韓国・済州島警察が抹消した「失踪隠蔽」事件の深層

現地取材・撮影/権 徹 構成/安宿 緑

被害者女性が滞在していた翰林邑(ハンリムウプ)の宿舎から徒歩圏内の海岸。住民や観光客が日常的に行き交う被害者女性が滞在していた翰林邑(ハンリムウプ)の宿舎から徒歩圏内の海岸。住民や観光客が日常的に行き交う

「本人の無事が確認できた」。警察官のそのひと言で、捜索は打ち切られた。だが3ヵ月後、女性は白骨遺体で発見される......。発覚したのは、警官自らが数々の失踪届を"消去"していたという前代未聞の隠蔽工作。今、韓国を震撼させている不祥事の闇を追う!

【298件の失踪届を解決済みと虚偽報告】

韓国屈指のリゾート地として名高い済州(チェジュ)島が、前代未聞の事件に見舞われている。

発端は8月24日、島内のヤシ畑の茂みで、白骨化した女性の遺体が発見された事件だ。遺体は5月中旬に交際相手から捜索願が出されていた37歳の女性。発見現場は滞在先からわずか400mほどしか離れていなかった。しかし、事件はここから思わぬ展開を見せる。

5月に捜索願を受理していた済州西部警察署の30代男性警察官が、届け出を受け取ったわずか2時間半後、当事者への接触も図らずに「所在確認済み」とシステムに虚偽入力。独断で捜索を終了させていたのだ。

女性の遺体が見つかったヤシ畑。ヤシの木の枝と、遺体の首にひもが巻かれ、遺体は一部白骨化していたという女性の遺体が見つかったヤシ畑。ヤシの木の枝と、遺体の首にひもが巻かれ、遺体は一部白骨化していたという

後日、家族らの訴えを受け、軍や警察による大規模捜索が行なわれると、同様に放置されていた60代男性が遺体で見つかるなど、8月下旬のわずか3日間で島内各所から計4体の遺体が相次いで発見された。

同警察官は昨年3月から約1年半の間に担当した成人失踪事案298件(島内全体の約3割)において、虚偽の報告(「所在確認済み」や「交通事故で死亡・通常処理」など)を登録して捜査を打ち切っていた。

こうした初動捜査の放棄により、現場周辺の防犯カメラ約118台の映像は上書き消去され、手がかりは消失した。

驚くべきことに、この警官は大量の捏造を行なっていたさなかに表彰まで受けていた。さらに、捜査の過程で庁舎内での盗撮行為まで発覚。警察のあきれた腐敗ぶりに、世論の怒りは拍車がかかる一方だ。

しかし、悪徳警官の単なる怠慢と片づけるには不自然な点が多く、インターネット上では多くの臆測を呼んでいる。

全担当事案の約3割という膨大な改竄を、なぜ上層部や同僚は1年半も気づけなかったのか。また、警官は取り調べにおいて、通話記録がないにもかかわらず「当時は本当に本人と連絡が取れていた」と不可解な主張を繰り返しているのだ。

冒頭の事件についても、遺体が座ったような体勢で長期間放置されていた点や、精神科への通院歴もなく遺書もない点などから自死の理由は見当たらず、「自殺」とする警察の見立てには疑問が残る。

こうしたことからネット上では、「臓器売買を目的とした国際犯罪組織が暗躍している」「島内にシリアルキラーが潜伏している」といった陰謀論が飛び交い、恐怖を増幅させている。

また、「済州島で年間1000人消失」「3年間で3000人が失踪した死の島」など、事実に基づかない噂も拡散された。

【外部の者のトラブルを軽視する土壌】

だが、問題の本質は外部の者のトラブルが軽視されてしまう離島特有の土壌にあるようだ。

近年、島外からの移住者や外国人観光客が急増した済州島だが、その風光明媚な表層の下には、本土から隔絶された過酷な自然環境と、苛烈な歴史が生み出した独自の社会構造がある。

とりわけ1948年の「済州4・3事件」では、島民の1割に当たる約3万人が虐殺され、中央政府や外部に対する根深い警戒心と、島民同士の強固な結束力が育まれた。

この歴史的背景から根づいたのが、親族・地縁ネットワーク「クェンダン(済州島の方言で親戚の意)文化」だ。

内輪の助け合いとして機能する半面、排他性も強く、なじめない移住者も多い。現地在住のジャーナリスト・権徹(ゴンチョル)氏は次のように指摘する。

「クェンダン文化は過酷な環境を生き抜く生活防衛手段でした。しかし移住者や観光客が急増した現代においては、外部の人間を排し、トラブルの訴えを軽視する閉鎖的な土壌に変質してしまったのです」

遺体発見現場の済州市翰林邑(ハンリムプ)周辺には、今も重苦しい空気が漂う。観光ルートでもある散策路「オルレ道」や集落に隣接する生活圏で長期間遺体が放置されていた事実に、住民は衝撃を隠せない。

警察の「自殺」という見立てに対し、現場近くの70代女性は現地取材を行なった権氏に憤りをあらわにする。

「毎日近くで農作業をしているけど、(遺体の)においはまったくしなかったよ。それにヤシはもろいから、首をつるためのひもをかけることは難しいはずだし、鋭いトゲが多くて近づくことすら困難だよ。ここで自殺だなんて、とうてい納得がいかないよ」

遺体発見現場の近くに住み、島での暮らしも長い70代の女性。自殺説に対しては懐疑的だ遺体発見現場の近くに住み、島での暮らしも長い70代の女性。自殺説に対しては懐疑的だ

島内の女性や単身世帯の間では、「白昼であっても人通りの少ない場所へはひとりで行かないように」といった自発的な注意喚起が広がっているという。

何ヵ月も放置された失踪者の遺体が、再捜索でわずか数日のうちに見つかった事実に対しても、住民はもちろん、国民の間で怒りの声が上がっている。

しかし離島において公権力が形骸化し、被害者の訴えが放置される構造は、済州島に限った話ではない。韓国では2014年、全羅南道新安(チョルラナムドシナン)郡の島々で知的障害者の強制労働が発覚した「新安塩田奴隷労働事件」が社会問題となった。

この事件でも、地元警察や行政が加害者と癒着し、長年にわたり助けを求める家族や被害者の声を放置していた実態が厳しく批判された。

「地方の警察署、とりわけ離島の組織においては、事なかれ主義と内輪の論理が捜査の客観性をまひさせてしまう。今回の事件は個人の逸脱にとどまらず、それを1年以上も見過ごし続けた組織的な機能不全の帰結だと言えるでしょう」(権氏)

事件を担当した済州西部警察署。済州島では「国家警察」と「済州自治警察団」が併存している事件を担当した済州西部警察署。済州島では「国家警察」と「済州自治警察団」が併存している

また、済州島においては、地方分権の一環として本格的な犯罪捜査を担う「国家警察(済州警察庁)」と、交通や観光治安を担う「済州自治警察団」が併存している。

しかし、国家警察の担当者が失踪届を独断で握り潰したことで、日常のパトロールを担う自治警察へも情報が届かず、捜索の網から抜け落ちるという制度的死角が生じた。

さらに警察庁本部の対応も、火に油を注いでいる。警察庁本部は事件を受け、全国の警察官を対象に10日間の会食一切禁止や飲酒自粛を通達したが、事件の本質とまったく関係のない的外れな対応に、市民のみならず現場からも猛反発を浴びている。

離島特有の組織の腐敗が原因か、はたまた想像を絶する何かが背後にあるのか。事件の全容解明を見守りたい。

  • 権徹

    権徹

    ゴン・チョル

    1967年、韓国生まれ。大学在学中の88年に休学して海兵隊に入隊。大学卒業後に来日し、日本写真芸術専門学校に入学。報道写真家の樋口健二氏に師事。2000年、元ハンセン病患者の写真が朝日新聞に掲載されデビュー。13年に講談社出版文化賞"写真賞"を受賞。14年に韓国に移住。新宿歌舞伎町、大久保韓流、元ハンセン病患者、在日朝鮮人などを取材

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