8月28日は、1953年に服部時計店(現・セイコーホールディングス)による日本初のテレビCMが放送されたことから、日本民間放送連盟によって『テレビCMの日』に制定されている。

近年、CMと言えばテレビだけでなく、WEBをはじめ様々な媒体に広がっているが、この日本初のCMから現在に至るまで、ほとんどのCMで重要な役割を果たしているのが音楽だ。

音楽を聞いただけで商品が思い浮かんだり、CMからヒットソングが生まれたり、CM音楽は我々の日常に深く入り込んでいるが、どのようにして作られているのか。

『今夜はブギー・バック』と『水星』という異なる時代のヒットソングをマッシュアップ(複数の曲を合体させる手法)して、第59回ギャラクシー賞CM部門大賞を受賞した、サントリー『ほろよい』のCMで音楽を手掛けたPIANO INC.代表の冨永恵介(とみなが・けいすけ)氏に、CM音楽を作りはじめた経緯からCM音楽の作りかたまで、意外と知られていないCM音楽の裏側を教えてもらった。

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一口にCM音楽と言っても幅広い。商品名を連呼するオリジナルソングもあれば、既存の楽曲が使われているもの、楽器の音だけ流れているものなど、CMによって千差万別だ。しかし、どのパターンであっても、その多くはCMを専門とする音楽制作会社で作られていることは、あまり知られていないだろう。

その映像に対して、どんな音楽が必要なのか。監督、広告代理店、企業の要望に応じて、最適な音楽を作るのが冨永のようなCM音楽プロデューサーの仕事になるが、必ずしも全て自分で作編曲や演奏を手掛けるわけではない。

CM音楽プロデューサーは企画内容や予算に合わせて、作曲家、作詞家、編曲家など曲を書く作家、歌い手やミュージシャンなどといった実演家、レコーディングエンジニアといった技師、スタジオなどの場所、これら全てを手配する。また、既存の楽曲を使用する場合でも、権利者から許諾を得るなど、その仕事内容は多岐にわたる。

「肩書きは音楽プロデューサーですけど、音楽監督と言ったほうが近いかもしれません。野球に例えるなら、1番バッターはこの人、ピッチャーはこの人、ここで代打を使うとか、チームを適材適所に編成する役目。

ですが、古田敦也さんが選手兼任監督だったときに言った『代打オレ』というのに憧れがあって、場合によっては自分でメロディや歌詞を書いたり、演奏したり、自分でやるべき時は自分でやります」

冨永がCM音楽の業界に入ったのは20年前。学生時代からバンド活動をしたり、海外のフェスに足を運んだり、「マジメに遊んでいた」という青春時代を過ごし、大学卒業後はタワーレコードの店員としてワールドミュージック、ジャズ、クラブミュージックを担当。

その傍らでDJやイベントのオーガナイザーとして活動していたが、次第に「作る側に行きたい」という気持ちが強くなり、CM音楽制作会社の門を叩いた。

「タワレコでも好きな音楽を広めたくて、情熱を持ってやっていたんですけど、販売員よりは作る側に行きたいと思ったんです。でも、中途でメジャーなレコード会社に入社できる気がしなくて、音楽業界の求人サイトを眺めていたら、CM音楽制作会社を見つけたんです」

はじめに入った老舗制作会社は研修のみで採用されず、「運良く拾ってもらえた」という次の会社でも、はじめは掃除とお茶汲みばかりで、先輩たちの仕事のサポートにもうまく馴染めず腐りかけていた時期もあったそうだが、2年ほど経った頃、たまたま遊びに行った音楽イベントで、得意先のCMディレクターと遭遇し意気投合。それをきっかけに関係性を築き、いつしか仕事を頼まれるようになった。

「この業界では、指名をいただいた瞬間に『音楽プロデューサー』という肩書きになるんです。何本かこなしているうちに、他のディレクターからも仕事の相談をしてもらえるようになって。泥酔した状態でしたが、あのとき彼に声をかけて本当によかったです(笑)」

2012年には独立してPIANO INC.を立ち上げ、毎年のように広告賞の受賞に関わっている冨永だが、実際の制作過程はどんなものか。

仕事の進めかたは案件や人により異なるが、どの場合も冨永は「楽想(がくそう)」を考えることからスタートする。なかなか聞き慣れない言葉ではあるが、簡単に言えば音楽のイメージや、音楽がストーリーにもたらす世界観を指すそうだ。

「映像に対して、どういう楽想を当てるか。それによって映像がどう見えるか。それをいろんな音楽を聞いたり、テンポやコード進行を考えたりラフを作ったりしながら、監督や皆さんと一緒に音楽の方向性や役割を決めるんです。

このテンポだと30秒で何小節あるから、Aパートが8小節、Bパートが8小節、Cパートの頭が頂点で、最後に静かになるとか、そのあたりまでの大枠を設計します」

そこから実際の音楽にするため、作家やミュージシャンの割り当てについて思案、企画、楽曲を制作し、録音していくのが基本の形。しかし、毎回ゼロから曲を作るわけではない。

例えば2009年にオンエアされたサントリー『プロテインウォーター』のCMでは、ディスコの名曲『The Hustle』を用いて替え歌を制作。「細マッチョ!」のキャッチフレーズが大きな話題となった。

「これはクリエイティブディレクターの山崎隆明さんの企画で、サビの『Do The Hastle!』の部分を『細マッチョ!』と替え歌にする、というものでした。

曲自体はオリジナルの雰囲気に近づけたくて、竹田洋一さんという作編曲家にアレンジを組んでもらったのですが、その彼がデモづくりの際に歌った『細マッチョ!』の声が、そのままCMで採用されました」

この場合、既存の楽曲を使っているため、権利者から使用許可を得ることも冨永の仕事だ。前述した『ほろよい』のCMのように、マッシュアップした場合も基本的な作りかたは変わらないが、権利の問題はより複雑になる。

「1曲の利用であっても、制作予算を大きく圧迫するような費用がかかるところを、さらにもう1曲分となると、クライアントにとっては当然大きな負担ですよね......。

映像のために既存楽曲を利用する場合は、シンクロフィーと呼ばれる使用料が必要になるため、むしろオリジナル制作に予算をかけたほうがリーズナブルに済むことも多い。仮にその費用を抑えられたとしても、著作権管理団体に放送使用料を別途払う必要があり、その費用はCMの出稿量と比例して増えるんです」

しかし、そうした費用面でのリスクを差し引いても、マッシュアップには大きなメリットがあると冨永は言う。

「それぞれの曲の背景や聞いている年代・文化が違うと、想定を超えるような広がりが出てくる。もともとは僕が新入社員当時、お茶汲みばかりで腐りかけていたときに、趣味でマッシュアップを作ることにハマっていたんですけど、曲と曲が掛け合わさると、1+1が単に2じゃなく、4とか10とかそれ以上になることがある。その点で当時から、広告音楽とはどこか親和性のある手法だと思っていたんです」

この長所を見事に活かしたのが、前述した『ほろよい』のCMだ。商品のメインターゲットは20~30代の女性だったが、実は40~50代の女性にも愛飲者が多く、その層にもアプローチしたいと聞き、その悩みを異なる時代のヒットソングをマッシュアップすることで、ある種の解決につなげられた。

「『今夜はブギー・バック』は1994年の曲で、『水星』は2011年の曲。しかも『水星』はテン年代の『今夜はブギー・バック』と呼ばれていて親和性もありました。

CMが流れ始めたときは、Twitterでトレンド入りするなど、SNSの反響が大きく、【実家に帰ったときに『ほろよい』のCMが流れて、『水星』を私が歌い出して、途中で『今夜はブギー・バック』になったら、後ろにいたオトンが歌い出した。親子だなぁと思った】とツイートしたかたがいて。それが一番うれしかったですね。作戦大成功みたいな(笑)」

こうした事例からも分かるように、CM音楽プロデューサーには作曲や演奏とは異なるスキルが求められる。それはなにか冨永に尋ねると、「難しい質問ですね」と前置きしたうえで答えてくれた。

「とにかく想像力を働かせることが大事だと思うんです。最初の絵コンテの段階で、この監督ならどういうトーンで絵を作るのか、この役者ならセリフをどういう表情で言うのか。そこにどういう音楽を当てると役者は楽しそうに見えるか、あるいは影があるように見えるか。だから、実は『お茶汲み』も大事な経験だったんです。

チェックにきている監督はいま、お茶を飲みたいのか、コーヒーを飲みたいのか。そこからコミュニケーションは始まっている。それは画面の前の視聴者に対しても同じで、CMは唐突に流れて人の心になにかを訴えかけるものだから、そのためには相手がどう感じるか、丁寧な気持ちで作らなきゃいけないと思います」

昨今は、昔と比べてCMが流れる媒体や視聴環境も変化しているが、冨永は「ものづくりにおいて人の心に触れるやりかたは、太古の昔から変わってないと思う」と話す。そんな冨永が考える"いいCM音楽"とは?

「いいCMは、いい映画体験にちょっと近いと思います。30秒や、長くても60秒のとても短い映画だけど、見終わった後に、ちょっと体が軽くなるようなもの。僕は『体が3ミリ浮くような感じ』とよく言うんですけど、そういう体感がなにかしらか心の栄養になったら嬉しいです。

本当に素晴らしいものづくりが出来たときは、何度くり返し見ても聞いても楽想が色褪(あ)せることがありません。CMを見た人が、その世界の主人公になったような気持ちになる。ゲームでいったら、武器とか鎧とか魔法みたいに、ずっと自分の身につけ続けられていくようなものなっていく、というか。

いつしかまたそのCM音楽を聞いたとき、またいつでも自分が主人公の気分になって、束の間、日常から解放される。そんなCM音楽を目指したいです」

冨永恵介(とみなが・けいすけ) 
1978年生まれ 横浜市出身。選曲家/音楽プロデューサー。
日本大学芸術学部写真学科卒業後、タワーレコードに勤務。その後、音楽制作会社『GRANDFUNK INC.』に入社。2012年に独立し『PIANO INC.』を設立、代表取締役に就任する。プロデュースしたCM、アニメ、映画作品はオフィシャルサイト『PIANO INC.』にて。
公式Twitter【@PIANO_INC】