『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが、ロシアの反プーチンデモについて語る。

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1月下旬、ロシア全土に大規模な"反プーチンデモ"が広がりました。治安当局の締めつけが強いロシアで、これだけの同時多発的なデモは極めて異例です。

その引き金となったのは、1月17日に反体制活動家アレクセイ・ナワリヌイ氏が逮捕されたこと。そしてその2日後、ナワリヌイ氏の仲間がYouTubeで「プーチン大統領の"秘密の宮殿"の存在を暴露」したことです。

黒海を望む高台に建てられた宮殿は総費用1400億円、敷地内には屋内スケートリンクやカジノまで完備......などなど、その動画は「いかにプーチンが贅沢(ぜいたく)をしているか」を強調するものでした。

ただし個人的な雑感を申せば、この動画のジャーナリズム的な強度―つまり内容の信頼性―は、同じ"暴露系"でも「ウィキリークス」と比べるとかなり低い。宮殿内部の映像は関係業者の証言を基にしたCGですし、加えられた解説や情報も、多くは真偽を検証すること自体が難しい内容です。

驚くべきは、その程度のネタがあれだけ大規模なデモを誘発し、それが広がっていった点です。トランプ前米大統領なら、この程度の暴露をされても「フェイクニュースだ」のひと言で沈静化させていたでしょう。納得しない人がデモをすることはあっても、それが全米的な蜂起につながることは考えられませんでした。

重要なのは、多くのトランプ支持者が自分の自由意志であえてトランプ側の言い分を信じようと決めている点。そこに魅力的な陰謀論はあっても、強制はありません。『X-ファイル』でいうところの「I want to believe」なのです。

ここに、現代の情報社会におけるロシア型独裁体制の弱さがあります。プーチン政権は国内の報道機関を掌握し、自身に批判的なメディアには圧力をかけ、反体制ジャーナリストを「消す」こともいとわず、SNSなどでも巧みに誘導工作を仕掛け、国民にロシア民族主義や愛国主義を染み込ませてきました。

そうして都合のいい情報を24時間・365日流し続ければ、物語はどんどん純化し、プーチンは"純粋な存在"として定着していきます。同時に、「純粋な存在」たるプーチンを批判することはすなわち報復を招くという刷り込みも定着していきました。

しかし今の時代、いくら"インターネット鎖国"を試みたとしても、情報を完璧に統制し続けるのは非常に困難です。すると、これまで広まっていた物語があまりにも純粋に「プーチン礼賛一色」であったがゆえに、今回のように不純物となる情報やエビデンスが少し混ざるだけで、均衡は簡単に崩れてしまう。

国営メディアを通じておびただしい量のプーチンのプロパガンダを浴びせられ続けてきた人であっても、今回のナワリヌイ氏関連の情報は深く突き刺さったということなのでしょう。

「それでもプーチンと強いロシアを信じる」と愛国心に燃え続ける人もいるでしょうが、そもそも煽動により成り立っていた愛国心なだけに、逆方向の煽動―つまりデモへの煽動が強まると、一気に形勢が逆転する可能性もあります。

いつ外から「別の真実」「違う常識」が入ってきてもおかしくない。そんななかで"情報のガラパゴス状態"を続けようとすることは、非常に危険な諸刃の剣(つるぎ)なのでしょう。

●モーリー・ロバートソン(Morley ROBERTSON)
国際ジャーナリスト。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。レギュラー出演中の『スッキリ』(日テレ系)、『報道ランナー』(関テレ)、『所さん!大変ですよ』(NHK総合)ほかメディア出演多数。2年半に及ぶ本連載を大幅加筆・再構成した書籍『挑発的ニッポン革命論 煽動の時代を生き抜け』(集英社)が好評発売中!

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