
当サイトでは当社の提携先等がお客様のニーズ等について調査・分析したり、お客様にお勧めの広告を表⽰する⽬的で Cookie を使⽤する場合があります。
詳しくはこちら

国民的アイドルグループと呼ばれたAKB48が誕生して20年。現役のメンバーたちは何を思い、どんな活動をしているのか? パーソナルヒストリーを掘り下げる連載なんで令和にAKB48? Season2」。第14回は2016年12月8日に16期生としてお披露目、先日、間違えて自撮りとともに炊飯器を投稿し、万バズした山根涼羽(やまね・すずは)。前編では子供時代やオーディションの話などを聞かせてもらったが、後編はKLP(クアラルンプール)48での話や今のグループについて思うことなど語ってもらいました。
――10代は壁が多かったと前編で話していました。違う道じゃないですけど、大学へ進学しようとか思ったりしなかった?
山根 でも当時、高校卒業の資格を持ってなかったんです。忙しかったので、兵庫の高校に籍を残しちゃって。中卒のまま活動してたんですけど、コロナ禍に入って、自分と向き合う時間ができたので、19歳のときに学び直しで東京の高校に再入学して、高校卒業資格を取りました。
――コロナ禍がきっかけ。
山根 それまで目の前のお仕事しか見てこなくて、コロナ禍で普通の自分と向き合ったときに、何も残ってないなって。そうじゃなくなったときにどうしようって考える時間が増えて。じゃあ高校卒業資格を取った方が視野が広がるかなって。その日に高校のおすすめみたいなのを調べて、一番上に出てきた高校に面接の応募をして、次の日にはもう行ってました。
――行動が早いです!
山根 マネージャーさんに高校に行きたいって相談はしてたんですけど、そんな早く事が進むと思ってなかったらしく、びっくりしてましたね。 何歳でも入れますみたいな通信制の高校で、前の高校の単位があったので、高校2年生の半分からスタートで。
――「AKB48だ!」ってなる?
山根 行った初日にバレました。転校生って紹介もなく、「ここに座って」って言われて、授業を受けていて。ちょっと見られてるなって感覚はあったんですけど、授業終わりに声をかけてもらって、「えっ、何でいるの!?」みたいな。アイドル好きのコで、登校中に私を見たらしく、何でいるんだろうって思ったら、斜め前に座ってたって。
――サプライズすぎますね。
山根 そのコがお友達を紹介してくれて、そこから毎日一緒に過ごすようになりました。コロナ禍でAKB48の活動も少なかったので、一限から体育の授業を受けて、文化祭に参加したり、校外学習で浅草や上野に行ったり。めちゃめちゃ高校を満喫しましたね。そのコとは今も仲良しで、この前の代々木コンサートも見に来てくれました。
――普通の生活も送っていたんですね。あと、活動を休止していた時期がありますよね。
山根 毎日意識もうろうぐらいの気持ちで、当時無理なダイエットもしてたので、それも影響したりとかあって。もうこの世界にいたくない、いなくなりたいって気持ちになっちゃって。本当に生きていくことへの危険があるかもしれないくらい。病院に行ったら、先生に「一回休んだ方がいいですよ」って。母も「兵庫に戻ってきて」って。それで地元に帰りました。
――その時期はどんなことを?
山根 まず昼夜逆転を直すとか、母と一緒にスーパーへ行って、ごはん作って食べるとか、本当に普通の女のコでした。
――もう辞めようってならなかった?
山根 またAKB48で活動したいって気持ちで休んでいたので、常に頭の中ではAKB48のことを考えていました。母と一緒にカラオケに行ったんですけど、AKB48の曲を歌ったり、普通のファンに戻った感じですね。
――2ヶ月ほどで復帰しましたが、景色は変わりましたか?
山根 でも元に戻ったって感じで、東京に戻るとひとりにもなるし、結局ずっと同じでしたね。嫌なことがないように、殻に閉じこもってました。
――山根さんはメンバーが歌番組に出演したときに、集合写真に名前を付けて投稿したり、AKB48の広報みたいな活動を始めましたよね。あれはどうして始めたんですか?
山根 『根も葉もRumor』の時期やったと思うんですけど、どうしてもAKB48の良さを知ってほしくて。メンバーもスタッフさんもファンの方も頑張ってくださってはいるけど、なかなかひとりひとりの名前が世間に届かないのがもどかしくて。
ずっとSNSが好きだったので、できることないかなって。メンバーの名前を付けて載せたのが思いのほかバズって、それでAKB48のことを知ったって言ってくださる方が増えて。すごい自分の自信にもなりました。
――姉妹グループもやるようになって、当たり前になったというか。
山根 他のアイドルさんたちも、やってくださるようなって、商標とか取っとけばよかったなって(笑)。
――まるで公式のSNSのように、いろんな宣伝をしてくれて。
山根 それこそ公式のXとかInstagramにもここで改行したほうがキレイに見えるとか、絵文字もこれぐらいとか、歌番組とか出演させていただいたら、オフショットをあげるとか、もっと動かしてくださいっていうのは常に連絡してましたね。
――そうしているうちにオフィシャルでお仕事をもらえるように。
山根 大丸さんの衣装展のPR大使をやらせていただいたり、配信ライブでのレギュラー番組(「AKB48 広報 山根涼羽と○○な2人」)をさせていただいて、すごくうれしかったです。
――最初にターニングポイントと話していたKLP48への移籍について聞かせてください。
山根 メンバー募集してますっていうのをいただいて、直感で「行きます」って言いました。
――即決定なんですか?
山根 でも3回くらい面談しました。どんなメンバーを求めているのかや、どんな利点があるとか、どういう暮らしなのかとか。契約書もちゃんと結びました。
――改めてマレーシアに行くって決断はすごかったですよね。言葉は?
山根 英語もまったくしゃべれず、アップルしか知らずに行ったんです。最初は翻訳機を使ってたんですけど、使うのもめんどくさいし。レッスンでAKB48で培ってきたものを伝えたいけど、英語しゃべれないと何も始まらないと思って、そこから死ぬ気で勉強しました。
――KLP48の立ち上げメンバーとして行ったわけですが。
山根 もう大変でしたね。マレーシアって芸能文化がないんですよ。どうやって0から1にするかっていう、結構思ったとおりじゃなかったのが本音ですね。でも久しぶりにアドレナリンが出て、どうグループを作っていくかって段階はすごく楽しかったです。
――芸能界がないっていうのはどういう意味?
山根 テレビとかも全然主流じゃないし、雑誌とかラジオもほとんどないんですよ。インフルエンサーしかいない。韓国アイドルとか見るって言ってましたね。
――じゃあそんなところに日本のアイドルがきたら。
山根 すごかったです。AKB48はすごい人気でした。空港にたくさんのファンの方が来てくださって。
――大歓迎だけど、芸能界がない。
山根 来ていただけるファンの方の数に限界を感じました。AKB48が好きだったとか、そういう人しかいないんです。劇場もなかったので、アニメのイベントに一緒に出させていただくとか。なので活動も2、3週間に1回とか。たまに毎週あったり。
――他の日は何を?
山根 それに向けてのレッスンですね。でもマレーシアは学校が優先で、昼間は活動できないので語学学校に通って。あとは家にいたり、旅行へ行ったり。
――ちゃんとしゃべれるようになった?
山根 3、4ヶ月ぐらいで急に英語が聞こえるようになって、めっちゃ感動しました。夢の中が英語になったときも泣きそうでした。
――今までのファンとかはどうだったの?
山根 毎回マレーシアまで来てくださる方もいらっしゃったりして。こんな離れた場所でアイドルをしていても、ずっとそばにいてくださって毎回感謝してました。
――今年日本に帰ってきましたよね。変わったことはありますか?
山根 すごく明るくなった気がします。10代の頃は気持ちが落ち込むこともありましたけど、それがなくなりました。マレーシアの方がめっちゃ明るかったのもあるし、乗り越えなきゃいけないことが多かったので。人生って思ったとおりにいかないことも多いから、いいことがあるだけいいやんって。嫌なことをどうやって乗り越えるかを考えるのが、最近はすごく楽しいなって。
――前向きになりましたね。帰ってきて感じたAKB48はどうでした?
山根 変わってました! 2年前にいた時の後輩たちはすごく"赤ちゃん"だったけど、頼もしくてキラキラで。こんなにも真っ正面で真剣にAKB48と向き合ってるみんなを見て、私も同じ気持ちでAKB48と向き合いたいなと。長く支えてくださってた先輩方にも感謝しかないし、勉強になるところもたくさんあるから、ついていきたいなって気持ちでもいます。
――変わっちゃって悲しいって声もあるけど。
山根 寂しい気持ちもあるけど、過去は過去やから。その時代をすごく楽しませてもらったから、今のAKB48と向き合いたいなという気持ちになります。
――今はどのあたりが楽しいですか?
山根 劇場公演が一番楽しくて。演目があって、たくさん衣装があって。歌って踊れる場所があるっていうのが当たり前じゃないと実感したので、毎公演、めちゃめちゃ楽しんでます。
――確かにKLP48は劇場がなかったですもんね。その中で山根さんができることって何だと思いますか?
山根 やっぱりSNS、今のAKB48を広めることができるんじゃないかっていうのはすごく感じています。
――そこは昔と変わらず。今目標にしていることは?
山根 一番の目標は選抜メンバーに入ることです。10年間一度も入ったことがないので。歴が長かったり、年齢も上のほうで、いろいろハンデはあるかもしれないんですけど、もう一度ファンの方と一緒に選抜を目指したい。
――何があったら入れるとか。
山根 でも、すごく自信を持って帰ってきたので、今の自分はすごく誇れるアイドルなので、このまま諦めず頑張り続けたらなれるんじゃないかなって思います。
――全員に聞いていますが、東京ドームはどうやったら立てると思いますか?
山根 今のまま頑張り続けたら立てるんじゃないかなって。今は全員が本気でAKB48と向き合っていて、毎コンサート、毎公演、どうやったら良くなるか考えてるのを目の当たりにして。本気で立てるんじゃないかなって感じてます。
――最後に、あなたにとってAKBとは?
山根 自分の命です。それくらい血のつながりをAKB48から感じます。イントロを聞いたら、血液がドクドクする感じがするんですよ。これって血がつながってるんかなって。本当にAKB48になるために、自分って生まれてきたんだなってすごく感じます。
【連載「なんで令和にAKB48?」は木曜日更新】

●AKB48
2005年(平成17年)12月8日、秋葉原のAKB48劇場で1期生お披露目。
2025年12月4日に21期生がデビュー。
68thシングル『好きish』が8月19日発売!! 発売記念イベント情報はこちらから
秋のコンサート「AKB48 THREE CONCEPTS LIVE」が9月26日、27日(日)Kアリーナ横浜で開催決定!
最新情報は公式ホームページをチェック。
●山根涼羽(やまね・すずは)
2000年8月11日生まれ、兵庫県出身
身長158cm
Nickname=ずんちゃん
公式X【@48Suzuha_16LOVE@】
公式Instagram【@suzuha48yamane16】




