高市政権"二枚舌ノミクス"の綱渡り

写真/共同通信社

(左)高市政権の経済政策を批判したベッセント米財務長官と(右)高市早苗首相(左)高市政権の経済政策を批判したベッセント米財務長官と(右)高市早苗首相

米財務長官の「高市政権はリフレ政策をやめろ!」発言の影響もあり、円高が進行中の日本経済。だが、アメ公の圧になんか負けてられっか!と言わんばかりの高市早苗首相に自身の信念を曲げる気なんてさらさらない。

一方、政権の経済政策に批判的な自民党内の勢力はというと......首相のある策(?)によって、黙殺されているもようだ。正念場を迎えたサナエノミクス、内外のゴタゴタを実況中継!

【「長期金利3.0%」に導いたもの】

金融為替のマーケットが上を下への大騒ぎとなっている。

まず、誰もが驚いたのが9月1日の長期金利。このところの円安で輸入物価が高騰してインフレが進んだ結果、国債が売られ、ついに30年ぶりの高水準となる利率3.0%を記録したのだ。

ABC経済研究所代表エコノミストの熊野英生氏が言う。

「3%という数字自体は欧州やカナダでも通常モードの金利で、日本だけが特別高いというわけではない。でも、とにかく上昇ペースが速すぎます。高市政権スタート時の2025年10月は1.6%台。それから1年もたたないうちに1.4%弱も上がった。

まだ日本経済はデフレから回復したばかりの病み上がり状態で、資金繰りなど体力のない中小企業などにとっては、この金利上昇ペースはかなり厳しいと言わざるをえません」

長期金利と連動するように、円レートにも異変が起こる。1ドル160円前後をウロウロしていたのが、9月3日に155円台に。そして9月8日には152円台にまで急騰したのだ。すると今度は円高を嫌った株式市場で輸出関連株などが売られ、日経平均は1130円の大幅安となる6万5269円に下落することになった。

9月8日、円相場は一時1ドル152円台後半まで円高が進んだ9月8日、円相場は一時1ドル152円台後半まで円高が進んだ

なぜ、こんなにマーケットがざわついたのか? 証券会社の債券トレーダーが指摘するのは、円キャリートレード(低金利の円を借り、その資金をより高い金利や収益が期待できる海外資産へ投資する取引)の巻き戻しだ。

「あまりの急激な円高に、当初は7月の日米協調介入のように、政府の為替介入を疑いました。

しかし、いくら調べてもその動きはない。後でわかってきたのですが、今後さらに長期金利が上がるとみた地銀などが手持ちの米国債などを売り、日本の国債を大量に買っていたようなんです」(債券トレーダー)

年3%の長期金利はさらに上がりそうな気配を見せている。それだけの利息がつくなら、為替リスクのある外債より日本国債で十分―そう判断し、地銀などの日本の投資家が円売りドル買いのポジションを円買いドル売りへと変えた結果、円キャリートレードの巻き戻しが起こり、日本円が急騰したというわけだ。

ただ、急速かつ大規模な巻き戻しは外国マーケットからの円資金の引き揚げを意味し、その国の株や債券を下落させる。その先に待つのは世界規模の金融不安だ。

「日本の輸出企業の想定為替レートは1ドル150円前後。もし、さらに円高が進んで140円台まで急騰すれば、為替差損で企業業績はガクッと落ち込む。世界規模での金融不安に加え、貿易までもが低調となれば、日本の景気が後退してしまうのではないかと心配しています」

この混乱のきっかけになったと考えられることがある。長期金利3%をつけた9月1日と同じ日に公表された、27年度の国家予算の概算要求だ。

その額、過去最高の143兆円。26年度予算の122兆円から、実に21兆円も積み増した形だ。前出の熊野氏が言う。

「政府債務の膨大さを考えると、あまりに巨額すぎて、マーケットが『財政悪化がさらに進む』と債券売りに出てもおかしくありません。こうした高市財政への懸念が長期金利3%誘発の一因となったのは間違いないでしょう」

【すっとぼけ片山財務相】

高市政権の積極財政はマーケットの混乱だけでなく、アメリカとのさや当ても招いた。

G20の記者会見で、ベッセント米財務長官が「日本政府にリフレ政策(緩やかな物価上昇と景気回復のために行なう金融緩和や財政出動などの経済政策のこと)をやめるべきだと伝えた」とぶち上げたのは9月1日のこと。全国紙の外信部デスクがこう驚く。

「一国の財相が、他国の財政政策を記者の前で表立って批判した。ほとんど内政干渉ですよ。ベッセント長官は今年5月の円安局面でも高市積極財政への懸念を2時間にわたり、片山さつき財務相、植田和男日本銀行総裁に直接伝えたとされています。

ただ、それでも高市首相に積極財政を改める様子はなく、各省庁に対し、27年度概算要求はシーリングなし(要求金額の制限なし)で編成せよとハッパをかけていた。ベッセント長官はそれを知って黙っていられなくなったのでしょう」

もっともベッセント発言は日本の財政を心配してのことではない。5月の円安局面で高市政権は約12兆円を投じ、ドル売り円買いの為替介入をした。このとき、政府は保有する米国債を売って介入原資を調達している。

「問題はそのあおりを食らって、アメリカの国債金利が上昇してしまったことです。このところ、アメリカの長期金利は4.8%台に高止まりしている。国債残高は日本円で約6000兆円、その利払い費は年160兆円にもなります。

円安阻止のために再び米国債を売られたら、この利払い費がさらに跳ね上がってしまう。ベッセント長官はその事態を防ごうと、あれだけ躍起になって高市政権にリフレ政策の中止を求めたというわけです」

注目すべきはこのベッセント発言に対する日本側の対応ぶりだ。高市政権にとって看板政策である積極財政にケチをつけられたのだ。本来であれば、突っぱねてもいいものだが、そうはいってもアメリカとの関係を悪化させることははばかられる......。

というわけで選んだのが、「すっとぼけ&二枚舌」戦法。その象徴が9月4日の片山さつき財務相の会見だった。この日の会見で片山氏は記者からベッセント発言への受け止めを問われ、こう答えたのだ。

「どの会見のどの部分か、特定してもらわないと向こう(ベッセント長官)に対しても失礼になる」

「一国の財務長官が他国の中央銀行の政策について、『ああすべきだ』などと要求することはない」

会見を取材していた全国紙の経済部記者が語る。

「片山財務相が9月1日のベッセント発言を把握していないはずがない。しかも記者は高市政権のリフレ政策について聞いているのに、『日銀の植田総裁に対して、そういう発言があったのかもしれない』と、話題を日銀の金融政策にすり替えた。

あまりに苦しい言い訳と本人もわかっていたのか、片山財務相は、本当に苦しそうでした。人間、ウソをつくときはまばたきがよく出る。この日の片山さんもまばたきがやたらと多く、つけまつげが半分ずれているように見えたほどでした」

ベッセント財務長官は片山さつき財務相と非公開の夕食会を開き、そこで高市政権の経済政策への不満をぶちまけたというベッセント財務長官は片山さつき財務相と非公開の夕食会を開き、そこで高市政権の経済政策への不満をぶちまけたという

もちろん、高市首相もベッセント発言に正面から答えることはなく、「成長と財政規律の両立を目指す」という決まり文句を繰り返すだけ。

いくらアメリカから苦言を呈されても、「対応する」というポーズは見せながら、しかし、積極財政策を手放すつもりは毛頭ない。そんな二枚舌で進むしかないのがサナエノミクスの現在地のようだ。

【ある「アンケート」が政治家たちの重しに】

正面から高市財政に異を唱えるアメリカに比べ、自民党内からの抵抗はか弱い。

飲食料品の消費減税など、高市首相のリフレ政策に冷や飯覚悟で反対の声を上げているのは、8月3日に減税反対の意見書を党に提出した古川禎久幹事長代理など、数えるほど。多くの自民党議員が高市応援団として振る舞うか、あるいはダンマリを決め込んでいる。

高市首相が進める消費税減税策に反対を表明している古川禎久幹事長代理。今回の党人事で冷や飯を食わされるか高市首相が進める消費税減税策に反対を表明している古川禎久幹事長代理。今回の党人事で冷や飯を食わされるか

無風の演出に一役買ったと目されているのが、高市首相主導で8月20日に配布された「役職希望アンケート」だ。

派閥解消で失われた派閥推薦によるポスト配分機能を補うために導入されたもので、当選2回以上の自民党の衆院議員を対象に、政府や党で就きたいポストを第5希望まで直接尋ねる文書だ。

「このアンケートの使い方が高市首相は抜群にうまかった。岸田文雄政権、石破茂政権でも同様のアンケートはあったが、その扱いはどこかおざなりでした。ところが、高市首相がこのアンケートを熟読しているという話が官邸筋からしきりに伝わってくるんです。

一匹狼で側近が少ない高市首相だけに、このアンケートに沿って人事が進む可能性が高いのではないかと、多くの議員が思うようになりました」(自民党関係者)

そういうムードになればなるほど、人事の前に高市首相の意向に逆らう動きは避けたいと思うのが人情というもの。

「財政規律を重視し、首相の財政拡張策に不安を感じる議員は少なくない。でも、誰しもポストは欲しい。このアンケートが重しになり、高市財政に異を唱える動きや発信がほぼないのが党内の現状です」

9月16日以降に予定される幹部人事もほぼ無風で終わりそうだ。財政規律派のキングメーカー、麻生太郎副総裁との確執がささやかれてきた高市首相だが、注目の党幹事長人事は麻生氏の義弟である鈴木俊一幹事長の続投でほぼ決まり。自民党関係者が続ける。

今回の党人事では、麻生太郎副総裁や鈴木俊一幹事長が留任するほか、麻生派議員たちが重用されるようだ今回の党人事では、麻生太郎副総裁や鈴木俊一幹事長が留任するほか、麻生派議員たちが重用されるようだ

「鈴木幹事長の留任は麻生氏たっての希望。それを高市首相が受け入れる以上、麻生氏も表立って高市首相に財政政策の転換は求めません」

茂木敏充外務相、小泉進次郎防衛相、小林鷹之党政調会長といった昨年の総裁選でのライバルなども留任が濃厚となっている。

萩生田光一幹事長代行(右)は留任。小林鷹之政調会長(左)は今回の党人事で閣僚起用も検討されたが、続投が有力となっている(9月9日現在)萩生田光一幹事長代行(右)は留任。小林鷹之政調会長(左)は今回の党人事で閣僚起用も検討されたが、続投が有力となっている(9月9日現在)

ただひとつ、波乱要因があるとすると、それは林芳正総務相の処遇だろう。

「林さんを閣内に引きとどめることができず、自由に動ける身にしてしまうと、ちょっと厄介かも。音なしだった党内の財政規律派が林さんを担いで、高市財政批判の旗印にしかねませんから」

去就が注目されるのが来年秋の自民党総裁選への立候補に意欲を見せる林芳正総務相。閣内にとどまれば出馬は難しくなるという見方もある去就が注目されるのが来年秋の自民党総裁選への立候補に意欲を見せる林芳正総務相。閣内にとどまれば出馬は難しくなるという見方もある

【事項要求という爆弾】

だが、爆弾がないわけではない。それが年末に控える予算編成だ。

概算要求には230項目以上の〝事項要求〟が入っている。概算要求段階では予算算定ができず、必要な予算額を示さないまま、事業内容だけを記したものだ。これがサナエノミクスに方針転換を迫る爆弾になりかねないのだ。

経済産業省の元官僚、古賀茂明氏が言う。

「暮れの予算編成では概算の143兆円に加え、この事項要求の予算額分が計上されます。

このふたつを合計すると、27年度予算は150兆~160兆円規模の巨額に膨らむ可能性があります」

古賀氏が特に懸念するのは全事項要求中、160件以上を占める防衛関連予算だ。

「防衛費は概算では9兆円弱ですが、現行政府の目標は22年度名目GDP(国内総生産)の2%の11.2兆円なのでまだ足りません。現在のGDPが600兆円台で、それを基準とすれば12兆円以上。ここだけで少なくとも3兆円アップです。

怖いのはこの事項要求額を含めた本予算の総額が明らかになった瞬間です。財源を示せず、赤字国債頼りになるようなら、市場は即座に反応する。長期金利の上昇で国の国債利払い費が過去最大の16.6兆円に膨らんでいることも懸念材料です。サナエノミクスでは財政不安が高まるとして、マーケットは一斉に日本売りを仕掛けてくるはずです」

このとき、高市政権が取れるオプションは積極財政を転換するか、そのままサナエノミクスを強行するかのふたつ。古賀氏がこう予測する。

「米トランプ大統領との約束もあって、高市首相は防衛費などを削ることはできないでしょう。つまり、首相はサナエノミクスを強行するしかない。その方針にこだわって、財政を膨らませ、円安に誘導して物価を上げれば、GDPが膨らんで税収も上がる。その上振れ分を財源にすることができる。

でも、インフレによる物価高に困るのは庶民です。高市首相は庶民を苦しめてでも自分のやりたい積極財政をやろうとしているように見えてなりません」

前出の熊野氏はこう話す。

「インフレは通貨安を通じて、国民から資産を奪う。22年4月から今年7月までのインフレ率は12%。私たちの手元にある1000円札はすでに880円ほどに目減りしているんです。

積極財政で成長を目指すと言いながら、いつの間にか人のサイフに手を突っ込み、お札の価値を減価させてしまう。国民は高市財政のこうした欺瞞的なレトリックを見抜くべきです」

サナエノミクスの行き着く先、それを見極める分水嶺となるのは、事項要求額を合算した本予算の正体があらわになる年末になりそうだ。

*この記事は9月14日(月)発売『週刊プレイボーイ39&40合併号』に掲載されたものです

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