
榊淳司
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住宅ジャーナリスト。1962年京都府生まれ。同志社大学法学部および慶應義塾大学文学部卒業。バブル期以降、マンションの広告制作や販売戦略立案などに20年以上従事したのち、業界の裏側を伝える立場に転身。購入者側の視点に立ちながら日々取材を重ねている。『マンションは日本人を幸せにするか』(集英社新書)など著書多数
自民党内で抗い続ける男・河野太郎が語る「国民会議」の迷走と消費税減税の先にある「高市ショック」
高市早苗首相は来年4月から2年限定で飲食料品の消費税を1%に引き下げることを表明、閣議決定に至った。しかし、河野太郎議員は今も自民党内でこの減税に反対し続けている。
消費税減税はなぜ日本経済を良くしない? 代替案はあるのか? 与野党が消費税減税の是非を協議する「社会保障国民会議」の議論はなぜグダグダだったのか? 徹底的に聞いた!
「高市政権が飲食料品にかかる消費税を8%から1%に下げることを決めましたが、私は反対です。減税をするとさまざまなデメリットが生じる一方で、メリットは国民が期待したほどのものにならない可能性が高いからです」
高市早苗首相が1989年の制度導入以来、初となる消費税の減税を決断したのは7月30日のこと。8月5日には閣議決定され、政府・与党は9月に税制改正大綱をまとめ、秋の臨時国会に消費税引き下げ法案を提出する予定だ。
法案が成立すれば、商店などでのレジ改修を経て、来年4月1日から飲食料品(酒類と外食は除く)にかかる消費税が1%へと減税されることになる。この措置による減税規模は年間4兆8000億円。ただし、減税期間は2年間で、2029年4月からは8%に戻る。
8月5日、閣議決定した飲食料品の消費税1%への減税について説明する高市早苗首相
しかし、この減税には野党だけでなく、自民党内からも異論が噴出している。そのひとりが外務相、行革担当相、デジタル担当相などを歴任した河野太郎衆院議員(神奈川15区・当選11回)である。
「今はインフレで多くのモノが値上がりしています。そんなときに減税で需要を刺激すれば、さらにモノの値段が上がるでしょう。
また、この2年間の減税で必要となる財源は約10兆円ですが、それをどこから捻出するのかもまだ決まっていない。もし公債発行で賄った場合は、日本の財政に対するマーケットの信認が損なわれ、円安、金利高を加速させるリスクがあります。その先に待つのはさらなるインフレです。
物価高対策としての減税なのに、さらなる物価高を招く。これではなんのための減税かわかりません。高市政権はとてもナローパス(選択肢が限られ、困難な状況)の中で減税をやろうとしているように見えてなりません」
河野氏は、今回の減税によってダメージを受ける業界の具体例として外食産業や農業を挙げる。
「減税でテイクアウトの弁当は消費税1%になるのに、イートインの定食は10%の税率のままで、同じような内容の飲食物でも、価格が1割近くも高くなる。定食屋は客離れが心配でしょう。
弁当屋も、プラスチック容器やおしぼりなどの仕入れは10%のままなのに、お客から受け取る消費税は1%だけ。 農家の方も、肥料やビニールシートなどには10%の消費税がかかるのに、それで育てた作物を出荷するときは1%分の消費税しか受け取れない。両者共にこの差額が大きな負担になります」
7月30日、報道陣の取材に対して改めて消費税減税について「反対だ」と明言する河野太郎氏
ちなみに課税事業者は消費税の申告によって差額の還付が受け取れるが、免税事業者(課税売上高が1000万円以下などを条件に消費税の納税が免除される事業者のこと)は受け取れない。つまり小規模経営の事業者は、受け取る消費税と支払う消費税のギャップにより利益が圧迫される可能性が高いのだ。
「そもそも、減税しても小売価格が減税分だけ下がらない可能性だってあります。例えば欧州では、消費税を下げてその分の価格がきちんと下がった国は、私の知る限り2ケースくらいです。
日本がそのレアケースにならず、2年後に税率を元に戻せば、物価はさらに上がることになる。そう考えると、減税のメリットは世の中の人々が期待するほど大きくはない。私はそう考えています」
とはいえ、「飲食品の消費税減税」は先の衆院選での自民の公約という受け止め方が一般的だ。公約の発表時、高市首相は「消費税減税は私の悲願」とまで語り、財政規律の緩みを懸念する党幹部らを説き伏せ、減税の「検討を加速する」という一項を盛り込んだという経緯がある。
そのため、消費税減税に反対する河野氏をはじめとする自民議員に対しては「公約を守るべき」「離党してから反対すべき」など、党の内外から大きな批判が集まっている。
「自民党内で公約だから守るべきという意見が根強いのは承知しています。でも、公約時とは状況が大きく変わっている。アメリカとイランの戦闘に端を発したホルムズ海峡封鎖などが原因で、食料品価格だけでなくすべてのモノが値上がりしました。
円安、金利高も続き、輸入価格も上昇しています。そのような状況下ではどのような物価対策、経済政策が一番良いのか、臨機応変に議論しなくてはいけない。
今、高市政権がやろうとしている経済政策は〝アベノミクスの延長〟です。でも、デフレ下では有効な財政出動、金融緩和は、インフレ時には逆効果になるんです。
なのに、政府は経済政策を転換せず、ただただ公約だからという理由だけで減税へとひた走っている。それで政治の責任を果たしたと本当に言えるんでしょうか?」
スーパーに並ぶ食料品。これらの消費税はほぼ1%になるが、その分だけ税込価格が下がるかというと......
アベノミクスがスタートした13年以来、日本では長い間、ゼロ金利が続いてきた。
しかし、現在ではインフレ圧力の高まり、日銀の金融政策の転換などもあって、金利はじりじりと上昇している。8月17日には、長期金利の指標となる10年物国債の利回りが2.93%と30年ぶりの高水準となった。2月の衆院選前後は2.2%だったから、わずか半年ほどで1%近くも金利が高くなった計算だ。
財務省は26年度概算要求の利払い費を約13兆円と見込む。日本はとっくに「金利ある世界」に突入したと言える。
この事態に、河野氏は減税時には金利上昇による国債費の増加分も考慮に入れて論議すべきと主張する。
「ゼロ金利の時代はプライマリーバランスの均衡(国債費を除いた政策費と税収を一致させること)だけに注意を払っていればよかった。でも、これからは政府の発行した国債に一定の水準の金利がついてくる。
だからこそ、政策費に利払いを乗せた金額をその年の税収でカバーできるかどうか、精査しないといけない。まして減税するとなれば、その穴埋め分の財源をどうするか、きちんと決めないといけません。
財源が足りなかったとしても、税収の上振れ分で賄えると考える人もいますが、インフレが進めば物価高騰で売り上げも大きくなり、消費税額などが膨らむ。税収増はインフレ放置の結果でもある。
その上振れ分を財源に充てるという主張にはとても賛同できません。後から利払いが増え、借金も膨らむとなれば、いずれ国の財政は回らなくなる。
そして、マーケットがそれを不安視すれば、いくら日米で協調介入してドル売り円買いをしても円安が止まらない、いわば〝高市ショック〟が起きてしまう。そうなれば、いくら政府が減税をやりたくてもマーケットに阻まれ、できなくなるでしょう。今、政治は高市首相が『責任ある積極財政』を推し進めるたびにマーケットを注視する必要があります」
1%減税の方針が定まるまでのプロセスは決して平坦なものではなかった。
当初、高市首相は政府と与野党による「社会保障国民会議」で減税について結論を得た上で、速やかに法案として国会に提出する方針を打ち出していた。
しかし、「国民会議」では来年4月から2年限定で1%に減税する議長案と、これに真っ向から反対する野党案がぶつかり、双方の案を併記した中間報告を提示するのが精いっぱいだった。
7月29日、首相官邸で開かれた社会保障国民会議の様子
「自分たちだけで責任を負いたくないから野党を巻き込んだけど、結局まとまらなかった、という印象です」
そのため、高市政権は「国民会議」での合意を断念。高市首相が7月30日、1%減税方針を公式に表明したことを受け、議論の舞台は自民党の党税調、政調の合同会議へと移ることに。
ただ、7月31日の合同会議では反対派の声が強く、まとまることはなかった。動きがあったのは2回目の議論の場となる8月3日の合同会議。高市首相の積極財政を支持する議連が「合同会議に参加して、減税賛成を表明してほしい」と党内にげきを飛ばしたこともあり、先の衆院選で当選した高市チルドレン議員らが大挙して参加したのだ。
その結果、発言した75議員中60議員が減税支持を公言。反対したのはわずか9人だけだった。事実上、減税方針が決まった瞬間だった。
財源論を巡り、怒号が飛び交うほど緊迫したこの会合で、減税反対論の口火を切ったのが河野氏だった。
「減税に賛成する意見は『衆院選での公約だ』だの、『総理総裁である高市首相が決断した以上、それに従うべきだ』というものが大半で、このタイミングでの減税が経済政策として適当かどうかといった議論はほとんど聞かれませんでした。特に、先の衆院選で高市首相の人気に乗る形で当選した1回生議員にその傾向が強かったと感じています」
3日の合同会議を受け、党の意思を最終決定する常設機関である党総務会で、消費税減税の基本方針が全会一致で承認されたのは8月5日のことだった。ただし、全会一致とは名ばかりで、総務会メンバーの25人のうち、9人が欠席していた。河野氏はそのことについて、こう批判する。
「党が混乱したり、ポピュリズム(大衆迎合主義)に流されそうになったりしたときに『それは違う』と、体を張ってでも止めるのが総務会メンバーの役目のはず。
欠席者の中には減税反対派もいましたが、欠席などせずに堂々と出席し、粛々と反対の意思を表明するべきでした。私がメンバーだったら、どれだけ批判されてもこの日の会議に出席したと思います」
河野氏は消費税減税の代替案として、物価高騰などで暮らしが苦しくなっている層にピンポイントで給付をするプランを推す。
「消費税減税の恩恵は高所得者にも低所得層にも一律に及びます。でも、富裕層がキャビアやフォアグラといった高級食材を買うときの税金まで減らしてあげる必要があるんでしょうか? 減税の財源が限られているのなら、その分を担税力のある富裕層でなく、中・低所得層にピンポイントで給付するほうがいいんです。
具体的には所得に応じてこの人はいくらと給付額を決め、今年の年末調整で給付を実行する。企業の経理担当者さんは大変ですが、拝み倒すしかないでしょう。そうすれば、来年の4月まで減税を待つこともないし、企業側もレジ改修などの負担をせずに済みます」
消費税減税について、高市首相の方針に真っ向から反対意見を述べる河野太郎氏。「党内で孤立はしないか?」という質問してみたところ「そんなことはありません」と否定した
中・低所得者層へのピンポイント給付とともに、河野氏が優先的に取り組む必要があると考えているものがある。それが社会保険料の引き下げだ。
総務省家計調査によれば、25年度の勤労者世帯の社会保険料負担率は11.7%、金額にして2000年度の約58万円から約83万円へと大幅に上昇している。これは直接税(8.8%)、間接税(消費税、4.3%)を上回る負担割合だ。
「現役世代が望むべきなのは消費税減税でなく、高すぎる社会保険料の引き下げなんです。今の保険料は給与額に応じて、その何%かが天引きされる仕組みになっていますが、働く現役世代にとっては、いわば給与課税です。
一方、多くの資産を持つ高齢者や家賃収入、金融資産からの収入で暮らす人は労働収入がないので、徴収される社会保険料は低いまま。社会保障費の費用は全世代で負担すべきでしょう。だったら、広く薄く課税できる消費税を上げ、その増収分を現役世代の保険料引き下げの財源にすればいい。
実は先の衆院選公約には消費税減税の検討加速とともに、現役世代の社会保険料引き下げという一文もきちんと入っているんです。だけど、国民会議では消費税減税ばかりが論議され、社会保険料引き下げについてはほとんど意見が交わされなかった。そこはとても残念に思っています」
続けて河野氏は現役世代にこう語りかける。
「テレビインタビューなどでも『消費税減税はありがたい』と答える現役世代が少なくない。生活の負担を軽くするためには消費税減税よりも社会保険料の引き下げのほうがずっと有効だと知ってほしいし、政治の側も説明が足りていないのは反省点だと思います。
秋の臨時国会ではこれらのことをブレることなく主張していくつもりです」
●河野太郎(こうの・たろう)
1963年生まれ、神奈川県平塚市出身。1985年、米ジョージタウン大学卒業。1986年、富士ゼロックス(現富士フイルムビジネスイノベーション)株式会社入社。1996年の衆議院選挙で初当選。当選回数11回。これまでに行政改革担当相、デジタル相、防衛相、外務相、自民党広報本部長などを歴任。現在は自民党国際局長。父は自民党総裁、衆議院議長などを務めた河野洋平氏。著書に『日本を前に進める』(PHP新書)、『「超日本」宣言 わが政権構想』(講談社)など