊娠も出産も稼働が落ちる理由でしかないと見なされます。雇われている限り、海外の方が圧倒的に雇用環境は厳しいのです。

スイスで25年もの職歴を誇っても、切られる。移住期間が長いことは、何の保険にもならない。年齢的にも40代後半になっていて、次の雇用機会が見つからなくなっていました。だからこそ福元さんは、スイスで生き残っていくためには起業しかないという結論に至りました。前向きな独立ではありません。追い詰められた末の決断です」

当然ながら福元は、暗中模索を余儀なくされる。

「いざ起業しようとした時に、次の壁が来ました。深層課題として、福元さんは自分に何ができるのかが分かっていなかったのです。だから最初は、本当に何をどうしたら良いのだろう、という感じでしたね。

独立して食べていくと決めた人が、商品を持っておらず、自分の強みも把握できていなかった。ただ、覚悟は決まっていました。せっかくスイスに移住したのにお金が切れて日本に帰ることだけは絶対に避けたい。娘をスイスで育てたい。娘を育てる環境として最良な土地を離れるわけにはいかないという思いです。お金が無いなら私がなんとかするんだという、母としての決意、肚(はら)が座っていました」

土居も腰を据えて、福元に寄り添った。

「まず私が彼女にお願いしたのは、頭の中でこんがらがっているものを、とにかく全部書き出すことでした。福元さんはそれを徹底的にやってくださった。『沢山アウトプットしました』というのが彼女の言葉です。自分の中に何があるか分からない人ほど、書き出すことを面倒くさがります。でも、彼女は逆でした。あり得ないほど自分を文字で表現して、私にフィードバックを求め、それを動画にして出力していきました。

他の受講生と同じように、<自分に何ができるか>の棚卸しから始めたのです。いきなり集客や販売の話はしませんでした。まず、自分にどんなことが出来て、どういうお客様を助けてあげられるのかを一緒に探りました。起業の失敗のほとんどは商品が悪いからではなく、何が売りなのかを本人が分かっていないから起きます。ですから、ここに時間をかけました」

焦らずに自分を客観視し、己の言葉で分析する。土居は次のステップでジャンルを決めるよう促した。

「キャリアコーチ、起業コーチと、25年のキャリアがある方なので、選べる道がいくつもありました。相当苦しんでいましたよ。彼女自身『グラグラグラグラ、いろいろ悩んで』と言っていました。決まってからも多少揺れ動いていましたが、決心の背中を押すために個別セッションとメールでかなり時間を費やしました。

時に選択肢が多いことは、強みではなく足枷(あしかせ)になります。でも、決め切るまでは何も始まらない。逆に決め切った瞬間から、全てが動きます。福元さんが最終的に選んだのは、海外移住の起業コーチでした。そして、彼女にとってどういう方が商品やサービスを届けたい相手なのかを解析していきました。年齢や悩みや生活まで含めて具体化した典型的なユーザー像の探究です。

人前で話すのが苦手、という課題に対しても、福元さんは<台本を全部作り込む>ことで乗り越えました。話し方を鍛えるのではなく、話す内容を一言残らず用意したのです。苦手を克服せずに、苦手が出ない設計にする。私は常に、"その人の弱点が成果を出すことの邪魔にならない仕組みを作る"ことを意識します。福元さんにも、そう助言しました。

私は、目の前の人に対し<どうすれば、その人が今の能力のままで実行できるか>を考えた設計をします。これがコーチングやマーケティング支援では非常に重要だと思っています。人は、次に何をすればいいのかが具体的になった時に、初めて行動できます。商品設計、発信、集客、個別相談、販売を具体的な行動にまで落とし込むことが肝心なのです」

福元は土居に自らを曝(さら)け出し、とにかく質(ただ)した。そのハングリーさに対し、土居も教え子を成功させたいと熱を持った。

「本当に細かいことまで質問が来ました。大きく分けると3種類です。1つ目は、事業そのものに関する問い。『海外移住を価値提供の中心にして良いのか』『キャリアコーチでいくのか、起業コーチでいくのか』『自分の商品は、最終的に誰の何を解決するものなのか』といった、事業の根幹に関わる内容です。

2つ目は、お客様とのコミュニケーションでした。『ダイレクトメッセージから個別相談につなげるには』『雑談が続いてしまう人には、どう返信すべきか』『購入を迷っている方に、何と伝えれば良いのか』といった具合です。

そして3つ目は、Googleドライブの使い方。Zoomの契約。Instagramのハイライト。リールの撮り方。LINEの設定などの実務でした。実は私は、彼女が伸びた非常に大きな理由はここにあると思っています。事業戦略について訊いてきた直後に、『GoogleドライブのURLはどうやって作るんですか?』という質問が来る。そのくらい、分からないことを分からないと言える人でした。良い意味で、プライドがありませんでした。ゼロから成果を出す上で、これは非常に重要な能力です。分からないことを聞ける。教わったら、すぐやる。やって分からなければ、また訊く。この繰り返しが非常に速かったですね。

私は『最終的に決めるのは、自分自身です』と伝えました。私の役割は、その人の可能性や選択肢を示すことです。とはいえ、自分が人生をかけて何をするのかまで、コーチに決めてもらってはいけない。最後は自分で選び、その道のプロになると決めなければいけません。もう一つ、徹底したのが<価値の言語化>でした。自分が提供できる価値を、とにかく丁寧に言葉へ落としていく。その時に重要なのは、『私はこれができます』ではありません。クライアントやカスタマーが、BeforeからAfterへどう変わるのか。変化を明確にすることです。

例えば、海外でのキャリアに不安がある段階から、自分の強みを理解し、自分で収入を作れるようになる。何を仕事にすればいいのか分からない状態から、自分の商品と進むべき方向が明確になる。

この変化こそが、お客様にとっての価値です。スキルやノウハウを売るのではなく、<相手にどんな変化を生み出せるのか>を言葉にしていく。これは福元さんだけでなく、私が受講生の商品設計で最も重視している部分です」
 
土居の教えを忠実に守って起業した福元は、2カ月目に単価30?40万円で2件の契約を獲得。月収70万となる。そして4カ月目には478万円を売り上げ、満面の笑みで師にお礼のメールを送ってきた。その一部を記そう。

「起業していなかったらあのまま、ただただ毎日の生活費をなんとかするために子育てと会社員の自転車操業で苦しい生活から抜け出すことは永遠にできなかったと思います。毎回2時間も3時間も超えるセッションで、とことん指導していただき本当に大感謝です。有難うございます。

土居さんはイギリスの実店舗でも大成功されており、本物のビジネスやマーケティング、お客様が何を求めているのか全て分かっていらっしゃって、私が集客で悩んでいるときも的確にアドバイスして下さったおかげで、お客様とどう接していけばいいのか明確に分かりました」

福元は今日も同程度の数字を安定して稼いでいる。47歳のコンサルタント、土居正英は繰り返す。

「現代は、雇用だけに依存するのではなく、自分自身で価値を生み、収益を作り、自分の人生を選択できるようになることが求められるのではないでしょうか。『生涯取り組める仕事を持ちたい』という思いで始めた私の事業は、今では20カ国、300人の挑戦に繋がりました。自分自身も、まだその途中です。今回紹介した方々をはじめ、これから海外へ挑戦する皆さんと一緒に、この輪をさらに世界へ広げていきたいと考えています」

土居の歩みに、新しいジャパニーズの在り方を見た。

<了>

  • 土居正英

    土居正英

    どい・まさひで

    欧州在住10年の経営者。慶應義塾大学卒業後、P&Gスイス本部でグローバル市場を担当し、ファーストリテイリングなどでCMOを歴任。その後、英国で起業し、現在は年商5億円規模の眼鏡事業とコンサルティング事業の2社を経営する。大企業での海外赴任、英国での起業、永住権取得という自身の経験を生かし、現在は海外に挑戦する事業家の育成にも力を入れている。

  • 林壮一

    林壮一

    1969年生まれ。ノンフィクション作家/ジェイビーシー(株)広報部所属。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するもケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。ネバダ州立大学リノ校、東京大学大学院情報学環教育部にてジャーナリズムを学ぶ。アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』(以上、光文社電子書籍)、『神様のリング』『進め! サムライブルー 世の中への扉』『ほめて伸ばすコーチング』(以上、講談社)などがある。

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