
日野秀規
ひの・ひでき
日野秀規の記事一覧
フリーライター、個人投資ジャーナリスト。社会経済やトレンドについて、20年にわたる出版編集経験を活かし幅広く執筆活動を行なっている。専門は投資信託や ETF を利用した個人の資産形成。
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好きな映画は『下妻物語』、好きな音楽はボアダムスのノア・スミス氏
エリート街道を突き進んだ後に独立したアメリカ人エコノミストのノア・スミス氏。彼が著書で示すのは、日本経済を復活させる独自のアイデアだ。来日の折にじっくり話を聞いた!
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さかのぼること23年前。米国西海岸の大学を卒業したひとりの青年は、友人に日本のストリートファッション誌を手渡されたことをきっかけに、日本の映画、音楽、小説に至るカルチャーに魅了され、その年のうちに訪日を決行する。
以来、日米を往復しながら教育と研究、執筆のキャリアを積み重ねた彼は、今や50万人に迫る読者数を誇る経済ブログサイトの運営者となり、日本経済を再起動させるアイデアをまとめた書籍『ウィーブが日本を救う』(日経BP)を昨年出版するに至った。
そんな〝日本大好きアメリカ人エコノミスト〟ことノア・スミス氏をインタビューすべく集英社のビルで待っていたところ、当社のマンガ作品『SPY×FAMILY』のTシャツ姿で彼は現れた。
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――『SPY×FAMILY』がお好きとは、日本のカルチャーに詳しいんですね。
ノア 今日は集英社の取材と聞いていましたのでね。
――著書の中で、米国では海外の日本愛好者を「ウィーブ」と呼ぶと書かれていましたが、ノアさんご自身もウィーブなんですか?
ノア ウィーブを平たく言えば「日本オタク」ですが、私自身はオタクではないと思っています。ウィーブによくある「なんでも日本が一番!」という思い込みはなくて、日本のアンダーグラウンドカルチャーや都市の街並みを好む、日本の一ファンですね。
米国にいる私のガールフレンドは完全なウィーブで、大量のコンカフェのリストを託されているので、滞在中に軒並み訪問して、写真を撮って帰らないといけないんです(笑)。
――大変ですね。日本に興味を持ったきっかけは、カルチャーだったんですよね?
ノア はい、日本のサブカルチャーです。映画では『バトル・ロワイアル』や『下妻物語』、音楽では椎名林檎やボアダムスなど。アンダーグラウンドアートや原宿系のストリートファッションにも魅了されました。
ノア氏がこよなく愛する映画『下妻物語』(2004年)。舞台は茨城県下妻市で、ロリータ少女とヤンキー少女の友情を描く青春コメディ
ノア その後は米国で経済学の博士号を取り、大学の助教や金融メディアのブルームバーグで働きながら、日本には頻繁に来ていました。東京では板橋に住んでいて、下北沢のカフェ文化も気に入りましたし、高円寺の古着屋もよく訪れていました。
――渋いですね。著書の中では、東京を「地上で最高の都市」と書かれていました。
ノア はい! 東京は、世界一美しく、人々の夢と文化とロマンスが躍動する場所です。私が大好きな代々木公園では、花見の時期にはあちこちの人の輪の中に入れてもらい、日本だけでなく世界各地の、さまざまな階層の人との交流を楽しみました。
こんなふうに、東京には都市を「皆で共有する感覚」があります。見ず知らずの人と安全につながれる大都市は、世界でもそうはありません。
――なるほど。東京って、外から見るとそんなふうに評価されるのか......。
ノア 食文化はとてつもなく豊かですし、アートや音楽、ファッションの分野では、すでにニューヨークをも凌駕している。このような東京の活力を生み出した大きな要因として、雑居ビルの存在があります。ほかの世界の大都市における地域開発では、あまり行なわれない手法です。
――高くても10階ぐらいの細長いビルに、飲食店から店舗、オフィス、クリニック、さらにはネットカフェや夜のお店まで詰め込まれた、よくある雑多なビル群のことですよね。
ノア 世界の都市における高層建築では、地上階に店舗や飲食店を置き、上階は集合住宅になります。こうなると日本の雑居ビルに比べて、地域当たりの飲食店や店舗の数はぐっと少なくなりますよね。
日本独自の文化である雑居ビル。中に飲食店やオフィスなどのテナントが入居する。写真は東京・新宿の歌舞伎町
――商業の密度という点で、日本の雑居ビルは有利だと。
ノア 密度が高まれば、消費者は長い時間歩かなくてもいろいろな店を見て回ることができます。目的地を目がけて歩く間にも、数多くの店舗が目に入りますから、新しいお店を知り、訪問する機会も増えるでしょう。その結果がパリ都市圏の約12倍、ニューヨーク都市圏の6倍以上に及ぶ、首都圏の飲食店の数です。
――食はもちろん、日本の消費文化の豊かさを支えているのが、雑居ビルという日本特有の建築様式なんですね。
ノア そういうことです。私が日本の雑居ビルを初めて知ったのは、『超時空要塞マクロス』というアニメ作品です。マクロスは超巨大な宇宙船で、その中に都市がつくられており、そこに東京を模したような雑居ビル群が描かれていたんです。
ちなみに私の世代の米国人では、マクロスを知っている人は少なくないのですが、日本で人気があるガンダムは、むしろ誰も見ていないんですよ!
――昔のロボットアニメまでめっちゃ詳しい!
ノア 東京などの日本の大都市には世界でもまれなカルチャーの魅力があり、停滞する日本経済の再起動に役立てることができる。このことを伝えたくて本を書きました。
――海外からの直接投資を呼び込むことによって、日本の生活水準を実質的に変えられると書かれていましたね。詳しく聞かせてください。
ノア 企業が経済活動を行なう上で、日本は非常に優れた環境です。良質な労働力を他国に比べて低コストで利用することができ、国内には複雑・多岐にわたる製造業・サービス業のネットワークが出来上がっています。人々は成長を渇望し、勤勉に働く意欲を持っています......よね?
――それは間違いないです。
ノア こうした日本の特長を利用するために、海外のグローバル企業が日本に工場を造り、海外へ輸出する。世界トップの半導体メーカーである台湾のTSMCが、熊本工場で行なっているやり方です。国内企業の買収でなく、海外企業が直接日本に投資するこの手法を「グリーンフィールド投資」といいます。
――そのグリーンフィールド投資と、ウィーブとの間にどんな関係が?
ノア まず、日本のカルチャーを好むウィーブは今や世界中、特に知的な層や優秀なエンジニア、ビジネスマンにおいて、あふれ返っています。
海外企業の経営者や上級管理職の中のウィーブは、日本政府や地方自治体からのアプローチを受け取れば、自社の日本進出を強力に推進するでしょう。
彼らはもちろん、先ほどお話しした、日本の強みを知り尽くしています。それに加えて、彼らは政府関係者や取引先、同業他社、投資家などとコミュニケーションを取るために東京に来ることを心から期待しているんです。
――となれば、グリーンフィールド投資が日本の生活水準をどうやって向上させていくのかが気になります。
ノア まず、地域の労働者が比較的給料の高い外国企業に雇用されて地域経済が活性化されます。熊本県の新社会人(大卒)の初任給の平均額は約20万円程度ですが、TSMCでは29万円と、4割増しの高給。
工場内の食堂で働くパートの時給が3000円という話もあるくらいで、その人たちが消費を増やす効果も合わせれば、地域が受ける恩恵は巨大です。
そして第二に、取引する国内企業は、海外企業の技術や情報を取り入れることができます。TSMCとの取引を通じて、世界最先端の企業が求める商品の水準やトレンド、生産効率化の手法、さらにはTSMCの納品先であるアップルやエヌビディアの動向まで、ほかでは得られない生の情報を得て、自社の生産性向上につなげることができるわけです。
さらに国全体で見ると、輸出が増えれば獲得した外貨で海外からの資源、サービスの輸入を増やすことができます。地域のみならず、国全体の生活水準に良い影響を与えられるのが、グリーンフィールド投資なんです。
――高市政権が推進する17分野の戦略投資について、「政府が民間企業より、有効な投資を行なうことができる証拠はない」などの批判があります。グリーンフィールド投資も同様の批判が起こりそうな気がするのですが。
ノア かつての日本の高度経済成長は、政府の産業育成政策と、ソニーやトヨタといった独立独歩の民間企業の成功が相まって規模が拡大したものと整理することができます。つまり政府や自治体の投資は、経済成長の後押しをすることができる。
――過去に成功事例があると。
ノア ええ。今の日本は、金融緩和と財政拡大という「経済の土木工事」は散々やり尽くした状態ですから、ここからは先は、革新的な産業を導入・育成することにも公的部門が力を尽くすべき。グリーンフィールド投資の促進はその意味で、極めてインパクトが大きいでしょう。
円安の今はボーナスタイムとも言える大チャンスですから、地域振興を図る地方自治体の方々には、ぜひ迅速にグリーンフィールド投資の呼び込みに取り組んでほしいです。
韓国の半導体大手のSKハイニックスが、宮城県での工場建設を検討していると報じられた。TSMCに続く例となるか?
――つい先日は、韓国の半導体企業であるSKハイニックスも宮城県に工場を構える予定があるとの報道が出ました。
ノア 拙著は出版から1年ほどたちますが、この間、多くの企業や地方自治体、政治家から連絡を受けました。日本政府においても昨年1年間、経済産業省の図書館で最も貸し出された一冊だったと聞いています。着実にグリーンフィールド投資は進んでますから、日本経済の未来はそう暗くないと思いますよ。
●ノア・スミス
エコノミスト。急成長中の米国のコンテンツ配信プラットフォーム「サブスタック」で人気ニュースレター「Noahpinion」を運営。2003年、スタンフォード大学(物理学)卒業。12年、ミシガン大学でPh.D.(経済学)取得。同年、ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校助教。16年、大学を辞めてブルームバーグに入社。21年、ブルームバーグを退社。学部、大学院時代に日本に計4年間暮らし、その後も頻繁に来日。日本への移住を検討中。著書に『ウィーブが日本を救う 日本大好きエコノミストの経済論』(片岡宏仁、経済学101 〈訳〉、日経BP)がある。