東京都千代田区にあるバングラデシュ大使館で取得した、バングラデシュの観光ビザ。
連載【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】第184話
マレーシアを発ち、初めての南アジア・バングラデシュへ。空港から街まで圧倒的な人波と混沌に翻弄されながら、新型コロナウイルス学者はダッカという都市の洗礼を受ける。
* * *
【カオス】
どうにも「めまい」が治らない。
めまい対策のために老眼鏡をかけるのが常態化しつつある中、荷物をまとめてクアラルンプール国際空港へ向かった。
次の目的地は、バングラデシュの首都ダッカ。バングラデシュはもちろん、初めての「南アジア」である。
クアラルンプール→ダッカ(飛行時間4時間、ダッカとクアラルンプールの時差は-2時間)
さて、クアラルンプールの空港で、ダッカ行きの飛行機にチェックインするところからもうカオスである。とんでもない量の荷物を持った、とんでもない数の人、人、人。どこに行っても行列、あるいは大混雑である。
それは、飛行機の搭乗手続きでも同じだった。そして、妙なことがひとつあった。
チェックインカウンター、パスポートチェック、手荷物検査。どんな列に並んでも、いつの間にか私が最後尾になっているのである。
その理由に気づいたのは、飛行機に乗るための列に並んでいるときだった。私の後ろに並んでいた人たちは、何かの隙を狙ってことごとく前の方で割り込みまくっていたのである。そうなるともはや、列なんて無意味。なんのために1時間以上も並んでいたのか......。
(左)そのラップと毛布に包まれた荷物の中にはいったい何が......? (右)とんでもない行列。これは飛行機の搭乗前の手荷物チェックに並ぶ行列。
ダッカまでの飛行時間は4時間。その機内もやはりカオスで、トイレを待つ列すらも割り込みまくりである。トイレのドアの数十センチ手前に立つ私の目の前に悪びれもなくズイっと割り込んで、先に用を足していくのだ。
現地時間の18時過ぎに到着し、入国審査を受ける。これもとんでもない行列の嵐だったが、事前に観光ビザを取得していたおかげで、この行列は回避することができた。
......のだが、その審査が謎にめちゃくちゃ厳しかった。ホテルの住所、バングラデシュでの電話番号、招待状の提示(これは持っていなかったので、研究打ち合わせのやりとりのメールを見せて事なきを得た)。ビザを持っているのに、これらのどれかひとつでも欠けていたら、「あ、じゃあダメです」とさっくり切り捨てられかねないような、妙な緊張感の漂う時間だった。
それをなんとかパスすると、次は預け荷物のカルーセル(荷物が出てくるベルトコンベアーみたいなやつ)。おそらくその場にいるほぼ全員が自分のことしか考えていないのであろう、ほぼ全員がカルーセルのすぐ前に立っていた。
そのせいでカルーセルをぐるっと囲んだ人垣ができるので、流れてくる荷物は遠目からではまったく見えない。仕方がないので、周囲にならってカルーセルのすぐ前に陣取っても、やはり私のすぐ目の前にズイっと割り込んでくるのである。この文化はいったい......。
そして、流れてくる荷物のほとんどがラップと毛布で包まれているので、はたしてどれが自分のものなのか、彼らはパッと見で判断がつかないのだ。そのせいでそこかしこに人だかりができる。
荷物を確認するために、みんながカルーセルにかぶりつくように立つ。そしてそのせいで、ほかの荷物の見通しがなくなる。そしてそこに立っても、そもそもどれが自分の荷物なのかわからない。悪循環の極みである。
(左)カルーセルに群がる人の嵐。遠まきからはカルーセルがまったく見えない。(右)カルーセルを流れる荷物。ラップと毛布で包まれた似たような荷物ばかり。これでは識別がつかないのは当たり前。
ようやく自分のスーツケースを見つけ出し、いざ空港の外へ――。
――と、その前に。私は通常、到着した国の市中のATMや銀行で、クレジットカードのキャッシングによってその国の現金を入手する。つまり、空港に到着し、街にたどり着くまで、その国の現金を持っていない、ということがままある。
しかし、バングラデシュは初めての国。ましてや、常習的に割り込みを繰り返す光景を目の当たりにしたクアラルンプールの空港から、そのカオスの予兆はすでに顔を出していた。
これはもう、現地では何が起こるかわかったものではない。念には念を押すべきだ、と直感した私は、クアラルンプールの空港で、ひと足先に「タカ(バングラデシュの通貨)」を入手してしまおう、と考えた。しかし「タカ」など、空港の銀行ではどこも扱っていないというではないか。
そして、ダッカの空港に着いて、眼前に広がる想像を超えたこのカオス。この状況からして、「もしかしたらダッカの市内では、クレジットカードなどは使えないのでは?」という可能性すら頭をよぎる。
到着した空港で「タカ」を手に入れよう、と慌てて辺りを見回した。しかし、どこの国の空港にもあるはずのATMがどこにも見当たらない。
「BANK」や「CURRENCY」と表示された店舗はいくつかあった。ポケットの中でクレジットカードを握りしめ、これらの外貨為替の銀行に足を運ぶが、返事はどこも「No」。なんと、クレジットカードでのキャッシングはできず、外貨の現金両替しか対応していない、というではないか!
慌ててポケットをまさぐると、幸運なことに、前日にクアラルンプール市内でキャッシングした100リンギット紙幣(「リンギット」はマレーシアの通貨)が3枚見つかった。そのうちの2枚、200リンギット(当時の為替で7000円くらい)を「タカ」に両替し、ひとまずバングラデシュの現金を手にすることに成功した。
【カオスカオスカオス】
そのようにして、ようやく空港の外へ。そこで目の前に広がっていたのは、見たこともないカオスの海だった。
プノンペン(165話)やアディスアベバ(118話)。その言葉尻にどこか「未開」のようなテイストを含んだ、いろいろなところを旅してきた自負はあった。しかし、そのときの私の目の前に広がっていたのは、それまでの経験のすべてが霧散するほどの混沌であった。
空港の外に広がっていたのは、幾重にも重なる無数の人。そしてその背後には、ほとんど動かない、あるいは動けない車やタクシーやバス、鳴り止まないクラクション。カートで荷物を運ぶ人の群れ、そのカートの上でおしっこを垂れ流す赤ん坊、それを気にも留めずにすべてを押しのけて前に進み続ける群集、舞い続ける排気ガスと砂埃......。
バンコク(163話)やハノイ(11話)など、大気汚染や光化学スモッグによる悪影響を避けるために、たくさんの市民が常態的にマスクをつけていた東南アジアのいくつかの都市。そこで何も感じなかった私ですら、マスクをしないと耐えがたい空気がそこには充満していた。しかしもちろん、そこにマスクをしている人などひとりもいない。
【Uberが来ない!!!】
※ここから先はずっと、幾重ものクラクションが鳴りっぱなしの状況を想像してください。
ともあれ、常備しているポケットWiFiは稼働していた。スマホのUberのアプリにもつながった。配車もできる。あとは呼んだ車に乗れさえすれば、ホテルに到着することができる。
幾重にも重なる人混みを無理やり押しのけ、車を呼べそうなところまでなんとか移動して、満を持してUberを呼んだ。
――が。Uberではネット決済ができず、現金払いのみ。空港で現金を手に入れていなければここで詰んでいた。
アプリの設定をネット決済から現金支払いに切り替えて、改めてUberを呼んだ。
――が。そもそも空港出口の道路で、自家用車もトゥクトゥクもタクシーもバスもすべて、微動だにしていないのである。ここにUberを呼んでも、ここまでたどり着けるはずがない、ということに気づく。
(左)「8分後に到着します」という嘘八百な情報。予想に違わず、15分経っても、スマホの画面の上の車のGPSは微動だにしなかった。(右)諦めて、めちゃくちゃな人混みをかきわけて、車が流れていそうなところまで足を運んだ。バスとバイクと人のカオス。
そうであれば、Uberが到着できそうなところまで、私の方が移動しなければならない。時刻は夜の19時をまわり、日はとっぷりと暮れ、辺りはすっかり暗くなっていた。街灯は弱く、辺りは薄暗く、空気は悪く、気温は30度を超えていた。
空港へ向かう車の列が途切れるところまで、汗を垂れ流しながら、スーツケースを引きずりながら、舗装もされていない砂埃の舞う夜道をひたすら歩いた。
ようやく車が流れているところまでたどり着き、そこで改めてUberを呼んだ。幸いなことに、130メートル先に配車した車はいた。「3分後に到着します」。
――が。いくら待っても、アプリの上でのその車のGPSはやはり微動だにしない。めちゃくちゃな車とバスとリキシャと人の海の中で、おそらく車が前に進めないのである。
これはもう背に腹は変えられない。カオスの嵐と気温と空気の劣悪さによる疲労は限界に達していた。わずか100メートルほどの距離。Uberのアプリで、車のナンバーもわかっている。そうであればこちらから出向いて、その車を見つけて、それに乗り込めばいいのだ。
(左)「3分後に到着します」という、やはり嘘八百な情報。(右)わずか100メートルほどの距離を10分ほどかけて歩き、私が車に近づくことを試みた(地図の中の青い点が私の位置)。しかし、アプリの表示ではすぐ近くなのに、それらしき車がまったく見当たらない!
牛歩のように進むバスとリキシャとバイクと人混みをかきわけて、ついにその車のGPS地点までたどり着いた。しかし、それらしき車は辺りに見当たらない。そうであれば、車のナンバーで識別すればいい。
――が。ナンバープレートの数字とアルファベットがすべて「ベンガル文字」なのである! これじゃあ全然わからない!!
「ベンガル文字」のナンバー。これで「DHM-GA-25-1537」と書いてあるらしい。読めるか!
これで万策は尽きた。幾重ものクラクションと怒号が鳴り響き、バスや車やリキシャやバイクが走り去り、砂埃が舞い続ける薄暗い高架下で、しばしの間、私は呆然と立ち尽くした。終わった。カオスの極みの中で、今までに感じたことのない絶望感に打ちひしがれた。
――と。改めてUberのアプリの画面に目を落とすと、「130メートル」だった距離が「90メートル」に変わっていた。
......これはひょっとして、車が移動している? であれば、近くで動いている車を探せば、配車したUberが見つかるかもしれない。
その一縷(いちる)の望みをかけて、改めて周囲に目を凝らした。
――すると、ナンバープレートは読めないものの、Uberのアプリで表示されているのと同じトヨタの車種の、同じ色の車が目の前にいた。
これに違いない! そう確信した私は、その車のトランクリッドと窓を力任せに強く叩いた。そして、パスを懇求するスラムダンクの桜木花道のごとく、自分を指差して、「俺! 俺!」と渾身のアピールをした。
これは前にも別の文脈で書いたことがあるが(124話)、何事にも「閾値」というものがある。私はいろいろなところに出かけては、「冒険!」などと称してそれを楽しみたいタチではあるが、この日のダッカの一連のカオスは、私の「閾値」をはるかに超越していた。
【ホテルにて】
そのようにして、命からがらホテルに到着する頃にはもう21時を過ぎていた。チップを奮発してドライバーに運賃を支払うと、安堵感からか、自然と握手を交わしていた。
ダッカに到着する前には、「だいぶ旅慣れしてきたし、ホテルに着いたらちょっと近くを散策して、チキンビリヤニなんか食べちゃったりして」などと考えていたのだが、精魂尽き果てた私には、そんな気力は微塵も残されていなかった。
――しかし、とはいえ、自らへの労いも兼ねて、ビールの一杯くらいは飲みたかった。バングラデシュはイスラム教の国で、アルコールにきわめて厳しい国であると聞いていた。そのため今回はわざわざ、アルコールの提供があるという前情報があった、国際展開するホテルチェーン(ホリデイイン)を滞在先に選んでいたのだった。
チェックインし、砂埃と脂汗にまみれた体をシャワーで流すと、パジャマに着替えて16階のバーへ向かった。バーが深夜まで開いていることは、チェックインするときにフロントで確認済みである。
......しかし、16階にたどり着いてみると、なんと明かりが消えている。ぐむむ......
仕方がないので部屋に戻り、「話が違う!」とフロントに電話でクレームを入れると、「バーが閉まってるなら、ルームサービスで頼めば良いじゃない」というマリーアントワネット的な斜め上な回答。
結局、マリーアントワネットの言う通り、「ハンタービール」というバングラデシュ国産の缶ビールをルームサービスで2本頼んだ。その1本をグラスに注ぎ、それをひと息に飲み干して、それでようやくひと息をつくことができたのであった。
(上)空港周辺のカオスとは打って変わって、ちゃんとしたきれいなホテル。(下)バングラデシュ国産の「秘密の」ビールである「ハンタービール」。1缶760タカ(約800円)。やはりクレジットカードは使えず、現金払い。
※最後にちょっと補足。疲労困憊でホテルに到着し、興奮冷めやらなかった私は、空港での顛末をフロントでまくし立てた。すると、この数日前に始まっていたインドとパキスタンの紛争の煽りを受けて、インド便の空路にキャンセルが相次いで、空港がいつもよりもさらに一段とカオスと化していたらしい。
地理的には、バングラデシュはミャンマーの西、インドの東に位置する。そして歴史的には、1971年に「東パキスタン」としてパキスタンから独立を果たした。つまりバングラデシュは、地政学的にも歴史的にも、インドやパキスタンと密接な関係があるのだ。
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